飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
361 / 663
第4章 魔術学園奮闘編

第361話 はずれはオレかもしんねェナ。

しおりを挟む
 実は瞑想法の訓練ということになると、ステファノも長い時間行うことができなかった。
 アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。

 瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。

「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」

 ステファノは魔視脳まじのうの完全な解放と化身アバターの自立化を、冬休みの目標としていた。

「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」
「お前のギフトがそう感じさせているのかもしれん。ありそうな話だな」

 同じく知覚系のギフトを持つネルソンは、ステファノの感覚に共感した。

「私のギフトも知覚系だ。その気になれば起きている間は稼働できるな」

 ネルソンがそうしなかったのは「そうする必要を感じていなかった」からであった。これまでは判断を必要とする時にだけギフト「テミスの秤」を使用していた。

「瞑想法で魔視脳を完全開放することはできそうもないが、ギフトを育てることはできるかもしれん。やってみる価値はあるな」

 ギフトの使用が特段の負担にならないネルソンの場合は、ギフト訓練によるアバターの発現が望めるかもしれない。

「ふむ。わたしの場合は瞑想の方に重点を置いた方が良さそうです」

 マルチェルは考えながら言った。

 彼のギフト「邯鄲かんたんの夢」は主観的時間を引き延ばす特殊知覚系の能力である。脳が処理する情報量が格段に増えるので、常時発動は不可能であった。
 一方で、瞑想はマルチェルの得意技と言って良かった。

「ステファノが得た感覚には興味深いものがあります。外面ではなく、自分の内面に世界を発見する思索とは面白い。イドを陽気と陰気の複合と捉える発想も刺激的です」

 ドイルのような並行処理、ネルソンのような常時稼働はできない。しかし、マルチェルは瞑想の精度を極限まで研ぎ澄ますことができる。そして、極めつきは――。

「内省が極まる瞬間にギフトを発動すれば、10倍の経験値が得られるでしょう」

 須臾しゅゆの間訪れる「悟り」の瞬間を、マルチェルは10倍に引き延ばすことができる。ある意味誰よりも瞑想向きの体質を持っていると言えた。

「それぞれギフトの特性を利用することができそうですね。1人もはずれ・・・がいないとはできすぎています。これも達成者アチーバーとしての能力でしょうか?」

 ステファノは感嘆して言った。

「はずれはオレかもしんねェナ」

 ヨシズミが頭をかいた。

「オレにはギフトなんてねェからヨ」

 ステファノはゆっくり首を振った。

「『千変万化』」
「何だッテ?」

「千変万化」はヨシズミの二つ名であった。かつて戦場を駆けまわっていたころ、彼はそう呼ばれ、多くの敵に恐れられていた。

「魔視脳が覚醒して師匠がやっていることの片鱗が見えてきました。あれは単なる術の行使ではありません。場面に応じてどのようにでも瞬時に変化する。そういう能力・・だと思います」
「なるほど。自覚していないだけで、潜在的なギフトだというわけか」

 ステファノの発想にドイルが反応した。

「何しろギフトとは無意識の発展形ですからね。無自覚の内に発現する場合もあるでしょう」
「だったら、答えは簡単だな。自覚して日の下にさらしてやれば良い」
「自覚することで形を与えるということですね?」

 ステファノとドイルの会話を聞きながら、ヨシズミは爪を噛んで考え込んだ。

「その二つ名は捨てたモンダ。オレがギフトに名前をつけてやるなら……『千変万』だナ」

 ヨシズミの口から出たのは、その言葉だった。

「千変万華……。無限に変化し、咲き乱れる花々ですか」
「それは良いですね。花は咲き、散ってやがて実を結びます」

 マルチェルも微笑みながら言葉を添えた。

「……『百花繚乱千変万華』。平和の時にふさわしかろう」

 ネルソンの一言で、ヨシズミのギフトに形が与えられた。

 ◆◆◆

「さて、ステファノ。お前が磨いている体術を見せてもらいましょう」

 先ずステファノと向き合ったのは、マルチェルであった。

「はい。自由組手をお願いします」
「……良いでしょう。どこまで上達したか、立ち会いを以て確かめましょう」
「俺は体術とイドを使います」

 ステファノはあえてマルチェルに宣言した。
「イドを使う」とは、「魔術は使わない」ということである。

 ピクリと眉毛を動かしただけで、マルチェルは黙って頷いた。

「では始めましょう」

 その言葉と同時に、ステファノはマルチェルに向かってすり足で進んだ。滑るような動きであったが、一見無造作に距離を詰めたように見える。

 瞬く間に手の届く距離まで間合いが縮まった。ステファノは右手を伸ばしてマルチェルの左襟を取りに行く。

 打撃技で突き放すこともできたはずであるが、マルチェルはあえてステファノの誘いに乗った。ステファノの右手首を内側から左手でつかみ、引き下げながら相手の肘を右手で押さえにかかる。

 反時計回りに体を回転させながら、回転力と体重を肩から右手に伝える技。

「隅落とし」であった。

 マルチェルの右手がステファノの肘を押さえようとした時、意図した以上に体が回転していた。

(む?)

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第362話 師匠譲りの千変万化か?」

 既に投げのタイミングを通り過ぎてしまった。このまま肘を押さえに行っても技は決まらない。
 マルチェルは瞬時に投げを捨て、そのまま加速してステファノの眼前に背中を向けた。

 一見隙だらけだが、攻める手は意外に少ない。

 パンチや蹴りを出すには距離が近すぎる。しかも、ステファノの右手は引き下げられているので、右手ですぐに攻撃できない。同時に反動で左手も振り回されており、体勢を立て直してからでなければ攻撃できない。

 後は背中から抱きつくしかないのだが、ステファノの視野にはマルチェルの左肘が見切れていた。
 回転のすり抜けざまに後ろ猿臂えんぴを打ち抜こうという動きだ。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

完)まあ!これが噂の婚約破棄ですのね!

オリハルコン陸
ファンタジー
王子が公衆の面前で婚約破棄をしました。しかし、その場に居合わせた他国の皇女に主導権を奪われてしまいました。 さあ、どうなる?

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません 

志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。 まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。 だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥ たまにやりたくなる短編。 ちょっと連載作品 「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

処理中です...