394 / 624
第4章 魔術学園奮闘編
第394話 ステファノ、それは間違いだ。
しおりを挟む
「しかし、魔術や魔道具というものはそんなに簡単に作れるものなのでしょうか?」
「マルチェル、疑問はもっともだが今更だぞ。ステファノがこの4カ月で何をしてきたか、思い返してみたまえ」
マルチェルもまた常識の人であった。
何を聞いても驚かないのは、1人ドイルのみであった。
「着火、照明、送風、洗濯、掃除か。これだけでも随分生活が楽になるな。ステファノ、他にも魔道具のネタはあるかね?」
「えーと、これまで作ったもので言えば水瓶と竈でしょうか」
「それは水を作り出し、熱を生み出すということかね?」
学者の顔をしたドイルが、ステファノに尋ねた。
「正確に言うと、水は空気から集めるという感じですね」
「ふむ。ならば、物を温めたり、冷やしたりすることはお手の物というわけだね」
「それに、重さを軽減する背嚢を作りました」
「重力への干渉か。これもまた興味深い現象だ」
ステファノが生み出してきた魔道具の数々。ドイルの頭脳はそれらをカタログ化し、分類評価を開始した。
「整理してみよう。熱を操れるということは、部屋を暖めたり、冷やしたりできるということだ」
「そうですね。竈の術を応用すれば暖炉も魔道具にできるでしょう」
「うん。そうだろうとも。世の中にはないものだが、部屋を涼しくすることもできるな」
「……できますね。暖炉の反対ですか。空気を冷たくしながらかき混ぜたら、夏でも涼しくなりそうです」
ドイルの示唆を受けてステファノは「冷房魔具」の術式を想像してみた。それは「魔冷蔵庫」の応用でしかなく、簡単に実現可能に違いなかった。
「水が作れるなら、湯もできるな。風呂に湯を張ることもできるだろう」
「確かに。風呂かあ。それは考えなかったな」
湯を沸かすには水をくみ、燃料を焚く必要がある。庶民にはできない贅沢であった。ステファノが生活魔道具の対象として考えていなかったことも無理はない。
「さて、重力への干渉ができるなら運送用の魔道具が作れるね」
「それは考えました。背嚢よりも荷車の方が運送魔道具に向いているなと」
荷車ごと荷物の重量を軽減すれば、動かす力はよほど軽くなるに違いない。
「ステファノ、それは間違いだ」
「えっ?」
しかし、ドイルはステファノの考えを否定した。
「君が魔術で操るのは『重力』だろう? 物体の質量を変えるわけではない。『重量』が軽減されようとも、100キロの質量を持つ物体は100キロの質量のままだ」
最初に動き出す際、すなわち加速度が働く際には「100キロの荷物を動かす力」が必要になる。
動き出してしまえば、摩擦力大幅に軽減されるが。
「意味がないとは言わないが、荷車で大変なのは初めの動き出しだ。常時荷物を支え続ける荷担ぎ人にこそ重量軽減は意味がある」
「そうかあ。重さと質量は違うものなんですね」
ステファノは思わず顔をしかめた。
「なあに。がっかりする必要はないよ。動きにくいなら動かしてやれば良いのさ」
ドイルはにやりと笑みを浮かべた。
「『荷車を動かす魔術』ということですか?」
「そうだね。『馬のいない荷馬車』――それなら『自走車』か? そういう車を作れば良いのさ」
「そうか。土魔術を進む力に使うんですね?」
ドイルの示唆を受けて、ステファノは想像を膨らませた。
馬のいない荷馬車は頭の中で不格好に見えたが、馬がなくともすいすいと動いた。
「自動車だッペ」
唐突にヨシズミが声を発した。
「そういう名だったのかい?」
すぐにドイルが反応する。
「君の世界ではその名で呼ばれる機械が走り回っていたんだね?」
「ああ、そうダ。自動車は文明のあり方を一変させたッペ」
「馬のいらない荷馬車が走り回っていたら、それは世の中が豊かになるだろうね」
「自動車は物流革命を起こすッペ。財貨の偏在を解消すンダ」
ステファノたち情報革命研究会は情報伝達こそ文明の要と考えた。彼らは情報伝達の質、量、速度を変革しようと努力してきたが、おそらくそれだけでは文明を進歩させるには足りない。
財貨の移動を伴ってこそ、情報の移動が意味を持つ。
自動車はそれを可能とする発明品になるかもしれなかった。
「そんなにすごいものなんですか? 魔道具としては割と簡単にできそうですけど……」
その社会的価値とは裏腹に、ステファノから見た魔術的なチャレンジはそれほど大きくなかった。
「君にとってはそうかもしれない。科学と魔術には得手不得手の差があるからね」
「魔術だけに頼り切る文明はいびつな気がします。科学でできることは科学で実現するべきなのでしょうか?」
「難しく考える必要はないんじゃないか? 残念ながらこの世界において科学はまだまだ未発達だ。ひとまず魔道具で文明を発達させながら、科学の進歩を促せばよいだろう」
せっかちな性癖のドイルであったが、文明の進化のような大きなテーマに関しては巨視的な視野から見つめていた。科学とは個人の利益のために探求するものではない。
社会全体とその未来のために、個人が宇宙と対峙する。
ドイルにとっての科学者とは、そういう存在であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第395話 荷物を運ぶだけなら空の上に上がるのは無駄な動きですね。」
「そうですね。そういう部分が俺には判断しかねます。先生たちの知恵で適切な行動をアドバイスしてください」
「任せたまえ。我々には科学者もいれば、戦略家もいる。こういうことを判断するには最適なメンバーだろう」
研究開発において少なからずマッドな性癖を持つドイルであったが、開発品のリリースについて無謀な考えを持っているわけではない。
むしろ世の中へのリリースには興味がない。そういうことは商売人なり為政者が良きに取り計らってくれれば良いという考えであった。
……
◆お楽しみに。
「マルチェル、疑問はもっともだが今更だぞ。ステファノがこの4カ月で何をしてきたか、思い返してみたまえ」
マルチェルもまた常識の人であった。
何を聞いても驚かないのは、1人ドイルのみであった。
「着火、照明、送風、洗濯、掃除か。これだけでも随分生活が楽になるな。ステファノ、他にも魔道具のネタはあるかね?」
「えーと、これまで作ったもので言えば水瓶と竈でしょうか」
「それは水を作り出し、熱を生み出すということかね?」
学者の顔をしたドイルが、ステファノに尋ねた。
「正確に言うと、水は空気から集めるという感じですね」
「ふむ。ならば、物を温めたり、冷やしたりすることはお手の物というわけだね」
「それに、重さを軽減する背嚢を作りました」
「重力への干渉か。これもまた興味深い現象だ」
ステファノが生み出してきた魔道具の数々。ドイルの頭脳はそれらをカタログ化し、分類評価を開始した。
「整理してみよう。熱を操れるということは、部屋を暖めたり、冷やしたりできるということだ」
「そうですね。竈の術を応用すれば暖炉も魔道具にできるでしょう」
「うん。そうだろうとも。世の中にはないものだが、部屋を涼しくすることもできるな」
「……できますね。暖炉の反対ですか。空気を冷たくしながらかき混ぜたら、夏でも涼しくなりそうです」
ドイルの示唆を受けてステファノは「冷房魔具」の術式を想像してみた。それは「魔冷蔵庫」の応用でしかなく、簡単に実現可能に違いなかった。
「水が作れるなら、湯もできるな。風呂に湯を張ることもできるだろう」
「確かに。風呂かあ。それは考えなかったな」
湯を沸かすには水をくみ、燃料を焚く必要がある。庶民にはできない贅沢であった。ステファノが生活魔道具の対象として考えていなかったことも無理はない。
「さて、重力への干渉ができるなら運送用の魔道具が作れるね」
「それは考えました。背嚢よりも荷車の方が運送魔道具に向いているなと」
荷車ごと荷物の重量を軽減すれば、動かす力はよほど軽くなるに違いない。
「ステファノ、それは間違いだ」
「えっ?」
しかし、ドイルはステファノの考えを否定した。
