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第4章 魔術学園奮闘編
第313話 ああ、良い眺めですねえ。でも、もう飽きました。
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「ちくしょう! こいつのせいだ!」
残った3人はようやくマルチェルが恐るべき敵だということを理解した。馬をなだめて、マルチェルを囲みにかかる。馬に乗って武器を持った人間と素手で地上に立つ人間が戦えば、馬上の人間が必ず勝つ。
素手の人間が地上にいてくれればであるが。
盗賊が剣を抜くのを待って、マルチェルは助走もつけずに馬の尻に飛び乗った。
「何を?」
「ああ、懐かしい。昔はよくこうやって馬に乗ったものでした。ちょっと走りましょうか?」
言うや否や、マルチェルは馬腹を両足で蹴った。
興奮冷めやらぬ馬は矢のように走り出す。
「う、うわっ!」
剣を抜き、片手で手綱を握っていた盗賊はのけ反るところをマルチェルに支えられた。
「ほら、しっかり手綱を掴まないと、あなたも落ちますよ?」
目の前で3人も仲間が落馬している。男は剣を持ったまま手綱に手を戻そうとする。
マルチェルは男の肩に手をかけて、すいっと馬の尻の上に両足で立った。
「ああ、良い眺めですねえ。でも、もう飽きました」
馬を制御しようと必死の盗賊は、背後に立つマルチェルに何をすることもできない。
「それじゃあわたしは失礼しますね? 乗せてくれてありがとう」
男の頭を両手に挟んで捻りながら、マルチェルは馬の後方に飛び出した。
「うわあっ!」
この男も疾走する馬から引き落とされ、真後ろにゆっくりと回転しながら落馬した。
マルチェルは着地の勢いを走りながら吸収し、5メートルほど先で振り返った。
残る盗賊2人とは20メートルほど離れていた。
「おや、この人も首の骨を折りましたね? 最近の盗賊は馬の稽古をしていないんですか? 少しお稽古をつけてあげましょうか?」
にこにこと歩いて来るマルチェルを見て、男たちは顔を見合わせ、絶叫しながら退散した。
「ちくしょう! バケモンだ!」
「うわああ!」
「随分な言われようです。せっかく馬術の指導をしてあげるというのに。わたしは馬に乗れませんけどね」
あの程度の馬であればマルチェルの方が速いのであるが、そこまでして追い掛ける義理もなかった。
「通行の邪魔をしないなら、放っておきましょう」
戻ってみると、放り出しておいた盗賊のリーダーはまたもや馬に蹴られて瀕死の状態であった。他の3人は既に息がない。
「全員首の骨を折るとは、ついていませんね。乗馬の稽古を怠った報いでしょうか」
踏みつけた足の下で、何かがごきりと音を立てて壊れた。
「幸い全員街道を外れて倒れてくれましたね。これなら通行の邪魔にならないでしょう」
死体を片づける手間が省けて良かったと、マルチェルは服の汚れを払いながら独り言ちた。
「……旦那、盗賊の連中は?」
ようやくおずおずと御者が馬車の下から這い出して来た。騒ぎが始まって早々に身を隠していたのだ。
「4人落馬しましてね。2人は逃げました」
「こりゃあ一体……」
近寄った御者は4人の死体を見て、口をあんぐりと開けて固まった。
「次の町で衛兵に届け出ましょう。盗賊が出たが、勝手に落馬して死んだ、と」
「勝手にって、旦那……」
信じられないと首を振っていた御者は、その場に残っていた3頭の馬を引いて、馬車の後ろにつないだ。
祟りが怖いと死体には手を触れない。おそらくは残った仲間からの「後の祟り」のことであろう。
「最近は盗賊が多いようですね?」
「へぇ。しばらく戦争がないもんで、食いっぱぐれた傭兵崩れが盗賊になっているんで」
「なるほど。そういうことですか。働こうという気持ちがないとは嘆かわしい」
マルチェル自身兵隊上がりであったが、ネルソンという後ろ盾のお陰で職を得た。しかし、仮に天涯孤独であったとしても、人を殺してまで放埓な生き方をしたいとは思わない。
「人殺しをするくらいならどぶ浚いでもした方が幸せに生きられると思いますよ」
