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第4章 魔術学園奮闘編

第347話 ほら、ハーム兄様。わたくしの言った通りでしょう?

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「杖の手解きをしてくれた師匠が細かい人で、いちいちこちらがやりにくいように杖を動かすんです。俺はそれを真似しているようです」

 1つ1つは何ということもない動きであった。

 ほんの少しだけ間をずらして押し合う杖を動かす。ほんの少しだけ杖の先をひねって、離れ際の方向を変える。
 打ちこみながら、爪1枚分足先を進める。

 ヨシズミは稽古の中で当たり前のようにそうしていた。ステファノは何度も体勢を崩し、よろめかされた。
 なぜ力を籠めぬ申し合いでそんなことが起きるのか。ステファノは稽古の後に考え抜いて、ヨシズミの動きに微妙な揺らぎが隠れていると気づいたのだった。

 映像記憶フォトグラフィック・メモリーを有するステファノだからこそ、独力で答えにたどりつけたのかもしれない。

「良き師を持たれたようだ。正しいけいは正しい意によって、初めて全きものとなる。一同、今日はそれを学びとしなさい」
「はい!」

 ハーマンは師の言葉に胸を突かれた。自分は上級の域まで熟達し、正しく杖を振れると慢心していた。
 確かに杖の扱いには上達していたが、技に籠めるべき意識が浅くなっていたのだ。

「ステファノ君、僕は君に謝りたいと思う」
「え? 何をでしょうか?」

 唐突に謝罪を口にしたハーマンを、ステファノは驚いて見返した。

「僕は君を見くびっていた。杖に関しては初心者だ。学ぶものなどないと軽んじていたんだ」
「多分おっしゃる通りです」
「いや、そんなことはない! さすがに妹が見込んだ人材だ。僕は自分の至らなさに気づかされた」
「ほら、ハーム兄様。わたくしの言った通りでしょう?」

 それまで口を閉ざしていたミョウシンが、我が意を得たりと口を挟んだ。

「うん。お前の言う通りだった。ステファノ君を連れて来てくれてありがとう。そして、ステファノ君、君を軽んじて申し訳なかった」
「とんでもない! 俺の動きが田舎臭くて戸惑われただけでしょう。杖の勢いがまるで違うと、よくわかりました。俺の方こそ稽古をつけて頂いて、お礼を申し上げます」

 優れた師の下で鍛錬を続けている者から学ぶものがあるのは、当然のことであった。ステファノは自分にないものの片りんを経験できて、今日は満足していた。

「さて、ステファノ君。せっかくの機会なのでな、わしからも1つ所望して良いだろうか?」
「はい? 何でしょうか?」

 場が収まったのを見届け、ゲンドー師範が改めてステファノに願いを告げた。

「そこにある黒い縄なんだがね。それは捕縛術用のものではないかね?」
「ああ、そうです。まったくの我流なんですが……」
「良ければそれを使うところを見せてもらえないだろうか?」

 ムソウ流に縄術は含まれていなかった。そもそも縄を用いる捕縛術自体が世の中に伝わっていない。
 囚人を縛る方法や、投げ縄などの特殊な技が断片的に伝承されているだけであった。

 古流武術の第一人者としての好奇心が、ゲンドー師を突き動かしていた。

「ゲンドー先生……」
「お見せするのは構わないのですが……」

 何か言いかけたミョウシンを抑えて、ステファノは言葉を挟んだ。

「何か差しさわりがあるのかね?」
「はい。田舎流儀ではありますが、俺の流派の秘伝が含まれます。この場におられる全員、今日のことは口外しないとお約束頂けますか?」
「そういうことか。秘伝とあれば是非もない。一同、ここで起きたことは口外無用! 破れば破門の上、このゲンドー自らがその者を探し出して二度と口を利けぬよう、喉を潰す。良いな!」

「はいっ!」

 門弟10名が声をそろえる。

「お2人もよろしいな?」
「もちろんです」
「わたくしも」

「うむ」

 姿勢を正したゲンドーは、ステファノと目を合わせた。

「ステファノ君、これで良いか?」
「はい。勝手を申しました。それでは未熟ながらじょうち縄をお目にかけます」

 ステファノは床に置いた黒縄を拾い上げた。束ねたものを解き、中ほどを右手に握ってだらりと垂らす。

 立ち位置に戻り、杖術の型と同じ形で位を取った。

(む!)

 ハーマンとの申し合い同様、予備動作なくステファノは動き出した。ゲンドーが思わず気配を動かしてしまったのは、ステファノの手に握る黒縄が形を変えたためであった。

 今、黒縄は真っ直ぐに伸びてまるで一本の杖にしか見えない。

(気功を縄にまとわせたか。ここまで精密に使いこなせるとは!)

 ステファノはヘルメスの杖で行った演舞を朽ち縄で繰り返す。細い縄は震えることなく杖の働きをしていた。

(あれは……「重み」さえも杖と等しくしているのか? 秘伝という言葉に嘘はない)

 ステファノの型が折り返しに差し掛かった。突如ステファノは「みずち」にまとわせたイドを消して、鞭の動きで縄を振るう。

(まさに「形意けいい自在」。杖と縄を意のままに使い分けるか!)

 もしハーマンが打太刀を務めていれば、朽ち縄はその杖に絡みつき、引き寄せ、あるいは杖の受けを支えにしてハーマンに打ちかかったであろう。

(これは秘伝とするのが当然の技だ。初見であれば達人であっても受けられまい)

 ゲンドー師はステファノの融通無碍な変化技に唸った。

「いや、お見それした。そして無理な所望をしたことを心からお詫びする」

 ゲンドーは床に手をついて頭を下げた。

「そんな! 手を上げてください。納得ずくで披露したものですから」

 慌ててステファノは手を振った。

 言葉通り、この程度であればと割り切って披露した演武であった。ゲンドー師であれば約束を裏切ることはあるまいと、その振る舞いから信用できたのだ。

(もっともお弟子さんたちが約束を守れるかどうかは……俺にはわからないが)

 弟子の1人から演舞のことを漏らされたとしても、ステファノにとって大きな問題ではない。まだこれは蛟による捕縛術の「入り口」でしかないからだ。

 杖術と縄術の併用はあくまでも基本であった。ここから「水餅」や「蛇尾くもひとで」など、イドの応用技が広がる。
 さらには「水蛇」や「蛟龍こうりゅう」、「金縛り」など魔術との組み合わせは無数に存在する。

(むしろ「縄が杖になる」という技だと誤解してくれた方が、こちらはやりやすいんだよな)

 思い込みはあだになる。武術の世界で先入観を持つことは、動きを狭める悪手なのであった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第348話 そうなったらこっちの思うつぼなんだけどな。」

 杖が縄になる「引っ掛け技」だと思い込んでくれれば、相手は「杖の受け止め方」に意識を集中するだろう。

(そうなったらこっちの思うつぼなんだけどな)

 蛟を受けてくれさえしたら、「金縛り」を浴びせることができる。敵が杖の場合鉄剣よりは雷気を流しにくいが、体を痺れさせるには十分だ。
 相手が動けなくなったところで縛るなり、叩くなり、ゆっくり料理すればよい。

(料理は段取りが命だからね)

 ……

◆お楽しみに。
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