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第4章 魔術学園奮闘編
第334話 消えることへのこだわりが変態だな。
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「それよりも報告会では大活躍だったな。炎隠れの術は見事だった」
「ありがとうございます。ドイル先生には見破られてしまいましたが」
報告会の翌日は臨時休業となり、12/3の水曜日から1週間の期末試験期間となった。試験中はさすがのステファノも魔術訓練と柔研究会を休んでいた。
ステファノが受けた試験は12/6の土曜日にあったスノーデン王国史初級と万能科学総論の2つだけであった。
12/8の今日と12/9の明日はまだ期末試験期間が続いていたが、ステファノにとっては何もない日々であった。
明日で全生徒にとっての1学期が終わり、翌日から冬期休暇が始まる。
「あれは仕方あるまい。先生も言っていたが、『隠れる』とわかった状況だからな。逃げ場が限られていたし」
5メートル跳び上がって天井に貼りついたのは、苦肉の策であった。
「ジャンプしたのは『高跳びの術』だな? 土属性の魔術だから、土遁というわけか」
「五遁の術の再現ということだったので、高跳びの術だけでも良かったんですが、ちょっと地味なので見栄えの良い炎隠れを選んでしまいました」
「地味ということはないが、高跳びの術はコツさえつかめば誰でもできそうだからな」
土属性持ちの魔術師であれば、ただ跳ぶだけならさほど難しくない。
「しかし、天井に貼りつくのはどうやったのだ? 実はそちらの方が難しいのではないか?」
炎隠れを目撃した瞬間から、ドリーにはそこが疑問であった。
「あれはこの手袋の力です」
「見た目は普通だな」
「手のひら部分に土属性の魔術を仕込んであります」
「そいつは魔道具なのか? 天井と手のひらの間に引力を発生させたわけだ」
天井からぶら下がるだけなら、それが一番手っ取り早い方法であった。
道具がなくとも、体重を軽くした上で土魔術を重ね掛けして天井に体を引き寄せさせることはできる。その場合は体全体が上に落ちるので、制御が難しい。
「そこまで気が回った人間はいないだろうがな。初めてあの術を見れば、度肝を抜かれるだろう」
「どうでしょう。ドイル先生はお見通しだったんじゃないでしょうか」
「ああ、あの人ならそうだろう」
ステファノの姿勢を見れば、「天井からぶら下がっている」のか、「天井に逆立ちしている」のかの区別はつく。その一瞬でドイルはステファノの術を見破っただろう。
「私は観客席から『蛇の目』で見ていたんだがな。白い閃光を発する瞬間まではお前のイドを捉えていたのだが、そこで見失ってしまった。あれは何をやったんだ?」
「上手くイドが消えて見えましたか? あれは空気のヴェールです」
ステファノはいつも身にまとっているイドの繭を極限まで薄くし、その上を土魔術で引きつけた空気のイドで覆ったのだ。
「空気をまとうだと? 空気はいつも体の周りにあるではないか」
「そのままではイドの目隠しにはなりません。体を覆う空気のイドを自分のイドに薄っすら混ぜ合わせて、カムフラージュにするんです」
「それをあの一瞬でやるのか? 面倒なことを……」
ドリーがイドの目に目覚めてから、ステファノは知覚系のギフト持ちから存在を隠す方法を考えて来た。
魔道具作りの際の「魔核混入」。あれの逆をやれば良いのではないかと、ふと思いついたのだ。
道具を自分のイドで染める代わりに、空気のイドで自分を染める。そうすれば「空気と見分けがつかない」のではないかと。
「『逆・魔核混入』とでも言うんでしょうかね?」
「言うんでしょうかねって、お前……。無茶苦茶だな」
霧隠れと併用すれば、視覚的にも知覚的にも姿を消すことができる。
「消えることへのこだわりが変態だな」
「一所懸命だと言ってもらえませんか」
「断る」
ドリーの中では、「一所懸命な変態」が精いっぱい好意的な感想であった。
「実はこれより強烈な遁術を考えついたんです」
