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第4章 魔術学園奮闘編

第320話 報告会当日がこんなに大変だとは思いませんでした。

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 12月1日、研究報告会がにぎにぎしく開催された。報告会は2部構成で、発表の部と展示の部に分かれている。
 論考を中心とした報告内容は発表の部で、実演や実物を中心とした内容は展示の部で報告されるのが通常であった。

 2つの部は会場を分けて同時に行われる。ステファノは両方を掛け持ちしているため、どうしても展示の部には貼りついていられない。発表と発表の合間に展示ブースへ回るという忙しい動きになった。

 個人としての7テーマの内、以下の4つを発表の部で報告した。
 
 ・魔力が「フォース」ではなく「秩序オーダー」であることの間接的証明。
 ・魔力下方限界説に関する反論。
 ・隠形五遁の術についての研究。
 ・脚気かっけの危険性とその予防策について。
 
 残り3テーマは展示の部である。
 
 ・観測者の感情を反射する絵画の製作。
 ・魔術発動具の一応用形態としての圧印器の発明。
 ・魔術および射出型武器の的中精度を向上する標的鏡の発明。

 情革研からの報告テーマは2件とも展示の部で報告した。

 ・近距離通信手段としての「気送管システム」の発明。
 ・映像記録手段としての「光撮影器」の発明。

 主催者側も多少の配慮をしてくれたようで、ステファノの個人発表4件は午前中に集中していた。
 したがって、午後からは展示の部に集中できるのだが、それにしても個人テーマ3件とグループテーマ2件を掛け持ちするのは無茶であった。

 情革研の展示についてはスールー、サントス、トーマの3人が手分けして対応してくれた。口数少ないサントスまで参観者の質問対応をしていた。
 光撮影器についてはほとんどサントスの独壇場だったので、当然と言えば当然の対応であった。

 トーマが気送管を主に受け持って、スールーは2件の展示を渡り歩く形でサポートしていた。3人は、それぞれ商売人らしくそつのない受け答えを展開していた。

 ステファノは個人テーマそれぞれを1時間ずつプレゼンし、その後トーマの補佐に回った。気送管の中心技術である空気圧縮ユニットの魔道具バージョンがステファノの作品であったからだ。
 魔道具の詳細に質問が向けられると、トーマでは対応できない可能性がある。

「空気圧縮ユニットの魔道具バージョンについては、4時から担当者が説明します」

 あらかじめそう告げることに決めており、ブースに貼り紙をして明示しておいた。

 ステファノにとって、昼食の時間が唯一取れる休憩時間となった。

「どうだい、初めて参加する研究報告会の感想は?」
「忙しいですね。報告会当日がこんなに大変だとは思いませんでした」

 情革研の4人は、昼食のテーブルを囲んでいた。まだ半日しか過ぎていないというのに、ステファノの喉はからからに乾いていた。

「僕たちは展示ブースを離れられなかったが、発表の方は上手くいったのかい?」
「ええ、それは何とかなったと思うんですが……」

 スールーに答えるステファノの返事は歯切れが悪かった。

「プレゼンは練習通りにできたんですが、質問が多くて大変でした」

 魔術系テーマ3件に関しては、生徒そっちのけで講師陣からの質問が殺到した。どのテーマも魔術の実演を伴う内容であり、近くで体験したいという先生が次々に現れたのだ。

 魔術行使内容は危険がないものであることをあらかじめ運営に示し、檀上での実演を許可してもらっていたのだが、その内容はセンセーショナルであった。

まま借りの術」では被験者の術を乗っ取るという効果に、一時発表会場が騒然となった。「魔術構成要素」として所有者権限を指定するという対処法も議論を呼んだ。
 自分を被験者にして実験してくれという講師が相次いだのだ。

 5分間の質問時間では足らず、後日追加の質疑応答セッションを設けるというマリアンヌ学科長の発案でようやくその場を収めることができた。

 その話が構内を駆け巡ったらしく、次のテーマである「魔力下方限界否定説」の報告では、立ち見が出るほどの盛況となった。

 プレゼンを締めくくる形で実演を行い、小指の先ほどの炎を呼び出した。炎を小さくしようとすると途中で消えるが、最初から「小さい火」として呼び出せば現実に存在するどのような炎でも再現可能であることを示した。

 最後には火の粉を壇上の空間一杯に散らして見せ、場内をどよめきに包んだ。

 これまた質問タイムが揉めに揉めた。質問希望者が20名を超え、到底5分で終わるはずがないと初めからわかる状況であった。仕方がないので抽選で3名のみの質問を受け、残りは後日の質問セッションに回すことになった。

「どの属性でも同じ実演ができるのかね?」

 1つ目の質問者はそう皮肉気味に問いかけてきた。全属性持ちでなければ実演が不可能であり、ステファノが困るだろうと思っての質問であった。

「もちろんです。ご希望の属性はありますか?」

 ステファノにしてみれば当たり前のことなので、質問の裏を読まず、素直に答えた。

「そ、それなら風だ。風属性でやってみせたまえ!」

 当てが外れた質問者だったが、一番実演が難しそうな風属性を指定してきた。
 最小の風とは何か?

 ステファノはろうそくに火をともし壇上に立てて、その上からガラスケースをかぶせた。

「恐れ入ります。この火を吹き消す強さで風魔術を維持してください」

 質問者は短杖ワンドを取り出し、ケース越しにろうそくに向けた。

「弱き風よ、ろうそくを吹き消せ」

 ケースの中で風が起き、ろうそくの炎が瞬いたかと思うとふっと吹き消された。
 風はそのまま続きろうそくの芯から出る白い煙が横にたなびいている。

「そのまま魔力を出来るだけ絞ってください」

 ステファノの言葉を受け、質問者は魔力を抑えるべく制御に努めた。真横になびいていた煙がふわりと顔をもたげ、斜めに立ち上がった。

「もっと絞って……」

 さらに魔力供給を抑えようとすると、風が止まり、煙はまっすぐに立ち昇り始めた。

「ありがとうございました。もう一度火をつけます。ちょっとお待ちください」

 ステファノはガラスケースを持ち上げて中の空気を入れ替えた。そしてろうそくに再び火をつける。
 ガラスケースをもう一度被せると、その上に手をかざした。

「今度は自分が火を消します。その後で立ち上る煙を少しだけ曲げる強さで風を起こしてください」

 言葉が終わると同時にろうそくの炎がすっと消えた。瞬きも揺らぎもせず、炎は唐突に消えてなくなった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第321話 隠形五遁の術はさらに混乱した。」

「はい、お願いします」

 ステファノに促され、質問者はそっと短杖を動かした。

「弱き風よ、煙を曲げよ」

 真っ直ぐ立ち昇っていた煙は何かに押されたように、ほんの少しだけ傾いて立ち昇った。
 先ほどの傾きとは明らかに傾斜が違う。

「ありがとうございました。おわかりでしょうか?」

 ステファノは質問者に礼を言いながら、締めくくった。

「普段我々はわざわざ魔力を小さくしようなどとする機会がありません。だから勘違いが起きるのです。魔力に下方限界など存在しません。それどころか、魔力とは『力』でさえない。術式によって呼び出す因果の結びつきに過ぎないのです」
 
 ……

◆お楽しみに。
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