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第4章 魔術学園奮闘編
第330話 必要は発明の母なり。
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「印刷機については魔道具化の必要はありませんよね?」
ステファノはサントスに尋ねた。
「うん。工夫の問題。動力は人力か、水車か」
小規模ながら水車で石臼を回したり、鞴を動かしたりという動力の利用は事例があった。
印刷機も規模が小さい内は手回しや足踏み式の人力で十分であろうが、大規模工業化を目指すのであれば水力の利用を考えるべきであった。
「だったら、俺が入り込む余地はないですね。俺の方は何か別のことに取り組みましょう」
ステファノはこめかみを叩いて考える。
「そういう時は原理原則に立ち返ると良いね。そもそもこの会の目的は何だったかね?」
「もちろん情報革命ですね」
「ならば、情報革命の3要素を思い出せるかい?」
ステファノの発想を促すために、スールーが相手役を務めている。
「『情報革命の根本は、①情報記録密度の向上、②情報複製速度の向上、③情報伝達速度の向上の3要素によって為される!』でしたっけ?」
「その通り! よくできました」
スールーの言いたいことが掴めてきた。
「②情報複製速度の向上は製版機と印刷機のシステムでめどがつきました。③情報伝達速度は気送管と伝声管ですね?」
「そういうことだ。③についてはまだ不満があるがね」
「不満ですか?」
こういう所でスールーは冷静である。トーマやサントスのように技術そのものに夢中になるということがない。あくまでも自分が立てた目標に対して忠実に、客観的な目で状況を見ていた。
「近距離通信なら気送管は優秀だ。伝声管は近距離でも長距離でも使える。しかし、気送管を長距離で使うのは難しい」
「そうですね。空気漏れがありますし、途中で中継するのは大変です」
現代の技術であればチューブの中に真空状態を作り出して超高速で車両を動かす交通手段を現実化することもできる。しかし、ステファノたちがいるこの世界ではあまりにも足りない技術が多すぎた。
「本当は声だけでなく、文章を長距離伝送する手段が欲しいところだ」
ステファノの脳裏に、なぜか「雲」のイメージが一瞬閃いた。
(どうして「雲」なんだ……?)
「しかし、①の情報記録密度向上については、まったく手がついていない!」
「うん? ああ、そうですね。撮影器で画像を小さくするくらいしか、今のところ可能性がありませんでしたか?」
「そうなのだ! 逆に言えば、情報記録密度向上という分野に発明の種があるのではないか?」
必要は発明の母と言う。困っていること、苦労していることから新しい発明が生まれることは多い。
「なるほどね。撮影器では小さい絵くらいしか記録できそうもない。文字を小さくするとぼやけて読めませんからね。これは魔道具の出番かもしれません……」
テーマを与えられて、ステファノの頭が答えを探し始めた。無数の情報を引っ張り出し、ぶつけ合わせては「解」を求める。人間の脳が持つ、不可思議な働きがステファノの内部で繰り広げられていた。
(魔道具なら文字の大きさは自在に変えられるな。教室の黒板の文字は自在に拡大できるもの。拡大できるってことは縮小も……。あれ? 「雲」って何だっけ?)
自由に連想を始めたステファノの脳が、一見関係のない記憶の欠片を引っ張り出してくる。無意識の中に留まっている何かの鍵。そのままでは使えないいびつな断片。
無意識は考慮しない。忖度がない。無遠慮に欠片を突きつける。「これは使えないか?」と。
(黒板……魔道具……文字……言葉……雲……送る? 「雲に送る」だっけ? 何だ、それは?)
