飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
339 / 673
第4章 魔術学園奮闘編

第339話 夢の形。

しおりを挟む
「目には見えないが、あれは光魔術だ。お前なら魔力が観えたであろう?」
「はい。まるで糸のように細い一本の線でした」
「うむ。光魔術を何とか攻撃に使えないかと、工夫を重ねてな。何度も折り返し、光の長さを揃えることで威力が増すということを発見したのだ」

 水魔術で2枚の鏡を作り出し、その間を往復させることで光を増幅する。鏡の間隔を調節すると、光の波長が重なり合い、一筋の定常波が生まれるのだ。ドリーはそれを偶然発見した。

「物体に当たった光龍の息吹は高熱を発する。全身鎧も容易に貫くのだ」
「速さと威力が最上級ですね。初見では防げないでしょう」
「そのつもりでいた。さっきまでな。やれやれ、どうしてくれる? 人の苦労が水の泡だ」

 自信を失ったぞと、ドリーはステファノを小突いた。

「ま、今更だし、お前に常識を説いても無駄だがな」
「何か、すみません」

 ステファノは謝った。

「この術を魔術具に仕込めば、護身用として最適だな」
「そうですね。犯罪に悪用されなければ」
「そうか。犯罪者が身を護るということもあるか」
「水餅のようなイドの応用技には効きませんから、衛兵にはイドを使った捕縛具を持たせると良いかもしれません」

 敵を傷つけずに自由だけを奪う「水餅」や「蛇尾くもひとで」は、捕縛用の術としては最適であった。

「武器をばらまくよりは防具を広めた方がまともな世の中にはなるか」
「そうですね。広めるにしてもまずは防具の方を先に出すようにします」

 現状でも数は少ないが魔術やギフトを犯罪に使う輩は存在するのだ。表に出ることが少ないだけであった。

「リミッターとやらが当たり前の世の中になると良いな」
「はい。人に危害を加える魔術など、本当はない方が良いのでしょう」

 そんなものがなければ、戦場で殺し合うこともない。少なくとも魔術師同士では。

「俺の目指す世界は、皆が美味いものを食える世界です。腹を空かせた人がいないような」
「飯屋流にふさわしいな」
「腹が一杯になったら、悪いことをする気持ちも出て来ないはずです」
「そうかもしれん」

 ステファノが語る夢をドリーは否定しなかった。

 現実は甘くないだろう。腹が満たされても、人は際限なく欲望を抱く。人間の悪徳に限りはないのだ。
 しかし、「夢」ぐらい見ても良いだろう。特に、ステファノはまだ少年なのだ。

 人の善性に絶望するのは早すぎる。

 ドリーはステファノの中に、己の夢を見ていた。

「いつか、落ちついたらお前の店で飯を食わせてくれ」
「え、良いですよ。それじゃあ、クリードさんを連れ戻したら一緒に連れて行きましょう」
「ええ? それは……良いかもしれんな。楽しみにしよう」

 ステファノは、いとも簡単にドリーの「夢」を形にしてみせた。
 その夢は、テーブルの真ん中で温かい湯気を立てていた。

 ◆◆◆

 1学期期末試験最後の日。試験が終われば自動的に学期は終了する。
 学生たちは試験が終われば、三々五々休暇を過ごすために散っていく。
 
 既に受けるべき試験を終わっているステファノは、朝から教務課に赴いた。黒板システムを調べる許可をもらうためであった。

「新入生が1学期の内に、そういった願いを出して来るというのは珍しいですね」
「そうですか。自分に向いていそうな魔道具師の勉強として、ぜひ調べてみたいのですが」
「ふむ。早い内から志望がはっきりしているというのは良いことかもしれません。削ったり、ばらしたりするわけではないですね」
「もちろんです。魔力を流して、術式の解析に努めるだけです」

 ステファノはアリステア教務長に答えた。
 物理的に動作する部分がない魔道具である。試用してみたところで壊れたりすることはない。

「ならば良いでしょう。一応、職員に立ち会ってもらいます。問題は起きないと思いますが」
「立ち会い者を出して頂けるんですか?」
「もう学期も終わりですからね。授業時間の後であれば、問題ないでしょう」

