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第4章 魔術学園奮闘編
第342話 これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ。
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「脈が落ちついたようです。どうぞそのままカウチでお楽にされてください」
「いや、醜態を見せた。お陰でもう大丈夫だ」
ネルソンの鎮静剤が効いて、ドルーリオは顔色を取り戻した。
もちろん側使えに薬で体調を崩したことがないかを確かめ、許可を得た上での処方である。
ドルーリオはまるで誂えたように自分の体調に合った薬を処方されて、ネルソン商会の能力に改めて舌を巻いた。
「お務めの疲れが溜まっていらしたのでしょう。今日はお早めに休まれるとよろしいかと」
「うむ。気苦労の多い仕事でな。いや、愚痴を言った」
しばらく休んだことで、ドルーリオは精神的にも落ちつきを取り戻していた。ステファノの発明には驚かされたが、聞けば確かに軍部との取引材料として十分な価値を持っている。
「製版器と言い、魔術具の量産と言い、民政に対する価値も計り知れぬな」
そう思い至る余裕が、ドルーリオに生まれていた。
「おっしゃる通りでございます。魔術具の量産が軌道に乗れば、国の富は20年後どころか5年後には倍増しておりましょう」
「おい。これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ」
「これは失礼いたしました」
だが、国中に魔道具、魔術具が溢れることになれば、それくらいのことは容易に起こるだろう。ドルーリオとて内務卿である。その程度の未来は想像できる。
「メシヤ流の末弟、ステファノと申したか。その者の安全が気がかりだな」
「はっ。お気遣い恐れ入ります。機密の漏洩を防ぐため、ステファノたちの発明品はすべてギルモア家の預かりとさせていただきました」
「むっ! そうか。抜かりないことだな」
軍部にしてみれば伝声管も、魔術具も喉から手が出るほど欲しいだろうが、ギルモア家を通さなければ入手はできない。
ネルソンが軍部と渡り合うには十分すぎる交渉材料であった。
「ようやくそなたの引いた絵図面が見えた。流石はギルモアの血筋よ。獅子は牙をむかずとも獅子なのだな」
「恐れ入ります」
ネルソンは素直に首を垂れた。
「だが、次からはもそっと手柔らかに頼む。年寄りにはきついぞ」
「これは……失礼いたしました」
「ははは……」
「ふふ」
内政充実の予感に機嫌を良くしたドルーリオは、しばし紅茶を飲みながらネルソンとの談話を楽しんだ。
「ふふ、軍務卿が目を白黒させるかと思うと、奴に合うのが楽しみになるな。こんなことは初めてだ」
「軍務卿閣下も貴重な国士。お手柔らかにお願い申し上げます」
「そなたがそれを言うか? わははは……」
外堀は埋まった。
内務卿の後押しを得て、後はギルモア侯爵から軍部に働きかけてもらうだけであった。
(見えたな、勝ち筋が)
ドルーリオ伯爵邸からの帰り道、馬車に揺られるネルソンは心地よい眠りを貪っていた。
◆◆◆
1学期最後の日、ステファノはミョウシンと向かい合っていた。
「ステファノはうちの領民とつき合いがあったのですね」
ミョウシンは報告会を見て、ステファノがトーマと同じチームに所属していることを知った。
「トーマのことですね。ひょんなことから縁ができまして」
「そうですか。彼のことは話に聞いていました。キムラーヤの跡取りだとか」
「はい。いい加減な所がありますが、商売についてはしっかりしています」
「遠くから展示品紹介の様子を見させてもらいました。随分な人だかりでしたね」
既に2度報告会を経験したミョウシンから見ても、情革研のブースは異常な盛り上がり方であった。
間違いなく今年の花形は情革研とステファノであった。
「君があれほどの発明、発見を成し遂げているとは思いませんでした」
「半分は授業のテーマでした」
「それにしてもです。特に、隠形五遁の術には驚かされました」
ミョウシンはステファノが魔力に加えてイドを制御できることは知っていた。しかし、それによってどのようなことが可能になるかは、報告会で初めて知ったのだった。