「そういうもんですかね? なら、あっしらみたいな稼業でもましってことですかい」
「馬丁は立派な仕事ですよ。あなた方がいなければ世の中が回りませんからね」
人の通行、物資の運搬。いずれをとっても馬子や馬車がなければ成り立たない。そして、馬というのは実に繊細な生き物である。飼葉と水を与えておけば良いというものではない。
「へへっ、それじゃあ馬車を出しやすぜ。せいぜい揺れないように走ってまいりやす」
「次の町まではあとどれくらいでしょうか?」
「さて、残るは2時間てところでやしょう」
「それなら休憩なしで行けそうですね」
盗賊の襲撃が馬にとっては休息代わりになった。おまけに替え馬まで現れたので、備えは万全であった。
次の町までの2時間は順調な旅路となった。
(ステファノなら盗賊を殺さずに追い払ったのでしょうかね。さもありなん。追い払うステファノに、退治するわたしですか)
女を犯し、邪魔者を殺す盗賊たちの残忍さをマルチェルはよく知っている。見逃せば、また別の被害者を出すだけであった。
生かすのか殺すのか、これが正しいという一筋の道などマルチェルには見えない。
(せめて後悔の少ない道を選ぶのみですね。あの子の選んだ道が平坦であることを願いましょう)
そう祈って、マルチェルは馬車の揺れに身を任せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第314話 研究報告会、エントリー開始!」
ロイヤルウエディングの華やかな記憶が人々の脳裏から薄れた頃、王立アカデミーでは「研究報告会」の募集が始まった。
12月1日に開催される報告会には、10月1日から31日までにエントリーしたチームのみ参加が認められる。
新入生にとっては入学からわずか1、2ヵ月。評価に値するテーマ研究をまとめるのは至難の技であった。
大抵のものは3月の報告会を最初の機会と考える。
ステファノ以外で今年新入生からエントリーしたのは、トーマとステファノを擁する情報革命研究会と、ジロー・コリントの戦闘魔術研究会だけであった。
ジローの研究会は総勢3名すべてが新入生という顔ぶれであった。当然研究テーマは入学後に立てたものとなる。
……
◆お楽しみに。
残った3人はようやくマルチェルが恐るべき敵だということを理解した。馬をなだめて、マルチェルを囲みにかかる。馬に乗って武器を持った人間と素手で地上に立つ人間が戦えば、馬上の人間が必ず勝つ。
素手の人間が地上にいてくれればであるが。
盗賊が剣を抜くのを待って、マルチェルは助走もつけずに馬の尻に飛び乗った。
「何を?」
「ああ、懐かしい。昔はよくこうやって馬に乗ったものでした。ちょっと走りましょうか?」
言うや否や、マルチェルは馬腹を両足で蹴った。
興奮冷めやらぬ馬は矢のように走り出す。
「う、うわっ!」
剣を抜き、片手で手綱を握っていた盗賊はのけ反るところをマルチェルに支えられた。
「ほら、しっかり手綱を掴まないと、あなたも落ちますよ?」
目の前で3人も仲間が落馬している。男は剣を持ったまま手綱に手を戻そうとする。
マルチェルは男の肩に手をかけて、すいっと馬の尻の上に両足で立った。
「ああ、良い眺めですねえ。でも、もう飽きました」
馬を制御しようと必死の盗賊は、背後に立つマルチェルに何をすることもできない。
「それじゃあわたしは失礼しますね? 乗せてくれてありがとう」
男の頭を両手に挟んで捻りながら、マルチェルは馬の後方に飛び出した。
「うわあっ!」
この男も疾走する馬から引き落とされ、真後ろにゆっくりと回転しながら落馬した。
マルチェルは着地の勢いを走りながら吸収し、5メートルほど先で振り返った。
残る盗賊2人とは20メートルほど離れていた。
「おや、この人も首の骨を折りましたね? 最近の盗賊は馬の稽古をしていないんですか? 少しお稽古をつけてあげましょうか?」
にこにこと歩いて来るマルチェルを見て、男たちは顔を見合わせ、絶叫しながら退散した。
「ちくしょう! バケモンだ!」
「うわああ!」
「随分な言われようです。せっかく馬術の指導をしてあげるというのに。わたしは馬に乗れませんけどね」
