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第4章 魔術学園奮闘編
第381話 並列処理コンピューターか?
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「10人の自分を俯瞰している時、何が起きていたか? 見ているのは自分であり、見られているのも自分だった。その時ギフトは化身となっており、化身はすなわち分身だった」
「あ、やっぱり!」
ドイルの述懐に誰よりも反応したのはステファノであった。
「アバターは1つではないと思っていました」
「うん。僕のギフトはわかりやすい例だったんだろう。分割された時間を巡回する能力であったものが、並立する次元を共有する能力へと進化したんだ」
ドイルは自分のギフトに起きた変化を、はっきりと意識していた。
「並列処理コンピューターか?」
「並列処理ですか?」
ヨシズミが発した聞き慣れない用語にステファノは思わず問い直した。
「コンピューターとは人の代わりに情報を処理する機械のことだッペ。そいつを何台もつないで1つの仕事をさせるのが、並列処理コンピューティングダ」
「ドイル先生は1人だし、機械も使っていませんけど」
ステファノにはヨシズミが持ち出した比喩がドイルのギフトにどう当てはまるのか、わからなかった。
「並列処理のやり方に『マルチコア』ってもンがあンダ」
「それはどういう……」
「例えんなら、1つの頭ン中にいくつもの脳ミソを詰めたようなもんだッペ」
それがドイルのギフトとどう関係するのか?
「先生の頭には1つの脳しかありませんが……」
「その1つが優秀なだけさ」
ドイルが話に割り込んだ。
「脳ミソに優劣があるかどうかはしらねェ。オレが注目してんのは、『使われていない脳のリソース』だっぺ」
「脳はフル稼働していないというのか?」
「脳は数多くのエリアに分かれている。どのエリアに仕事をさせるかを、誰が決めているんだッペ」
脳に対する仕事の割り当ては、本人が意識して行うことができない。それが最適なものなのか知ることもできないのだ。
控えめに考えても脳のキャパシティを使い切れていない可能性が強かった。
「ドイルは10人の自分と、それを俯瞰する自分を幻視した。それは脳のリソースを支配下に置いたってことでねェのケ?」
「つまり自分の脳を分割管理して、並行処理をさせたってことか?」
「ドイルの化身は脳活動を最適化する能力かもしれねェッペ」
コンピューター工学、脳科学に対するごく一般的な知識を元に、ヨシズミはドイルのギフトの進化について予測を立てて見せた。
「理に適った推測だね。使い切れていないリソースを使い切る。結構じゃないか」
ドイルはヨシズミの見立てに満足しているようだった。
「それなら脳への負担が過大になる心配はなさそうですね」
「ああ。元々余っている分のキャパを回すだけだからな」
ステファノは、かつてドイルのギフト「タイムスライシング」を真似して倒れそうになったことがある。同時に複数の思考を重ねることの過酷さは身にしみていた。
例えて言うなら指先1本で複雑なピアノ曲を演奏するようなものであった。いくら音符1つの継続時間が短くても使えるリソースがあまりにも限られている。
覚醒したドイルのギフトなら10本の指をすべて使って曲を奏でることができる。
「実に面白いね。僕好みの進化だ。僕のアバターは僕の脳の管理者だ。自分の脳を支配するとは愉快じゃないか?」
「支配するのも自分。支配されるのも自分ということか。それはまたひねくれたギフトでお前にふさわしい」
ご満悦のドイルをマルチェルが冷やかした。
「自分の尾をくわえる蛇。『ウロボロスの蛇』か」
ネルソンが呟いた。
「あれはそういう名前なんですか? おとぎ話の本に描かれていた記憶があります」