「炎隠れは見事でしたが、やはり霧隠れの術に圧倒されました。君は隠れもせず壇上に身を晒していたのに、誰一人存在に気づきませんでした」
「隠形に取り組んでみてわかったのですが、隠形とは身を隠すことではなく、いることを悟られぬことだと気づきました」
「確かに、君は皆の目の前にいるのに、誰も気づきませんでした」
人間の脳の不思議である。こそこそ隠れようとすれば周りから目立ち、ただそこにあれば気に留めない。
限られた知覚、限られた認識力を、脅威となるものに割り当てようとする人間の本能が、「当たり前のもの」を意識からカットしてしまうのだ。
ごく普通の風貌をしたステファノは、道に転がる小石のように、「あっても気にならない風景の一部」になりやすいのであった。
「それに、君は『イドの繭』をまとっていたのでしょう?」
「はい。気配を薄くしていました」
あそこまで極端なことはしないものの、ミョウシンとの乱取り中もステファノは自分の気配を薄くしている。
イドを制御して己の意図を悟られぬようにし、相手のイドを感じやすいように際立たせているのだ。
「あれをやられると動きが読めず、崩しにくい。報告会の見物人にも同じことが起きたのですね」
「ふうむ。比べてみると根っこは同じですね。隠形法とは武道に通じるものかもしれませんね」
「君の武道は大分特殊なような気がしますが……」
ミョウシンはちょっと困ったような顔をした。
「最近、よくそういうことを言われます」
ステファノは肩を落として言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第343話 杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね。」
「実は君に会いたいという人がいます」
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」
アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。
「そうです。呪タウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体形です。ムソウ流という流派を名乗っています」
ムソウ流の中心は杖術であった。
……
◆お楽しみに。
「いや、醜態を見せた。お陰でもう大丈夫だ」
ネルソンの鎮静剤が効いて、ドルーリオは顔色を取り戻した。
もちろん側使えに薬で体調を崩したことがないかを確かめ、許可を得た上での処方である。
ドルーリオはまるで誂えたように自分の体調に合った薬を処方されて、ネルソン商会の能力に改めて舌を巻いた。
「お務めの疲れが溜まっていらしたのでしょう。今日はお早めに休まれるとよろしいかと」
「うむ。気苦労の多い仕事でな。いや、愚痴を言った」
しばらく休んだことで、ドルーリオは精神的にも落ちつきを取り戻していた。ステファノの発明には驚かされたが、聞けば確かに軍部との取引材料として十分な価値を持っている。
「製版器と言い、魔術具の量産と言い、民政に対する価値も計り知れぬな」
そう思い至る余裕が、ドルーリオに生まれていた。
「おっしゃる通りでございます。魔術具の量産が軌道に乗れば、国の富は20年後どころか5年後には倍増しておりましょう」
「おい。これ以上わたしを驚かせるな。心臓が持たぬ」
「これは失礼いたしました」
だが、国中に魔道具、魔術具が溢れることになれば、それくらいのことは容易に起こるだろう。ドルーリオとて内務卿である。その程度の未来は想像できる。
「メシヤ流の末弟、ステファノと申したか。その者の安全が気がかりだな」
「はっ。お気遣い恐れ入ります。機密の漏洩を防ぐため、ステファノたちの発明品はすべてギルモア家の預かりとさせていただきました」
「むっ! そうか。抜かりないことだな」
軍部にしてみれば伝声管も、魔術具も喉から手が出るほど欲しいだろうが、ギルモア家を通さなければ入手はできない。
ネルソンが軍部と渡り合うには十分すぎる交渉材料であった。
「ようやくそなたの引いた絵図面が見えた。流石はギルモアの血筋よ。獅子は牙をむかずとも獅子なのだな」
「恐れ入ります」
ネルソンは素直に首を垂れた。
