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第4章 魔術学園奮闘編
第335話 それではまるで仙人ではないか。
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「陽炎ですよ。太陽の光を受けた道の上にゆらゆらと立つことがあるでしょう? あれを再現できないかと思って」
「陽炎は知っているが、こんなものではないはずだ」
「温まった空気がゆらゆら立ち昇ると、向こう側の景色が歪んだり、揺れたりしますよね」
しかし、目の前のこれは何だ。確かに歪んでいる。だが、揺らぎはほとんど感じない。
「イドで空気を固めて、その中の温度を上げてみたんです」
「温度を変えただけだと?」
「斜めに向けてますけどね」
自然界の陽炎は、温められた空気の屈折率が周りと異なることによって発生する。温度にはムラがあり、上昇気流のために絶えず空気が動いている。
そのためにゆらゆらと揺れるのだ。
「水晶の塊やガラスを通すと、景色の見える方向が変わったりするじゃないですか?」
「それを再現したのか……」
ステファノを隠していた「空気の壁」は、よく見ると斜め後ろの景色を映している。そこだけ景色が歪んでいるので平衡感覚に狂いが生じて、気持ち悪くなるのだ。
「この距離では、そこに隠れているとまるわかりですね。でも、遠くに離れたり、森の中や壁の前、海岸を背負ったりすればちょっと見分けがつかなくなりそうです」
背景が一様であるか、逆にごちゃごちゃして入り組んでいれば、多少のゆがみがあっても見落としてしまうかもしれない。
「あれは……動かせるのか?」
「もちろんです。言ってみればイドの繭を大きくしたものですから」
「むっ、そうか」
言われてドリーは、「蛇の目」を起動した。
今度は固められた空気の境目がはっきりと観えた。
「見えない壁か」
「ああー。そうですね。イドの繭ですから『盾』にもなります。そのまま目隠しにして歩けば、攻撃を避けながら逃げられるんじゃないかと」
ステファノは術を消した。
「これでも火遁の術なのか?」
「炎だけが火ではないと思ったんです。ほら、火花を出したじゃありませんか」
研究報告会の発表中、「魔力の下方限界否定説」を証明するため檀上一杯に火花を散らした。
「五行説では木生火、つまり木行が火行を生むという考え方があります」
「お前は木行を風属性と解するのだったな」
「はい。つまり風属性が火属性を生み出す。これは『熱』のことではないかと」
風を生み出す元が大気の温度差であり、熱は燃焼現象のトリガーでもあった。
「だから正確に言うと、この術は木行と火行の間にあることになります」
「イドがお前の言う通り陽気と陰気を合わせたものであるなら、『陰陽太極木生火』という術理になるか」
「イドの盾まで含めた全体像はそういうことですね」
それではまるで仙人ではないか。ドリーは呆れて首を振った。
「それもこれも、お前のイメージ次第か」
術者のステファノがそう信じれば、術はそこに成立する。
「お前が使うと、隠形五遁の方が現代魔術よりも使いやすそうに見えるな」
「俺の性格に合っているんでしょうね」
「あえて言えば、光属性を失うことになってしまうところが欠点か」
五行に光は含まれない。その点だけは現代魔術の方が優れていると言えそうだった。
「そこはまだ研究中ですね。そもそも光属性とは何なのか?」
ステファノはドリーの疑念に、さらに哲学的な問いかけで答えた。
「光は光でしかないように思うが……」
「光は熱を生み、命をはぐくみます。ほぼどこまでも到達するが、物質があれば遮られる。不思議な現象ではありませんか?」
「そのようなこと、考えたこともなかったな」
ステファノの脳裏には六芒星の魔術円がある。「土」、「光」、「雷」は「力」を象徴する属性グループと見えていた。
「雷属性が金行と考えれば、『土生金』とは光属性の発露と言えませんか?」
「光を土と雷の複合魔術と見るわけか」
「そもそも魔力に属性の別などないのではないかと思うんです」
「それはまた……極端だな」
