上 下
346 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第346話 待ってくれ! 今のは何だ。君は何をした?

しおりを挟む
 開始を告げられて一呼吸。なおステファノは動かなかった。

(こいつ、緊張しているのか?)

 ハーマンが疑問を覚えたその時、ステファノとの距離が縮まっていることに気づいた。

(む! 動いている!)

 一切の予備動作なく、青葉の上を滑る水滴の如くステファノはすり足を進めていた。続いて起こるのは袈裟懸けの打ち込みだ。

 申し合いである以上、動作の手順はすべて決まっている。
 杖術の手練れであるハーマンは余裕をもって振り下ろされる杖を受けに行く。

 ステファノの振りは決して速くない。ハーマンは完璧なタイミングで杖を合わせた。

 かん!

 乾いた音を立てて、二本の杖が重なった。

(きれいな打ち込みだ。だが、軽い……)

 ハーマンは、もっと速く、もっと重い打ち込みをいくらでも受けたことがある。

(うん?)

 手の中の杖が引っ張られるような不思議な感覚をハーマンは覚えた。

(何だ?)

 強い力ではない。ほんのわずかに杖同士が粘着したように、ステファノが引き戻す杖に自分の杖がついて行こうとした。

 次の手では、下段からの逆袈裟が来る。型通りに体を裁いて、ハーマンはこれも余裕をもって受ける。

(まただ)

 打ち合わせた杖が、ほんの少しだけ持って行かれる。
 ハーマンの杖は数センチ、構えを流されることになる。

 次の手はハーマンからの打ち込みだ。

 流れた杖を引き戻し、杖先を振りかぶって袈裟懸けに振り下ろす。

(ん? 決まり・・・が悪い?)

 杖の動きは全身の動きの結果である。足、腰、背中、腕など体のすべてが理想の振りのために動いている。
 すべての動きがあるべきところに収まれば、理想の打ち込みが生まれる。

 それが揃わない。
 思っていることができない。

 何千回、何万回と繰り返して来た打ち込みがほんの僅かにぼやけていた。

 ハーマンの打ち込みを払って、ステファノは杖を翻す。槍で言う石突き側を使って、ハーマンのみぞおちを突いて来る。
 これもあらかじめ決まった手であった。

 特別の速さもない普通の突きを、ハーマンは自分の杖を閃かせて払う。タイミング的には余裕の動きだった。

(むう。手応えが悪い)

 ぎしりときしむような感触が手の内に伝わった。微妙に杖の当たり所が悪いのだ。

(糞! 調子が出ん!)

 嫌な感触を振り払うように、ハーマンは力を籠めてステファノの杖先を払い除け、杖を返してステファノの足を払いに行く。
 手順通りに体を裁いてステファノが受ける。

 ぎゃん!

 杖の芯が外れた音がした。

(何だと!)

 攻めたはずのハーマンの手がかすかに痺れた。
 杖を取り落とすほどの衝撃ではない。だが、拭い去れない違和感が手の内に残る。

(なぜだ? 打点がずれている?)

 その後も型の応酬を続けるが、違和感は拭い去れない。むしろ手数を重ねるたびにずれ・・が大きくなる。

 最後にハーマンの打ち込みをステファノが受け流して終わる手順で、ハーマンは打ち込んだ勢いのまま杖に引っ張られるように一歩たたらを踏んだ。

 何事もなかったようにステファノは杖を引き、体勢を立て直したハーマンと礼を交わして後ろに下がった。

「待ってくれ! 今のは何だ。君は何をした?」
「え?」
「ハーマン様、わかりませんか? まあ、お座りなさい」

 何が起きたのか理解ができないハーマンは、ステファノを問い詰めようとした。それをゲンドー師が静かに止めた。

 師の言葉には逆らえない。ハーマンは言葉を飲み込んで上座に戻った。

「今の申し合い、ステファノ君は気功を使っていない。そうだね?」
「先生のおっしゃる気功が俺の思う『気』のことでしたら、それは使っておりません」
「ふむ。ハーマン様、ステファノ君の打ちや払いによってあなたの打ち込みは乱された。その理由がわからないのでしょうな?」
「……はい」

 ハーマンはステファノが「気功」を使ったのではないかと考えていた。それを卑怯と非難するつもりはない。
 修練によって身につけた力を立ち合いに使用するのは当然のことであろう。

 申し合いに使うのは、「品がない」行為だとは思ったが。

 申し合いは試合ではない。型のやり取りを通じて打太刀、仕太刀の双方が技を磨く修練である。
 気功を使ってまで「勝ち」にこだわるのは、修行者の姿勢として見苦しいと思った。

 しかし、師の言葉によればステファノは気功を使用していない。

「ならば、なぜ私の体勢は崩されたのでしょうか?」

 ハーマンは率直に疑問をぶつけた。

「うむ。最初に申すべきは、これはあくまでも申し合いであり、命のやり取りではなかったということです」
「それはもちろん」
「試合や決闘であれば、ハーマン様がお勝ちになるでしょう。これはあくまでも決められた手順のやり取りで起きたことです」

 それはハーマンにも理解できる。命がけの戦いであれば、上級者であるハーマンはステファノが追いつけぬ速度で打ち込むことができる。ステファノの打ち込みが届く前に、急所を打ち返すことも容易いだろう。

「それにしてもです。自分の打ち込みが正しい型を外れていたとは思えません。それなのに」
「なぜステファノの杖に体勢を乱されたか、ですな?」

 ゲンドー師にはハーマンの戸惑いも、その原因さえも明確にわかっているようだった。

「一言で申すなら、それは『けい』に籠めた『意』の深さであります」
「私の打ちには『意』が伴っていないと仰いますか?」
「杖は打つのみに非ず!」

 道場に響き渡る音声おんじょうで、ゲンドー師は言い放った。

「打ち、受け、払い、流し、突き。すべての動作に『意』が籠る。ステファノ君の杖は『引く』動きにさえ『意』を伴っていた」
「引く動き……」

 何かを思い出すように、ハーマンの目が遠くを見る。

「ああ、多分それはうちの師匠のせいです」
「何だと?」

 唐突にしゃべり出したステファノに、ハーマンは思わず問いただすような声を発してしまった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第347話 ほら、ハーム兄様。わたくしの言った通りでしょう?」

「杖の手解きをしてくれた師匠が細かい人で、いちいちこちらがやりにくいように杖を動かすんです。俺はそれを真似しているようです」

 1つ1つは何ということもない動きであった。

 ほんの少しだけ間をずらして押し合う杖を動かす。ほんの少しだけ杖の先をひねって、別れ際の方向を変える。
 打ちこみながら、爪1枚分足先を進める。

 ヨシズミは稽古の中で当たり前のようにそうしていた。ステファノは何度も体勢を崩し、よろめかされた。
 なぜ力を籠めぬ申し合いでそんなことが起きるのか。ステファノは稽古の後に考え抜いて、ヨシズミの動きに微妙な揺らぎが隠れていると気づいたのだった。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...