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第4章 魔術学園奮闘編
第339話 夢の形。
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「目には見えないが、あれは光魔術だ。お前なら魔力が観えたであろう?」
「はい。まるで糸のように細い一本の線でした」
「うむ。光魔術を何とか攻撃に使えないかと、工夫を重ねてな。何度も折り返し、光の長さを揃えることで威力が増すということを発見したのだ」
水魔術で2枚の鏡を作り出し、その間を往復させることで光を増幅する。鏡の間隔を調節すると、光の波長が重なり合い、一筋の定常波が生まれるのだ。ドリーはそれを偶然発見した。
「物体に当たった光龍の息吹は高熱を発する。全身鎧も容易に貫くのだ」
「速さと威力が最上級ですね。初見では防げないでしょう」
「そのつもりでいた。さっきまでな。やれやれ、どうしてくれる? 人の苦労が水の泡だ」
自信を失ったぞと、ドリーはステファノを小突いた。
「ま、今更だし、お前に常識を説いても無駄だがな」
「何か、すみません」
ステファノは謝った。
「この術を魔術具に仕込めば、護身用として最適だな」
「そうですね。犯罪に悪用されなければ」
「そうか。犯罪者が身を護るということもあるか」
「水餅のようなイドの応用技には効きませんから、衛兵にはイドを使った捕縛具を持たせると良いかもしれません」
敵を傷つけずに自由だけを奪う「水餅」や「蛇尾」は、捕縛用の術としては最適であった。
「武器をばらまくよりは防具を広めた方がまともな世の中にはなるか」
「そうですね。広めるにしてもまずは防具の方を先に出すようにします」
現状でも数は少ないが魔術やギフトを犯罪に使う輩は存在するのだ。表に出ることが少ないだけであった。
「リミッターとやらが当たり前の世の中になると良いな」
「はい。人に危害を加える魔術など、本当はない方が良いのでしょう」
そんなものがなければ、戦場で殺し合うこともない。少なくとも魔術師同士では。
「俺の目指す世界は、皆が美味いものを食える世界です。腹を空かせた人がいないような」
「飯屋流にふさわしいな」
「腹が一杯になったら、悪いことをする気持ちも出て来ないはずです」
「そうかもしれん」
ステファノが語る夢をドリーは否定しなかった。
現実は甘くないだろう。腹が満たされても、人は際限なく欲望を抱く。人間の悪徳に限りはないのだ。
しかし、「夢」ぐらい見ても良いだろう。特に、ステファノはまだ少年なのだ。
人の善性に絶望するのは早すぎる。
ドリーはステファノの中に、己の夢を見ていた。
「いつか、落ちついたらお前の店で飯を食わせてくれ」
「え、良いですよ。それじゃあ、クリードさんを連れ戻したら一緒に連れて行きましょう」
「ええ? それは……良いかもしれんな。楽しみにしよう」
ステファノは、いとも簡単にドリーの「夢」を形にしてみせた。
その夢は、テーブルの真ん中で温かい湯気を立てていた。
◆◆◆
1学期期末試験最後の日。試験が終われば自動的に学期は終了する。
学生たちは試験が終われば、三々五々休暇を過ごすために散っていく。
既に受けるべき試験を終わっているステファノは、朝から教務課に赴いた。黒板システムを調べる許可をもらうためであった。
「新入生が1学期の内に、そういった願いを出して来るというのは珍しいですね」
「そうですか。自分に向いていそうな魔道具師の勉強として、ぜひ調べてみたいのですが」
「ふむ。早い内から志望がはっきりしているというのは良いことかもしれません。削ったり、ばらしたりするわけではないですね」
「もちろんです。魔力を流して、術式の解析に努めるだけです」
ステファノはアリステア教務長に答えた。
物理的に動作する部分がない魔道具である。試用してみたところで壊れたりすることはない。
「ならば良いでしょう。一応、職員に立ち会ってもらいます。問題は起きないと思いますが」
「立ち会い者を出して頂けるんですか?」
「もう学期も終わりですからね。授業時間の後であれば、問題ないでしょう」
放課後であれば、職員の体も空く。
「それでは、午後5時になったらまた来ます」
アポを取ったステファノは、1学期最後の日を体術の鍛錬に当てて過ごした。
前日ドリーと会話した内容が頭に残っていた。自然とこの日の鍛錬は、イドの応用術を中心としたものになった。
頭には「陽炎の術」のイメージが残っている。イドを自在に操れば、様々な術に応用できるに違いない。
(光属性を応用すれば、存在しないものを相手に見せることもできそうだ)
体を隠すだけではなく、実態と異なる場所にいるように見せる。それも別の形の陽炎であった。
(蜃気楼というのだったか……。海辺や砂漠で見えるものだと聞いた)
ステファノは遠い記憶を探る。
(「蜃気楼」の「蜃」とは、巨大なハマグリの化け物のことだと教えてくれたのはドイル先生だったか?)
