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第4章 魔術学園奮闘編
第367話 ステファノ、アカデミーに信頼できる大人はいるか?
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「すぐに気づいて良かった。『術式複写』はこの場限りのこととして封印しよう」
ネルソンはそう言い渡した。ステファノに異論はなかった。
「俺の考えが浅くて、申し訳ありませんでした」
「謝る必要はない。どこかに出す前に止められたからな。実害はない」
「その通りだ、ステファノ。発明にのめり込んだら周りが見えなくなるのはよくあることさ。そのために第三者のチェックが必要なんだ」
こういったことは経験済みなのであろう。ドイルが言い聞かせるように語った。
「これからも何かを発明した時は、我々に見せてくれ。そのまま世の中に出して良い物かどうか、落ちついて相談しよう」
「俺としてはありがたい話です。皆さんを煩わせてすみませんが」
「気にする必要はないさ。ネルソンも店の仕事は使用人に任せようとしているところだしな?」
「ああ。重要な案件は任せきりとはいかんが、日々の仕事は私が指図する必要はない」
それもウニベルシタスを始めとする「再生」に専念しようとする努力の1つであった。
「旦那様、休みの間はここで話を聞いてやれます。しかし、2学期が始まるとそうは行かないかと」
「うむ。ステファノ、アカデミーに信頼できる大人はいるか?」
「ドイル先生以外ですよね? 一番身近にいるのはドリーさんという魔術試射場の係員です」
これまでも新しい魔術や魔道具を見せて相談してきたことを、ステファノは3人に説明した。
「ガル老師の姪御さんだと? 縁がつながっていたというべきかな。その人から秘密が漏れた節はないな」
「はい。試射場でのことはほとんど情報がありません。口の堅い方だと存じます」
マルチェルがネルソンの問いに答えた。アカデミー内にもギルモアの耳目はある。
そもそもステファノに何かあれば、マリアンヌ学科長からギルモア本家に連絡が入ることになっていた。
「ドリー女史に告げるのも憚られるような内容なら、僕の研究室に来ると良いよ」
「判断に困ることがあったら、相談させてください」
ドイルの申し出にステファノは礼を言った。
「ところで、術式複写魔術具のことなんですが、偽装をしたらどうでしょうか?」
「偽装だと? どんな細工をするつもりだね?」
「複写していることを隠して、『蛇の巣(改)』専用の書き込み道具に見せるんです」
ステファノは試作品の羽ペンでやり方を示した。
「羽ペンには術式複写の付与をした鉄粉を仕込んであります。これにもう1つ『蛇の巣(改)』を付与した鉄粉を『術の素』として埋め込んでおくんです」
そうしておいて、「術の素」から「空の鉄粉」に「蛇の巣(改)」を複写する。外見上は「蛇の巣(改)」をいきなり書き込んでいるように見えるはずであった。
「言いたいことはわかったよ。今のままだといちいち羽ペンに『術の素』を埋め込まなくちゃならないが、もっと簡単に出し入れできる隠しポケットを持たせた『書き込み器』を用意すれば良いんだね?」
「そうですね。ゆくゆくは水車の力で動かすなりして、人手を介さず魔道具を量産できるんじゃないかと」
「無人で魔道具を作る気か……?」
ステファノのイメージには、国民全員が魔道具を持っている世の中があった。
「魔道具は人を苦役から解放する道具になるはずです。だったらそれを作るのに人手をかけていては、本末転倒でしょう」
水汲みのつらさ、床磨きの苦しさがない世界は、さぞかし暮らしやすいに違いない。自分の仕事はそんな世界を作り出す手伝いをすることだと、ステファノは思っていた。
「おめェならできるかもナ。面倒なことは大人たちに任せればいいのサ」
「ははは。ヨシズミの言う通りだ。頼むぞ、ネルソン」
人任せにする気満々のドイルであった。
「ふん。お前にも手伝ってもらうぞ、ドイル。科学の出番があるはずだからな」
「物作りならどこぞの工房の方がよほど得意だろう。世界の謎に迫ろうというなら手伝うこともやぶさかではないぞ」
ドイルは昂然とうそぶいた。
「その日はそんなに遠くねェかもナ」
ヨシズミは低い声でつぶやいた。
「この世界のシステムは誰かが作ったモンだッペ。今も動いてるってことは、誰かが維持してるンだナ」
「その誰かといずれ衝突することになるか?」
ドイルはむしろ待ち遠しいような顔で言う。
「悪気のある相手と決まったわけでねェけどナ。対面は避けられねェッペ」
ヨシズミは慎重に言った。