あの程度の馬であればマルチェルの方が速いのであるが、そこまでして追い掛ける義理もなかった。
「通行の邪魔をしないなら、放っておきましょう」
戻ってみると、放り出しておいた盗賊のリーダーはまたもや馬に蹴られて瀕死の状態であった。他の3人は既に息がない。
「全員首の骨を折るとは、ついていませんね。乗馬の稽古を怠った報いでしょうか」
踏みつけた足の下で、何かがごきりと音を立てて壊れた。
「幸い全員街道を外れて倒れてくれましたね。これなら通行の邪魔にならないでしょう」
死体を片づける手間が省けて良かったと、マルチェルは服の汚れを払いながら独り言ちた。
「……旦那、盗賊の連中は?」
ようやくおずおずと御者が馬車の下から這い出して来た。騒ぎが始まって早々に身を隠していたのだ。
「4人落馬しましてね。2人は逃げました」
「こりゃあ一体……」
近寄った御者は4人の死体を見て、口をあんぐりと開けて固まった。
「次の町で衛兵に届け出ましょう。盗賊が出たが、勝手に落馬して死んだ、と」
「勝手にって、旦那……」
信じられないと首を振っていた御者は、その場に残っていた3頭の馬を引いて、馬車の後ろにつないだ。
祟りが怖いと死体には手を触れない。おそらくは残った仲間からの「後の祟り」のことであろう。
「最近は盗賊が多いようですね?」
「へぇ。しばらく戦争がないもんで、食いっぱぐれた傭兵崩れが盗賊になっているんで」
「なるほど。そういうことですか。働こうという気持ちがないとは嘆かわしい」
マルチェル自身兵隊上がりであったが、ネルソンという後ろ盾のお陰で職を得た。しかし、仮に天涯孤独であったとしても、人を殺してまで放埓な生き方をしたいとは思わない。
「人殺しをするくらいならどぶ浚いでもした方が幸せに生きられると思いますよ」
「そういうもんですかね? なら、あっしらみたいな稼業でもましってことですかい」
「馬丁は立派な仕事ですよ。あなた方がいなければ世の中が回りませんからね」
人の通行、物資の運搬。いずれをとっても馬子や馬車がなければ成り立たない。そして、馬というのは実に繊細な生き物である。飼葉と水を与えておけば良いというものではない。
「へへっ、それじゃあ馬車を出しやすぜ。せいぜい揺れないように走ってまいりやす」
「次の町まではあとどれくらいでしょうか?」
「さて、残るは2時間てところでやしょう」
「それなら休憩なしで行けそうですね」
盗賊の襲撃が馬にとっては休息代わりになった。おまけに替え馬まで現れたので、備えは万全であった。
次の町までの2時間は順調な旅路となった。
(ステファノなら盗賊を殺さずに追い払ったのでしょうかね。さもありなん。追い払うステファノに、退治するわたしですか)
女を犯し、邪魔者を殺す盗賊たちの残忍さをマルチェルはよく知っている。見逃せば、また別の被害者を出すだけであった。
生かすのか殺すのか、これが正しいという一筋の道などマルチェルには見えない。
(せめて後悔の少ない道を選ぶのみですね。あの子の選んだ道が平坦であることを願いましょう)
そう祈って、マルチェルは馬車の揺れに身を任せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第314話 研究報告会、エントリー開始!」
ロイヤルウエディングの華やかな記憶が人々の脳裏から薄れた頃、王立アカデミーでは「研究報告会」の募集が始まった。
12月1日に開催される報告会には、10月1日から31日までにエントリーしたチームのみ参加が認められる。
新入生にとっては入学からわずか1、2ヵ月。評価に値するテーマ研究をまとめるのは至難の技であった。
大抵のものは3月の報告会を最初の機会と考える。
ステファノ以外で今年新入生からエントリーしたのは、トーマとステファノを擁する情報革命研究会と、ジロー・コリントの戦闘魔術研究会だけであった。
ジローの研究会は総勢3名すべてが新入生という顔ぶれであった。当然研究テーマは入学後に立てたものとなる。
……
◆お楽しみに。
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