飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
366 / 671
第4章 魔術学園奮闘編

第366話 どこまでも果てしなく映り込む合わせ鏡の像のようだ……。

しおりを挟む
 休養の2日め、ステファノは護身具タリスマンの製作に着手した。

 ネルソンが手配した装身具の類はまだ届いていない。とりあえず持参した手持ちの「鉄粉」に防御魔術「蛇の巣」を付与することにした。

「蛇の巣」の術式は記憶に新しいが、当初の術には「魔核混入マーキング」に対する防御が含まれていない。今回は魔核の侵入を検知したら、これを捕獲して排出する仕組みを追加する。

 言わば「蛇の巣(改)」であった。

 ステファノは術理に誤りがないことを確認しつつ、原型となる術式を構築した。完成した術式をインデックスに刻む。

 護身具を作るならインデックスを呼び出し、術式を対象物のイドに書き込めばよい。
 だが、今回ステファノは「護身具を作る魔術具」を製作しようとしていた。

「護身具メーカー」。

 そう名づけて術式を設計しようと考えていた。しかし、どうもしっくりこない。

(護身具を作る護身具メーカーを作るなら、護身具メーカーを作る魔術具があっても良いよな)

 そうすると籠める術式を新しくするたびに、メーカーとメーカー・メーカーを作る必要がある。

(何だか無駄な気がする。とにかく術式を持って来て・・・・・、対象物に落とし込め・・・・・ば良いんだよね……)

「持って来て、落とし込む」

(うん? どこかで聞いた、いや、目にした気がする。図書館で……。魔示板マジボードの調査をした時か)

引いて落とすドラグ&ドロップ

 魔示板マジボードのヘルプにはそう書いてあった。どうやら「元の内容オリジナル」を別の場所に複写する操作のことを言っているらしいと見当をつけたのだが、こういう作業のことを言っているのか?

(そうか。「術式を複写する」という術式を作れば良いんだ! 元となる術式があれば何度でも複写ができる。しかも「複写」の術式自体も複写することができるじゃないか!)

「自分自身を再生産する魔道具」という概念に、ステファノはめまいを覚えた。

(どこまでも果てしなく映り込む合わせ鏡の像のようだ……)

 湧き上がってくる興奮を抑えて、ステファノは術式の書き込みを始めた。

(先ずは「蛇の巣(改)」だ)

 息が漏れないように手拭いで鼻と口をふさぎ、ステファノは鉄粉を1粒、ピンセットで摘まみ上げた。それを机の上の小皿に乗せる。その小皿を包むように両手をかざした。

「いろはにほへと、ちりぬるを~」

 あえて声に出して成句を唱える。
 小皿の上に魔核マジコアを抱き込んだ魔法円が浮かんだ。

「ステファノの名において虹の王ナーガに命ず。術式『蛇の巣(改)』をここに籠めよ」

 一瞬魔核が青白く光り輝き、すぐに明るさを失った。代わりに皿の上の鉄粉がきらりと光る。

(できた。鉄粉から魔力を感じるぞ)

 ステファノは小皿の上から拳を振り下ろした。拳は見えない力に遮られて、軌道を変えて小皿の脇に落ちる。

 ごとん。

「つー……。いたたた。よし! 付与は成功したぞ」

 ステファノははやる気持ちを抑えて、もう1つ小皿を並べて新しい鉄粉を2粒置いた。

(いろはにほへと、ちりぬるを~)

 今度は念誦ねんじゅにより魔法円を呼び出した。

(ステファノの名において虹の王ナーガに求める。ここに刻め、「術式複写ドラグ&ドロップ」)

 魔法円はぴかりと光ってステファノの思念に応えた。

(これで良いはずだ。さて、このままじゃ使いにくいから何かの道具に納めないと……)

 机の上を眺めまわして、ステファノは1本の羽ペンを取り上げた。

(「書き込む・・・・」道具だし、これが良いだろう)

 千枚通しで軸の部分に穴を開け、慎重に取り上げた鉄粉1粒をピンセットで納める。その上から蝋を溶かして封入した。

(さて、複写の魔術具ができた。ちゃんと同じものを複製できるかテストしないとね)

 ステファノは「蛇の巣(改)」を書き込んだ鉄粉の横に、新しい鉄粉を2粒置いた。

術式複写ドラグ&ドロップ! これからこれへ」

 言葉を発しながら羽ペンで複写元と複写先の鉄粉を撫でるようにする。すると小皿の上で魔法円が光り、新しく置いた鉄粉2粒がきらりと輝いた。

 先ほどと同様に殴りつけて試すと、見事攻撃はそらされた。

(よし! 複写の性能に間違いない。同時に複数の複写先にも書き込めるぞ)

 魔術具製作成功の喜びに浸りながら、ステファノは100粒の鉄粉に「蛇の巣(改)」の術式を複写した。
 直接装身具に書き込むこともできるのだが、さすがに100個となるとかさばるので取り扱いが面倒になる。

 術式を書き込んだ鉄粉をネルソンに渡し、信頼できる細工物師を使って装身具に埋め込んでもらうことにしたのだ。

 ◆◆◆

「昨日の話と違うんじゃないか?」

「術式複写」魔術具の説明を聞いたドイルは、そう言って顔をひきつらせた。

「これは……表に出せないだろう?」
「そうだな。あまりにも危険すぎる」

 ドイルの不安そうな声にネルソンも同調した。

「危険とはどういうことでしょう?」

 影響力の大きいものを作り出してしまったと自覚はしていたが、ステファノには「危険」という言葉の意味がわからなかった。

「これを使えば、どんな魔道具でも・・・・・・・・複製できるのだろう?」
「あ!」
「たとえ、国宝級のアーティファクトでもな」

 アーティファクトの中には上級魔術クラスの殺傷力を有する武器もある。そんなものを大量に複製できるとなったら軍事バランスが崩壊してしまう。

「ステファノがいなくても使えるというところが最悪だ。魔術具を奪った上でステファノを殺してしまえということになるだろうなあ」
「ああ!」

 ドイルの追い打ちにステファノは殴られたような衝撃を受けた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第367話 ステファノ、アカデミーに信頼できる大人はいるか?」

「すぐに気づいて良かった。『術式複写ドラグ&ドロップ』はこの場限りのこととして封印しよう」

 ネルソンはそう言い渡した。ステファノに異論はなかった。

「俺の考えが浅くて、申し訳ありませんでした」
「謝る必要はない。どこかに出す前に止められたからな。実害はない」
「その通りだ、ステファノ。発明にのめり込んだら周りが見えなくなるのはよくあることさ。そのために第三者のチェックが必要なんだ」

 こういったことは経験済みなのであろう。ドイルが言い聞かせるように語った。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...