「うむ。ウロボロスの蛇は不老不死、無限の象徴として使われることが多い。魔術師や錬金術師が目指す究極の叡智でもあろう」
ステファノの疑問にネルソンが答えた。
「しかし、またしても蛇か」
「何のことですか、またしてもとは?」
ドイルの言葉尻をマルチェルが捉えた。
「ステファノのアバターさ。ナーガだと言うじゃないか。蛇身の神のことだろう?」
「偶然の符合ではないと?」
「偶然とは思えないよね。ドリーという職員のギフトも『蛇の目』というらしいじゃないか」
ステファノを取り巻く「蛇」のイメージ。彼のギフトを取り巻くものと言ったほうが良いかもしれない。
「ウロボロスの蛇は『宇宙』の象徴でもある」
ドイルが解説を加えた。
「さらに言えばナーガとはレヴィアタンを指すかもしれない」
「レヴィアタンとは何者ですか?」
ステファノが聞いたことのない言葉であった。
「レヴィアタンとは海に住むと言われる伝説の巨獣だ。陸の巨獣ベヒモスと双璧をなすものと伝わっている」
「陸にも巨獣がいるんですか?」
「そういう伝説がある。多くは『2つで1つ』とされているようだ」
「まるで陰陽説のようですね」
ステファノは思いついた感想を述べた。
「二元論は洋の東西を問わず、古くから唱えられていたからね。神話にも反映されているのさ」
ドイルはステファノの抱いた印象を肯定した。
「正」と「悪」、「光」と「影」、「創造」と「破壊」。それらは対を成して世界の根幹を形作るものと考えられていたのだ。
「面白いことにレヴィアタンの原義は『渦を巻くもの』という意味らしい。丸く輪を描いた魚や蛇で表象された」
「自分の尻尾をくわえる蛇……」
「うん。ウロボロスの蛇を連想するね。中にはレヴィアタンを7つの頭を持つ蛇として描いている伝説もある」
ドイルは楽しそうに話を続けた。
「それで虹の王ですか」
ようやくナーガとレヴィアタンとが、ステファノの中で繋がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第382話 自然界には秩序と法則があるべきだ。」
「俺が得たビジョンの中で、ナーガは宇宙に匹敵する大きさでした」
「うん。君のビジョンはイデア界の本質に近づいているはずだから、本来大きさや時間には意味がない。宇宙は大きいものだというイメージがあるために、ナーガも巨大なものとしてビジョン化したのだろう」
何かがきっかけとなってステファノにとってのイデア界が「蛇」のイメージと結びついたものか?
しかし、それならば、なぜ他人のギフトにまで蛇のイメージがつきまとうのか?
「俺のイメージが先生やドリーさんのギフトに影響するとは思えません。ドリーさんの蛇の目に至っては俺と出会う前に発現したものですから」
ステファノは頭を振った。
……
◆お楽しみに。
「あ、やっぱり!」
ドイルの述懐に誰よりも反応したのはステファノであった。
「アバターは1つではないと思っていました」
「うん。僕のギフトはわかりやすい例だったんだろう。分割された時間を巡回する能力であったものが、並立する次元を共有する能力へと進化したんだ」
ドイルは自分のギフトに起きた変化を、はっきりと意識していた。
「並列処理コンピューターか?」
「並列処理ですか?」
ヨシズミが発した聞き慣れない用語にステファノは思わず問い直した。
「コンピューターとは人の代わりに情報を処理する機械のことだッペ。そいつを何台もつないで1つの仕事をさせるのが、並列処理コンピューティングダ」
「ドイル先生は1人だし、機械も使っていませんけど」
ステファノにはヨシズミが持ち出した比喩がドイルのギフトにどう当てはまるのか、わからなかった。
「並列処理のやり方に『マルチコア』ってもンがあンダ」
「それはどういう……」
「例えんなら、1つの頭ン中にいくつもの脳ミソを詰めたようなもんだッペ」
それがドイルのギフトとどう関係するのか?
