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第4章 魔術学園奮闘編
第356話 こういうやり方は珍しいんでしょうか?
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「随分といろいろあったんだナ」
「環境の変化もありましたから。無我夢中で工夫した結果なので、間違ったことがあるかもしれません」
「ふうん。間違ってるかどうかは知んねェけど、面白れェことはやってんナ」
ヨシズミは楽しそうにそう評した。
「俺にとって一番面白かったのは、人のイドに自分のイドを混ぜるところだナ」
「チャンを指導した時の話ですか?」
「そうだナ。そんなこと普通は考えねェッペ」
イドとは言わば存在の本質である。自分の本質を他人の本質に混ぜ合わせるなど、普通はやろうと思わない。
「試したことはねェけど、あんまりたくさん混ぜちまうと良くねェことがありそうだッペ」
「人格が混じったりするのか?」
ドイルが怖い想像をする。
「ステファノが動かしているイドは精神そのものではねェんダ。人格には影響ねェけども、体調は悪くなっかもナ」
「そう言えば魔力暴走を起こした友人に陰気を浴びせた時は、しばらく体調を崩していました」
「随分乱暴だノ?」
「知識が足りなかったせいで、慌ててしまいました」
その時のことを思い出してステファノは冷や汗をかいていた。トーマには可哀そうなことをしたものだ。
「魔核混入、逆・魔核混入ってェのも変わってんナ。おめェらしいことだワ」
「魔道具作りに役立つと気づいたもので」
「相手が無生物であれば悪い影響はなかッペが、おめェの器用さに呆れっちまう」
ヨシズミの口振りからすると、一般的に行われてはいないようだ。
「こういうやり方は珍しいんでしょうか?」
「そうだナ。先ずイドを操作するってことが簡単でねェナ。自分のイドってのは見えにくいもんだし、物質のイドなんてもんは薄くって、普通はいじれねェッペよ」
ヨシズミはどんぐりに自分のイドをまとわせることができる。しかし「どんぐりと自分のイドを混ぜ合わせる」となると、その難易度は極端に跳ね上がるだろう。
「他にできる奴がいねェとまでは言わねェけっと、うんと少ねェンでねェケ?」
「魔視脳が覚醒していても難しそうですか?」
「少なくとも俺にはできねェ。しこたま練習したらできッと思うけど、おめェみてェにサクッとはできねェッペナ」
「えぇ? 師匠でもですか?」
ステファノがイドを精妙に操作できるのは、ギフト「諸行無常」の力によるところが大きい。微妙微細な状態を見分けることができるからこそ、それに見合った操作を行えるのだ。
「魔道具師が向いてそうだッつうおめェの感触は、当たってッかもしンねェ」
「そうですな。戦から距離を置くためにも、『魔道具師』という肩書は役に立つでしょう」
ヨシズミの見解にマルチェルが同意を示した。ステファノの受難を直接見届けたマルチェルは、何とかステファノを戦いから遠ざけてやりたいと思っていた。
「私の方でも宮廷に対してはそういう体裁を整えている。『メシヤ流』は魔道具製作の流派だとな」
ネルソンは軍部と内務に対する工作の状況を説明した。
「勝手だが、ステファノの発明品を軍部との取引材料にさせてもらった。タイミングを逃すと宝の持ち腐れになるのでな」
大前提であるグリタニアとの休戦が終われば、軍部は取引などに応じなくなる。一方で、ステファノの発明についてもいずれ情報は拡散し、独占できる状況は消えて行くだろう。
「物には『買い時、売り時』というものがある」
「わかります。抗菌剤を自由化する役に立ったのなら、俺もうれしいです」
ステファノは心からそう思っていた。抗菌剤は人の命を救う。
その恩恵は人の世を変えるであろう。
「今後3年間はネルソン商会による独占を続ける。しかし、その後は抗菌剤の製法を世の中に公表する」
ネルソンの言葉は私利私欲を図るためのものではなかった。隣国への情報漏洩を出来るだけ遅らせるために、当面ネルソン商会が生産を独占するのだ。
その間の利潤は「再生」の資金となる。
「蓄積した資金でウニベルシタスを運営し、次世代の若者を教育する。同時に発明家と起業家を支援し、産業を勃興する」
「発明家はわかりますが、起業家とはどういうことでしょう?」
ステファノはネルソンの構想について質問した。
「起業家とは新しい事業を始める人間のことだ。商業でも、工業でも、農業でも種類を問わない」
「あえてそれを支援する狙いは何ですか?」
