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第4章 魔術学園奮闘編
第365話 どこからどう見ても『イカレた』男だろう?
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「アカデミーでも『抑止力』になっているんですよ」
ステファノは杖を持っていると警戒されて絡まれにくいことをドイルに説明した。
「おや? 僕が聞いたのは『あいつは普通じゃないから手を出さない方が良い』っていう評判だったがなあ」
「ええ~? そんなことを言われているんですかぁ?」
ドイルが聞いた噂ではステファノは「アブナイ奴」扱いされていた。ステファノの認識とは「危ない」の意味が違う。
「入学初日から教務長に呼び出され、その上衛兵隊にしょっ引かれた。毎日黒の道着姿で歩き回り、手にはぶった切ったモップの柄を持ち、そいつに黒いロープを巻きつけている。どこからどう見ても『イカレた』男だろう?」
ドイルの寸評は容赦なかった。
「衛兵隊の一件はまったくの濡れ衣だし、人を格好で判断するのはひどすぎますよ」
ステファノはすっかり意気消沈してしまった。
「うん。その意見は正しいね。僕は外見を気にしないタイプだからね。世の中っていうのはそんなものだっていう話さ」
所詮、世間一般は知らないものを見た目だけで判断しがちであった。
「君が敬遠されている原因は、それだけではないよ?」
「他にもありましたか?」
「ギルモアの獅子さ。ギルモア家が背後にいると知られてからは、みんな手を出す勇気をなくしたってわけだ」
「ああ、そういうことですか」
ステファノ自身が吹聴して歩いたわけではないが、最近では商売の売り込みや取り込み詐欺を追い払うために、サントスやトーマがギルモアの名前を喧伝していた。
「ギルモアの身内に手を出すと、ここにいるマルチェルみたいな連中が黙っていないからね」
「それではやくざの御礼詣りではないですか。いささか人聞きが悪いですね」
「そうは言うが、僕は知っているぞ? 王立騎士団の団長も昔ギルモア家の女使用人に手を出して、後日痛い目に遭ったとか」
ステファノにとっては初めて聞く話だった。
「あれは『教育的指導』です。下の始末がだらしないようでしたのでね。しつけをして上げました」
「まるで犬扱いだな」
「程度は一緒でしたね」
マルチェルはドイルの追及を受けても素知らぬ顔であった。
「ステファノには仲間がいンだッペ? だったら、他のもンが何と思っていようと気にすッことなかッペ」
ヨシズミの言葉はいつもと変わらなかった。確かにその通りなのだ。
ステファノにとって大切な人たちは、彼を仲間として受け入れてくれていた。
仲間がいれば良い。
たった一人、異世界に流されたヨシズミがそう言うのであった。
「師匠の言う通りですね。仲間でもない人間が何と言おうと、どうでも良いことでした」
「仲間ができねェことを心配してたッケ、しっかりこさえてンのナ」
「出会いに恵まれたと思っています」
ステファノに仲間ができたことを、ヨシズミは我がことのように喜んでいた。自身は人に利用され、人を傷つけ、人に追われて山籠もりした日々を送ったがゆえに。
「仲間を大切にするこッたナ」
「はい。かけがえのない宝だと思っています」
ステファノは本心からそう言った。
「魔術発動具をカムフラージュにする件は、ガル老師もやっていたんです」
「ああ、盗賊に襲われた時に短杖を捨てていたな」
ネルソンは当時の様子を思い出して言った。
「武器を捨てたと思わせれば、相手が油断するということがわかりました」
「うむ。戦いでは情報を制したものが有利になる。それは間違いない」
それほどまでに未だ出会ってもいない敵を恐れねばならぬとは。ネルソンはステファノの境遇を思って嘆息した。
ステファノの用心は決して考えすぎではないのだ。
「それもこれも世の中に余裕がないせいだな」
「余裕ですか?」
「十分に行き渡っていないものを独り占めしようと思うから、人を押しのけねばならんのだ。皆が満ち足りていたならば奪い合いは起きんよ」
「そういうことですか」
ステファノは納得した。
「満腹なのに人の飯を横取りする奴はいませんね」
「そうだな」
「余程うまそうな飯だったら別かもしれませんが……」
何気ないステファノの言葉に、マルチェルはふと得体の知れない不安を感じた。
◆◆◆
年が明ければアカデミーに戻るステファノを店で働かせるつもりはなかった。ネルソンは別宅にステファノの居場所を用意し、休暇を自由に過ごさせることにしていた。
一通りの報告を終えたステファノは、「打ち身の痛みが消えるまで」という名目で2日ほど休養を申し渡された。その間は体術の鍛錬も、魔法の稽古も休むようにと。
(体を動かさなければ良いだろう)
「休養」の意味をそう解釈したステファノは、次の日は瞑想三昧にふけることにした。
頭頂部に太極玉を捧げ、それを維持したまま様々にイドを動かした。
全身に均一にまとった後は体の一箇所に集める。
薄く弱めた後に爆発的に強化する。
集め、散らし、動かして止めた。
思うのは前日の組手である。最後はマルチェルにイドを吹き飛ばされた。
体術の技巧や体力の差で劣るのは当然だが、イドの競り合いで負けたのはなぜか?
(あれはマルチェルさんの瞬発力にやられたんだ)
マルチェルのイドはここぞという時に爆発的に膨張する。それも攻撃や防御の一点に集中して。
「身心一如」
その教えをマルチェルは尊師から受け継いだという。心と体はひとつであり、ひとつであるべきだと。
(イドが存在の本質であるなら、体の動きと共に働きを示すべきだ)
ステファノの「形意」はまだ結びつきが弱かったのだ。「打つ」という「意」は体が発する打撃とイドが発する気功をふたつながらに備えることにより、初めて「威」に昇華される。
(ヨシズミ師匠の「千変万化」も多分同じ術理を含んでいるはず)
第三の目を開きながら、ステファノはひたすらイドの集中と拡散、膨張と放出を繰り返した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第366話 どこまでも果てしなく映り込む合わせ鏡の像のようだ……。」
休養の2日め、ステファノは護身具の製作に着手した。
ネルソンが手配した装身具の類はまだ届いていない。とりあえず持参した手持ちの「鉄粉」に防御魔術「蛇の巣」を付与することにした。
「蛇の巣」の術式は記憶に新しいが、当初の術には「魔核混入」に対する防御が含まれていない。今回は魔核の侵入を検知したら、これを捕獲して排出する仕組みを追加する。
言わば「蛇の巣(改)」であった。
……
◆お楽しみに。
ステファノは杖を持っていると警戒されて絡まれにくいことをドイルに説明した。
「おや? 僕が聞いたのは『あいつは普通じゃないから手を出さない方が良い』っていう評判だったがなあ」
「ええ~? そんなことを言われているんですかぁ?」
ドイルが聞いた噂ではステファノは「アブナイ奴」扱いされていた。ステファノの認識とは「危ない」の意味が違う。
「入学初日から教務長に呼び出され、その上衛兵隊にしょっ引かれた。毎日黒の道着姿で歩き回り、手にはぶった切ったモップの柄を持ち、そいつに黒いロープを巻きつけている。どこからどう見ても『イカレた』男だろう?」
ドイルの寸評は容赦なかった。
「衛兵隊の一件はまったくの濡れ衣だし、人を格好で判断するのはひどすぎますよ」
ステファノはすっかり意気消沈してしまった。
「うん。その意見は正しいね。僕は外見を気にしないタイプだからね。世の中っていうのはそんなものだっていう話さ」
所詮、世間一般は知らないものを見た目だけで判断しがちであった。
「君が敬遠されている原因は、それだけではないよ?」
「他にもありましたか?」
「ギルモアの獅子さ。ギルモア家が背後にいると知られてからは、みんな手を出す勇気をなくしたってわけだ」
「ああ、そういうことですか」
ステファノ自身が吹聴して歩いたわけではないが、最近では商売の売り込みや取り込み詐欺を追い払うために、サントスやトーマがギルモアの名前を喧伝していた。
「ギルモアの身内に手を出すと、ここにいるマルチェルみたいな連中が黙っていないからね」
「それではやくざの御礼詣りではないですか。いささか人聞きが悪いですね」
「そうは言うが、僕は知っているぞ? 王立騎士団の団長も昔ギルモア家の女使用人に手を出して、後日痛い目に遭ったとか」
ステファノにとっては初めて聞く話だった。
「あれは『教育的指導』です。下の始末がだらしないようでしたのでね。しつけをして上げました」
「まるで犬扱いだな」
「程度は一緒でしたね」
マルチェルはドイルの追及を受けても素知らぬ顔であった。
「ステファノには仲間がいンだッペ? だったら、他のもンが何と思っていようと気にすッことなかッペ」
ヨシズミの言葉はいつもと変わらなかった。確かにその通りなのだ。
ステファノにとって大切な人たちは、彼を仲間として受け入れてくれていた。
仲間がいれば良い。
たった一人、異世界に流されたヨシズミがそう言うのであった。
「師匠の言う通りですね。仲間でもない人間が何と言おうと、どうでも良いことでした」
