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第4章 魔術学園奮闘編
第321話 隠形五遁の術はさらに混乱した。
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「はい、お願いします」
ステファノに促され、質問者はそっと短杖を動かした。
「弱き風よ、煙を曲げよ」
真っ直ぐ立ち昇っていた煙は何かに押されたように、ほんの少しだけ傾いた。
先ほどの傾きとは明らかに傾斜が違う。
「ありがとうございました。おわかりでしょうか?」
ステファノは質問者に礼を言いながら、締めくくった。
「普段我々はわざわざ魔力を小さくしようなどとする機会がありません。だから勘違いが起きるのです。魔力に下方限界など存在しません。それどころか、魔力とは『力』でさえない。術式によって呼び出す因果の結びつきに過ぎないのです」
質問者は呆気にとられたように自分の短杖を見つめていた。ステファノを追いつめるつもりが、自ら論証を手伝ってしまった。自分の中の常識を覆された瞬間であった。
「ま、待ってくれ! 先ほど、どうやって炎を消したのだ? 一切風は吹いていなかったぞ!」
別の講師が後ろから問いかけた。
「おっしゃる通りです。風魔術で無風の状態を作り出しました。炎への空気の供給を遮断したのです。空気がなければ炎は燃えませんね?」
「そんな風魔術は聞いたことがないぞ! どういうことだ!」
「すみません。田舎流儀なので、都会の流派とはちょっと違うかもしれません。風とは空気を動かすことなので、うちでは『止める』ことも風魔術で習うんです」
「そんな!」
「はい! 以上でお時間です。2件目の質問者に移ります。ちなみに、今割り込んだ方はこれ以降の質問を禁止致します。質疑は秩序を守って行ってください」
進行役のアリステア教務長は冷たく宣告した。
3つめの発表、隠形五遁の術はさらに混乱した。
例によって、「水遁霧隠れの術」を再現したのだが、会場全体を包む霧に場内は騒然となった。
ステファノは壇上に詰めかける質問希望者の輪に紛れていたのだが、会場全体がその存在に気づかなかった。
いつもの黒道着姿だというのにである。
全員が驚愕し、まともな質問ができなかった。
「質問がある方、いらっしゃいませんか?」
「1つ質問したい」
アリステアの呼びかけに反応したのは、微笑みを浮かべたドイルであった。
「どうぞ、ドイル先生」
「大変興味深い実演でした。自然現象を上手く再現していたね。ところで、『隠形五遁』と称していますが、他にも再現できる術はありますか?」
当然ありうべき質問であった。ステファノとしても答えを用意してある。
「はい。火遁、木遁、金遁、土遁それぞれに名前のみ伝わる術を再現しました」
「ほう。どんな術ですか?」
「火遁炎隠れ。強い光を放つ炎を燃やし、敵から身を隠します。木遁木の葉隠れ。枯葉や土砂を巻き上げ、敵の目をくらまします。金遁金縛り。雷気で敵を痺れさせます。土遁山嵐。小石や土を飛ばして敵を打ちます」
「この場で実演できるかね?」
ドイルは静かに挑戦した。魔術を以て評価を得ようとするなら、自分の前で見せてみろと。
「この場では危険な術もあります。炎隠れならまぶしいだけですので、それで良いでしょうか?」
「良かろう。しかし、大丈夫かい? 手品の種をばらしてしまって」
「見透かされたら未熟だったということで、勘弁願います」
「ふふふ。面白いね。隠れると知られた上での炎隠れ。どんなものか見せてみたまえ!」
会場の人間は、この2人が「師弟」であるとは知らない。だが、2人の間に流れる真剣勝負のような緊張に息を飲んでいた。
「火遁、炎隠れの術!」
ステファノが叫ぶと共に、その全身を真っ白な閃光が包んだ。視野一杯を白銀に染め、一瞬後に炎は消え去った。
しかし、目の前にはオレンジ色の残像が残り、数秒は視力が戻らない。
「いない!」
「どこに行った?」
「また人ごみの中か?」
「いや、いないぞ」
「動くな!」
ざわざわと騒ぎ出した人ごみを制したのは、ドイルの声であった。
「壇上を空気は流れなかった。私のそばを通った者はいない」
