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第4章 魔術学園奮闘編
第371話 第三の眼は開き、宇宙は俺の前にその姿を現す。
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満天に星が光っていた。空にはこれほどの星があったのか。
俺は初めて見る夜空をひたすら眺めていた。
足元は暗く、月の光だけでは地面の様子さえ定かに見えない。
それよりも俺は上空の星たちに魅入られていた。
星は真上だけで光っているわけではなかった。見上げていた顔を降ろしても星が見える。
どういうわけか見下ろす位置にさえ星が瞬いている。
俺は余程高い山の頂にいるらしい。
天空を滑り落ちるように、つうっと星が斜めに流れた。
(あれは「危ない奴」だから真似してはいけない)
ふと頭にそんな考えがよぎる。何のことかわからないが、大事なことだと知っていた。
気づかずに止めていた息を、ふうと吐き出す。改めて外気が凍えるほど冷たいことを知る。
なぜだか俺は落ちついていた。
空っぽの肺にゆっくりと外気を取り込む。慌ててはいけない。
いきなり冷たい空気を吸い込んでは、気道が凍りむせ返る。ゆっくり、体になじませながら大気を内に取り込むのだ。
鼻から吸い込んだ外気には森の香りが溶け込んでいた。雪解け水。芽吹く若葉。
地味豊かな土の香りが紛れ込んでいる。
冷たい大気を俺は体になじませながら、丸めて腹に溜める。山上の大気は陰気が濃い。
太陰である月が陰気を注いでいるかのように、星空から静かに光が下りて来る。
俺はひたすらに陰気を体内に取り込み、丹田に留めて練り上げる。小さな、小さな紫の玉が次第に大きさを増してゆく。
東の空が白み始めた頃、ようやくに拳大に育った陰気の玉を、俺は頭頂に捧げて瞑目する。
凍りつく静寂の中、俺の意識は拡散し、森羅万象ことごとくに触れる。第三の眼は開き、宇宙は俺の前にその姿を現す。
太陽はすべてを明るく照らすが、「本質」を照らし出すのは太陰が放つ陰気であった。
(陽気は「外」を照らし、陰気は「内」を照らす。陰陽相照らす時、映らざる物なし!)
その時頭上にひときわ明るい火球が走った。大量の陰気が火球から降り注ぐ。第三の眼がその閃光をはっきりと捉えた。
◆◆◆
(うっ!)
ステファノは床に倒れ込んでいることに気づいた。いつの間にかうつぶせに倒れていたらしい。
(何だ今のビジョンは? 何があった?)
額を手で触ると、先程結んだ鉢巻がまだ残っている。
(俺は「太陰鏡」を起動して魔視脳を刺激した。今見たのは魔視脳が見せた幻だろうか?)
幻影にしては随分とリアルだった。第一、ビジョンの中の「俺」はステファノではなかった。
他人の視点で夢の主人公を演じているような。人の頭の中に取りついたような。不思議な感覚であった。
(現実なのか夢なのかさえ定かではない。この世界でのことなのか? この時代でのことなのか?)
ビジョンの中で「第三の眼」が開いた感覚、それだけはリアルに記憶していた。未だかつてない透明度で「魔視」が働いた感覚があった。
(いや、今も残っている?)
ギフトを呼び出さなくとも、意識を向けるだけでイドが観える。
(魔視脳が開放されている?)
ステファノは結び目を解いて、太陰鏡を額から外した。
(やはり第三の眼が働く。俺の魔視脳は活性化されたんだ)
その時、ジョナサンが打つ午後4時の鐘が聞こえてきた。
(えっ? もう4時なの? かれこれ2時間も倒れていたのか?)