「600年以上も続く体制の裏方だ。代々受け継ぐ組織のようなものか……」
「そうかもしんねェし、そうでねェかもしんね。人ですらねェかもナ」
ネルソンの推測はこの世界の「常識」に沿ったものだったが、ヨシズミはそれを超える現実をも想像していた。
「ほほう。面白くなってきたようだな。人でないとしたら、それは何かね?」
ドイルは舌なめずりしそうな目でヨシズミを見た。
「いろいろ可能性はある。先ず、寿命を克服した人間かもしれない。オレの世界では科学で生物の複製を作ることも可能だった」
「ふふん。ネルソン商会の薬など消し飛ぶような話だな。ならば、体のパーツを取り換えたり、いっそのことそっくり入れ替えるなんてこともできるわけか」
外科手術さえ未発達の世界にいながら、ドイルは生体培養の可能性を想像することができる。
「その場合、意識や記憶をどうするね?」
ドイルの目がぎらぎらと輝いた。
「思念はすべて脳内で発生する電気的な信号に置き換えられる。この世界で言う雷気だな。記録も複製も可能だった」
「よし。肉体を乗り換えて600年生き続けることも理論上は可能なのだな? 複数の仲間がいれば、互いに『措置』し合える」
「高度な医療器械を使えば、自動化も可能だろう」
ヨシズミは淡々と可能性を語った。
「2番めの可能性は、人工知性だ。オレたちはAIと呼んでいた」
「ステファノが言う化身の究極形か?」
「当たらずとも遠からず。オレの世界では魔法ではなく、科学的に実現していた」
「はははは。科学で知性を生み出したのか? 何と背徳的で素敵なんだ!」
ドイルは興奮に体を震わせた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第368話 好き好んでそう思ってるわけじゃねェよ?」
「3つめの可能性は、ぐっと確率が下がる。宇宙からの知性体がこの世界に住みついているという考えだ」
「宇宙を移動できる知性体が、こんな世界に留まる意味がわからんね」
「そうだッペナ。ありそうもないが、一応可能なシナリオではある」
ヨシズミは話を続けた。
「4つめは、『神そのもの』または『神に準ずる』超自然知性体である可能性だ」
「自然を超越しているという定義自体が、僕の理論体系と反発するね。それが存在するなら『自然』の一部であると僕は考える主義だ」
「好き好んでそう思ってるわけじゃねェよ? 可能性の話だ。長寿命と超常能力の説明がつきやすいんでね」
そう言ってヨシズミは息を継いだ。
……
◆お楽しみに。
ネルソンはそう言い渡した。ステファノに異論はなかった。
「俺の考えが浅くて、申し訳ありませんでした」
「謝る必要はない。どこかに出す前に止められたからな。実害はない」
「その通りだ、ステファノ。発明にのめり込んだら周りが見えなくなるのはよくあることさ。そのために第三者のチェックが必要なんだ」
こういったことは経験済みなのであろう。ドイルが言い聞かせるように語った。
「これからも何かを発明した時は、我々に見せてくれ。そのまま世の中に出して良い物かどうか、落ちついて相談しよう」
「俺としてはありがたい話です。皆さんを煩わせてすみませんが」
「気にする必要はないさ。ネルソンも店の仕事は使用人に任せようとしているところだしな?」
「ああ。重要な案件は任せきりとはいかんが、日々の仕事は私が指図する必要はない」
それもウニベルシタスを始めとする「再生」に専念しようとする努力の1つであった。
「旦那様、休みの間はここで話を聞いてやれます。しかし、2学期が始まるとそうは行かないかと」
「うむ。ステファノ、アカデミーに信頼できる大人はいるか?」
「ドイル先生以外ですよね? 一番身近にいるのはドリーさんという魔術試射場の係員です」
これまでも新しい魔術や魔道具を見せて相談してきたことを、ステファノは3人に説明した。
「ガル老師の姪御さんだと? 縁がつながっていたというべきかな。その人から秘密が漏れた節はないな」
「はい。試射場でのことはほとんど情報がありません。口の堅い方だと存じます」
マルチェルがネルソンの問いに答えた。アカデミー内にもギルモアの耳目はある。
そもそもステファノに何かあれば、マリアンヌ学科長からギルモア本家に連絡が入ることになっていた。
「ドリー女史に告げるのも憚られるような内容なら、僕の研究室に来ると良いよ」
「判断に困ることがあったら、相談させてください」
ドイルの申し出にステファノは礼を言った。
「ところで、術式複写魔術具のことなんですが、偽装をしたらどうでしょうか?」
「偽装だと? どんな細工をするつもりだね?」
「複写していることを隠して、『蛇の巣(改)』専用の書き込み道具に見せるんです」