「では、彼はどこに……?」
「わからないかね? 論理は告げる。横に動いていなければ、縦に動いたとね」
「縦に動いたとは……」
「彼はそこにいる!」
ドイルは見上げもせずに、高々と天井を指さした。
5メートルもの高みにステファノはいた。天井に両掌で貼りついている。
「うわあ! 見つかっちゃいました」
そういうと天井から手を離し、落ち葉のような速度でふわりと舞台に降り立った。
会場は度重なる驚きに、しんと静まり返っていた。
「失敗ですね。さすが先生。お見事な推理です」
「これはゲームだからね。実戦なら君は僕を蹴り倒すこともできただろう」
その通りであった。命がけの戦いならば、敵の行動力を奪うのは当然のことである。
「面白かった。金属系の燃焼だね。熱は小さいが光が強かった。そう言えば、君のグループで光撮影器という発明を扱っていたね。今の光を照明に利用すれば……」
「ドイル先生、お時間です」
「おや、そうかね。時間は大切にしなくてはね。では、ステファノ、引き続き研究に励みたまえ」
「はい。先生、ありがとうございました!」
ステファノは1人の研究者として師に扱ってもらえたことが、誇らしく、嬉しかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第322話 午後は展示の部。発明品の実演が話題を呼んだ。」
「発表は発表で、なかなか大変なんだね。こっちは空気圧縮機について詳しく知りたいという人がたくさんいてね」
「そうですか。それは4時に合流してから忙しくなりそうですね」
「うん。魔道具のことは君に任せるしかないからね。よろしく頼むよ」
「頑張ります」
束の間の昼食休憩で気持ちを切り替え、ステファノは午後の部に臨んだ。
今度は3件の個人ブースを渡り歩いて、発明品の実演であった。
最初の1時間は「観測者の感情を反射する絵画」である。これは比較的無難な展示であった。ステファノの説明を聞きながら、観覧者は展示されたサンプルがに見入りながら感情を動かしていた。
その内に、この場でも描けるのかと言われ、観覧者の似顔を描いてみせた。これがウケた。
……
◆お楽しみに。
ステファノに促され、質問者はそっと短杖を動かした。
「弱き風よ、煙を曲げよ」
真っ直ぐ立ち昇っていた煙は何かに押されたように、ほんの少しだけ傾いた。
先ほどの傾きとは明らかに傾斜が違う。
「ありがとうございました。おわかりでしょうか?」
ステファノは質問者に礼を言いながら、締めくくった。
「普段我々はわざわざ魔力を小さくしようなどとする機会がありません。だから勘違いが起きるのです。魔力に下方限界など存在しません。それどころか、魔力とは『力』でさえない。術式によって呼び出す因果の結びつきに過ぎないのです」
質問者は呆気にとられたように自分の短杖を見つめていた。ステファノを追いつめるつもりが、自ら論証を手伝ってしまった。自分の中の常識を覆された瞬間であった。
「ま、待ってくれ! 先ほど、どうやって炎を消したのだ? 一切風は吹いていなかったぞ!」
別の講師が後ろから問いかけた。
「おっしゃる通りです。風魔術で無風の状態を作り出しました。炎への空気の供給を遮断したのです。空気がなければ炎は燃えませんね?」
「そんな風魔術は聞いたことがないぞ! どういうことだ!」
「すみません。田舎流儀なので、都会の流派とはちょっと違うかもしれません。風とは空気を動かすことなので、うちでは『止める』ことも風魔術で習うんです」
「そんな!」
「はい! 以上でお時間です。2件目の質問者に移ります。ちなみに、今割り込んだ方はこれ以降の質問を禁止致します。質疑は秩序を守って行ってください」
進行役のアリステア教務長は冷たく宣告した。
3つめの発表、隠形五遁の術はさらに混乱した。
例によって、「水遁霧隠れの術」を再現したのだが、会場全体を包む霧に場内は騒然となった。
ステファノは壇上に詰めかける質問希望者の輪に紛れていたのだが、会場全体がその存在に気づかなかった。
いつもの黒道着姿だというのにである。
全員が驚愕し、まともな質問ができなかった。
