383 / 671
第4章 魔術学園奮闘編
第383話 3月の研究報告会を楽しみにしていよう。
しおりを挟む
「ドイルが言うことにも一理はある。だが、ステファノがアカデミーを卒業できるまでは十分な保護を与えてやれない。せめて卒業まで自重しろ」
ネルソンがドイルに引導を渡すように言った。
「まあ良いさ。2学期が終わるまでだな? 3月の研究報告会を楽しみにしていよう」
「それで結構だ。報告会が終われば後の日取りはおまけのようなものだ。堂々とステファノの周囲を警備で固めるさ」
平常のアカデミーに外部の人間を送り込むことには限界がある。ステファノを狙う「敵」とてそれは同じことであった。
単独行動の襲撃や誘拐であれば、今のステファノなら十分迎撃できる。仲間への加害は護身具で対応できるだろう。
問題は研究報告会の特殊環境であった。
報告会には各界の勢力が様々な名目で調査人員を送り込む。単なる調査であれば実害はないが、調査を隠れ蓑にした襲撃隊を送り込まれるケースが考えられる。
こちらもそのつもりで守りを固める必要があった。
「3月の研究報告会は1年の総仕上げであり、魔術競技会を兼ねているからな。あの熱気は祭りのようなものだ。どさくさ紛れに何が起きてもおかしくない」
「どうせお祭りだ。仕掛けられたら返り討ちにするまでさ」
「勇ましいことだ。まるで自分で戦うようなことを言う」
「まさか。戦闘だの、闘争だのと血なまぐさいことは僕の好みではない。君たち肉体派諸君に任せるさ」
血気盛んなことを言いながら、ドイル自身が戦いに身を投じるはずもない。高見の見物を決め込むだけであった。
ドイルの主戦場は研究報告会で様々な新技術を打ち出した後、その実用化フェーズであった。実験で成功したものが、実社会で使える技術として成り立つとは限らない。
実用システムには何にもまして「堅牢性」と「経済性」が求められる。
そしてこの2つは得てして両立しない。しばしば二律背反を起こすのだった。
両立しがたい2つの要素をなだめすかして収まるところに収めるのがエンジニアリングである。
革新的なエンジニアリングには、革新的な発想が必要である。そこにこそドイルの存在意義があった。
「並列処理とやらが手に入りそうなんでね。なるべく難しい問題を見つけてほしいものだね」
「いい気なものだ。次はわたしの番ですな」
ご満悦なドイルを横目に見ながらマルチェルが太陰鏡を手に取った。
「ステファノ、万一ということがある。太陰鏡をつけ終わったら、わたしの手足をイドの戒めで縛ってください」
「マルチェルさん……」
「気にする必要はありません。ヨシズミ、もし私が暴れ出したら雷気で気絶させてください」
「引き受けた」
マルチェルはヨシズミと視線を交わし、太陰鏡を額に装着した。
「ステファノ、お願いします」
「心の闇を払え。太陰鏡発動!」
瞑目したマルチェルの目蓋がぴくりと震えた。
無数の蝶が目の前を舞っていた。蝶の羽ばたき一つ一つが、おいでおいでをする手のひらのようにゆっくりと動いて見える。
太陰鏡発動の瞬間、マルチェルはギフト邯鄲の夢を呼び出していた。
引き伸ばされた時間の中、マルチェルは蝶の羽ばたきに目を凝らす。移動した意識もなく、1頭の蝶が眼前に迫る。
その羽ばたきに意識を集中すると――。
(これは何だ?)
震えながら動く羽の動きが靄のようにぼやけている。
(なぜぼやける? 蝶の羽ごとき止まって見えるはず……)
マルチェルは意識の目を更に凝らした。
(これは……残像のような。いや、違う)
残像であれば、動いた後に像が残らなければならない。しかし、目の前のこれは違った。
(動く前の位置に薄い影が見える)
これから羽が動くであろうその場所に、実態より先に幻影が見えていた。
(これはイドだ! 動こうとする意を影として捉えたビジョンだ!)
マルチェルがこれまで見ていたのは「スローモーション」であった。その動きを経験と照らし合わせて、最善のカウンターを出す。それがマルチェルの 戦い方であった。
それに加えてマルチェルは攻撃の瞬間に高まる相手の「気」を察知することができた。
「気」の察知は体術の鍛錬を積み重ねることにより得た能力である。しかし、察知できる内容は「攻撃の意志」のみであり、どんな攻撃をするつもりなのか、その内容までは推し量れない。
(出される前にパンチの軌道まで読める。これがイドの知覚か……)
ステファノが自由組手においてマルチェルの動きについていけたのは、この先読み能力によるものであった。
マルチェルの意識は更に蝶の羽に集中した。蝶の羽が視界いっぱいに拡大され、羽を覆うもやもやしたものが見えてきた。
(これがイドか? なるほど薄っすらと赤い……)
ステファノが始原の赤と呼ぶ陽気をマルチェルは視覚に捉えていた。
眼の前の蝶が一輪のバラに止まった。花弁に溜まった朝露が一粒こぼれて地面に落ちる。
クリスタルであるかのように輝きながら砕け散る水滴のきらめきを最後に、マルチェルの意識は現実に戻った。
「どうだ、気分は?」
「驚きました。わたしのギフトは時間の制約から部分的に解き放たれたようです」
体調を尋ねるネルソンに、マルチェルは自らが得たビジョンを伝えた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第384話 『可能性のビジョン化』というべきじゃないかな」
「未来予知ということになるのかね?」
マルチェルのビジョンを聞き取ったネルソンは、その意味を考えていた。
「予知と言うと言葉が強すぎる。『可能性のビジョン化』というべきじゃないかな」
ドイルの見方はやや慎重であった。
……
◆お楽しみに。
ネルソンがドイルに引導を渡すように言った。
「まあ良いさ。2学期が終わるまでだな? 3月の研究報告会を楽しみにしていよう」
「それで結構だ。報告会が終われば後の日取りはおまけのようなものだ。堂々とステファノの周囲を警備で固めるさ」
平常のアカデミーに外部の人間を送り込むことには限界がある。ステファノを狙う「敵」とてそれは同じことであった。
