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第4章 魔術学園奮闘編
第343話 杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね。
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「実は君に会いたいという人がいます」
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」
アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。
「そうです。呪タウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、杖、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体系です。ムソウ流という流派を名乗っています」
ムソウ流の中心は杖術であった。
門弟の1人がステファノが杖を使うということを知り、興味を持ったらしい。ぜひとも手合わせを願いたいというのがミョウシンを通じた伝言であった。
「手合わせと言われても、俺の杖術はほとんど我流ですよ?」
「試合で優劣をつけようということではないのです。自分たちと違う流儀を見てみたいという純粋な好奇心らしいです」
「初心者同然で、お見せするほどのものはありませんが……」
出し惜しみをするわけではなく、ステファノは正直に困惑していた。
「それはそれで良いのです。杖を学ぶ人間は少ないそうで、杖術者同士で会話したいという気持ちが本音らしいですよ」
「ははあ」
「……実は、わたくしの兄なのです」
「えっ? お兄さんですか?」
ミョウシンは心なしか頬を赤くしていた。
「流祖ゴンゾーサと自分の師を英雄のように崇めていて、男爵家に生まれながら、騎槍や剣よりも杖に夢中になっている変わり者なのです」
「杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね」
どこに行くにも杖を持ち歩いているステファノのことを聞いて、ぜひ会ってみたいと思ったらしい。この場合はどちらの方が変わり者なのであろうか。
「君さえよければ町の道場まで案内させてもらいたいのです」
「俺は別に構いませんよ。夕方5時までに帰って来られるのであれば問題ありません」
「そうですか、ありがとう。それでは早速ですが、わたくしについて来てください」
ミョウシンに連れられて正門まで歩いて行くと、表に馬車が待っていた。
「ムソウ流の道場まで」
「かしこまりました」
フェルディナンド男爵家の使用人なのであろう。まるで執事のように上品な男が馬車のドアを開けて、ミョウシンに頭を下げた。
(お貴族様の馬車だ。ダールさんの駅馬車とは大違いだよ)
ネルソン商会の馬車でもこれほど丁寧ではなかった。
10分ほど揺られて行くと、目的の武道場についた。馬車をポーチに停めて、使用人が1人で馬車を降りた。
「頼もう! フェルディナンド家御令嬢ミョウシン様のお越しである。誰かある!」
男が道場に向けて声を張った。
アカデミーの外ではミョウシンは貴族として振舞わねばならない。
(ということは、俺も平民の身分をわきまえなければいけないということだ)
粗相をすれば首を飛ばされても文句は言えない。そういう相手の中に入っていくことになるのだと、改めてステファノは気を引き締めた。
案内を待つ間、ミョウシンは端然と座ったまま表情を変えなかった。ステファノを前にどう思っているのか、その感情は表には見えない。
十分に広いはずのワゴンの中が、急に息苦しい空間になったようにステファノは感じた。
「お嬢様、案内の者が参りました」
「左様ですか。では降りましょう」
車内に声をかけ、許可を得てから使用人はドアを開け、ミョウシンに手を貸して馬車から下ろす。続いて降りるステファノにもちろん手助けはない。
「お兄様にお会いして参ります」
「お戻りをお待ちしております」
ステファノなどそこに存在しないようにミョウシンと男は言葉を交わした。まるで何度も稽古をした芝居の場面を見るようであった。それぞれの役は身についており、動きや台詞によどみがない。
(これがお貴族様の世界か。ならば俺は存在しない方が良い)
ステファノはイドの繭を意識して、自分の気配を低く抑えた。
