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第4章 魔術学園奮闘編
第361話 はずれはオレかもしんねェナ。
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実は瞑想法の訓練ということになると、ステファノも長い時間行うことができなかった。
アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。
瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。
「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」
ステファノは魔視脳の完全な解放と化身の自立化を、冬休みの目標としていた。
「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」
「お前のギフトがそう感じさせているのかもしれん。ありそうな話だな」
同じく知覚系のギフトを持つネルソンは、ステファノの感覚に共感した。
「私のギフトも知覚系だ。その気になれば起きている間は稼働できるな」
ネルソンがそうしなかったのは「そうする必要を感じていなかった」からであった。これまでは判断を必要とする時にだけギフト「テミスの秤」を使用していた。
「瞑想法で魔視脳を完全開放することはできそうもないが、ギフトを育てることはできるかもしれん。やってみる価値はあるな」
ギフトの使用が特段の負担にならないネルソンの場合は、ギフト訓練によるアバターの発現が望めるかもしれない。
「ふむ。わたしの場合は瞑想の方に重点を置いた方が良さそうです」
マルチェルは考えながら言った。
彼のギフト「邯鄲の夢」は主観的時間を引き延ばす特殊知覚系の能力である。脳が処理する情報量が格段に増えるので、常時発動は不可能であった。
一方で、瞑想はマルチェルの得意技と言って良かった。
「ステファノが得た感覚には興味深いものがあります。外面ではなく、自分の内面に世界を発見する思索とは面白い。イドを陽気と陰気の複合と捉える発想も刺激的です」
ドイルのような並行処理、ネルソンのような常時稼働はできない。しかし、マルチェルは瞑想の精度を極限まで研ぎ澄ますことができる。そして、極めつきは――。
「内省が極まる瞬間にギフトを発動すれば、10倍の経験値が得られるでしょう」
須臾の間訪れる「悟り」の瞬間を、マルチェルは10倍に引き延ばすことができる。ある意味誰よりも瞑想向きの体質を持っていると言えた。
「それぞれギフトの特性を利用することができそうですね。1人もはずれがいないとはできすぎています。これも達成者としての能力でしょうか?」
ステファノは感嘆して言った。
「はずれはオレかもしんねェナ」
ヨシズミが頭をかいた。
「オレにはギフトなんてねェからヨ」
ステファノはゆっくり首を振った。
「『千変万化』」
「何だッテ?」
「千変万化」はヨシズミの二つ名であった。かつて戦場を駆けまわっていたころ、彼はそう呼ばれ、多くの敵に恐れられていた。
「魔視脳が覚醒して師匠がやっていることの片鱗が見えてきました。あれは単なる術の行使ではありません。場面に応じてどのようにでも瞬時に変化する。そういう能力だと思います」
「なるほど。自覚していないだけで、潜在的なギフトだというわけか」
ステファノの発想にドイルが反応した。
「何しろギフトとは無意識の発展形ですからね。無自覚の内に発現する場合もあるでしょう」
「だったら、答えは簡単だな。自覚して日の下にさらしてやれば良い」
「自覚することで形を与えるということですね?」
ステファノとドイルの会話を聞きながら、ヨシズミは爪を噛んで考え込んだ。
「その二つ名は捨てたモンダ。オレがギフトに名前をつけてやるなら……『千変万華』だナ」
ヨシズミの口から出たのは、その言葉だった。
「千変万華……。無限に変化し、咲き乱れる花々ですか」
「それは良いですね。花は咲き、散ってやがて実を結びます」
マルチェルも微笑みながら言葉を添えた。
「……『百花繚乱千変万華』。平和の時にふさわしかろう」
ネルソンの一言で、ヨシズミのギフトに形が与えられた。
◆◆◆
「さて、ステファノ。お前が磨いている体術を見せてもらいましょう」
先ずステファノと向き合ったのは、マルチェルであった。
「はい。自由組手をお願いします」
「……良いでしょう。どこまで上達したか、立ち会いを以て確かめましょう」
「俺は体術とイドを使います」
ステファノはあえてマルチェルに宣言した。
「イドを使う」とは、「魔術は使わない」ということである。
ピクリと眉毛を動かしただけで、マルチェルは黙って頷いた。
「では始めましょう」
その言葉と同時に、ステファノはマルチェルに向かってすり足で進んだ。滑るような動きであったが、一見無造作に距離を詰めたように見える。
瞬く間に手の届く距離まで間合いが縮まった。ステファノは右手を伸ばしてマルチェルの左襟を取りに行く。
打撃技で突き放すこともできたはずであるが、マルチェルはあえてステファノの誘いに乗った。ステファノの右手首を内側から左手でつかみ、引き下げながら相手の肘を右手で押さえにかかる。
反時計回りに体を回転させながら、回転力と体重を肩から右手に伝える技。
「隅落とし」であった。
マルチェルの右手がステファノの肘を押さえようとした時、意図した以上に体が回転していた。
(む?)