「だが、次からはもそっと手柔らかに頼む。年寄りにはきついぞ」
「これは……失礼いたしました」
「ははは……」
「ふふ」
内政充実の予感に機嫌を良くしたドルーリオは、しばし紅茶を飲みながらネルソンとの談話を楽しんだ。
「ふふ、軍務卿が目を白黒させるかと思うと、奴に合うのが楽しみになるな。こんなことは初めてだ」
「軍務卿閣下も貴重な国士。お手柔らかにお願い申し上げます」
「そなたがそれを言うか? わははは……」
外堀は埋まった。
内務卿の後押しを得て、後はギルモア侯爵から軍部に働きかけてもらうだけであった。
(見えたな、勝ち筋が)
ドルーリオ伯爵邸からの帰り道、馬車に揺られるネルソンは心地よい眠りを貪っていた。
◆◆◆
1学期最後の日、ステファノはミョウシンと向かい合っていた。
「ステファノはうちの領民とつき合いがあったのですね」
ミョウシンは報告会を見て、ステファノがトーマと同じチームに所属していることを知った。
「トーマのことですね。ひょんなことから縁ができまして」
「そうですか。彼のことは話に聞いていました。キムラーヤの跡取りだとか」
「はい。いい加減な所がありますが、商売についてはしっかりしています」
「遠くから展示品紹介の様子を見させてもらいました。随分な人だかりでしたね」
既に2度報告会を経験したミョウシンから見ても、情革研のブースは異常な盛り上がり方であった。
間違いなく今年の花形は情革研とステファノであった。
「君があれほどの発明、発見を成し遂げているとは思いませんでした」
「半分は授業のテーマでした」
「それにしてもです。特に、隠形五遁の術には驚かされました」
ミョウシンはステファノが魔力に加えてイドを制御できることは知っていた。しかし、それによってどのようなことが可能になるかは、報告会で初めて知ったのだった。
「炎隠れは見事でしたが、やはり霧隠れの術に圧倒されました。君は隠れもせず壇上に身を晒していたのに、誰一人存在に気づきませんでした」
「隠形に取り組んでみてわかったのですが、隠形とは身を隠すことではなく、いることを悟られぬことだと気づきました」
「確かに、君は皆の目の前にいるのに、誰も気づきませんでした」
人間の脳の不思議である。こそこそ隠れようとすれば周りから目立ち、ただそこにあれば気に留めない。
限られた知覚、限られた認識力を、脅威となるものに割り当てようとする人間の本能が、「当たり前のもの」を意識からカットしてしまうのだ。
ごく普通の風貌をしたステファノは、道に転がる小石のように、「あっても気にならない風景の一部」になりやすいのであった。
「それに、君は『イドの繭』をまとっていたのでしょう?」
「はい。気配を薄くしていました」
あそこまで極端なことはしないものの、ミョウシンとの乱取り中もステファノは自分の気配を薄くしている。
イドを制御して己の意図を悟られぬようにし、相手のイドを感じやすいように際立たせているのだ。
「あれをやられると動きが読めず、崩しにくい。報告会の見物人にも同じことが起きたのですね」
「ふうむ。比べてみると根っこは同じですね。隠形法とは武道に通じるものかもしれませんね」
「君の武道は大分特殊なような気がしますが……」
ミョウシンはちょっと困ったような顔をした。
「最近、よくそういうことを言われます」
ステファノは肩を落として言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第343話 杖を持ったお貴族様というのはあまり聞きませんね。」
「実は君に会いたいという人がいます」
「俺にですか? それはアカデミーの部外者ということでしょうか?」
アカデミーの人間であればミョウシンに紹介を頼む必要はない。校内のどこでも声はかけられる。
あえてミョウシンを頼ったということは、部外者であるに違いなかった。
「そうです。呪タウンにある道場の者です」
「道場というと、何かの武道ですか?」
「はい。古流の武術なので、剣や槍などの武器、拳法、組技などを一通り含む体形です。ムソウ流という流派を名乗っています」
ムソウ流の中心は杖術であった。
……
◆お楽しみに。
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