単独行動の襲撃や誘拐であれば、今のステファノなら十分迎撃できる。仲間への加害は護身具で対応できるだろう。
問題は研究報告会の特殊環境であった。
報告会には各界の勢力が様々な名目で調査人員を送り込む。単なる調査であれば実害はないが、調査を隠れ蓑にした襲撃隊を送り込まれるケースが考えられる。
こちらもそのつもりで守りを固める必要があった。
「3月の研究報告会は1年の総仕上げであり、魔術競技会を兼ねているからな。あの熱気は祭りのようなものだ。どさくさ紛れに何が起きてもおかしくない」
「どうせお祭りだ。仕掛けられたら返り討ちにするまでさ」
「勇ましいことだ。まるで自分で戦うようなことを言う」
「まさか。戦闘だの、闘争だのと血なまぐさいことは僕の好みではない。君たち肉体派諸君に任せるさ」
血気盛んなことを言いながら、ドイル自身が戦いに身を投じるはずもない。高見の見物を決め込むだけであった。
ドイルの主戦場は研究報告会で様々な新技術を打ち出した後、その実用化フェーズであった。実験で成功したものが、実社会で使える技術として成り立つとは限らない。
実用システムには何にもまして「堅牢性」と「経済性」が求められる。
そしてこの2つは得てして両立しない。しばしば二律背反を起こすのだった。
両立しがたい2つの要素をなだめすかして収まるところに収めるのがエンジニアリングである。
革新的なエンジニアリングには、革新的な発想が必要である。そこにこそドイルの存在意義があった。
「並列処理とやらが手に入りそうなんでね。なるべく難しい問題を見つけてほしいものだね」
「いい気なものだ。次はわたしの番ですな」
ご満悦なドイルを横目に見ながらマルチェルが太陰鏡を手に取った。
「ステファノ、万一ということがある。太陰鏡をつけ終わったら、わたしの手足をイドの戒めで縛ってください」
「マルチェルさん……」
「気にする必要はありません。ヨシズミ、もし私が暴れ出したら雷気で気絶させてください」
「引き受けた」
マルチェルはヨシズミと視線を交わし、太陰鏡を額に装着した。
「ステファノ、お願いします」
「心の闇を払え。太陰鏡発動!」
瞑目したマルチェルの目蓋がぴくりと震えた。
無数の蝶が目の前を舞っていた。蝶の羽ばたき一つ一つが、おいでおいでをする手のひらのようにゆっくりと動いて見える。
太陰鏡発動の瞬間、マルチェルはギフト邯鄲の夢を呼び出していた。
引き伸ばされた時間の中、マルチェルは蝶の羽ばたきに目を凝らす。移動した意識もなく、1頭の蝶が眼前に迫る。
その羽ばたきに意識を集中すると――。
(これは何だ?)
震えながら動く羽の動きが靄のようにぼやけている。
(なぜぼやける? 蝶の羽ごとき止まって見えるはず……)
マルチェルは意識の目を更に凝らした。
(これは……残像のような。いや、違う)
残像であれば、動いた後に像が残らなければならない。しかし、目の前のこれは違った。
(動く前の位置に薄い影が見える)
これから羽が動くであろうその場所に、実態より先に幻影が見えていた。
(これはイドだ! 動こうとする意を影として捉えたビジョンだ!)
マルチェルがこれまで見ていたのは「スローモーション」であった。その動きを経験と照らし合わせて、最善のカウンターを出す。それがマルチェルの 戦い方であった。
それに加えてマルチェルは攻撃の瞬間に高まる相手の「気」を察知することができた。
「気」の察知は体術の鍛錬を積み重ねることにより得た能力である。しかし、察知できる内容は「攻撃の意志」のみであり、どんな攻撃をするつもりなのか、その内容までは推し量れない。
(出される前にパンチの軌道まで読める。これがイドの知覚か……)
ステファノが自由組手においてマルチェルの動きについていけたのは、この先読み能力によるものであった。
マルチェルの意識は更に蝶の羽に集中した。蝶の羽が視界いっぱいに拡大され、羽を覆うもやもやしたものが見えてきた。
(これがイドか? なるほど薄っすらと赤い……)
ステファノが始原の赤と呼ぶ陽気をマルチェルは視覚に捉えていた。
眼の前の蝶が一輪のバラに止まった。花弁に溜まった朝露が一粒こぼれて地面に落ちる。
クリスタルであるかのように輝きながら砕け散る水滴のきらめきを最後に、マルチェルの意識は現実に戻った。
「どうだ、気分は?」
「驚きました。わたしのギフトは時間の制約から部分的に解き放たれたようです」
体調を尋ねるネルソンに、マルチェルは自らが得たビジョンを伝えた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第384話 『可能性のビジョン化』というべきじゃないかな」
「未来予知ということになるのかね?」
マルチェルのビジョンを聞き取ったネルソンは、その意味を考えていた。
「予知と言うと言葉が強すぎる。『可能性のビジョン化』というべきじゃないかな」
ドイルの見方はやや慎重であった。
……
◆お楽しみに。
1
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。


裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ
井藤 美樹
ファンタジー
初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。
一人には勇者の証が。
もう片方には証がなかった。
人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。
しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。
それが判明したのは五歳の誕生日。
証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。
これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる