上 下
342 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第342話 これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ。

しおりを挟む
「脈が落ちついたようです。どうぞそのままカウチでお楽にされてください」
「いや、醜態を見せた。お陰でもう大丈夫だ」

 ネルソンの鎮静剤が効いて、ドルーリオは顔色を取り戻した。
 もちろん側使えに薬で体調を崩したことがないかを確かめ、許可を得た上での処方である。

 ドルーリオはまるであつらえたように自分の体調に合った薬を処方されて、ネルソン商会の能力に改めて舌を巻いた。

「お務めの疲れが溜まっていらしたのでしょう。今日はお早めに休まれるとよろしいかと」
「うむ。気苦労の多い仕事でな。いや、愚痴を言った」

 しばらく休んだことで、ドルーリオは精神的にも落ちつきを取り戻していた。ステファノの発明には驚かされたが、聞けば確かに軍部との取引材料として十分な価値を持っている。

「製版器と言い、魔術具の量産と言い、民政に対する価値も計り知れぬな」

 そう思い至る余裕が、ドルーリオに生まれていた。

「おっしゃる通りでございます。魔術具の量産が軌道に乗れば、国の富は20年後どころか5年後には倍増しておりましょう」
「おい。これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ」
「これは失礼いたしました」

 だが、国中に魔道具、魔術具が溢れることになれば、それくらいのことは容易に起こるだろう。ドルーリオとて内務卿である。その程度の未来は想像できる。

「メシヤ流の末弟、ステファノと申したか。その者の安全が気がかりだな」
「はっ。お気遣い恐れ入ります。機密の漏洩を防ぐため、ステファノたちの発明品はすべてギルモア家の預かりとさせていただきました」
「むっ! そうか。抜かりないことだな」

 軍部にしてみれば伝声管も、魔術具も喉から手が出るほど欲しいだろうが、ギルモア家を通さなければ入手はできない。
 ネルソンが軍部と渡り合うには十分すぎる交渉材料であった。

「ようやくそなたの引いた絵図面が見えた。流石はギルモアの血筋よ。獅子は牙をむかずとも獅子なのだな」
「恐れ入ります」

 ネルソンは素直にこうべを垂れた。

「だが、次からはもそっと手柔らかに頼む。年寄りにはきついぞ」
「これは……失礼いたしました」
「ははは……」
「ふふ」

 内政充実の予感に機嫌を良くしたドルーリオは、しばし紅茶を飲みながらネルソンとの談話を楽しんだ。

「ふふ、軍務卿が目を白黒させるかと思うと、奴に合うのが楽しみになるな。こんなことは初めてだ」
「軍務卿閣下も貴重な国士。お手柔らかにお願い申し上げます」
「そなたがそれを言うか? わははは……」

 外堀は埋まった。
 内務卿の後押しを得て、後はギルモア侯爵から軍部に働きかけてもらうだけであった。

(見えたな、勝ち筋が)

 ドルーリオ伯爵邸からの帰り道、馬車に揺られるネルソンは心地よい眠りを貪っていた。

 ◆◆◆

 1学期最後の日、ステファノはミョウシンと向かい合っていた。

「ステファノはうちの領民とつき合いがあったのですね」
 
 ミョウシンは報告会を見て、ステファノがトーマと同じチームに所属していることを知った。

「トーマのことですね。ひょんなことから縁ができまして」
「そうですか。彼のことは話に聞いていました。キムラーヤの跡取りだとか」
「はい。いい加減な所がありますが、商売についてはしっかりしています」
「遠くから展示品紹介の様子を見させてもらいました。随分な人だかりでしたね」

 既に2度報告会を経験したミョウシンから見ても、情革研のブースは異常な盛り上がり方であった。
 間違いなく今年の花形は情革研とステファノであった。

「君があれほどの発明、発見を成し遂げているとは思いませんでした」
「半分は授業のテーマでした」
「それにしてもです。特に、隠形五遁の術には驚かされました」

 ミョウシンはステファノが魔力に加えてイドを制御できることは知っていた。しかし、それによってどのようなことが可能になるかは、報告会で初めて知ったのだった。

「炎隠れは見事でしたが、やはり霧隠れの術に圧倒されました。君は隠れもせず壇上に身を晒していたのに、誰一人存在に気づきませんでした」
「隠形に取り組んでみてわかったのですが、隠形とは身を隠すことではなく、いることを悟られぬことだと気づきました」
「確かに、君は皆の目の前にいるのに、誰も気づきませんでした」

 人間の脳の不思議である。こそこそ隠れようとすれば周りから目立ち、ただそこにあれば気に留めない。
 限られた知覚、限られた認識力を、脅威となるものに割り当てようとする人間の本能が、「当たり前のもの」を意識からカットしてしまうのだ。

 ごく普通の風貌をしたステファノは、道に転がる小石のように、「あっても気にならない風景の一部」になりやすいのであった。

「それに、君は『イドの繭』をまとっていたのでしょう?」
「はい。気配を薄くしていました」

 あそこまで極端なことはしないものの、ミョウシンとの乱取り中もステファノは自分の気配を薄くしている。
 イドを制御して己の意図を悟られぬようにし、相手のイドを感じやすいように際立たせているのだ。

「あれをやられると動きが読めず、崩しにくい。報告会の見物人にも同じことが起きたのですね」
「ふうむ。比べてみると根っこは同じですね。隠形法とは武道に通じるものかもしれませんね」
「君の武道は大分特殊なような気がしますが……」

 ミョウシンはちょっと困ったような顔をした。

「最近、よくそういうことを言われます」

 ステファノは肩を落として言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第343話 杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね。」

「実は君に会いたいという人がいます」
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」

 アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
 あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。

「そうです。まじタウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体形です。ムソウ流という流派を名乗っています」

 ムソウ流の中心は杖術であった。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...