飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第360話 教えた技を悪用されることがあるのは、町の武術道場でも同じでしょう。

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「ふうむ。そうすると後進への指導は、あくまでも『魔術』として行うのだな?」

 ネルソンの確認にステファノは頷いた。

「そういうことになります。それでもイドの制御に目覚める人が出てくるでしょうが、こればかりは仕方がありませんね」

 相手の同意を得られればリミッターを書き込ませてもらう。
 同意してもらえなければ……用心するしかない。

「教えた技を悪用されることがあるのは、町の武術道場でも同じでしょう。人を見極めて教えを授けるしかありません」
「確かにそうですね。恐れてばかりいても始まりません」

 ステファノの言葉にマルチェルも同意した。

「おめェが同級生にしてやったっていう魔力の覚醒くらいなら、手伝ってやっても問題なかッペ」
「ちょっとおせっかいだと思ったんですが、切実な事情があったので……」
「したっけ、イドの制御まで手引するのはよっぽど人を見ねぇとナ?」

 ヨシズミは魔力制御の指導程度であれば、補助してやっても問題ないと言う。一方で、イドの制御を教えるのは控えるべきだとステファノを諭した。

「おめェの仮説が正しければ、イドを究めるとやがて魔視脳まじのうの覚醒に至るべ。上級魔術師をそこら中にこさえンのはまだ早ぇナ」
「はい。そこは注意します」

 ステファノはイド制御法の伝授を慎むことを、師に約束した。

「どれ。そしたらその太極玉とやらを練るところを見せてもらうケ」

 ヨシズミに促され、ステファノはその場に胡坐をかいて瞑目した。
 ネルソンやマルチェル、ドイルにもわかりやすいように丹田に気を集める段階から丁寧に行う。

 ネルソンにとってステファノが丹田に生み出した太極玉たいきょくぎょくは魔力の源泉とも言えるまばゆい光に感じられる。
 マルチェルにとっては力のうねりを圧として生み出す塊と感じる。

 ドイルは他人のイドや魔力に対する知覚を持っていない。ギフト「タイム・スライシング」で10分の1秒単位でステファノの様子を観察し、極度の集中と、体の一部に生まれ、移動していく「緊張」の存在を感知していた。

 呼吸と共に背骨に沿って体内を上った太極玉は、前頭葉で静止した。
 ステファノの魔視脳が賦活化し、「第三の眼」が開く。依然として両眼を閉じていても、周りの状況がイドの状態としてステファノの脳裏に浮かんだ。

 ステファノはゆっくりと両眼を開いた。

「これが太極玉による魔視脳覚醒です」

「たまげたモンだノ」

 ヨシズミが感嘆の声を発した。

「確かに魔視鏡マジスコープの働きにそっくりダ。違うのは密度だけだナ。魔視鏡は一点集中で魔視脳に刺激を与えンだが、ステファノの太極玉は範囲が広くなってんのナ。それ以外は一緒だ」
「その密度の差が、効果の差となっているわけか?」

 ヨシズミの解説にドイルが質問をぶつけた。

「そうだと思う。ほれ、肩こりだの腰痛だのの時、押したり揉んだりして直すッペ? あんときにツボを集中して圧してるか、広い範囲を揉んでるかの違いだな」
「なるほど。効き目はあるものの、どうしてもぼやけてしまうのだな」

 ヨシズミの答えにネルソンが納得した。治療に関する比喩には、人一倍反応する。

「魔視脳への刺激は効果が蓄積していくことが知られていたッペ。一定レベルを超えると、一気に覚醒すンダ」
「ならば刺激となる瞑想を繰り返すほど、魔視脳の覚醒が早くなるわけだな?」
「修道院の修業に、部屋に籠って何日も瞑想するというものがありました。あれはそういう効果をもたらす可能性があったのですね」

 ただ瞑想しただけでは覚醒は得られない。太極玉を練り、それを頭頂部に捧げなければ魔視脳に刺激は届かないのだ。

「わたしはギフトを得たことで満足してしまいました。瞑想に、その先があったとは」

 マルチェルはステファノの瞑想法を見て、感じるところがあったようだ。

「ステファノに瞑想法を授けたわたしが、ステファノからその先の方法を教わることになるとは思いませんでした。正に因果は巡る、ですな」

「ふん。方法論とはより多くの実践によって進歩して行くものだ。教えた者が教えられることも珍しくないさ。……ちょっと早かったがな」

 ドイルは口の端でほほ笑んだ。

「僕は魔力というものにはさほど興味はないんだが、アバターという概念は面白いね。ステファノの瞑想法を真似て魔視脳を鍛えてみるか」

 魔視脳の覚醒はギフトの進化にもつながるはずであった。ステファノの例が標準であれば、ギフトに知性を与えることでアバターが生まれることになる。

「僕のギフトはタイム・スライシングだ。アバターに思考を任せることができるなら、僕は苦労せずに答えだけを得ることができる。つまらないが複雑な問題を解決するのに役立ちそうじゃないか」

 ギフトには限界がある。それは人間の肉体と精神が持つ容量キャパシティをギフトが超えられないからであった。
 しかし、人間と独立してギフトが機能できるとしたら? ギフトそのものが思考するとしたら?

 その時ギフトは限界を超越するであろう。

「そうすれば僕自身は面白そうな問題にだけ思考を振り向ければ良いわけだ」

 ドイルは嬉しそうに言った。

「今晩から早速瞑想法とやらを試してみるよ。何、僕の場合ギフトを使えば人の10倍瞑想できるからね」
「ふ。それがあったか。お前には魔力がないので瞑想に不向きだと思っていたが。せっかちな奴だ」

 呆れたようにネルソンが呟いた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第361話 はずれはオレかもしんねェナ。」

 実は瞑想法の訓練ということになると、ステファノも長い時間行うことができなかった。
 アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。

 瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。

「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」

 ステファノは魔視脳まじのうの完全な解放と化身アバターの自立化を、冬休みの目標としていた。

「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」

 ……

◆お楽しみに。
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