飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第328話 ネルソン動く。

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「国王陛下に許しを願う」

 言葉にすれば簡単だが、果たして可能なのか。
 ネルソンは既に貴族でもない。ギルモア侯爵家の次男という立場を認められたとしても、それだけで国王への謁見が認められるわけではない。

 国王への直訴を認めてしまっては、宮廷政治が成り立たなくなる。

 最終決定が国王の権限においてなされるとしても、それまでに通り抜けるべき関門がいくつも存在した。

 ネルソンの作戦は、これを「軍事課題」としないことだ。
 そうしないと軍部の介入を避けられない。

 軍事機密の解放を容易く認める軍隊など、世界中のどこにも存在しないのだ。機密は独占することに利益がある。

 ネルソンは、「民政課題」としてこの医学知識を国民に開放することを具申するつもりであった。攻略すべきは民政を担当する内務卿である。
 民政の問題として括ってしまえば、抗菌剤の知識を国民に開放することは国家に多大な恩恵をもたらす。

 人民の健康が保たれ、生産力が高まる。何も問題はない。

 知識独占を妨げられる軍部の反応だけがマイナスの存在であった。

 しかし、軍部が求めるのは「自国の軍事的優位性」である。それは何も抗菌剤である必要はない。

「ふふふ。ここでステファノに助けられるとはな。テミスの秤が導いてくれたものか」

 ネルソンには軍部に差し出す代わりの利益・・・・・・があった。
 標的鏡ターゲット・スコープはその手始めである。だからこそ、ギルモア本家が素早く正式採用に動いてくれたのだ。

 既にアカデミーの研究報告会でステファノが発表した内容はすべて確認してある。発表しなかった内容・・・・・・・・・もマリアンヌから入手していた。

「ステファノが生み出す軍事的発明・・・・・のいくつかを渡してやれば、軍部の顔を立てることができよう」

 特に伝声管の発明は画期的だ。抗菌剤は攻撃力を直接高めることにはつながらないが、伝声管なら他国を圧倒するスピードで作戦展開を可能とする。
 疾風怒涛の急襲を実現すること、同時多方面の進軍作戦など、その応用価値は計り知れない。

「まるですべてが神の手で整えられたかのようだ」

 久方の停戦とステファノによる発明品の登場。ネルソンのためにお膳立てされたようにタイミングが揃っていた。

 ジュリアーノ王子の婚礼までもが、祝福と平和ムードに世間を包み、抗菌剤の民間開放を認めやすい環境にしていた。

「ドイルよ、これを達成者アチーバーの力と呼ぶか? もしそうだとしたら、恐るべきことだ」

 停戦以外のほとんどの条件は、ステファノの関与で創り出されたものだ。1人の少年、その存在が歴史の方向を変えることになる。

「下手をしたらステファノは神の子か、神の使いにされてしまうが……。それでは背負わせる荷が重すぎる」

 ネルソンはこれから世間の注目を浴びることになる、純朴な少年の将来を想って眉を曇らせた。

「せめて皆で支えてやらねば、心が負担に耐えられまい。ウニベルシタスはそのためにも立ち上げねばならない」
 
 ネルソンは自分の務めをはっきりと意識した。

 ◆◆◆

「予想はしていたけど、ステファノのところに来る売込み・・・・の数がすごかったね」
「発明品を売ってやるという申し出ばかりで、売込みとは反対だけどな」

 情革研の「商売人」である2人、スールーとトーマは首を振りながら嘆息した。

「どいつもこいつもステファノを食い物にしてやろうという狙いが見え見えだぜ」
「ステファノだけじゃない。俺たち全員。まとめてなめてる」

 サントスの言う通りであった。所詮は学生、小銭をちらつかせれば言う通りになるだろうという考えが、態度の端々に透けて見えていた。

「簡単に追い払えたのは、獅子の紋・・・・のお陰だよ」

 スールーが機転を利かせて、標的鏡ターゲット・スコープのサンプルと称してギルモア家紋章入りの遠眼鏡を見せつけた効果であった。

「あれは何度やっても面白いな。遠眼鏡を見せた途端にしどろもどろになりやがる」
「根性なし」

 二度目からは面白がってトーマがステファノに遠眼鏡を出させていた。

『取りつけはこうやって……。よく見てくださいね。ここをこうはめ込むんです。え、この紋章ですか? ギルモア家の紋だよな、ステファノ? ああ、こいつギルモア侯爵家の寄子なんです。悪人に何かされそうになったらこの紋章を示すべし、ってな? そう言われているんだよな、侯爵閣下に?』

 商談相手・・・・は冷や汗を流して、おとなしくなる。できるだけ早くその場を去ろうとするところまで、判で押したように皆同じだった。

 それでも5軒目が現れたところで時間を取られるのに嫌気がさした。それからはアリステア教務課長に相談し、ステファノへの商談は「ギルモア侯爵家の許可を先に得ること」を条件とした。

 もちろんギルモア家に許可を願い出るような勇気ある商売人は1人もいなかった。

 伝手もなしに侯爵家に入り込もうとするなど、大袈裟に言えば命がけの仕業となる。
 ステファノのサイン入り図面だけを頼りに直談判に乗り込んだトーマは、大胆というよりは世間知らずであった。

 門前払いや無礼討ちにされなかったのは、ネルソンが裏で手を回してくれたお陰である。
 実家であるキムラーヤ商会に事後報告をすると、店ごと潰すつもりかと、こっぴどく叱られた。

 大貴族に商いを申し入れるなど非常識も甚だしい。本来は、「献上品」として商売のタネを差し出すものなのだそうだ。

「これは良い。宮廷に紹介しよう」

 そう言って気に入られれば、「御用達ごようたし」となる。それが貴族相手の商いというものであった。

「大貴族様なんて見たこともなかったし。どれだけ危ないことをしたか、後から聞かされて真っ青になったぜ」

 トーマを叱りつけた後、キムラーヤの主人が改めてご機嫌伺いに出向き、お詫び方々のつけ届けをしたことは言うまでもない。

「構わぬ。委細不問に付す」

 侯爵家の対応は泰然としていた。条件はただ一つ。

「ステファノのこと、よしなに取り計らえ」

 用人頭からその一言が告げられただけであった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第329話 ステファノとは一体何者か?」

「ステファノとは一体何者か?」

 キムラーヤ商会の中は、その疑問で持ち切りになった。侯爵家直々のお声掛かりなど、そうそうあるものではない。

「ひょっとして侯爵閣下か、ネルソン氏の隠し子では?」
「大きな声を出すな! あるいは先代侯爵の落としだねという可能性もあるな」

 口さがない人間はどこにでもいるものであった。

「とにかく触らぬ神に祟りなし。ステファノという少年に深入りしすぎるな」

 商会では慎重論が優勢で、トーマに対してもあまり関わるなという指示が出されていた。
 
 ……

◆お楽しみに。
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