「教室の黒板だ」
「黒板がどうかしたかね?」
スールーは脈絡のないステファノのつぶやきを平然と受け止める。何か見つけたのなら、それを止めてはいけない。そう考えていた。
「あれは文字ではないはずです」
「文字でないとすると何だね」
スールーは最低限の相槌を打つ。慎重に。方向を間違えると、ステファノの連想が途切れてしまう。
「言葉ですね。文字にする前の言葉。発音すらしていない言葉の概念。それを『雲に送る』」
「言葉の概念を、雲に送る必要があるんだね」
スールーは慎重に積み木の塔にピースを載せるように、そっと次の質問を提示する。
「何のために雲に送るんだろう?」
行動に意味を持たせる問いかけ。もやもやとしたステファノの思考に投げ込む触媒であった。
「思考の変換? そういうことか? 雲に送って、雲から送られる? 魔術なのか? ならばイデアの顕現だ。距離も時間もない世界……」
ステファノの中で、膨大な連鎖が弾けていた。スールーはしてやったりと、ほくそ笑んだ。
「ええ~? そんなことあるかなあ?」
何を思いついたか、ステファノは呆れたように首を振った。
「人が考えつくことはどれほど荒唐無稽に思えても、いずれ現実になるらしいよ」
スールーはさりげなくステファノの背中を押した。ほら、吐き出してごらん、と。
「それにしても……。都合がよすぎるよなあ。黒板が通信機になるなんて……」
「ほう? それは興味深い。どんな考えだか、教えてくれないか?」
もうスールーは顔の笑みを消すことができない。悪魔のような微笑みを見て、サントスとトーマは腰が引けていた。
「教室の黒板ですが、あれって事前に内容を登録しておくモードと、その場で書き出したい文字を表示させるモードとがあるらしいんです」
「そうか。聞いたことがあるかもしれない」
自分の思考にのめり込んでいるステファノはスールーの邪悪な表情に気づかない。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第331話 そういうことか。驚いたね。」
「先生たちは言葉を口にせず、頭の中で考えたものを表示させているんですよね。でも、絵じゃなくて文字ですからね。頭の中にあるのは言葉なので、それを一度『雲』に送って文字に直してから黒板に映しているそうです」
「なるほど。一度雲に送らなければいけないんだね」
スールーはステファノの言葉を繰り返しているだけだ。だが、耳から入る言葉がステファノの思考を刺激する。励まされて次の言葉を紡ぎ出す。
「そうなんですよ! ですから、頭の中の言葉→雲→文字になった言葉→黒板という順序で表示されるわけです」
「そういうことか。驚いたね」
……
◆お楽しみに。
ステファノはサントスに尋ねた。
「うん。工夫の問題。動力は人力か、水車か」
小規模ながら水車で石臼を回したり、鞴を動かしたりという動力の利用は事例があった。
印刷機も規模が小さい内は手回しや足踏み式の人力で十分であろうが、大規模工業化を目指すのであれば水力の利用を考えるべきであった。
「だったら、俺が入り込む余地はないですね。俺の方は何か別のことに取り組みましょう」
ステファノはこめかみを叩いて考える。
「そういう時は原理原則に立ち返ると良いね。そもそもこの会の目的は何だったかね?」
「もちろん情報革命ですね」
「ならば、情報革命の3要素を思い出せるかい?」
ステファノの発想を促すために、スールーが相手役を務めている。
「『情報革命の根本は、①情報記録密度の向上、②情報複製速度の向上、③情報伝達速度の向上の3要素によって為される!』でしたっけ?」
「その通り! よくできました」
スールーの言いたいことが掴めてきた。
「②情報複製速度の向上は製版機と印刷機のシステムでめどがつきました。③情報伝達速度は気送管と伝声管ですね?」
「そういうことだ。③についてはまだ不満があるがね」
「不満ですか?」
こういう所でスールーは冷静である。トーマやサントスのように技術そのものに夢中になるということがない。あくまでも自分が立てた目標に対して忠実に、客観的な目で状況を見ていた。
「近距離通信なら気送管は優秀だ。伝声管は近距離でも長距離でも使える。しかし、気送管を長距離で使うのは難しい」
「そうですね。空気漏れがありますし、途中で中継するのは大変です」
現代の技術であればチューブの中に真空状態を作り出して超高速で車両を動かす交通手段を現実化することもできる。しかし、ステファノたちがいるこの世界ではあまりにも足りない技術が多すぎた。
「本当は声だけでなく、文章を長距離伝送する手段が欲しいところだ」
ステファノの脳裏に、なぜか「雲」のイメージが一瞬閃いた。
(どうして「雲」なんだ……?)