「懲りない奴だ。どんな術だか言ってみろ」
「火遁なんですが、陽炎の術という目くらましです」
「炎隠れとは違うのか?」
攻撃魔法の象徴ともいえる火魔術を目くらましに使おうという発想が既に変態だと、ドリーは思う。
「違います。火は出ません」
「火の出ない火魔術だと? 何だ、それは? 危険がないなら、やってみろ」
「良いですか?」
ドリーは火魔術行使に許可を与えた。
「5番、火遁陽炎の術。準備良ければ撃て!」
「火遁、陽炎の術!」
ステファノの宣言と共に、その姿がゆらりと揺れた。背景ごとステファノの姿が歪む。
「うっ。何だ?」
強烈な立ち眩みに見舞われたように、ドリーの平衡感覚が乱れ、一瞬吐き気を催す。
「何っ?」
瞬きする間に、ステファノの姿が空間のゆがみに飲み込まれて見えなくなった。
「何だ、これは? 消えたというよりも、景色が歪んでいる?」
「どんな感じに見えますか?」
何もない空間から、ひょいとステファノが顔をのぞかせた。
「うわっ! 何をした?」
驚きにドリーはのけ反った。
「何って、目くらましですよ? そっち側から見せてください」
空間の切れ目から抜け出したように、ステファノが全身を現した。歪んだ景色の部分を回り込んでドリーの横に立つ。
「ははあ、こんな感じですか? 消えることは消えるけど、そこにいるというのはまるわかりですね」
「何だ? これは何なのだ?」
ドリーは驚愕したまま、瞬きも忘れて歪んだ空間を見ていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第335話 それではまるで仙人ではないか。」
「陽炎ですよ。太陽の光を受けた道の上にゆらゆらと立つことがあるでしょう? あれを再現できないかと思って」
「陽炎は知っているが、こんなものではないはずだ」
「温まった空気がゆらゆら立ち昇ると、向こう側の景色が歪んだり、揺れたりしますよね」
しかし、目の前のこれは何だ。確かに歪んでいる。だが、揺らぎはほとんど感じない。
「イドで空気を固めて、その中の温度を上げてみたんです」
「温度を変えただけだと?」
「斜めに向けてますけどね」
……
◆お楽しみに。
「ありがとうございます。ドイル先生には見破られてしまいましたが」
報告会の翌日は臨時休業となり、12/3の水曜日から1週間の期末試験期間となった。試験中はさすがのステファノも魔術訓練と柔研究会を休んでいた。
ステファノが受けた試験は12/6の土曜日にあったスノーデン王国史初級と万能科学総論の2つだけであった。
12/8の今日と12/9の明日はまだ期末試験期間が続いていたが、ステファノにとっては何もない日々であった。
明日で全生徒にとっての1学期が終わり、翌日から冬期休暇が始まる。
「あれは仕方あるまい。先生も言っていたが、『隠れる』とわかった状況だからな。逃げ場が限られていたし」
5メートル跳び上がって天井に貼りついたのは、苦肉の策であった。
「ジャンプしたのは『高跳びの術』だな? 土属性の魔術だから、土遁というわけか」
「五遁の術の再現ということだったので、高跳びの術だけでも良かったんですが、ちょっと地味なので見栄えの良い炎隠れを選んでしまいました」
「地味ということはないが、高跳びの術はコツさえつかめば誰でもできそうだからな」
土属性持ちの魔術師であれば、ただ跳ぶだけならさほど難しくない。
「しかし、天井に貼りつくのはどうやったのだ? 実はそちらの方が難しいのではないか?」
炎隠れを目撃した瞬間から、ドリーにはそこが疑問であった。
「あれはこの手袋の力です」
「見た目は普通だな」
「手のひら部分に土属性の魔術を仕込んであります」
「そいつは魔道具なのか? 天井と手のひらの間に引力を発生させたわけだ」
天井からぶら下がるだけなら、それが一番手っ取り早い方法であった。
道具がなくとも、体重を軽くした上で土魔術を重ね掛けして天井に体を引き寄せさせることはできる。その場合は体全体が上に落ちるので、制御が難しい。
「そこまで気が回った人間はいないだろうがな。初めてあの術を見れば、度肝を抜かれるだろう」