「2つある。1つは社会全体の生産性を短期間で向上することだ。2つめは、貴族階級の受け皿準備だ」
「貴族を残すつもりか?」
ドイルがピクリと眉を持ち上げて問いただした。
「さあな。『貴族』という名を残すかどうかはさほど重要ではない。大切なのは彼らに新時代での生きる道を提供してやることだ」
「お貴族様に事業をやれというのか?」
「そうだ。生き残りたければな。人を使って作物を作らせても良いし、物作りをさせても良い。但し、成果は独り占めせず、使用人たちと分け合ってもらう」
ドイルはなおも不満そうな顔をした。
「ふん。お優しいことだな。しかし、お貴族様に商売などできるかね?」
「さてどうかな。手助けはするが、最後は自分次第だ。私がもくろんでいるのは『希望』の提示だ」
「希望の提示だと?」
「貴族階級から富と名誉を取り上げれば、彼らはただの人になる。その恐怖に耐えられる貴族は滅多におるまいよ。絶望した人間は恐ろしいぞ? 何をするかわからん」
貴族という地位にしがみついて最後まで戦う人間が多く出るだろう。彼らにとってはそれが「正義」なのだ。
「一旦貴族を解体してしまえば、後はどうとでもなる。階級対階級の戦いになることが最も愚かしく、恐ろしいことなのだ」
「……お前は、貴族の救い手であると同時に『首切り役人』も務めるというのだな? それは――」
「恨みを買うことになるであろうな」
表情も変えずにネルソンは言った。
「そんなことは当然のことだ」
「旦那様の安全は、わたしがこの身に代えてお守りいたします」
「マルチェル、頼りにしておるよ」
主従は静かに覚悟を固めていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第357話 何だね、その護身具というのは?」
「やっぱり護身具の製作を早めにやっておいた方が良さそうですね」
ステファノは会話の流れを見て、そう感想を述べた。
「ん? 何だね、その護身具というのは?」
聞きなれない言葉にドイルが関心を示す。
「はい。魔術具の一種です。身につけているだけで持ち主を危害から守る術を籠めた物です」
ステファノは護身具の機能について説明した。物理攻撃、魔術攻撃や魔核混入から対象者を守れること。イドによる攻撃には対抗できないこと。毒殺など間接的な攻撃は防げないこと。
……
◆お楽しみに。
「環境の変化もありましたから。無我夢中で工夫した結果なので、間違ったことがあるかもしれません」
「ふうん。間違ってるかどうかは知んねェけど、面白れェことはやってんナ」
ヨシズミは楽しそうにそう評した。
「俺にとって一番面白かったのは、人のイドに自分のイドを混ぜるところだナ」
「チャンを指導した時の話ですか?」
「そうだナ。そんなこと普通は考えねェッペ」
イドとは言わば存在の本質である。自分の本質を他人の本質に混ぜ合わせるなど、普通はやろうと思わない。
「試したことはねェけど、あんまりたくさん混ぜちまうと良くねェことがありそうだッペ」
「人格が混じったりするのか?」
ドイルが怖い想像をする。
「ステファノが動かしているイドは精神そのものではねェんダ。人格には影響ねェけども、体調は悪くなっかもナ」
「そう言えば魔力暴走を起こした友人に陰気を浴びせた時は、しばらく体調を崩していました」
「随分乱暴だノ?」
「知識が足りなかったせいで、慌ててしまいました」
その時のことを思い出してステファノは冷や汗をかいていた。トーマには可哀そうなことをしたものだ。
「魔核混入、逆・魔核混入ってェのも変わってんナ。おめェらしいことだワ」
「魔道具作りに役立つと気づいたもので」
「相手が無生物であれば悪い影響はなかッペが、おめェの器用さに呆れっちまう」
ヨシズミの口振りからすると、一般的に行われてはいないようだ。
「こういうやり方は珍しいんでしょうか?」
「そうだナ。先ずイドを操作するってことが簡単でねェナ。自分のイドってのは見えにくいもんだし、物質のイドなんてもんは薄くって、普通はいじれねェッペよ」
ヨシズミはどんぐりに自分のイドをまとわせることができる。しかし「どんぐりと自分のイドを混ぜ合わせる」となると、その難易度は極端に跳ね上がるだろう。
「他にできる奴がいねェとまでは言わねェけっと、うんと少ねェンでねェケ?」
「魔視脳が覚醒していても難しそうですか?」
「少なくとも俺にはできねェ。しこたま練習したらできッと思うけど、おめェみてェにサクッとはできねェッペナ」
「えぇ? 師匠でもですか?」