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第362話 師匠譲りの千変万化か?」
既に投げのタイミングを通り過ぎてしまった。このまま肘を押さえに行っても技は決まらない。
マルチェルは瞬時に投げを捨て、そのまま加速してステファノの眼前に背中を向けた。
一見隙だらけだが、攻める手は意外に少ない。
パンチや蹴りを出すには距離が近すぎる。しかも、ステファノの右手は引き下げられているので、右手ですぐに攻撃できない。同時に反動で左手も振り回されており、体勢を立て直してからでなければ攻撃できない。
後は背中から抱きつくしかないのだが、ステファノの視野にはマルチェルの左肘が見切れていた。
回転のすり抜けざまに後ろ猿臂を打ち抜こうという動きだ。
……
◆お楽しみに。
アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。
瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。
「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」
ステファノは魔視脳の完全な解放と化身の自立化を、冬休みの目標としていた。
「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」
「お前のギフトがそう感じさせているのかもしれん。ありそうな話だな」
同じく知覚系のギフトを持つネルソンは、ステファノの感覚に共感した。
「私のギフトも知覚系だ。その気になれば起きている間は稼働できるな」
ネルソンがそうしなかったのは「そうする必要を感じていなかった」からであった。これまでは判断を必要とする時にだけギフト「テミスの秤」を使用していた。
「瞑想法で魔視脳を完全開放することはできそうもないが、ギフトを育てることはできるかもしれん。やってみる価値はあるな」
ギフトの使用が特段の負担にならないネルソンの場合は、ギフト訓練によるアバターの発現が望めるかもしれない。
「ふむ。わたしの場合は瞑想の方に重点を置いた方が良さそうです」
マルチェルは考えながら言った。
彼のギフト「邯鄲の夢」は主観的時間を引き延ばす特殊知覚系の能力である。脳が処理する情報量が格段に増えるので、常時発動は不可能であった。
一方で、瞑想はマルチェルの得意技と言って良かった。
「ステファノが得た感覚には興味深いものがあります。外面ではなく、自分の内面に世界を発見する思索とは面白い。イドを陽気と陰気の複合と捉える発想も刺激的です」
ドイルのような並行処理、ネルソンのような常時稼働はできない。しかし、マルチェルは瞑想の精度を極限まで研ぎ澄ますことができる。そして、極めつきは――。
「内省が極まる瞬間にギフトを発動すれば、10倍の経験値が得られるでしょう」
須臾の間訪れる「悟り」の瞬間を、マルチェルは10倍に引き延ばすことができる。ある意味誰よりも瞑想向きの体質を持っていると言えた。
「それぞれギフトの特性を利用することができそうですね。1人もはずれがいないとはできすぎています。これも達成者としての能力でしょうか?」
ステファノは感嘆して言った。
「はずれはオレかもしんねェナ」
ヨシズミが頭をかいた。
「オレにはギフトなんてねェからヨ」
ステファノはゆっくり首を振った。
「『千変万化』」
「何だッテ?」
「千変万化」はヨシズミの二つ名であった。かつて戦場を駆けまわっていたころ、彼はそう呼ばれ、多くの敵に恐れられていた。
「魔視脳が覚醒して師匠がやっていることの片鱗が見えてきました。あれは単なる術の行使ではありません。場面に応じてどのようにでも瞬時に変化する。そういう能力だと思います」
「なるほど。自覚していないだけで、潜在的なギフトだというわけか」
ステファノの発想にドイルが反応した。
「何しろギフトとは無意識の発展形ですからね。無自覚の内に発現する場合もあるでしょう」
「だったら、答えは簡単だな。自覚して日の下にさらしてやれば良い」
「自覚することで形を与えるということですね?」
ステファノとドイルの会話を聞きながら、ヨシズミは爪を噛んで考え込んだ。
「その二つ名は捨てたモンダ。オレがギフトに名前をつけてやるなら……『千変万華』だナ」
ヨシズミの口から出たのは、その言葉だった。
「千変万華……。無限に変化し、咲き乱れる花々ですか」
「それは良いですね。花は咲き、散ってやがて実を結びます」
マルチェルも微笑みながら言葉を添えた。
「……『百花繚乱千変万華』。平和の時にふさわしかろう」
ネルソンの一言で、ヨシズミのギフトに形が与えられた。
◆◆◆
「さて、ステファノ。お前が磨いている体術を見せてもらいましょう」
先ずステファノと向き合ったのは、マルチェルであった。
「はい。自由組手をお願いします」
「……良いでしょう。どこまで上達したか、立ち会いを以て確かめましょう」
「俺は体術とイドを使います」
ステファノはあえてマルチェルに宣言した。
「イドを使う」とは、「魔術は使わない」ということである。
ピクリと眉毛を動かしただけで、マルチェルは黙って頷いた。
「では始めましょう」
その言葉と同時に、ステファノはマルチェルに向かってすり足で進んだ。滑るような動きであったが、一見無造作に距離を詰めたように見える。
瞬く間に手の届く距離まで間合いが縮まった。ステファノは右手を伸ばしてマルチェルの左襟を取りに行く。
打撃技で突き放すこともできたはずであるが、マルチェルはあえてステファノの誘いに乗った。ステファノの右手首を内側から左手でつかみ、引き下げながら相手の肘を右手で押さえにかかる。
反時計回りに体を回転させながら、回転力と体重を肩から右手に伝える技。
「隅落とし」であった。
マルチェルの右手がステファノの肘を押さえようとした時、意図した以上に体が回転していた。
(む?)
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第362話 師匠譲りの千変万化か?」
既に投げのタイミングを通り過ぎてしまった。このまま肘を押さえに行っても技は決まらない。
マルチェルは瞬時に投げを捨て、そのまま加速してステファノの眼前に背中を向けた。
一見隙だらけだが、攻める手は意外に少ない。
パンチや蹴りを出すには距離が近すぎる。しかも、ステファノの右手は引き下げられているので、右手ですぐに攻撃できない。同時に反動で左手も振り回されており、体勢を立て直してからでなければ攻撃できない。
後は背中から抱きつくしかないのだが、ステファノの視野にはマルチェルの左肘が見切れていた。
回転のすり抜けざまに後ろ猿臂を打ち抜こうという動きだ。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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