ステファノの説――まだ思いつきのレベルだが――によれば、魔力とは因力であり、因果が結びつく秩序に過ぎない。それを司るのが魔核たる太極である。
「それがイドだというのが、俺の仮説です」
「誰の中にも魔核が存在するというのだな」
「そうです。そして魔核のある特性を強く励起させた状態を属性魔力と呼ぶのだと考えます」
「人はそれを便宜上、五行と呼び6属性と数えたということか」
ステファノの仮説をドリーがなぞって行く。ドリーにとってはこれまでの常識を根本から覆す概念であった。
「虹は7色ではありません」
「むっ?」
「実際には切れ目なく色相に分解されているのを、人間の目が5色と感じたり7色とみなしたりするだけです」
「魔力もそれと同じだと?」
属性を離れた魔術。ドリーには、そんな概念の想像がつかない。魔術と言えば属性に分かれた現象を引き起こすものだと、最初の一歩から教え込まれてきた。
ステファノには常識がない。教えてもらったことがない。
ヨシズミは魔力に属性があるとは言わなかった。
「俺の師匠は、火を使わずに湯を沸かし、水を消していました。起こすべき現象を広く、直接的に認識していたのだと思います」
属性の「効果」で現象を起こそうとするのではなく、結果たる現象そのものを因果として引き寄せる。ヨシズミの魔法とはそういうものだった。
「俺はもっと魔術を学び、そして魔術から離れるつもりです」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第336話 どうせ次の研究報告会には出るのだろう?」
魔術を捨てて、ステファノが向かう先にあるものは、もちろん魔法である。
「魔法とはそこまで自在なものか」
「俺はそう思っています」
ステファノと出会い、ドリーの考えも変わった。以前は、魔術師として自分は優秀であるという自負があった。
今はそのことに意味などないと考えている。
かつてのドリーは先人が引いた線を、間違えないようになぞっているだけだった。新しい線を引く創意はおろか、線からはみ出す勇気さえ持たなかった。
ステファノは違う。まっさらな白紙に自分だけの線を描こうとしている。
それは何と心躍る想像であろうか。
……
◆お楽しみに。
「陽炎は知っているが、こんなものではないはずだ」
「温まった空気がゆらゆら立ち昇ると、向こう側の景色が歪んだり、揺れたりしますよね」
しかし、目の前のこれは何だ。確かに歪んでいる。だが、揺らぎはほとんど感じない。
「イドで空気を固めて、その中の温度を上げてみたんです」
「温度を変えただけだと?」
「斜めに向けてますけどね」
自然界の陽炎は、温められた空気の屈折率が周りと異なることによって発生する。温度にはムラがあり、上昇気流のために絶えず空気が動いている。
そのためにゆらゆらと揺れるのだ。
「水晶の塊やガラスを通すと、景色の見える方向が変わったりするじゃないですか?」
「それを再現したのか……」
ステファノを隠していた「空気の壁」は、よく見ると斜め後ろの景色を映している。そこだけ景色が歪んでいるので平衡感覚に狂いが生じて、気持ち悪くなるのだ。
「この距離では、そこに隠れているとまるわかりですね。でも、遠くに離れたり、森の中や壁の前、海岸を背負ったりすればちょっと見分けがつかなくなりそうです」
背景が一様であるか、逆にごちゃごちゃして入り組んでいれば、多少のゆがみがあっても見落としてしまうかもしれない。
「あれは……動かせるのか?」
「もちろんです。言ってみればイドの繭を大きくしたものですから」
「むっ、そうか」
言われてドリーは、「蛇の目」を起動した。
今度は固められた空気の境目がはっきりと観えた。
「見えない壁か」
「ああー。そうですね。イドの繭ですから『盾』にもなります。そのまま目隠しにして歩けば、攻撃を避けながら逃げられるんじゃないかと」
ステファノは術を消した。
「これでも火遁の術なのか?」
「炎だけが火ではないと思ったんです。ほら、火花を出したじゃありませんか」
研究報告会の発表中、「魔力の下方限界否定説」を証明するため檀上一杯に火花を散らした。