「先生の頭には1つの脳しかありませんが……」
「その1つが優秀なだけさ」
ドイルが話に割り込んだ。
「脳ミソに優劣があるかどうかはしらねェ。オレが注目してんのは、『使われていない脳のリソース』だっぺ」
「脳はフル稼働していないというのか?」
「脳は数多くのエリアに分かれている。どのエリアに仕事をさせるかを、誰が決めているんだッペ」
脳に対する仕事の割り当ては、本人が意識して行うことができない。それが最適なものなのか知ることもできないのだ。
控えめに考えても脳のキャパシティを使い切れていない可能性が強かった。
「ドイルは10人の自分と、それを俯瞰する自分を幻視した。それは脳のリソースを支配下に置いたってことでねェのケ?」
「つまり自分の脳を分割管理して、並行処理をさせたってことか?」
「ドイルの化身は脳活動を最適化する能力かもしれねェッペ」
コンピューター工学、脳科学に対するごく一般的な知識を元に、ヨシズミはドイルのギフトの進化について予測を立てて見せた。
「理に適った推測だね。使い切れていないリソースを使い切る。結構じゃないか」
ドイルはヨシズミの見立てに満足しているようだった。
「それなら脳への負担が過大になる心配はなさそうですね」
「ああ。元々余っている分のキャパを回すだけだからな」
ステファノは、かつてドイルのギフト「タイムスライシング」を真似して倒れそうになったことがある。同時に複数の思考を重ねることの過酷さは身にしみていた。
例えて言うなら指先1本で複雑なピアノ曲を演奏するようなものであった。いくら音符1つの継続時間が短くても使えるリソースがあまりにも限られている。
覚醒したドイルのギフトなら10本の指をすべて使って曲を奏でることができる。
「実に面白いね。僕好みの進化だ。僕のアバターは僕の脳の管理者だ。自分の脳を支配するとは愉快じゃないか?」
「支配するのも自分。支配されるのも自分ということか。それはまたひねくれたギフトでお前にふさわしい」
ご満悦のドイルをマルチェルが冷やかした。
「自分の尾をくわえる蛇。『ウロボロスの蛇』か」
ネルソンが呟いた。
「あれはそういう名前なんですか? おとぎ話の本に描かれていた記憶があります」
「うむ。ウロボロスの蛇は不老不死、無限の象徴として使われることが多い。魔術師や錬金術師が目指す究極の叡智でもあろう」
ステファノの疑問にネルソンが答えた。
「しかし、またしても蛇か」
「何のことですか、またしてもとは?」
ドイルの言葉尻をマルチェルが捉えた。
「ステファノのアバターさ。ナーガだと言うじゃないか。蛇身の神のことだろう?」
「偶然の符合ではないと?」
「偶然とは思えないよね。ドリーという職員のギフトも『蛇の目』というらしいじゃないか」
ステファノを取り巻く「蛇」のイメージ。彼のギフトを取り巻くものと言ったほうが良いかもしれない。
「ウロボロスの蛇は『宇宙』の象徴でもある」
ドイルが解説を加えた。
「さらに言えばナーガとはレヴィアタンを指すかもしれない」
「レヴィアタンとは何者ですか?」
ステファノが聞いたことのない言葉であった。
「レヴィアタンとは海に住むと言われる伝説の巨獣だ。陸の巨獣ベヒモスと双璧をなすものと伝わっている」
「陸にも巨獣がいるんですか?」
「そういう伝説がある。多くは『2つで1つ』とされているようだ」
「まるで陰陽説のようですね」
ステファノは思いついた感想を述べた。
「二元論は洋の東西を問わず、古くから唱えられていたからね。神話にも反映されているのさ」
ドイルはステファノの抱いた印象を肯定した。
「正」と「悪」、「光」と「影」、「創造」と「破壊」。それらは対を成して世界の根幹を形作るものと考えられていたのだ。
「面白いことにレヴィアタンの原義は『渦を巻くもの』という意味らしい。丸く輪を描いた魚や蛇で表象された」
「自分の尻尾をくわえる蛇……」
「うん。ウロボロスの蛇を連想するね。中にはレヴィアタンを7つの頭を持つ蛇として描いている伝説もある」
ドイルは楽しそうに話を続けた。
「それで虹の王ですか」
ようやくナーガとレヴィアタンとが、ステファノの中で繋がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第382話 自然界には秩序と法則があるべきだ。」
「俺が得たビジョンの中で、ナーガは宇宙に匹敵する大きさでした」
「うん。君のビジョンはイデア界の本質に近づいているはずだから、本来大きさや時間には意味がない。宇宙は大きいものだというイメージがあるために、ナーガも巨大なものとしてビジョン化したのだろう」
何かがきっかけとなってステファノにとってのイデア界が「蛇」のイメージと結びついたものか?
しかし、それならば、なぜ他人のギフトにまで蛇のイメージがつきまとうのか?
「俺のイメージが先生やドリーさんのギフトに影響するとは思えません。ドリーさんの蛇の目に至っては俺と出会う前に発現したものですから」
ステファノは頭を振った。
……
◆お楽しみに。
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