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第4章 魔術学園奮闘編

第322話 午後は展示の部。発明品の実演が話題を呼んだ。

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「発表は発表で、なかなか大変なんだね。こっちは拡声器について詳しく知りたいという人がたくさんいてね」
「そうですか。それは4時に合流してから忙しくなりそうですね」
「うん。魔道具のことは君に任せるしかないからね。よろしく頼むよ」
「頑張ります」

 束の間の昼食休憩で気持ちを切り替え、ステファノは午後の部に臨んだ。
 今度は3件の個人ブースを渡り歩いて、発明品の実演であった。

 最初の1時間は「観測者の感情を反射する絵画」である。これは比較的無難な展示であった。ステファノの説明を聞き、観覧者は展示されたサンプルに見入りながら感情を動かしていた。

 その内に、この場でも描けるのかと言われ、観覧者の似顔を描いてみせた。これがウケた。

 自分の顔が自分の感情を写すという不思議な体験に、大きな人だかりが出て順番待ちの行列となった。
 描き上がった絵が欲しいと言われたが、マリアンヌ学科長から事前にだめだと言われていたので丁重に断った。

 王家に献上したアーティファクトもどきを、チラシのようにばらまくわけにはいかない。

 10枚も描いていると似顔絵にも飽きが来る。ステファノは似顔絵の受付を締め切って、違う絵を描くことにした。

(さて、何を描こう。光って見えるランプでは二番煎じだな。違う感覚を反射させようか?)

 悩んだ挙句、ステファノは料理の絵を描き始めた。

(料理の絵なら見本は要らない。9年間見続けて来たからね。わかりやすい絵にしよう)

 でき上がったのは皿の上で湯気を上げる、血が滴るようなステーキであった。

「これは……ステーキだね。うーん、ランチを食べたばかりだが、これなら1枚ぺろりといけそうだ」
「香りまで添えてあるじゃないか? 君、実物はどこにあるんだい?」

「いえ、これは匂いを感じられる絵・・・・・・・・・です」
「何だって? 嘘だろ!」

 疑って絵に鼻を近づけてみると、確かに描かれたステーキから旨そうな香りが漂って来ていた。

「本当だ! この香りは絵から出ているんだ」
「何だと? 仕掛けがあるんじゃないか?」
「いや、今目の前で描いた絵だぞ。描き上がるまで匂いなんかなかったし」

 観覧者同士が侃々諤々かんかんがくがくの議論をし出した。

「お疑いでしたら、好きな料理を言ってみてください。この場でその絵を描きますから」
「じゃあ、チーズリゾットを描いてみてくれ」
「わかりました」

 ステファノは粉チーズをたっぷりと使ったチーズリゾットの絵を描いた。スプーンからあふれたリゾットが、とろりと深皿にこぼれている。

「できました。いかがでしょう?」
「ふん、ふん。おおっ、チーズリゾットだ! この香りはチーズリゾットに間違いない!」
「どういうことだ? 絵の裏側に回ったら何も匂わないのに」

 ただの絵から本物の匂いがするという現象は「感情を反射する絵」以上の驚きをもたらした。目と鼻という別々の感覚器官を刺激するところが、強いインパクトにつながったらしい。

 観覧者は列をなして絵の前に集まり、かわるがわる匂いを嗅いでは驚嘆の声を上げていた。

 2時からは「圧印器」を実演した。本来は魔術具であるものを、魔術発動具・・・・・として紹介している。そのため、ステファノ本人が使用して見せなければならない。

 今回は鉄粉仕様ではなく針山仕様のものでデモを行っている。製版器として使用できることは、まだ表に出せないと判断したのだ。

「ステファノの名において命じる。光に従いて力を現わせ。光あれ!」

 観覧者に選ばせた下絵を用いて、ステファノは圧印器を使用した。みちみちと音を立てて木の板が圧縮される。

 バイスを外して加工品を取り出すと、表面に残った小骨のようなかすを取り除いて見せる。
 すると磨き仕上げは行っていないものの、下絵通りの造形が姿を現した。

「これを磨けば木彫工芸と同様の製品ができ上がります」
「ふうん。不思議なものだな。誰が描いた絵でも良いのかね?」
「どなたの絵でも形になります」

「光魔術が土魔術と連動するんだね?」
「はい。光魔術さえ使えれば、後の動作は自動で行われます」
「光を感じて土魔術を起動するという仕組みが斬新だなあ」

「暗くなったら灯りをともすなんていう魔道具も作れそうじゃないか」
「原理的には可能だと思います」

 感情を反射する絵画ほどセンセーショナルではなかったが、圧印器もその応用性が観覧者の興味を刺激した。

 3つ目の展示、標的鏡は軍事学関係者の興味を特に引きつけた。一点物のステファノ用標的鏡に加え、キムラーヤ商会が用意してくれた量産品のサンプルがずらりと並べられていたせいもある。

 トーマはこの機会を「見本市」のように捉えており、影響力の強いアカデミー教授陣に商品お披露目を仕掛けたのだ。

 魔術師にとっては、「杖に沿って魔術を撃ち出す」、「命中精度向上のために目安となる照準器を取りつける」というアイデアは極めて新鮮に映った。
 魔力は近接戦で使うものという固定観念があったのだ。

 非魔術師である軍事学関係者は、射出系武器用照準器に群がった。人気の的はクロスボウであったが、投石器への応用模型も多くの注目を集めた。
 投石器については水平方向と垂直方向の2軸を独立に、角度指定できる調整機構が組み込まれている。今まで勘に頼っていた着弾修正を正確に数値で定量化することができる。

 戦術学関係者は「定量化」の概念に興奮した。

「狙いのずれを角度として修正できるんだね? ううむ、観測者を置いて手順化すれば命中までの所要時間を大幅に短縮できそうだ」
「最も重要なことは、これにより照準修正のプロセスを標準化できることだ!」

 数値化と機械化により、勘と手加減を排除することができる。すべての射手が同じ手順で照準の修正ができるのだ。10年目のベテラン射手であろうと、入隊1年目の新兵であろうとである。

 軍が理想とする「標準化の徹底」と「耐久性の向上」という価値観にぴったり当てはまる発明であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第323話 ステファノ、空気圧縮器について語る。」

「スールーさん、お待たせしました。やっと、合流できましたよ」
「時間通りだね。待ちかねたよ」

 気送管の展示ブースでは4時からの空気圧縮器の説明を聞こうと、魔術学講師たちが待ち構えていた。大半は既に個人発明品や発表の部でやり取りをした先生たちであった。

「みなさん、お待たせしました。魔道具部分担当のステファノが到着しました。空気圧縮器については彼からご説明いたします」
「こんにちは、魔術科のステファノです。まず、こちらの絵をご覧ください。空気圧縮機の断面図を表わしたものです」
 
 ……

◆お楽しみに。
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