飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
342 / 669
第4章 魔術学園奮闘編

第342話 これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ。

しおりを挟む
「脈が落ちついたようです。どうぞそのままカウチでお楽にされてください」
「いや、醜態を見せた。お陰でもう大丈夫だ」

 ネルソンの鎮静剤が効いて、ドルーリオは顔色を取り戻した。
 もちろん側使えに薬で体調を崩したことがないかを確かめ、許可を得た上での処方である。

 ドルーリオはまるであつらえたように自分の体調に合った薬を処方されて、ネルソン商会の能力に改めて舌を巻いた。

「お務めの疲れが溜まっていらしたのでしょう。今日はお早めに休まれるとよろしいかと」
「うむ。気苦労の多い仕事でな。いや、愚痴を言った」

 しばらく休んだことで、ドルーリオは精神的にも落ちつきを取り戻していた。ステファノの発明には驚かされたが、聞けば確かに軍部との取引材料として十分な価値を持っている。

「製版器と言い、魔術具の量産と言い、民政に対する価値も計り知れぬな」

 そう思い至る余裕が、ドルーリオに生まれていた。

「おっしゃる通りでございます。魔術具の量産が軌道に乗れば、国の富は20年後どころか5年後には倍増しておりましょう」
「おい。これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ」
「これは失礼いたしました」

 だが、国中に魔道具、魔術具が溢れることになれば、それくらいのことは容易に起こるだろう。ドルーリオとて内務卿である。その程度の未来は想像できる。

「メシヤ流の末弟、ステファノと申したか。その者の安全が気がかりだな」
「はっ。お気遣い恐れ入ります。機密の漏洩を防ぐため、ステファノたちの発明品はすべてギルモア家の預かりとさせていただきました」
「むっ! そうか。抜かりないことだな」

 軍部にしてみれば伝声管も、魔術具も喉から手が出るほど欲しいだろうが、ギルモア家を通さなければ入手はできない。
 ネルソンが軍部と渡り合うには十分すぎる交渉材料であった。

「ようやくそなたの引いた絵図面が見えた。流石はギルモアの血筋よ。獅子は牙をむかずとも獅子なのだな」
「恐れ入ります」

 ネルソンは素直にこうべを垂れた。

「だが、次からはもそっと手柔らかに頼む。年寄りにはきついぞ」
「これは……失礼いたしました」
「ははは……」
「ふふ」

 内政充実の予感に機嫌を良くしたドルーリオは、しばし紅茶を飲みながらネルソンとの談話を楽しんだ。

「ふふ、軍務卿が目を白黒させるかと思うと、奴に合うのが楽しみになるな。こんなことは初めてだ」
「軍務卿閣下も貴重な国士。お手柔らかにお願い申し上げます」
「そなたがそれを言うか? わははは……」

 外堀は埋まった。
 内務卿の後押しを得て、後はギルモア侯爵から軍部に働きかけてもらうだけであった。

(見えたな、勝ち筋が)

 ドルーリオ伯爵邸からの帰り道、馬車に揺られるネルソンは心地よい眠りを貪っていた。

 ◆◆◆

 1学期最後の日、ステファノはミョウシンと向かい合っていた。

「ステファノはうちの領民とつき合いがあったのですね」
 
 ミョウシンは報告会を見て、ステファノがトーマと同じチームに所属していることを知った。

「トーマのことですね。ひょんなことから縁ができまして」
「そうですか。彼のことは話に聞いていました。キムラーヤの跡取りだとか」
「はい。いい加減な所がありますが、商売についてはしっかりしています」
「遠くから展示品紹介の様子を見させてもらいました。随分な人だかりでしたね」

 既に2度報告会を経験したミョウシンから見ても、情革研のブースは異常な盛り上がり方であった。
 間違いなく今年の花形は情革研とステファノであった。

「君があれほどの発明、発見を成し遂げているとは思いませんでした」
「半分は授業のテーマでした」
「それにしてもです。特に、隠形五遁の術には驚かされました」

 ミョウシンはステファノが魔力に加えてイドを制御できることは知っていた。しかし、それによってどのようなことが可能になるかは、報告会で初めて知ったのだった。

「炎隠れは見事でしたが、やはり霧隠れの術に圧倒されました。君は隠れもせず壇上に身を晒していたのに、誰一人存在に気づきませんでした」
「隠形に取り組んでみてわかったのですが、隠形とは身を隠すことではなく、いることを悟られぬことだと気づきました」
「確かに、君は皆の目の前にいるのに、誰も気づきませんでした」

 人間の脳の不思議である。こそこそ隠れようとすれば周りから目立ち、ただそこにあれば気に留めない。
 限られた知覚、限られた認識力を、脅威となるものに割り当てようとする人間の本能が、「当たり前のもの」を意識からカットしてしまうのだ。

 ごく普通の風貌をしたステファノは、道に転がる小石のように、「あっても気にならない風景の一部」になりやすいのであった。

「それに、君は『イドの繭』をまとっていたのでしょう?」
「はい。気配を薄くしていました」

 あそこまで極端なことはしないものの、ミョウシンとの乱取り中もステファノは自分の気配を薄くしている。
 イドを制御して己の意図を悟られぬようにし、相手のイドを感じやすいように際立たせているのだ。

「あれをやられると動きが読めず、崩しにくい。報告会の見物人にも同じことが起きたのですね」
「ふうむ。比べてみると根っこは同じですね。隠形法とは武道に通じるものかもしれませんね」
「君の武道は大分特殊なような気がしますが……」

 ミョウシンはちょっと困ったような顔をした。

「最近、よくそういうことを言われます」

 ステファノは肩を落として言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第343話 杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね。」

「実は君に会いたいという人がいます」
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」

 アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
 あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。

「そうです。まじタウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体形です。ムソウ流という流派を名乗っています」

 ムソウ流の中心は杖術であった。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!

日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」 見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。 神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。 特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。 突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。 なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。 ・魔物に襲われている女の子との出会い ・勇者との出会い ・魔王との出会い ・他の転生者との出会い ・波長の合う仲間との出会い etc....... チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。 その時クロムは何を想い、何をするのか…… このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~

さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。 全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。 ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。 これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...