「しかし、①の情報記録密度向上については、まったく手がついていない!」
「うん? ああ、そうですね。撮影器で画像を小さくするくらいしか、今のところ可能性がありませんでしたか?」
「そうなのだ! 逆に言えば、情報記録密度向上という分野に発明の種があるのではないか?」
必要は発明の母と言う。困っていること、苦労していることから新しい発明が生まれることは多い。
「なるほどね。撮影器では小さい絵くらいしか記録できそうもない。文字を小さくするとぼやけて読めませんからね。これは魔道具の出番かもしれません……」
テーマを与えられて、ステファノの頭が答えを探し始めた。無数の情報を引っ張り出し、ぶつけ合わせては「解」を求める。人間の脳が持つ、不可思議な働きがステファノの内部で繰り広げられていた。
(魔道具なら文字の大きさは自在に変えられるな。教室の黒板の文字は自在に拡大できるもの。拡大できるってことは縮小も……。あれ? 「雲」って何だっけ?)
自由に連想を始めたステファノの脳が、一見関係のない記憶の欠片を引っ張り出してくる。無意識の中に留まっている何かの鍵。そのままでは使えないいびつな断片。
無意識は考慮しない。忖度がない。無遠慮に欠片を突きつける。「これは使えないか?」と。
(黒板……魔道具……文字……言葉……雲……送る? 「雲に送る」だっけ? 何だ、それは?)
「教室の黒板だ」
「黒板がどうかしたかね?」
スールーは脈絡のないステファノのつぶやきを平然と受け止める。何か見つけたのなら、それを止めてはいけない。そう考えていた。
「あれは文字ではないはずです」
「文字でないとすると何だね」
スールーは最低限の相槌を打つ。慎重に。方向を間違えると、ステファノの連想が途切れてしまう。
「言葉ですね。文字にする前の言葉。発音すらしていない言葉の概念。それを『雲に送る』」
「言葉の概念を、雲に送る必要があるんだね」
スールーは慎重に積み木の塔にピースを載せるように、そっと次の質問を提示する。
「何のために雲に送るんだろう?」
行動に意味を持たせる問いかけ。もやもやとしたステファノの思考に投げ込む触媒であった。
「思考の変換? そういうことか? 雲に送って、雲から送られる? 魔術なのか? ならばイデアの顕現だ。距離も時間もない世界……」
ステファノの中で、膨大な連鎖が弾けていた。スールーはしてやったりと、ほくそ笑んだ。
「ええ~? そんなことあるかなあ?」
何を思いついたか、ステファノは呆れたように首を振った。
「人が考えつくことはどれほど荒唐無稽に思えても、いずれ現実になるらしいよ」
スールーはさりげなくステファノの背中を押した。ほら、吐き出してごらん、と。
「それにしても……。都合がよすぎるよなあ。黒板が通信機になるなんて……」
「ほう? それは興味深い。どんな考えだか、教えてくれないか?」
もうスールーは顔の笑みを消すことができない。悪魔のような微笑みを見て、サントスとトーマは腰が引けていた。
「教室の黒板ですが、あれって事前に内容を登録しておくモードと、その場で書き出したい文字を表示させるモードとがあるらしいんです」
「そうか。聞いたことがあるかもしれない」
自分の思考にのめり込んでいるステファノはスールーの邪悪な表情に気づかない。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第331話 そういうことか。驚いたね。」
「先生たちは言葉を口にせず、頭の中で考えたものを表示させているんですよね。でも、絵じゃなくて文字ですからね。頭の中にあるのは言葉なので、それを一度『雲』に送って文字に直してから黒板に映しているそうです」
「なるほど。一度雲に送らなければいけないんだね」
スールーはステファノの言葉を繰り返しているだけだ。だが、耳から入る言葉がステファノの思考を刺激する。励まされて次の言葉を紡ぎ出す。
「そうなんですよ! ですから、頭の中の言葉→雲→文字になった言葉→黒板という順序で表示されるわけです」
「そういうことか。驚いたね」
……
◆お楽しみに。
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