「どうでしょう。ドイル先生はお見通しだったんじゃないでしょうか」
「ああ、あの人ならそうだろう」
ステファノの姿勢を見れば、「天井からぶら下がっている」のか、「天井に逆立ちしている」のかの区別はつく。その一瞬でドイルはステファノの術を見破っただろう。
「私は観客席から『蛇の目』で見ていたんだがな。白い閃光を発する瞬間まではお前のイドを捉えていたのだが、そこで見失ってしまった。あれは何をやったんだ?」
「上手くイドが消えて見えましたか? あれは空気のヴェールです」
ステファノはいつも身にまとっているイドの繭を極限まで薄くし、その上を土魔術で引きつけた空気のイドで覆ったのだ。
「空気をまとうだと? 空気はいつも体の周りにあるではないか」
「そのままではイドの目隠しにはなりません。体を覆う空気のイドを自分のイドに薄っすら混ぜ合わせて、カムフラージュにするんです」
「それをあの一瞬でやるのか? 面倒なことを……」
ドリーがイドの目に目覚めてから、ステファノは知覚系のギフト持ちから存在を隠す方法を考えて来た。
魔道具作りの際の「魔核混入」。あれの逆をやれば良いのではないかと、ふと思いついたのだ。
道具を自分のイドで染める代わりに、空気のイドで自分を染める。そうすれば「空気と見分けがつかない」のではないかと。
「『逆・魔核混入』とでも言うんでしょうかね?」
「言うんでしょうかねって、お前……。無茶苦茶だな」
霧隠れと併用すれば、視覚的にも知覚的にも姿を消すことができる。
「消えることへのこだわりが変態だな」
「一所懸命だと言ってもらえませんか」
「断る」
ドリーの中では、「一所懸命な変態」が精いっぱい好意的な感想であった。
「実はこれより強烈な遁術を考えついたんです」
「懲りない奴だ。どんな術だか言ってみろ」
「火遁なんですが、陽炎の術という目くらましです」
「炎隠れとは違うのか?」
攻撃魔法の象徴ともいえる火魔術を目くらましに使おうという発想が既に変態だと、ドリーは思う。
「違います。火は出ません」
「火の出ない火魔術だと? 何だ、それは? 危険がないなら、やってみろ」
「良いですか?」
ドリーは火魔術行使に許可を与えた。
「5番、火遁陽炎の術。準備良ければ撃て!」
「火遁、陽炎の術!」
ステファノの宣言と共に、その姿がゆらりと揺れた。背景ごとステファノの姿が歪む。
「うっ。何だ?」
強烈な立ち眩みに見舞われたように、ドリーの平衡感覚が乱れ、一瞬吐き気を催す。
「何っ?」
瞬きする間に、ステファノの姿が空間のゆがみに飲み込まれて見えなくなった。
「何だ、これは? 消えたというよりも、景色が歪んでいる?」
「どんな感じに見えますか?」
何もない空間から、ひょいとステファノが顔をのぞかせた。
「うわっ! 何をした?」
驚きにドリーはのけ反った。
「何って、目くらましですよ? そっち側から見せてください」
空間の切れ目から抜け出したように、ステファノが全身を現した。歪んだ景色の部分を回り込んでドリーの横に立つ。
「ははあ、こんな感じですか? 消えることは消えるけど、そこにいるというのはまるわかりですね」
「何だ? これは何なのだ?」
ドリーは驚愕したまま、瞬きも忘れて歪んだ空間を見ていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第335話 それではまるで仙人ではないか。」
「陽炎ですよ。太陽の光を受けた道の上にゆらゆらと立つことがあるでしょう? あれを再現できないかと思って」
「陽炎は知っているが、こんなものではないはずだ」
「温まった空気がゆらゆら立ち昇ると、向こう側の景色が歪んだり、揺れたりしますよね」
しかし、目の前のこれは何だ。確かに歪んでいる。だが、揺らぎはほとんど感じない。
「イドで空気を固めて、その中の温度を上げてみたんです」
「温度を変えただけだと?」
「斜めに向けてますけどね」
……
◆お楽しみに。
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