「君が魔術で操るのは『重力』だろう? 物体の質量を変えるわけではない。『重量』が軽減されようとも、100キロの質量を持つ物体は100キロの質量のままだ」
最初に動き出す際、すなわち加速度が働く際には「100キロの荷物を動かす力」が必要になる。
動き出してしまえば、摩擦力大幅に軽減されるが。
「意味がないとは言わないが、荷車で大変なのは初めの動き出しだ。常時荷物を支え続ける荷担ぎ人にこそ重量軽減は意味がある」
「そうかあ。重さと質量は違うものなんですね」
ステファノは思わず顔をしかめた。
「なあに。がっかりする必要はないよ。動きにくいなら動かしてやれば良いのさ」
ドイルはにやりと笑みを浮かべた。
「『荷車を動かす魔術』ということですか?」
「そうだね。『馬のいない荷馬車』――それなら『自走車』か? そういう車を作れば良いのさ」
「そうか。土魔術を進む力に使うんですね?」
ドイルの示唆を受けて、ステファノは想像を膨らませた。
馬のいない荷馬車は頭の中で不格好に見えたが、馬がなくともすいすいと動いた。
「自動車だッペ」
唐突にヨシズミが声を発した。
「そういう名だったのかい?」
すぐにドイルが反応する。
「君の世界ではその名で呼ばれる機械が走り回っていたんだね?」
「ああ、そうダ。自動車は文明のあり方を一変させたッペ」
「馬のいらない荷馬車が走り回っていたら、それは世の中が豊かになるだろうね」
「自動車は物流革命を起こすッペ。財貨の偏在を解消すンダ」
ステファノたち情報革命研究会は情報伝達こそ文明の要と考えた。彼らは情報伝達の質、量、速度を変革しようと努力してきたが、おそらくそれだけでは文明を進歩させるには足りない。
財貨の移動を伴ってこそ、情報の移動が意味を持つ。
自動車はそれを可能とする発明品になるかもしれなかった。
「そんなにすごいものなんですか? 魔道具としては割と簡単にできそうですけど……」
その社会的価値とは裏腹に、ステファノから見た魔術的なチャレンジはそれほど大きくなかった。
「君にとってはそうかもしれない。科学と魔術には得手不得手の差があるからね」
「魔術だけに頼り切る文明はいびつな気がします。科学でできることは科学で実現するべきなのでしょうか?」
「難しく考える必要はないんじゃないか? 残念ながらこの世界において科学はまだまだ未発達だ。ひとまず魔道具で文明を発達させながら、科学の進歩を促せばよいだろう」
せっかちな性癖のドイルであったが、文明の進化のような大きなテーマに関しては巨視的な視野から見つめていた。科学とは個人の利益のために探求するものではない。
社会全体とその未来のために、個人が宇宙と対峙する。
ドイルにとっての科学者とは、そういう存在であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第395話 荷物を運ぶだけなら空の上に上がるのは無駄な動きですね。」
「そうですね。そういう部分が俺には判断しかねます。先生たちの知恵で適切な行動をアドバイスしてください」
「任せたまえ。我々には科学者もいれば、戦略家もいる。こういうことを判断するには最適なメンバーだろう」
研究開発において少なからずマッドな性癖を持つドイルであったが、開発品のリリースについて無謀な考えを持っているわけではない。
むしろ世の中へのリリースには興味がない。そういうことは商売人なり為政者が良きに取り計らってくれれば良いという考えであった。
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
腐った伯爵家を捨てて 戦姫の副団長はじめます~溢れる魔力とホムンクルス貸しますか? 高いですよ?~
薄味メロン
ファンタジー
領地には魔物が溢れ、没落を待つばかり。
【伯爵家に逆らった罪で、共に滅びろ】
そんな未来を回避するために、悪役だった男が奮闘する物語。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる