360 / 672
第4章 魔術学園奮闘編
第360話 教えた技を悪用されることがあるのは、町の武術道場でも同じでしょう。
しおりを挟む
「ふうむ。そうすると後進への指導は、あくまでも『魔術』として行うのだな?」
ネルソンの確認にステファノは頷いた。
「そういうことになります。それでもイドの制御に目覚める人が出てくるでしょうが、こればかりは仕方がありませんね」
相手の同意を得られればリミッターを書き込ませてもらう。
同意してもらえなければ……用心するしかない。
「教えた技を悪用されることがあるのは、町の武術道場でも同じでしょう。人を見極めて教えを授けるしかありません」
「確かにそうですね。恐れてばかりいても始まりません」
ステファノの言葉にマルチェルも同意した。
「おめェが同級生にしてやったっていう魔力の覚醒くらいなら、手伝ってやっても問題なかッペ」
「ちょっとおせっかいだと思ったんですが、切実な事情があったので……」
「したっけ、イドの制御まで手引するのはよっぽど人を見ねぇとナ?」
ヨシズミは魔力制御の指導程度であれば、補助してやっても問題ないと言う。一方で、イドの制御を教えるのは控えるべきだとステファノを諭した。
「おめェの仮説が正しければ、イドを究めるとやがて魔視脳の覚醒に至るべ。上級魔術師をそこら中にこさえンのはまだ早ぇナ」
「はい。そこは注意します」
ステファノはイド制御法の伝授を慎むことを、師に約束した。
「どれ。そしたらその太極玉とやらを練るところを見せてもらうケ」
ヨシズミに促され、ステファノはその場に胡坐をかいて瞑目した。
ネルソンやマルチェル、ドイルにもわかりやすいように丹田に気を集める段階から丁寧に行う。
ネルソンにとってステファノが丹田に生み出した太極玉は魔力の源泉とも言えるまばゆい光に感じられる。
マルチェルにとっては力のうねりを圧として生み出す塊と感じる。
ドイルは他人のイドや魔力に対する知覚を持っていない。ギフト「タイム・スライシング」で10分の1秒単位でステファノの様子を観察し、極度の集中と、体の一部に生まれ、移動していく「緊張」の存在を感知していた。
呼吸と共に背骨に沿って体内を上った太極玉は、前頭葉で静止した。
ステファノの魔視脳が賦活化し、「第三の眼」が開く。依然として両眼を閉じていても、周りの状況がイドの状態としてステファノの脳裏に浮かんだ。
ステファノはゆっくりと両眼を開いた。
「これが太極玉による魔視脳覚醒です」
「たまげたモンだノ」
ヨシズミが感嘆の声を発した。
「確かに魔視鏡の働きにそっくりダ。違うのは密度だけだナ。魔視鏡は一点集中で魔視脳に刺激を与えンだが、ステファノの太極玉は範囲が広くなってんのナ。それ以外は一緒だ」
「その密度の差が、効果の差となっているわけか?」
ヨシズミの解説にドイルが質問をぶつけた。
「そうだと思う。ほれ、肩こりだの腰痛だのの時、押したり揉んだりして直すッペ? あんときにツボを集中して圧してるか、広い範囲を揉んでるかの違いだな」
「なるほど。効き目はあるものの、どうしてもぼやけてしまうのだな」
ヨシズミの答えにネルソンが納得した。治療に関する比喩には、人一倍反応する。
「魔視脳への刺激は効果が蓄積していくことが知られていたッペ。一定レベルを超えると、一気に覚醒すンダ」
「ならば刺激となる瞑想を繰り返すほど、魔視脳の覚醒が早くなるわけだな?」
「修道院の修業に、部屋に籠って何日も瞑想するというものがありました。あれはそういう効果をもたらす可能性があったのですね」
ただ瞑想しただけでは覚醒は得られない。太極玉を練り、それを頭頂部に捧げなければ魔視脳に刺激は届かないのだ。
「わたしはギフトを得たことで満足してしまいました。瞑想に、その先があったとは」
マルチェルはステファノの瞑想法を見て、感じるところがあったようだ。
「ステファノに瞑想法を授けたわたしが、ステファノからその先の方法を教わることになるとは思いませんでした。正に因果は巡る、ですな」
「ふん。方法論とはより多くの実践によって進歩して行くものだ。教えた者が教えられることも珍しくないさ。……ちょっと早かったがな」
ドイルは口の端でほほ笑んだ。
「僕は魔力というものにはさほど興味はないんだが、アバターという概念は面白いね。ステファノの瞑想法を真似て魔視脳を鍛えてみるか」
魔視脳の覚醒はギフトの進化にもつながるはずであった。ステファノの例が標準であれば、ギフトに知性を与えることでアバターが生まれることになる。
「僕のギフトはタイム・スライシングだ。アバターに思考を任せることができるなら、僕は苦労せずに答えだけを得ることができる。つまらないが複雑な問題を解決するのに役立ちそうじゃないか」
ギフトには限界がある。それは人間の肉体と精神が持つ容量をギフトが超えられないからであった。
しかし、人間と独立してギフトが機能できるとしたら? ギフトそのものが思考するとしたら?
その時ギフトは限界を超越するであろう。
「そうすれば僕自身は面白そうな問題にだけ思考を振り向ければ良いわけだ」
ドイルは嬉しそうに言った。
「今晩から早速瞑想法とやらを試してみるよ。何、僕の場合ギフトを使えば人の10倍瞑想できるからね」
「ふ。それがあったか。お前には魔力がないので瞑想に不向きだと思っていたが。せっかちな奴だ」
呆れたようにネルソンが呟いた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第361話 はずれはオレかもしんねェナ。」
実は瞑想法の訓練ということになると、ステファノも長い時間行うことができなかった。
アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。
瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。
「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」
ステファノは魔視脳の完全な解放と化身の自立化を、冬休みの目標としていた。
「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」
……
◆お楽しみに。
ネルソンの確認にステファノは頷いた。
「そういうことになります。それでもイドの制御に目覚める人が出てくるでしょうが、こればかりは仕方がありませんね」
相手の同意を得られればリミッターを書き込ませてもらう。
同意してもらえなければ……用心するしかない。
「教えた技を悪用されることがあるのは、町の武術道場でも同じでしょう。人を見極めて教えを授けるしかありません」
「確かにそうですね。恐れてばかりいても始まりません」
ステファノの言葉にマルチェルも同意した。
「おめェが同級生にしてやったっていう魔力の覚醒くらいなら、手伝ってやっても問題なかッペ」
「ちょっとおせっかいだと思ったんですが、切実な事情があったので……」
「したっけ、イドの制御まで手引するのはよっぽど人を見ねぇとナ?」
ヨシズミは魔力制御の指導程度であれば、補助してやっても問題ないと言う。一方で、イドの制御を教えるのは控えるべきだとステファノを諭した。
「おめェの仮説が正しければ、イドを究めるとやがて魔視脳の覚醒に至るべ。上級魔術師をそこら中にこさえンのはまだ早ぇナ」
「はい。そこは注意します」
ステファノはイド制御法の伝授を慎むことを、師に約束した。
「どれ。そしたらその太極玉とやらを練るところを見せてもらうケ」
ヨシズミに促され、ステファノはその場に胡坐をかいて瞑目した。
ネルソンやマルチェル、ドイルにもわかりやすいように丹田に気を集める段階から丁寧に行う。
ネルソンにとってステファノが丹田に生み出した太極玉は魔力の源泉とも言えるまばゆい光に感じられる。
マルチェルにとっては力のうねりを圧として生み出す塊と感じる。
ドイルは他人のイドや魔力に対する知覚を持っていない。ギフト「タイム・スライシング」で10分の1秒単位でステファノの様子を観察し、極度の集中と、体の一部に生まれ、移動していく「緊張」の存在を感知していた。
呼吸と共に背骨に沿って体内を上った太極玉は、前頭葉で静止した。
ステファノの魔視脳が賦活化し、「第三の眼」が開く。依然として両眼を閉じていても、周りの状況がイドの状態としてステファノの脳裏に浮かんだ。
ステファノはゆっくりと両眼を開いた。
「これが太極玉による魔視脳覚醒です」
「たまげたモンだノ」
ヨシズミが感嘆の声を発した。
「確かに魔視鏡の働きにそっくりダ。違うのは密度だけだナ。魔視鏡は一点集中で魔視脳に刺激を与えンだが、ステファノの太極玉は範囲が広くなってんのナ。それ以外は一緒だ」
「その密度の差が、効果の差となっているわけか?」
ヨシズミの解説にドイルが質問をぶつけた。
「そうだと思う。ほれ、肩こりだの腰痛だのの時、押したり揉んだりして直すッペ? あんときにツボを集中して圧してるか、広い範囲を揉んでるかの違いだな」
