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第4章 魔術学園奮闘編

第354話 ふうん。ジョージュツってそんな杖を使うんだ。

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「お帰りなさい、ステファノ!」

 明るい声でステファノを迎えてくれたのは、プリシラであった。ほぼ4カ月ぶりに顔を合わせたことになる。

「ただいま。元気そうだね、プリシラ」
「ステファノは背が伸びたみたい? 体も鍛えていたみたいね。服が小さくなって来てる」
「そうかな? この服は入学試験の日に来て以来初めて袖を通したからね。自分ではよくわからないや」

 プリシラも少しだけ身長が高くなったような気がする。女性の肉体的変化は下手に口にすると大変な目に合わされることがある。
「メイド服が小さくなっている」などとは口が裂けても言えない。ステファノにもそれくらいの分別はあった。

「アカデミーに籠りきりの生活で買い物もろくにできなかったよ」
「それは大変だったわね。落ちついたら着替えの服を買いに行きましょう」

 ステファノがアカデミーに籠りきりだったのは本当だが、買い物はできなかったというより「しなかった」と言う方が正しい。道具や食材はしっかり買い出ししていたのであるから。

「それにしても、その棒・・・と包みは何なの?」
「これは……杖さ。杖術という杖を使った武術を練習しているんだ。包みの中は道着とか、ちょっとした道具だよ」

「ちょっとした道具」には墨染の木綿縄、「みずち」が含まれている。さすがに目立つので、荷物の中に仕舞ったのだ。

「ふうん。ジョージュツってそんな杖を使うんだ。わたしにはモップの柄に見えちゃうわ」
「あ、ああ。すごく似てるよね」

 ステファノは口元をひきつらせた。

「そんなことより、お土産があるんだ」
「あら、そんなものを買いに行く暇があったのかしら?」

 口ではそう言いつつ、プリシラは目を輝かせた。

「ごめん。買い物をする時間がなくて、手作りの道具なんだけど……」
「わざわざ何か作ってくれたの? アカデミーって忙しいんでしょうに」

 ステファノは背嚢を降ろし、赤い包みを取り出した。

「気が利かなくてごめんね。仕事でつかえる道具を作ってみたんだ」
「へえ。どんな道具?」

 オシャレな小物ではなさそうだったが、ステファノの気遣いは十分にうれしかった。

「夜になったら屋敷中の燭台やランプに火をつけるだろう? その時に使う道具さ」
「マッチみたいな物? 開けてみるわね」

 プリシラが包みを開くと、細長い棒のようなものが出てきた。

「何だろう? 見たことがない道具ね」
「マッチと同じようなものだよ。この先端から小さな炎が出るんだ」
「ふうん。どうやって使ったら良いの?」

 手のひらよりも大きい武骨な道具を見て、プリシラの感激は薄まって来た。

「手元に丸いつまみがあるだろう? これを押しながら右に回すと火が出るよ」
「何だか怖いわね。危なくない?」
「大丈夫。火が出る部分が手元から離れているので火傷の心配はない。一度やってみせるから見ていて」

 ステファノは着火魔道具を受け取ると、先端を自分たちから離して構えた。

「こうやって押し込みながら回すと……」

 ぽっ!

 棒状の着火魔道具の先端から小さな炎が出た。

「あっ! 本当だ! マッチみたいに擦らなくても良いのね?」
「つまみを左に戻すと、火が消えるよ」
「へえ、簡単ね」
「今度はプリシラがやってみて」

 ステファノは魔道具をプリシラに渡した。

「えっ? このまま、また使えるの?」
「ああ。マッチと違って、何度でも使えるんだ」
「ふうん……。持ち方はこれで良い?」
「うん。先端を人や物に近づけないでね」

 プリシラはステファノのやり方を真似て、つまみを押し回した。

 ぽっ!

「ついた! これって、匂いもないし、すす・・や燃えさしも出ないのね」
「そうだよ。驚くほどのものではないけど、ちょっとだけ便利だろ?」
「ちょっとだけじゃない! すごく便利よ。ありがとう、ステファノ。毎晩のお仕事が楽になるわ」

 忙しいステファノが自分のために手作りしてくれた道具を、プリシラは握り締めて喜んだ。

「危ないから火がついている時は振り回さないでね。用が済んだら必ずつまみを戻して火を消して」
「そうね。こんなに簡単に火がつくのなら、その分取り扱いに気をつけないと」

 火の始末はメイドが一番気をつけるべきことであった。

「いずれは世の中でたくさん使ってもらうつもりだけど、今はこの家の分しかないんだ。騒がれると面倒なので、当面外には持ち出さないでね」
「そうよね。こんなものがあると知ったら、皆欲しがるに決まってるわ」

 ステファノたちはネルソンの別宅にいた。3週間という冬休みを、ステファノはここを拠点に過ごすことになっていた。
 学生である間は商会で働く必要はないと、ネルソンはステファノを別宅の方に受け入れてくれたのだった。

 2学期での卒業を目指すステファノには、休みの間にもやるべきことがある。それを見通した上でのネルソンの配慮であった。

「同じものをケントクさんにも渡しておくよ。調理場こそ火を使う場所だからね」

 とはいえ、薪や炭を燃料とする調理用の器具は一旦火を入れたら使い終わるまで火を落とすことがない。着火の機会はそれほど多くなかった。
 この家において誰よりも頻繁に火をともすのは、プリシラだった。

「燭台を持ち歩いて灯具に火を移して歩くのって、意外と大変なのよ」

 燭台は少女の手には重い。風にあおられれば消えてしまうし、下手に扱えば火事の危険がある。

「この道具があればすごく楽になるわ。ありがとう、ステファノ」

 着火魔道具を大切そうにしまい込みながら、プリシラはステファノに礼を言った。

「万一壊れたら教えてね。すぐに直すから」

 ステファノは一言つけ加えた。

「いずれはこの家の明かりをすべて魔道具に変えるつもりだ」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第355話 これはわれらの手に余るな。ドイルとヨシズミを呼ぼう。」

「研究報告会のことは聞いている。頑張っているそうだな」

 ステファノはネルソンと書斎で向かい合っていた。傍らにはマルチェルが控えている。

「仲間と良い研究テーマに恵まれました」
「キムラーヤにモントルー商会。どちらもなかなかの大店だ。染物屋は椿屋だったか?」
「左様でございます」

 モントルー商会はスールーの実家であった。椿屋がサントスの家族が経営する店だった。

 ……

◆お楽しみに。
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