ステファノの感覚ではほんの10分ほどのことに感じられた。それだけ深く眠っていたということであろうか。
夕食までの2時間、ステファノは瞑想を行い、ギフトを呼び出し、魔力を練って、自分に生じた変化の性質を確認しようとした。
◆◆◆
「瞑想が必要なくなったと言うのですか?」
夕食の席でマルチェルがステファノの言葉を確認した。
「はい。瞑想するまでもなく、魔視脳が目覚めていると感じます。これまでは陰気陽気の合体である太極玉を頭頂部に捧げていましたが、そこには既に陰気が集まっています」
「確かに魔視脳が解放されてンナ。魔視脳に集中した陰気の周りを陽気が取り巻いて、言わばステファノの体全体が太極玉に変わってッペ」
ヨシズミが魔視で認識したステファノの状態は、ヨシズミ自身の状態でもあった。
「細かいところはともかく、その『太陰鏡』ってモンが魔視鏡と同じ働きをしたってことだッペナ」
「脳に陰気を当てると言ったが、危険はないのかね?」
ネルソンは医学者として気になる点をヨシズミに尋ねた。
「ステファノの話と、籠められた術式、実際に照射させてみて確かめた陰気の密度。オレの見立てでは魔視鏡と比べると、半分以下の強度だナ。これなら人体に危険はない」
ヨシズミは「本物」の魔視鏡を管理する立場にいた。日常的にそれを見て来た人間であった。
「半分以下ね。ならば効果も弱いのだろうか?」
ドイルは新しいおもちゃへの興味を示して尋ねた。
「どうだッペナ。本物にはない機能もあるかンナ」
「ほう。ステファノが加えたオリジナルというわけか。どんな機能だ?」
「冷却機能だッペ。魔視脳に陰気を当てながら、同時に冷却するようになってンのナ」
冷却機能は高山修行の条件を分析してたどりついた機能である。
「高山では気温が低く、滝行では特に体温が低下します。断食も体力をなくし、体温低下につながる行為だったはず。そう考えて脳を冷却することが大切なのではないかと考えました」
「脳が活発に活動すれば熱を発する。その逆も言える。脳の温度を下げて脳の活動を抑えることに意味があるのかもしれん」
ステファノの説明にネルソンが相槌を打つ。
「瞑想は脳の活動を押さえる効果もありそうです」
マルチェルが分析を加えた。
「確かに、魔視鏡を使う時は対象者をリラックスさせることが大切とされていたナ」
ヨシズミも当時を思い出しながら、頷いた。
「魔視脳への刺激効果が蓄積されることを考えると、ステファノの太陰鏡は魔視鏡の代用品として十分実用に足りそうだな」
ネルソンはそう結論づけた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第372話 見事な成果ですね、ステファノ。」
「なるほど。1度で解放に至らなかったとしても、何度か刺激を繰り返せばやがて全面解放に至るというわけか」
ドイルが頷いた。
「ステファノは太極玉での魔視脳刺激を繰り返していたからな。太陰鏡が最後の決め手になったのかもしれん」
ネルソンは冷静に太陰鏡を評価した。
「だとしても画期的な発明だ。これを使えば必ず魔視脳の解放に至るということだからな」
「旦那様、太陰鏡はウニベルシタスの目玉になりそうですな」
「どこにも真似のできないことだからな。王立アカデミーであってもだ」
……
◆お楽しみに。
俺は初めて見る夜空をひたすら眺めていた。
足元は暗く、月の光だけでは地面の様子さえ定かに見えない。
それよりも俺は上空の星たちに魅入られていた。
星は真上だけで光っているわけではなかった。見上げていた顔を降ろしても星が見える。
どういうわけか見下ろす位置にさえ星が瞬いている。
俺は余程高い山の頂にいるらしい。
天空を滑り落ちるように、つうっと星が斜めに流れた。
(あれは「危ない奴」だから真似してはいけない)
ふと頭にそんな考えがよぎる。何のことかわからないが、大事なことだと知っていた。
気づかずに止めていた息を、ふうと吐き出す。改めて外気が凍えるほど冷たいことを知る。
なぜだか俺は落ちついていた。
空っぽの肺にゆっくりと外気を取り込む。慌ててはいけない。
いきなり冷たい空気を吸い込んでは、気道が凍りむせ返る。ゆっくり、体になじませながら大気を内に取り込むのだ。
鼻から吸い込んだ外気には森の香りが溶け込んでいた。雪解け水。芽吹く若葉。
地味豊かな土の香りが紛れ込んでいる。
冷たい大気を俺は体になじませながら、丸めて腹に溜める。山上の大気は陰気が濃い。
太陰である月が陰気を注いでいるかのように、星空から静かに光が下りて来る。
俺はひたすらに陰気を体内に取り込み、丹田に留めて練り上げる。小さな、小さな紫の玉が次第に大きさを増してゆく。
東の空が白み始めた頃、ようやくに拳大に育った陰気の玉を、俺は頭頂に捧げて瞑目する。
凍りつく静寂の中、俺の意識は拡散し、森羅万象ことごとくに触れる。第三の眼は開き、宇宙は俺の前にその姿を現す。
太陽はすべてを明るく照らすが、「本質」を照らし出すのは太陰が放つ陰気であった。
(陽気は「外」を照らし、陰気は「内」を照らす。陰陽相照らす時、映らざる物なし!)
その時頭上にひときわ明るい火球が走った。大量の陰気が火球から降り注ぐ。第三の眼がその閃光をはっきりと捉えた。
◆◆◆
(うっ!)