「質問がある方、いらっしゃいませんか?」
「1つ質問したい」
アリステアの呼びかけに反応したのは、微笑みを浮かべたドイルであった。
「どうぞ、ドイル先生」
「大変興味深い実演でした。自然現象を上手く再現していたね。ところで、『隠形五遁』と称していますが、他にも再現できる術はありますか?」
当然ありうべき質問であった。ステファノとしても答えを用意してある。
「はい。火遁、木遁、金遁、土遁それぞれに名前のみ伝わる術を再現しました」
「ほう。どんな術ですか?」
「火遁炎隠れ。強い光を放つ炎を燃やし、敵から身を隠します。木遁木の葉隠れ。枯葉や土砂を巻き上げ、敵の目をくらまします。金遁金縛り。雷気で敵を痺れさせます。土遁山嵐。小石や土を飛ばして敵を打ちます」
「この場で実演できるかね?」
ドイルは静かに挑戦した。魔術を以て評価を得ようとするなら、自分の前で見せてみろと。
「この場では危険な術もあります。炎隠れならまぶしいだけですので、それで良いでしょうか?」
「良かろう。しかし、大丈夫かい? 手品の種をばらしてしまって」
「見透かされたら未熟だったということで、勘弁願います」
「ふふふ。面白いね。隠れると知られた上での炎隠れ。どんなものか見せてみたまえ!」
会場の人間は、この2人が「師弟」であるとは知らない。だが、2人の間に流れる真剣勝負のような緊張に息を飲んでいた。
「火遁、炎隠れの術!」
ステファノが叫ぶと共に、その全身を真っ白な閃光が包んだ。視野一杯を白銀に染め、一瞬後に炎は消え去った。
しかし、目の前にはオレンジ色の残像が残り、数秒は視力が戻らない。
「いない!」
「どこに行った?」
「また人ごみの中か?」
「いや、いないぞ」
「動くな!」
ざわざわと騒ぎ出した人ごみを制したのは、ドイルの声であった。
「壇上を空気は流れなかった。私のそばを通った者はいない」
「では、彼はどこに……?」
「わからないかね? 論理は告げる。横に動いていなければ、縦に動いたとね」
「縦に動いたとは……」
「彼はそこにいる!」
ドイルは見上げもせずに、高々と天井を指さした。
5メートルもの高みにステファノはいた。天井に両掌で貼りついている。
「うわあ! 見つかっちゃいました」
そういうと天井から手を離し、落ち葉のような速度でふわりと舞台に降り立った。
会場は度重なる驚きに、しんと静まり返っていた。
「失敗ですね。さすが先生。お見事な推理です」
「これはゲームだからね。実戦なら君は僕を蹴り倒すこともできただろう」
その通りであった。命がけの戦いならば、敵の行動力を奪うのは当然のことである。
「面白かった。金属系の燃焼だね。熱は小さいが光が強かった。そう言えば、君のグループで光撮影器という発明を扱っていたね。今の光を照明に利用すれば……」
「ドイル先生、お時間です」
「おや、そうかね。時間は大切にしなくてはね。では、ステファノ、引き続き研究に励みたまえ」
「はい。先生、ありがとうございました!」
ステファノは1人の研究者として師に扱ってもらえたことが、誇らしく、嬉しかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第322話 午後は展示の部。発明品の実演が話題を呼んだ。」
「発表は発表で、なかなか大変なんだね。こっちは空気圧縮機について詳しく知りたいという人がたくさんいてね」
「そうですか。それは4時に合流してから忙しくなりそうですね」
「うん。魔道具のことは君に任せるしかないからね。よろしく頼むよ」
「頑張ります」
束の間の昼食休憩で気持ちを切り替え、ステファノは午後の部に臨んだ。
今度は3件の個人ブースを渡り歩いて、発明品の実演であった。
最初の1時間は「観測者の感情を反射する絵画」である。これは比較的無難な展示であった。ステファノの説明を聞きながら、観覧者は展示されたサンプルがに見入りながら感情を動かしていた。
その内に、この場でも描けるのかと言われ、観覧者の似顔を描いてみせた。これがウケた。
……
◆お楽しみに。
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