 放課後であれば、職員の体も空く。

「それでは、午後5時になったらまた来ます」

 アポを取ったステファノは、1学期最後の日を体術の鍛錬に当てて過ごした。
 前日ドリーと会話した内容が頭に残っていた。自然とこの日の鍛錬は、イドの応用術を中心としたものになった。

 頭には「陽炎の術」のイメージが残っている。イドを自在に操れば、様々な術に応用できるに違いない。

(光属性を応用すれば、存在しないもの・・・・・・・を相手に見せることもできそうだ)

 体を隠すだけではなく、実態と異なる場所にいるように見せる。それも別の形の陽炎であった。

(蜃気楼というのだったか……。海辺や砂漠で見えるものだと聞いた)

 ステファノは遠い記憶を探る。
 
(「蜃気楼」の「蜃」とは、巨大なハマグリの化け物のことだと教えてくれたのはドイル先生だったか?)

 もちろん伝説上の怪物である。そのくらいのことはステファノも知っている。
 ステファノが知らなかったのは、「蜃」とは龍、中でも「こう龍」を表わすとも言われていることであった。

 蛟龍であれば虹の王ナーガの眷属であり、ステファノが使役するのも当然と言えた。

(イドは即ち「魔核マジコア」であり、その顕現が虹の王ナーガだ。イドの応用とは虹の王ナーガ化身アバターと考えれば良い)

 ステファノにとって魔術はもはや6属性から選んで使う術などではなかった。魔法・・とは虹の王ナーガが化身となって行うあらゆる自然現象の再現であった。

(師匠が「千変万化」と呼ばれた理由が、ようやくわかってきた)

 ステファノは、今ようやく魔法修業の出発点に立ったのだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第340話 内務卿ドルーリオ伯爵。」

 ネルソンは内務卿の執務室にいた。

 ギルモアの威光を借りて面会の約束までは取りつけたものの、応接室などでは会ってもらえない。内務卿ドルーリオの執務室に立たされている。

「この数字に間違いはないのだな?」
「獅子の紋にかけて嘘偽りございません、閣下」

 平民であるネルソンの言葉など、内務卿ドルーリオ伯爵にとって信を置くに値しない。
 本来であればだ。

 だが、ネルソンはただの平民・・・・・ではない。その気になりさえすれば貴族の身分を取り返すことなど容易いのだ。ネルソンがそう望めば、ギルモア家がそうさせる。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

妹が聖女の再来と呼ばれているようです

田尾風香
ファンタジー
ダンジョンのある辺境の地で回復術士として働いていたけど、父に呼び戻されてモンテリーノ学校に入学した。そこには、私の婚約者であるファルター殿下と、腹違いの妹であるピーアがいたんだけど。 「マレン・メクレンブルク! 貴様とは婚約破棄する!」  どうやらファルター殿下は、"低能"と呼ばれている私じゃなく、"聖女の再来"とまで呼ばれるくらいに成績の良い妹と婚約したいらしい。 それは別に構わない。国王陛下の裁定で無事に婚約破棄が成った直後、私に婚約を申し込んできたのは、辺境の地で一緒だったハインリヒ様だった。 戸惑う日々を送る私を余所に、事件が起こる。――学校に、ダンジョンが出現したのだった。 更新は不定期です。

姉から奪うことしかできない妹は、ザマァされました

饕餮
ファンタジー
わたくしは、オフィリア。ジョンパルト伯爵家の長女です。 わたくしには双子の妹がいるのですが、使用人を含めた全員が妹を溺愛するあまり、我儘に育ちました。 しかもわたくしと色違いのものを両親から与えられているにもかかわらず、なぜかわたくしのものを欲しがるのです。 末っ子故に甘やかされ、泣いて喚いて駄々をこね、暴れるという貴族女性としてはあるまじき行為をずっとしてきたからなのか、手に入らないものはないと考えているようです。 そんなあざといどころかあさましい性根を持つ妹ですから、いつの間にか両親も兄も、使用人たちですらも絆されてしまい、たとえ嘘であったとしても妹の言葉を鵜呑みにするようになってしまいました。 それから数年が経ち、学園に入学できる年齢になりました。が、そこで兄と妹は―― n番煎じのよくある妹が姉からものを奪うことしかしない系の話です。 全15話。 ※カクヨムでも公開しています

処理中です...