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第4章 魔術学園奮闘編

第329話 ステファノとは一体何者か?

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「ステファノとは一体何者か?」

 キムラーヤ商会の中は、その疑問で持ち切りになった。侯爵家直々のお声掛かりなど、そうそうあるものではない。

「ひょっとして侯爵閣下か、ネルソン氏の隠し子では?」
「大きな声を出すな! あるいは先代侯爵の落としだねという可能性もあるな」

 口さがない人間はどこにでもいるものであった。

「とにかく触らぬ神に祟りなし。ステファノという少年に深入りしすぎるな」

 商会では慎重論が優勢で、トーマに対してもあまり関わるなという指示が出されていた。

「馬鹿な話だぜ。いくら隠し子にしたって、こんなお貴族様がいるもんかい」
「確かにひど過ぎ」

 トーマ本人はそんな意見を意にも介していなかった。

「この件に関しては、悔しいけどトーマの言う通りですね」

 ステファノは何とも言えない気持ちで、顔を歪ませた。

「そんなことより、もうすぐ冬休みだ。君たちは家に帰るのかい?」

 そう尋ねるスールー本人は、実家に帰ってゆっくりくつろぐつもりであった。

「お陰様で照準器つきクロスボウが売れているもんでね。年末年始は休み返上で作り続けなきゃならない。俺も品質確認や送品手配なんかの手伝いに駆り出されそうだ」

 たまったもんじゃないとぼやく割には、トーマは楽しそうに見えた。そういう所は根っからの商売人なのであろう。

「時間と旅費の無駄」

 行き帰りに数日かかる里帰りなど必要ないとサントスは割り切っていた。翌年の6月になればどうせ卒業する。無理に実家に帰る理由もないのだ。

「ステファノはどうする?」

 スールーの問いにステファノは答える。

「実家に帰るつもりはありません。まだ何もしていませんからね。ただ、ネルソン商会には戻って途中報告をしておいた方が良いかなと」

 発明品のこと、魔道具のこと、魔術修行の状況など、知らせるべきことが数多くある。
 できるならヨシズミ師匠に確かめたいこともあった。

 マルチェルには修行を続けている体術の現状を見てもらいたかった。

 ネルソンには脚気に関する論文を読んでほしかった。

 自分の進む道はこのままで良いのだろうかと、師匠たちの意見を聞きたかった。

「そうか。4人それぞれだな。1カ月の間、しばしお別れだ」
「そうだな。みんな体を大事にしようぜ。元気に再会しよう」
「スールーは食べ過ぎに注意」

 研究報告会が終わり、期末試験が始まっている。既にアカデミーのムードは年末であった。

「あのお、新年からの研究について方向性を確認したいんですけど……」

 ステファノがおずおずと言い出した。
 報告会を目標として研究テーマに挑戦してきた。次のテーマをどうするのか?

「伝声管については試作規模でできることはあまりないだろうね」

 スールーが言う。10本の土管をつないだ運用テストまで実施したが、それ以上の長さは彼らの力では不可能だった。経済的にも、物理的にも少人数プロジェクトの限界を超えることになる。

「気送管は実用一歩手前まで実証できていると思うな」

 これはトーマの発言だ。
 気送管は、出発点と到着点との間を1つの区間とするユニットを複数つなぐことで実用化できる。既に量産可能と考えていた。

「光撮影器は数の問題」

 サントスの意見だ。
 暗箱、レンズ、感光ガラスまたは感光紙という構成は既に確立できた。後は情報を公開して多数の人間に使わせればよい。
 その中から、感光材料や、レンズ構成などの改良案がおのずと現れるであろう。

 要するに、情革研の3テーマは「先駆者による発明」の段階から、「後続集団による改良」の段階に入っていた。

「ステファノはどうなんだよ?」

 トーマはそういうが、ステファノ個人の発明品は意外と単純であった。

 観測者の感情を反射する絵画。これはそれだけで完結している。物珍しいが、金の匂いはしなかった。
 工夫すれば視覚、聴覚、嗅覚など刺激する感覚を変えることができるが、それだけのものである。

「感情を反射する絵画は発展性がないと思う。標的鏡ターゲット・スコープは俺の手を離れて、キムラーヤ商会次第だな。俺が発展させるとしたら製版器か」

 製版器は情革研の研究と密接な関係があった。文書の大量複製は情報伝達の「量」の部分に革命を起こす手段となりうる。
 既に鉄粉を鉄板に鋳込む製法による高精細製版器に実用化のめどがついていた。

 鉄粉仕様のメリットは高精細化以外にもある。針山方式では不可能だった両面実装でのバイス圧着が可能であった。表に原画、裏に版材を密着させバイスでサンドイッチしても鉄粉はつぶれない。
 両面実装式であれば原画は再利用可能である。同じ絵柄や文書を何度でも版に起こせるのだ。

「製版の原理は固まったと思う。後は効率を上げるための工夫を工房でやってもらえば良い」
「そいつは任せろ。原画をセットしたら、製版器と版材を自動で押しつけるような機構を工夫させている。新年早々にも結果は出るだろう」

 キムラーヤ商会はトーマが持ってくる発明品の製作に熱中していた。誰も作ったことがないものを生み出す過程に参加できるのだ。職人としてこれほどやりがいのある仕事はない。

「だったら次は『印刷機』だね」

 ステファノは腕を組みながら言った。製版システムの合理化ができるなら、魔道具としての製版器を「魔術具」化して誰にでも使えるものにする。たとえば、一定以上の圧力を受けたら原画を読み込み、版材を圧縮するという術式を仕込むのだ。

 そこまでやれば誰でも使える「製版」システムができ上がる。

 次に必要なのはその版を使用する「印刷機」であった。

「ふうん。手刷りではなく、機械で刷ろうってんだな?」
「そうだ。インクを塗る。紙を載せる。押しつける。紙を取り出す。その一連の作業を機械にやらせるのさ」

 ステファノのアイデアにトーマが素早く反応した。

「難しいのは、紙を取り出すところ」

 眉を寄せながらサントスが言う。既に頭の中に、機構を想像しているのであろう。

「そうだな。掴むのは難しい。摩擦で送るか、空気圧で吸いつけるか……」
「良いじゃないか。物になりそうに聞こえるぞ。次のテーマは印刷機と行こう!」

 動き出した原理検討の会話を聞いて、スールーがその場を仕切った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第330話 必要は発明の母なり。」

「印刷機については魔道具化の必要はありませんよね?」

 ステファノはサントスに尋ねた。

「うん。工夫の問題。動力は人力か、水車か」

 小規模ながら水車で石臼を回したり、ふいごを動かしたりという動力の利用は事例があった。

 印刷機も規模が小さい内は手回しや足踏み式の人力で十分であろうが、大規模工業化を目指すのであれば水力の利用を考えるべきであった。

「だったら、俺が入り込む余地はないですね。俺の方は何か別のことに取り組みましょう」

 ステファノはこめかみを叩いて考える。
 
 ……

◆お楽しみに。
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