ステファノは試作品の羽ペンでやり方を示した。
「羽ペンには術式複写の付与をした鉄粉を仕込んであります。これにもう1つ『蛇の巣(改)』を付与した鉄粉を『術の素』として埋め込んでおくんです」
そうしておいて、「術の素」から「空の鉄粉」に「蛇の巣(改)」を複写する。外見上は「蛇の巣(改)」をいきなり書き込んでいるように見えるはずであった。
「言いたいことはわかったよ。今のままだといちいち羽ペンに『術の素』を埋め込まなくちゃならないが、もっと簡単に出し入れできる隠しポケットを持たせた『書き込み器』を用意すれば良いんだね?」
「そうですね。ゆくゆくは水車の力で動かすなりして、人手を介さず魔道具を量産できるんじゃないかと」
「無人で魔道具を作る気か……?」
ステファノのイメージには、国民全員が魔道具を持っている世の中があった。
「魔道具は人を苦役から解放する道具になるはずです。だったらそれを作るのに人手をかけていては、本末転倒でしょう」
水汲みのつらさ、床磨きの苦しさがない世界は、さぞかし暮らしやすいに違いない。自分の仕事はそんな世界を作り出す手伝いをすることだと、ステファノは思っていた。
「おめェならできるかもナ。面倒なことは大人たちに任せればいいのサ」
「ははは。ヨシズミの言う通りだ。頼むぞ、ネルソン」
人任せにする気満々のドイルであった。
「ふん。お前にも手伝ってもらうぞ、ドイル。科学の出番があるはずだからな」
「物作りならどこぞの工房の方がよほど得意だろう。世界の謎に迫ろうというなら手伝うこともやぶさかではないぞ」
ドイルは昂然とうそぶいた。
「その日はそんなに遠くねェかもナ」
ヨシズミは低い声でつぶやいた。
「この世界のシステムは誰かが作ったモンだッペ。今も動いてるってことは、誰かが維持してるンだナ」
「その誰かといずれ衝突することになるか?」
ドイルはむしろ待ち遠しいような顔で言う。
「悪気のある相手と決まったわけでねェけどナ。対面は避けられねェッペ」
ヨシズミは慎重に言った。
「600年以上も続く体制の裏方だ。代々受け継ぐ組織のようなものか……」
「そうかもしんねェし、そうでねェかもしんね。人ですらねェかもナ」
ネルソンの推測はこの世界の「常識」に沿ったものだったが、ヨシズミはそれを超える現実をも想像していた。
「ほほう。面白くなってきたようだな。人でないとしたら、それは何かね?」
ドイルは舌なめずりしそうな目でヨシズミを見た。
「いろいろ可能性はある。先ず、寿命を克服した人間かもしれない。オレの世界では科学で生物の複製を作ることも可能だった」
「ふふん。ネルソン商会の薬など消し飛ぶような話だな。ならば、体のパーツを取り換えたり、いっそのことそっくり入れ替えるなんてこともできるわけか」
外科手術さえ未発達の世界にいながら、ドイルは生体培養の可能性を想像することができる。
「その場合、意識や記憶をどうするね?」
ドイルの目がぎらぎらと輝いた。
「思念はすべて脳内で発生する電気的な信号に置き換えられる。この世界で言う雷気だな。記録も複製も可能だった」
「よし。肉体を乗り換えて600年生き続けることも理論上は可能なのだな? 複数の仲間がいれば、互いに『措置』し合える」
「高度な医療器械を使えば、自動化も可能だろう」
ヨシズミは淡々と可能性を語った。
「2番めの可能性は、人工知性だ。オレたちはAIと呼んでいた」
「ステファノが言う化身の究極形か?」
「当たらずとも遠からず。オレの世界では魔法ではなく、科学的に実現していた」
「はははは。科学で知性を生み出したのか? 何と背徳的で素敵なんだ!」
ドイルは興奮に体を震わせた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第368話 好き好んでそう思ってるわけじゃねェよ?」
「3つめの可能性は、ぐっと確率が下がる。宇宙からの知性体がこの世界に住みついているという考えだ」
「宇宙を移動できる知性体が、こんな世界に留まる意味がわからんね」
「そうだッペナ。ありそうもないが、一応可能なシナリオではある」
ヨシズミは話を続けた。
「4つめは、『神そのもの』または『神に準ずる』超自然知性体である可能性だ」
「自然を超越しているという定義自体が、僕の理論体系と反発するね。それが存在するなら『自然』の一部であると僕は考える主義だ」
「好き好んでそう思ってるわけじゃねェよ? 可能性の話だ。長寿命と超常能力の説明がつきやすいんでね」
そう言ってヨシズミは息を継いだ。
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