もちろん伝説上の怪物である。そのくらいのことはステファノも知っている。
ステファノが知らなかったのは、「蜃」とは龍、中でも「蛟龍」を表わすとも言われていることであった。
蛟龍であれば虹の王の眷属であり、ステファノが使役するのも当然と言えた。
(イドは即ち「魔核」であり、その顕現が虹の王だ。イドの応用とは虹の王の化身と考えれば良い)
ステファノにとって魔術はもはや6属性から選んで使う術などではなかった。魔法とは虹の王が化身となって行うあらゆる自然現象の再現であった。
(師匠が「千変万化」と呼ばれた理由が、ようやくわかってきた)
ステファノは、今ようやく魔法修業の出発点に立ったのだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第340話 内務卿ドルーリオ伯爵。」
ネルソンは内務卿の執務室にいた。
ギルモアの威光を借りて面会の約束までは取りつけたものの、応接室などでは会ってもらえない。内務卿ドルーリオの執務室に立たされている。
「この数字に間違いはないのだな?」
「獅子の紋にかけて嘘偽りございません、閣下」
平民であるネルソンの言葉など、内務卿ドルーリオ伯爵にとって信を置くに値しない。
本来であればだ。
だが、ネルソンはただの平民ではない。その気になりさえすれば貴族の身分を取り返すことなど容易いのだ。ネルソンがそう望めば、ギルモア家がそうさせる。
……
◆お楽しみに。
「はい。まるで糸のように細い一本の線でした」
「うむ。光魔術を何とか攻撃に使えないかと、工夫を重ねてな。何度も折り返し、光の長さを揃えることで威力が増すということを発見したのだ」
水魔術で2枚の鏡を作り出し、その間を往復させることで光を増幅する。鏡の間隔を調節すると、光の波長が重なり合い、一筋の定常波が生まれるのだ。ドリーはそれを偶然発見した。
「物体に当たった光龍の息吹は高熱を発する。全身鎧も容易に貫くのだ」
「速さと威力が最上級ですね。初見では防げないでしょう」
「そのつもりでいた。さっきまでな。やれやれ、どうしてくれる? 人の苦労が水の泡だ」
自信を失ったぞと、ドリーはステファノを小突いた。
「ま、今更だし、お前に常識を説いても無駄だがな」
「何か、すみません」
ステファノは謝った。
「この術を魔術具に仕込めば、護身用として最適だな」
「そうですね。犯罪に悪用されなければ」
「そうか。犯罪者が身を護るということもあるか」
「水餅のようなイドの応用技には効きませんから、衛兵にはイドを使った捕縛具を持たせると良いかもしれません」
敵を傷つけずに自由だけを奪う「水餅」や「蛇尾」は、捕縛用の術としては最適であった。
「武器をばらまくよりは防具を広めた方がまともな世の中にはなるか」
「そうですね。広めるにしてもまずは防具の方を先に出すようにします」
現状でも数は少ないが魔術やギフトを犯罪に使う輩は存在するのだ。表に出ることが少ないだけであった。
「リミッターとやらが当たり前の世の中になると良いな」
「はい。人に危害を加える魔術など、本当はない方が良いのでしょう」
そんなものがなければ、戦場で殺し合うこともない。少なくとも魔術師同士では。
「俺の目指す世界は、皆が美味いものを食える世界です。腹を空かせた人がいないような」
「飯屋流にふさわしいな」
「腹が一杯になったら、悪いことをする気持ちも出て来ないはずです」
「そうかもしれん」
ステファノが語る夢をドリーは否定しなかった。
現実は甘くないだろう。腹が満たされても、人は際限なく欲望を抱く。人間の悪徳に限りはないのだ。
しかし、「夢」ぐらい見ても良いだろう。特に、ステファノはまだ少年なのだ。
人の善性に絶望するのは早すぎる。
ドリーはステファノの中に、己の夢を見ていた。
「いつか、落ちついたらお前の店で飯を食わせてくれ」