「仲間ができねェことを心配してたッケ、しっかりこさえてンのナ」
「出会いに恵まれたと思っています」
ステファノに仲間ができたことを、ヨシズミは我がことのように喜んでいた。自身は人に利用され、人を傷つけ、人に追われて山籠もりした日々を送ったがゆえに。
「仲間を大切にするこッたナ」
「はい。かけがえのない宝だと思っています」
ステファノは本心からそう言った。
「魔術発動具をカムフラージュにする件は、ガル老師もやっていたんです」
「ああ、盗賊に襲われた時に短杖を捨てていたな」
ネルソンは当時の様子を思い出して言った。
「武器を捨てたと思わせれば、相手が油断するということがわかりました」
「うむ。戦いでは情報を制したものが有利になる。それは間違いない」
それほどまでに未だ出会ってもいない敵を恐れねばならぬとは。ネルソンはステファノの境遇を思って嘆息した。
ステファノの用心は決して考えすぎではないのだ。
「それもこれも世の中に余裕がないせいだな」
「余裕ですか?」
「十分に行き渡っていないものを独り占めしようと思うから、人を押しのけねばならんのだ。皆が満ち足りていたならば奪い合いは起きんよ」
「そういうことですか」
ステファノは納得した。
「満腹なのに人の飯を横取りする奴はいませんね」
「そうだな」
「余程うまそうな飯だったら別かもしれませんが……」
何気ないステファノの言葉に、マルチェルはふと得体の知れない不安を感じた。
◆◆◆
年が明ければアカデミーに戻るステファノを店で働かせるつもりはなかった。ネルソンは別宅にステファノの居場所を用意し、休暇を自由に過ごさせることにしていた。
一通りの報告を終えたステファノは、「打ち身の痛みが消えるまで」という名目で2日ほど休養を申し渡された。その間は体術の鍛錬も、魔法の稽古も休むようにと。
(体を動かさなければ良いだろう)
「休養」の意味をそう解釈したステファノは、次の日は瞑想三昧にふけることにした。
頭頂部に太極玉を捧げ、それを維持したまま様々にイドを動かした。
全身に均一にまとった後は体の一箇所に集める。
薄く弱めた後に爆発的に強化する。
集め、散らし、動かして止めた。
思うのは前日の組手である。最後はマルチェルにイドを吹き飛ばされた。
体術の技巧や体力の差で劣るのは当然だが、イドの競り合いで負けたのはなぜか?
(あれはマルチェルさんの瞬発力にやられたんだ)
マルチェルのイドはここぞという時に爆発的に膨張する。それも攻撃や防御の一点に集中して。
「身心一如」
その教えをマルチェルは尊師から受け継いだという。心と体はひとつであり、ひとつであるべきだと。
(イドが存在の本質であるなら、体の動きと共に働きを示すべきだ)
ステファノの「形意」はまだ結びつきが弱かったのだ。「打つ」という「意」は体が発する打撃とイドが発する気功をふたつながらに備えることにより、初めて「威」に昇華される。
(ヨシズミ師匠の「千変万化」も多分同じ術理を含んでいるはず)
第三の目を開きながら、ステファノはひたすらイドの集中と拡散、膨張と放出を繰り返した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第366話 どこまでも果てしなく映り込む合わせ鏡の像のようだ……。」
休養の2日め、ステファノは護身具の製作に着手した。
ネルソンが手配した装身具の類はまだ届いていない。とりあえず持参した手持ちの「鉄粉」に防御魔術「蛇の巣」を付与することにした。
「蛇の巣」の術式は記憶に新しいが、当初の術には「魔核混入」に対する防御が含まれていない。今回は魔核の侵入を検知したら、これを捕獲して排出する仕組みを追加する。
言わば「蛇の巣(改)」であった。
……
◆お楽しみに。
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