「ご案内申し上げます」
「頼みます」
使用人らしい子供に導かれて、ミョウシンたちは道場の稽古場に通った。
2人の来場を知って稽古を中断したのであろう。広い板敷きの道場に、門弟たちが2列に分かれて正座していた。
(うわっ。あの座り方、俺には無理だな。真似しろと言われたらどうしよう)
先ずそのことに気を取られて、ステファノは他のことに目を向ける余裕がなかった。
道場の奥、壁を背にした中央に恰幅の良い中年男性が正座していた。体の右側に使い込まれて黒光りした杖が置かれている。これが道場主であろう。
向かってその右隣に青年が座していた。これがミョウシンの兄であろう。やはり体の右に杖を置いていた。
道場の全員が道着を着用していた。ステファノの物とは異なり、上が白、下は紺の袴であった。
ミョウシンは道場の中央をするすると進み、2メートルほどの距離を取って道場主の正面に正座した。
ステファノはその右後ろに、静かに腰を下ろした。正座は無理だと思ったので、板敷きの上にあぐらをかく。
携えて来たヘルメスの杖は右手の床に置いた。
「邪魔をいたします。本日は学友、ステファノを連れて来ました」
「御足労感謝いたします、ミョウシン様。ハーマン様からお話は伺っております」
「よく来たね、ミョウシン。ステファノを連れて来てくれてありがとう」
道場主に続いて言葉を発したのはミョウシンの兄であった。ミョウシンと同様髪は茶色で、アーモンド・アイの瞳は灰色であった。鍛えられた体は逞しく、顔色は明るかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第344話 勉強させて頂こう。門弟一同、注目!」
「ゲンドー師範、ハーム兄様。こちらに控えているのが学友のステファノです。『柔研究会』で鍛え合っておりますが、彼の本来は、拳法、格闘術、杖術、そして捕縛術です」
「ほほう。随分と手広いな。当流のあり方に近しいものがある。ステファノ君、わたしはムソウ流一心館道場師範ゲンドーだ。よろしく頼む」
「僕はミョウシンの兄、ハーマンだ。御足労、すまないね」
ミョウシンたちが挨拶を交わし、ようやくステファノの紹介を終えた。
「ステファノです。武術はまだ鍛錬の日が浅い初心者ですが、よろしくお願いいたします」
ステファノは挨拶をしてから、謝罪をつけ加えた。
……
◆お楽しみに。
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」
アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。
「そうです。呪タウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、杖、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体系です。ムソウ流という流派を名乗っています」
ムソウ流の中心は杖術であった。
門弟の1人がステファノが杖を使うということを知り、興味を持ったらしい。ぜひとも手合わせを願いたいというのがミョウシンを通じた伝言であった。
「手合わせと言われても、俺の杖術はほとんど我流ですよ?」
「試合で優劣をつけようということではないのです。自分たちと違う流儀を見てみたいという純粋な好奇心らしいです」
「初心者同然で、お見せするほどのものはありませんが……」
出し惜しみをするわけではなく、ステファノは正直に困惑していた。
「それはそれで良いのです。杖を学ぶ人間は少ないそうで、杖術者同士で会話したいという気持ちが本音らしいですよ」
「ははあ」
「……実は、わたくしの兄なのです」
「えっ? お兄さんですか?」
ミョウシンは心なしか頬を赤くしていた。
「流祖ゴンゾーサと自分の師を英雄のように崇めていて、男爵家に生まれながら、騎槍や剣よりも杖に夢中になっている変わり者なのです」
「杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね」
どこに行くにも杖を持ち歩いているステファノのことを聞いて、ぜひ会ってみたいと思ったらしい。この場合はどちらの方が変わり者なのであろうか。
「君さえよければ町の道場まで案内させてもらいたいのです」
「俺は別に構いませんよ。夕方5時までに帰って来られるのであれば問題ありません」
「そうですか、ありがとう。それでは早速ですが、わたくしについて来てください」
ミョウシンに連れられて正門まで歩いて行くと、表に馬車が待っていた。
「ムソウ流の道場まで」
「かしこまりました」
フェルディナンド男爵家の使用人なのであろう。まるで執事のように上品な男が馬車のドアを開けて、ミョウシンに頭を下げた。
(お貴族様の馬車だ。ダールさんの駅馬車とは大違いだよ)
ネルソン商会の馬車でもこれほど丁寧ではなかった。
10分ほど揺られて行くと、目的の武道場についた。馬車をポーチに停めて、使用人が1人で馬車を降りた。
「頼もう! フェルディナンド家御令嬢ミョウシン様のお越しである。誰かある!」
男が道場に向けて声を張った。
アカデミーの外ではミョウシンは貴族として振舞わねばならない。
(ということは、俺も平民の身分をわきまえなければいけないということだ)
粗相をすれば首を飛ばされても文句は言えない。そういう相手の中に入っていくことになるのだと、改めてステファノは気を引き締めた。
案内を待つ間、ミョウシンは端然と座ったまま表情を変えなかった。ステファノを前にどう思っているのか、その感情は表には見えない。
十分に広いはずのワゴンの中が、急に息苦しい空間になったようにステファノは感じた。
「お嬢様、案内の者が参りました」
「左様ですか。では降りましょう」
車内に声をかけ、許可を得てから使用人はドアを開け、ミョウシンに手を貸して馬車から下ろす。続いて降りるステファノにもちろん手助けはない。
「お兄様にお会いして参ります」
「お戻りをお待ちしております」
ステファノなどそこに存在しないようにミョウシンと男は言葉を交わした。まるで何度も稽古をした芝居の場面を見るようであった。それぞれの役は身についており、動きや台詞によどみがない。
(これがお貴族様の世界か。ならば俺は存在しない方が良い)
ステファノはイドの繭を意識して、自分の気配を低く抑えた。
「ご案内申し上げます」
「頼みます」
使用人らしい子供に導かれて、ミョウシンたちは道場の稽古場に通った。
2人の来場を知って稽古を中断したのであろう。広い板敷きの道場に、門弟たちが2列に分かれて正座していた。
(うわっ。あの座り方、俺には無理だな。真似しろと言われたらどうしよう)
先ずそのことに気を取られて、ステファノは他のことに目を向ける余裕がなかった。
道場の奥、壁を背にした中央に恰幅の良い中年男性が正座していた。体の右側に使い込まれて黒光りした杖が置かれている。これが道場主であろう。
向かってその右隣に青年が座していた。これがミョウシンの兄であろう。やはり体の右に杖を置いていた。
道場の全員が道着を着用していた。ステファノの物とは異なり、上が白、下は紺の袴であった。
ミョウシンは道場の中央をするすると進み、2メートルほどの距離を取って道場主の正面に正座した。
ステファノはその右後ろに、静かに腰を下ろした。正座は無理だと思ったので、板敷きの上にあぐらをかく。
携えて来たヘルメスの杖は右手の床に置いた。
「邪魔をいたします。本日は学友、ステファノを連れて来ました」
「御足労感謝いたします、ミョウシン様。ハーマン様からお話は伺っております」
「よく来たね、ミョウシン。ステファノを連れて来てくれてありがとう」
道場主に続いて言葉を発したのはミョウシンの兄であった。ミョウシンと同様髪は茶色で、アーモンド・アイの瞳は灰色であった。鍛えられた体は逞しく、顔色は明るかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第344話 勉強させて頂こう。門弟一同、注目!」
「ゲンドー師範、ハーム兄様。こちらに控えているのが学友のステファノです。『柔研究会』で鍛え合っておりますが、彼の本来は、拳法、格闘術、杖術、そして捕縛術です」
「ほほう。随分と手広いな。当流のあり方に近しいものがある。ステファノ君、わたしはムソウ流一心館道場師範ゲンドーだ。よろしく頼む」
「僕はミョウシンの兄、ハーマンだ。御足労、すまないね」
ミョウシンたちが挨拶を交わし、ようやくステファノの紹介を終えた。
「ステファノです。武術はまだ鍛錬の日が浅い初心者ですが、よろしくお願いいたします」
ステファノは挨拶をしてから、謝罪をつけ加えた。
……
◆お楽しみに。
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