「五行説では木生火、つまり木行が火行を生むという考え方があります」
「お前は木行を風属性と解するのだったな」
「はい。つまり風属性が火属性を生み出す。これは『熱』のことではないかと」
風を生み出す元が大気の温度差であり、熱は燃焼現象のトリガーでもあった。
「だから正確に言うと、この術は木行と火行の間にあることになります」
「イドがお前の言う通り陽気と陰気を合わせたものであるなら、『陰陽太極木生火』という術理になるか」
「イドの盾まで含めた全体像はそういうことですね」
それではまるで仙人ではないか。ドリーは呆れて首を振った。
「それもこれも、お前のイメージ次第か」
術者のステファノがそう信じれば、術はそこに成立する。
「お前が使うと、隠形五遁の方が現代魔術よりも使いやすそうに見えるな」
「俺の性格に合っているんでしょうね」
「あえて言えば、光属性を失うことになってしまうところが欠点か」
五行に光は含まれない。その点だけは現代魔術の方が優れていると言えそうだった。
「そこはまだ研究中ですね。そもそも光属性とは何なのか?」
ステファノはドリーの疑念に、さらに哲学的な問いかけで答えた。
「光は光でしかないように思うが……」
「光は熱を生み、命をはぐくみます。ほぼどこまでも到達するが、物質があれば遮られる。不思議な現象ではありませんか?」
「そのようなこと、考えたこともなかったな」
ステファノの脳裏には六芒星の魔術円がある。「土」、「光」、「雷」は「力」を象徴する属性グループと見えていた。
「雷属性が金行と考えれば、『土生金』とは光属性の発露と言えませんか?」
「光を土と雷の複合魔術と見るわけか」
「そもそも魔力に属性の別などないのではないかと思うんです」
「それはまた……極端だな」
ステファノの説――まだ思いつきのレベルだが――によれば、魔力とは因力であり、因果が結びつく秩序に過ぎない。それを司るのが魔核たる太極である。
「それがイドだというのが、俺の仮説です」
「誰の中にも魔核が存在するというのだな」
「そうです。そして魔核のある特性を強く励起させた状態を属性魔力と呼ぶのだと考えます」
「人はそれを便宜上、五行と呼び6属性と数えたということか」
ステファノの仮説をドリーがなぞって行く。ドリーにとってはこれまでの常識を根本から覆す概念であった。
「虹は7色ではありません」
「むっ?」
「実際には切れ目なく色相に分解されているのを、人間の目が5色と感じたり7色とみなしたりするだけです」
「魔力もそれと同じだと?」
属性を離れた魔術。ドリーには、そんな概念の想像がつかない。魔術と言えば属性に分かれた現象を引き起こすものだと、最初の一歩から教え込まれてきた。
ステファノには常識がない。教えてもらったことがない。
ヨシズミは魔力に属性があるとは言わなかった。
「俺の師匠は、火を使わずに湯を沸かし、水を消していました。起こすべき現象を広く、直接的に認識していたのだと思います」
属性の「効果」で現象を起こそうとするのではなく、結果たる現象そのものを因果として引き寄せる。ヨシズミの魔法とはそういうものだった。
「俺はもっと魔術を学び、そして魔術から離れるつもりです」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第336話 どうせ次の研究報告会には出るのだろう?」
魔術を捨てて、ステファノが向かう先にあるものは、もちろん魔法である。
「魔法とはそこまで自在なものか」
「俺はそう思っています」
ステファノと出会い、ドリーの考えも変わった。以前は、魔術師として自分は優秀であるという自負があった。
今はそのことに意味などないと考えている。
かつてのドリーは先人が引いた線を、間違えないようになぞっているだけだった。新しい線を引く創意はおろか、線からはみ出す勇気さえ持たなかった。
ステファノは違う。まっさらな白紙に自分だけの線を描こうとしている。
それは何と心躍る想像であろうか。
……
◆お楽しみに。
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