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第4章 魔術学園奮闘編

第396話 ステファノはどこかに違和感を抱えていた。

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(それにしても4人の師匠と会話すると、新しい気づきが多い)

 魔法の師匠であるヨシズミはもちろんのこと、科学と論理の人であるドイルも自分が考えもしなかった角度から物事に光を当ててくれる。

 今日の会話ではドイルが「意子イドン」という概念を提唱した。

 現実界とイデア界に同時存在し、現実界では疑似物質化する。
 そして、イドンはID波として空間を伝播する可能性があると。

(そうだとすれば、俺のギフト「諸行無常いろはにほへと」はイドンを利用しているはずだ)

 そもそもギフトによるイドの知覚とは、ステファノの魔視脳まじのうがID波を検知しているのではないか。対象のID波をキャッチできれば、それを発するイドの同定ができる。
 そしてイドを構成するイドンはイデア界に同時存在する以上、対象のイデアと結びついているはずだ。

(今までは対象のイドを捉えても、現実界での座標しか特定できなかった。しかし、イドンをさかのぼればイデアにまで手が届く!)

 ステファノは遠眼鏡を通して対象を視認できれば、そのイドを捕捉できる。ただし、魔法円の術式対象とするには30メートル以内に存在することが必要だった。
 イドの訓練を通じて認識できる距離を伸ばしてきたが、ステファノはどこかに違和感を抱えていた。

(イデア界に距離はない。現実界で距離による制約を受けるのは、イデア界へのアクセスが不十分なせいだ)

 自分はまだイドンの「こちら側」を見ている。「こちら側」は距離のある世界だ。
 真に魔法を使いこなすには、イドンの「あちら側」を見る必要がある。

 ステファノはそのことを確信した。

(問題は、どうすればイドンの「あちら側」を見られるか、だ)

 たとえて言うならば、月の裏側を見ようとするようなものであった。直接視線の通らない裏側をどうやって知覚するか。

(1つめの答えは「回り込むこと」だな。自分が回り込むか、鏡を使って視線を回り込ませるか)

 どちらも月に対して行うことは現実的でないが、今は構わない。どんなに荒唐無稽な考えであろうと、仮説として認識することが重要だった。

(2つめの答えは「透かしてみること」。月を通り抜ける視線を持てば、裏側の様子を見られるだろう)
 
 これも突拍子もないアイデアであったが、ステファノは1つの可能性として心に留めた。

(3つめは、「月をひっくり返すこと」だ。表と裏を逆転させれば、表が裏となり、裏が表になる)

 ステファノの発想にはタブーがない。「そんなことできるはずがない」とは考えない。
 どうせ自分は物を知らない素人なのだ。間違えたとしても、何も恥ずかしいことはない。

(1つめは難しそうだな。自分にしろ鏡にしろ、イデア界に持ちこまないことには回り込めない。どうやったら良いか見当がつかないや)

 ステファノは「不可能だ」とは考えない。彼にとっての現状は、今のところやり方が見つからないだけであった。

(2つめはどうだろう? 何となく、ありそうな線に思える……。ほら、スイカの中身を指で弾いて調べるみたいな)

 スイカの実に空洞があると、振動が反対側に伝わりにくくなる。それに近いことができないか?

(「反響音」みたいなものを捉えられれば、裏側の様子がわかるかもしれない)

 音とは「波」だとドイルに教わった。光にも波の性質があるのだとも。

(ID波ももちろん波の1つだ。これを利用すれば反響が掴めるかもしれない)

 ステファノは一旦2つめの仮説を保留して、3番目の仮説を検討することにした。

(「月をひっくり返す」のはどうだろう? 月は大きすぎて、物理的にはもちろん無理だけど……)

 イドンならどうか? 元々大きさがないか、無視できるほどに小さいはずだ。
 イデア界に距離はないのだ――。

(いや、待て。待て、待て、待て。イデア界に距離がないなら、3つの方法はどれも同じことにならないか? そもそもオレにとってのイデア界は、イドの「内面」に存在したじゃないか!)

 対象のイド、その「内側」に入る。それは「裏側に回り込む」ことであり、「透かして見る」ことでもある。
「ひっくり返して見る」こととも同じではないか?

(イドの内側に入る方法を見つければ良い。それは……魔核混入マーキングだ!)

 魔術付与の際は、切り離したイドを魔核として対象物のイドと混ぜ合わせた。
 では、切り離さないまま・・・・・・・・イドを浸透させたらどうなるか?

(対象イドの内側を覗けるんじゃないか?)

 ステファノはこの仮説を翌日4人の師匠に報告しようと考えた。

 ◆◆◆

 化身アバターは分身であると、ステファノは考えた。虹の王ナーガを使えば使うほどアバターの経験値が積み上がり、やがてアバターの進化に至ると。

 その訓練になればと多数の魔道具を製作し、ネルソン邸に配置した。
 その魔道具一つ一つに虹の王ナーガが宿っていた。

 ステファノは思い違いをしていた。

 経験値となるのは魔道具の製作だけではなかった。魔道具の使用・・・・・・はその都度虹の王ナーガを呼び出し、使役する行為であった。

 数十もの魔道具が使われるたびに虹の王ナーガは目覚め、世界を認識した。
 そしてついに、世界の中にある「自我」を認識するに至った。

 夜、ステファノの眠りの中に虹の王ナーガは存在した。

 ステファノが「陽」であれば、虹の王ナーガは「陰」であった。「陽」の望むところを「陰」は為す。

 虹の王ナーガの眼差しに、ついに叡智の光が灯った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第397話 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。」

 朝目覚めると、俯瞰する自分がいた。

 夜中に金縛りに遭い、天井からベッドの上の自分を見下ろしている気分。あれのような感覚だった。

(これは……虹の王ナーガの視点か?)

 自分の分身がわが身を見下ろしている。そんな感覚をステファノは覚えていた。
 同時にそれ以外の感覚もある。

(師匠たち……プリシラ……ジョナサンさん、ケントクさん……。みんなの気配が……)

 ネルソン邸に所在する人たち全員の気配をステファノは察知していた。

 ……

◆お楽しみに。
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