ステファノは床に倒れ込んでいることに気づいた。いつの間にかうつぶせに倒れていたらしい。
(何だ今のビジョンは? 何があった?)
額を手で触ると、先程結んだ鉢巻がまだ残っている。
(俺は「太陰鏡」を起動して魔視脳を刺激した。今見たのは魔視脳が見せた幻だろうか?)
幻影にしては随分とリアルだった。第一、ビジョンの中の「俺」はステファノではなかった。
他人の視点で夢の主人公を演じているような。人の頭の中に取りついたような。不思議な感覚であった。
(現実なのか夢なのかさえ定かではない。この世界でのことなのか? この時代でのことなのか?)
ビジョンの中で「第三の眼」が開いた感覚、それだけはリアルに記憶していた。未だかつてない透明度で「魔視」が働いた感覚があった。
(いや、今も残っている?)
ギフトを呼び出さなくとも、意識を向けるだけでイドが観える。
(魔視脳が開放されている?)
ステファノは結び目を解いて、太陰鏡を額から外した。
(やはり第三の眼が働く。俺の魔視脳は活性化されたんだ)
その時、ジョナサンが打つ午後4時の鐘が聞こえてきた。
(えっ? もう4時なの? かれこれ2時間も倒れていたのか?)
ステファノの感覚ではほんの10分ほどのことに感じられた。それだけ深く眠っていたということであろうか。
夕食までの2時間、ステファノは瞑想を行い、ギフトを呼び出し、魔力を練って、自分に生じた変化の性質を確認しようとした。
◆◆◆
「瞑想が必要なくなったと言うのですか?」
夕食の席でマルチェルがステファノの言葉を確認した。
「はい。瞑想するまでもなく、魔視脳が目覚めていると感じます。これまでは陰気陽気の合体である太極玉を頭頂部に捧げていましたが、そこには既に陰気が集まっています」
「確かに魔視脳が解放されてンナ。魔視脳に集中した陰気の周りを陽気が取り巻いて、言わばステファノの体全体が太極玉に変わってッペ」
ヨシズミが魔視で認識したステファノの状態は、ヨシズミ自身の状態でもあった。
「細かいところはともかく、その『太陰鏡』ってモンが魔視鏡と同じ働きをしたってことだッペナ」
「脳に陰気を当てると言ったが、危険はないのかね?」
ネルソンは医学者として気になる点をヨシズミに尋ねた。
「ステファノの話と、籠められた術式、実際に照射させてみて確かめた陰気の密度。オレの見立てでは魔視鏡と比べると、半分以下の強度だナ。これなら人体に危険はない」
ヨシズミは「本物」の魔視鏡を管理する立場にいた。日常的にそれを見て来た人間であった。
「半分以下ね。ならば効果も弱いのだろうか?」
ドイルは新しいおもちゃへの興味を示して尋ねた。
「どうだッペナ。本物にはない機能もあるかンナ」
「ほう。ステファノが加えたオリジナルというわけか。どんな機能だ?」
「冷却機能だッペ。魔視脳に陰気を当てながら、同時に冷却するようになってンのナ」
冷却機能は高山修行の条件を分析してたどりついた機能である。
「高山では気温が低く、滝行では特に体温が低下します。断食も体力をなくし、体温低下につながる行為だったはず。そう考えて脳を冷却することが大切なのではないかと考えました」
「脳が活発に活動すれば熱を発する。その逆も言える。脳の温度を下げて脳の活動を抑えることに意味があるのかもしれん」
ステファノの説明にネルソンが相槌を打つ。
「瞑想は脳の活動を押さえる効果もありそうです」
マルチェルが分析を加えた。
「確かに、魔視鏡を使う時は対象者をリラックスさせることが大切とされていたナ」
ヨシズミも当時を思い出しながら、頷いた。
「魔視脳への刺激効果が蓄積されることを考えると、ステファノの太陰鏡は魔視鏡の代用品として十分実用に足りそうだな」
ネルソンはそう結論づけた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第372話 見事な成果ですね、ステファノ。」
「なるほど。1度で解放に至らなかったとしても、何度か刺激を繰り返せばやがて全面解放に至るというわけか」
ドイルが頷いた。
「ステファノは太極玉での魔視脳刺激を繰り返していたからな。太陰鏡が最後の決め手になったのかもしれん」
ネルソンは冷静に太陰鏡を評価した。
「だとしても画期的な発明だ。これを使えば必ず魔視脳の解放に至るということだからな」
「旦那様、太陰鏡はウニベルシタスの目玉になりそうですな」
「どこにも真似のできないことだからな。王立アカデミーであってもだ」
……
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