「え、良いですよ。それじゃあ、クリードさんを連れ戻したら一緒に連れて行きましょう」
「ええ? それは……良いかもしれんな。楽しみにしよう」
ステファノは、いとも簡単にドリーの「夢」を形にしてみせた。
その夢は、テーブルの真ん中で温かい湯気を立てていた。
◆◆◆
1学期期末試験最後の日。試験が終われば自動的に学期は終了する。
学生たちは試験が終われば、三々五々休暇を過ごすために散っていく。
既に受けるべき試験を終わっているステファノは、朝から教務課に赴いた。黒板システムを調べる許可をもらうためであった。
「新入生が1学期の内に、そういった願いを出して来るというのは珍しいですね」
「そうですか。自分に向いていそうな魔道具師の勉強として、ぜひ調べてみたいのですが」
「ふむ。早い内から志望がはっきりしているというのは良いことかもしれません。削ったり、ばらしたりするわけではないですね」
「もちろんです。魔力を流して、術式の解析に努めるだけです」
ステファノはアリステア教務長に答えた。
物理的に動作する部分がない魔道具である。試用してみたところで壊れたりすることはない。
「ならば良いでしょう。一応、職員に立ち会ってもらいます。問題は起きないと思いますが」
「立ち会い者を出して頂けるんですか?」
「もう学期も終わりですからね。授業時間の後であれば、問題ないでしょう」
放課後であれば、職員の体も空く。
「それでは、午後5時になったらまた来ます」
アポを取ったステファノは、1学期最後の日を体術の鍛錬に当てて過ごした。
前日ドリーと会話した内容が頭に残っていた。自然とこの日の鍛錬は、イドの応用術を中心としたものになった。
頭には「陽炎の術」のイメージが残っている。イドを自在に操れば、様々な術に応用できるに違いない。
(光属性を応用すれば、存在しないものを相手に見せることもできそうだ)
体を隠すだけではなく、実態と異なる場所にいるように見せる。それも別の形の陽炎であった。
(蜃気楼というのだったか……。海辺や砂漠で見えるものだと聞いた)
ステファノは遠い記憶を探る。
(「蜃気楼」の「蜃」とは、巨大なハマグリの化け物のことだと教えてくれたのはドイル先生だったか?)
もちろん伝説上の怪物である。そのくらいのことはステファノも知っている。
ステファノが知らなかったのは、「蜃」とは龍、中でも「蛟龍」を表わすとも言われていることであった。
蛟龍であれば虹の王の眷属であり、ステファノが使役するのも当然と言えた。
(イドは即ち「魔核」であり、その顕現が虹の王だ。イドの応用とは虹の王の化身と考えれば良い)
ステファノにとって魔術はもはや6属性から選んで使う術などではなかった。魔法とは虹の王が化身となって行うあらゆる自然現象の再現であった。
(師匠が「千変万化」と呼ばれた理由が、ようやくわかってきた)
ステファノは、今ようやく魔法修業の出発点に立ったのだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第340話 内務卿ドルーリオ伯爵。」
ネルソンは内務卿の執務室にいた。
ギルモアの威光を借りて面会の約束までは取りつけたものの、応接室などでは会ってもらえない。内務卿ドルーリオの執務室に立たされている。
「この数字に間違いはないのだな?」
「獅子の紋にかけて嘘偽りございません、閣下」
平民であるネルソンの言葉など、内務卿ドルーリオ伯爵にとって信を置くに値しない。
本来であればだ。
だが、ネルソンはただの平民ではない。その気になりさえすれば貴族の身分を取り返すことなど容易いのだ。ネルソンがそう望めば、ギルモア家がそうさせる。
……
◆お楽しみに。
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