ステファノがイドを精妙に操作できるのは、ギフト「諸行無常」の力によるところが大きい。微妙微細な状態を見分けることができるからこそ、それに見合った操作を行えるのだ。
「魔道具師が向いてそうだッつうおめェの感触は、当たってッかもしンねェ」
「そうですな。戦から距離を置くためにも、『魔道具師』という肩書は役に立つでしょう」
ヨシズミの見解にマルチェルが同意を示した。ステファノの受難を直接見届けたマルチェルは、何とかステファノを戦いから遠ざけてやりたいと思っていた。
「私の方でも宮廷に対してはそういう体裁を整えている。『メシヤ流』は魔道具製作の流派だとな」
ネルソンは軍部と内務に対する工作の状況を説明した。
「勝手だが、ステファノの発明品を軍部との取引材料にさせてもらった。タイミングを逃すと宝の持ち腐れになるのでな」
大前提であるグリタニアとの休戦が終われば、軍部は取引などに応じなくなる。一方で、ステファノの発明についてもいずれ情報は拡散し、独占できる状況は消えて行くだろう。
「物には『買い時、売り時』というものがある」
「わかります。抗菌剤を自由化する役に立ったのなら、俺もうれしいです」
ステファノは心からそう思っていた。抗菌剤は人の命を救う。
その恩恵は人の世を変えるであろう。
「今後3年間はネルソン商会による独占を続ける。しかし、その後は抗菌剤の製法を世の中に公表する」
ネルソンの言葉は私利私欲を図るためのものではなかった。隣国への情報漏洩を出来るだけ遅らせるために、当面ネルソン商会が生産を独占するのだ。
その間の利潤は「再生」の資金となる。
「蓄積した資金でウニベルシタスを運営し、次世代の若者を教育する。同時に発明家と起業家を支援し、産業を勃興する」
「発明家はわかりますが、起業家とはどういうことでしょう?」
ステファノはネルソンの構想について質問した。
「起業家とは新しい事業を始める人間のことだ。商業でも、工業でも、農業でも種類を問わない」
「あえてそれを支援する狙いは何ですか?」
「2つある。1つは社会全体の生産性を短期間で向上することだ。2つめは、貴族階級の受け皿準備だ」
「貴族を残すつもりか?」
ドイルがピクリと眉を持ち上げて問いただした。
「さあな。『貴族』という名を残すかどうかはさほど重要ではない。大切なのは彼らに新時代での生きる道を提供してやることだ」
「お貴族様に事業をやれというのか?」
「そうだ。生き残りたければな。人を使って作物を作らせても良いし、物作りをさせても良い。但し、成果は独り占めせず、使用人たちと分け合ってもらう」
ドイルはなおも不満そうな顔をした。
「ふん。お優しいことだな。しかし、お貴族様に商売などできるかね?」
「さてどうかな。手助けはするが、最後は自分次第だ。私がもくろんでいるのは『希望』の提示だ」
「希望の提示だと?」
「貴族階級から富と名誉を取り上げれば、彼らはただの人になる。その恐怖に耐えられる貴族は滅多におるまいよ。絶望した人間は恐ろしいぞ? 何をするかわからん」
貴族という地位にしがみついて最後まで戦う人間が多く出るだろう。彼らにとってはそれが「正義」なのだ。
「一旦貴族を解体してしまえば、後はどうとでもなる。階級対階級の戦いになることが最も愚かしく、恐ろしいことなのだ」
「……お前は、貴族の救い手であると同時に『首切り役人』も務めるというのだな? それは――」
「恨みを買うことになるであろうな」
表情も変えずにネルソンは言った。
「そんなことは当然のことだ」
「旦那様の安全は、わたしがこの身に代えてお守りいたします」
「マルチェル、頼りにしておるよ」
主従は静かに覚悟を固めていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第357話 何だね、その護身具というのは?」
「やっぱり護身具の製作を早めにやっておいた方が良さそうですね」
ステファノは会話の流れを見て、そう感想を述べた。
「ん? 何だね、その護身具というのは?」
聞きなれない言葉にドイルが関心を示す。
「はい。魔術具の一種です。身につけているだけで持ち主を危害から守る術を籠めた物です」
ステファノは護身具の機能について説明した。物理攻撃、魔術攻撃や魔核混入から対象者を守れること。イドによる攻撃には対抗できないこと。毒殺など間接的な攻撃は防げないこと。
……
◆お楽しみに。
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