「なるほど。効き目はあるものの、どうしてもぼやけてしまうのだな」
ヨシズミの答えにネルソンが納得した。治療に関する比喩には、人一倍反応する。
「魔視脳への刺激は効果が蓄積していくことが知られていたッペ。一定レベルを超えると、一気に覚醒すンダ」
「ならば刺激となる瞑想を繰り返すほど、魔視脳の覚醒が早くなるわけだな?」
「修道院の修業に、部屋に籠って何日も瞑想するというものがありました。あれはそういう効果をもたらす可能性があったのですね」
ただ瞑想しただけでは覚醒は得られない。太極玉を練り、それを頭頂部に捧げなければ魔視脳に刺激は届かないのだ。
「わたしはギフトを得たことで満足してしまいました。瞑想に、その先があったとは」
マルチェルはステファノの瞑想法を見て、感じるところがあったようだ。
「ステファノに瞑想法を授けたわたしが、ステファノからその先の方法を教わることになるとは思いませんでした。正に因果は巡る、ですな」
「ふん。方法論とはより多くの実践によって進歩して行くものだ。教えた者が教えられることも珍しくないさ。……ちょっと早かったがな」
ドイルは口の端でほほ笑んだ。
「僕は魔力というものにはさほど興味はないんだが、アバターという概念は面白いね。ステファノの瞑想法を真似て魔視脳を鍛えてみるか」
魔視脳の覚醒はギフトの進化にもつながるはずであった。ステファノの例が標準であれば、ギフトに知性を与えることでアバターが生まれることになる。
「僕のギフトはタイム・スライシングだ。アバターに思考を任せることができるなら、僕は苦労せずに答えだけを得ることができる。つまらないが複雑な問題を解決するのに役立ちそうじゃないか」
ギフトには限界がある。それは人間の肉体と精神が持つ容量をギフトが超えられないからであった。
しかし、人間と独立してギフトが機能できるとしたら? ギフトそのものが思考するとしたら?
その時ギフトは限界を超越するであろう。
「そうすれば僕自身は面白そうな問題にだけ思考を振り向ければ良いわけだ」
ドイルは嬉しそうに言った。
「今晩から早速瞑想法とやらを試してみるよ。何、僕の場合ギフトを使えば人の10倍瞑想できるからね」
「ふ。それがあったか。お前には魔力がないので瞑想に不向きだと思っていたが。せっかちな奴だ」
呆れたようにネルソンが呟いた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第361話 はずれはオレかもしんねェナ。」
実は瞑想法の訓練ということになると、ステファノも長い時間行うことができなかった。
アカデミーでは授業や課題、体術と魔術の訓練などで日中は忙殺される。自由になる時間は夜しかなかった。
瞑想は「イドの繭」とは違って、常時行うことができない。別のこととの掛け持ちは無理だった。
「俺もこの休みが良い機会です。昼の半分くらいは瞑想に時間を当てたいと思っています」
ステファノは魔視脳の完全な解放と化身の自立化を、冬休みの目標としていた。
「魔視脳に対する刺激があるレベルを超えると解放に至るように、アバターの学習も『ここを超えると知性として自立する』という限界点があるように思います」
……
◆お楽しみに。
1
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです
田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。
「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」
どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。
それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。
戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。
更新は不定期です。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる