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第4章 魔術学園奮闘編
第312話 昔、良く馬に乗せてもらいましてね。懐かしいですね。
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「何だてめぇは? 動くんじゃねぇ!」
馬車から降りたマルチェルを見て、盗賊のリーダーが大喝した。
「一歩でも動いたら矢をお見舞いするぜ」
左端の男が弓を構えていた。
「いやあ、わたしの方からお話がありましてね。警戒しなくても、この通り丸腰ですよ?」
マルチェルは手のひらを見せて、肩の上に掲げた。
「話だと? だから、てめぇは何もんだ?」
たった1人で武器も持っていない相手などどうにでもなる。盗賊のリーダーはそう見たのであろう。手下を抑えて、自ら馬を進めてマルチェルに近寄った。
「お宝を差し上げようと思いましてね」
「お宝だぁ? 何を言っていやがる?」
手を上げたまま、マルチェルはにこやかに語りかける。
「いやあ、殺されてはかないませんので、とっておきのお宝をですね。おや? 良い馬ですね」
「あん? 何だと?」
マルチェルはすいと近づいて、馬の鼻面を撫でた。
「昔、良く馬に乗せてもらいましてね。懐かしいですね。はい、良い子だ、良い子だ」
鼻面をポンポンと叩いてやりながら、マルチェルは微妙に立ち位置を変え弓持ちと自分の間に馬が入るようにした。これでは矢は放てない。
万一、矢を射かけられたとしても馬車の方には飛ばない位置に立っていた。
「この野郎! 俺の馬にさわるんじゃねえ!」
盗賊は手綱を引こうとしたが、既にマルチェルの手が轡にかかっている。マルチェルはくいと手首を返して手綱の力が馬の口角を痛める方向に誘導した。
ひひーん!
突然の苦痛に馬は驚き、前脚を上げて首を振る。
盗賊は馬術の名手ではなかった。馬のパニックが伝染して、自分までパニックを起こし、思い切り手綱を引いてしまった。
さらなる苦痛に馬は完全に棹だって暴れた。鞍上の盗賊は地面と水平になり、投げ出される寸前になっている。
馬の体重は500キロ前後だ。そんなものが倒れる所に巻き込まれたら骨折はおろか、命の危険がある。
マルチェルは棹だつ馬体に体を寄せた。後ろ脚の足元に足をかけ、わずかに乱れたバランスの先へとんと両手で馬体を押し出した。
ほんの少しの傾きが生まれ、棹だった馬は本能的に後脚を踏み出してバランスを取ろうとした。
その足がマルチェルに邪魔されて動かせない。
馬は一層パニックになった。引っ掛けられた足を持ち上げて、逃れようとする。
その時に――。
「やああああっ!」
マルチェルが裂ぱくの気合を発した。武道の達人が腹の底から出した気合である。
馬の鼓膜を打ち破るほどの勢いで空気を振動させた。
馬は気の小さい動物である。特に大きな音には敏感だ。
戦場で働く軍馬は普段から大きな音に慣らす訓練を経て、ようやく一人前になる。
盗賊の乗馬はそんな訓練を受けてはいなかった。
突然の大声に驚き、全身が硬直した。唯一体を支えていた後脚がけいれんし、傾きながら地面を蹴ってしまう。
ひひーん!
悲痛な鳴き声を上げながら、馬はなすすべなく横倒しになった。盗賊を下敷きにして。
必死に立ち上がろうとして、馬は盗賊をさんざんに踏みつけた。
幸い馬には怪我がなかったものの、動顛したままにその場を走り去ってしまった。
後にはぼろ屑のようになった盗賊のリーダーが、地面にうごめいていた。
「あぁー。これはいかん! 怪我をしましたね? 手当をしなくては」
「う、ううう……」
「大丈夫ですか? 立てますか、あなた?」
盗賊は馬の蹄にかけられて肩を砕かれ、股関節を脱臼していた。
「これは大変だ。ほら、わたしの手につかまって。お仲間のところに行きましょう」
「ぐわっ! いてえ……」
「そっちの足は使えませんよ? 肩を貸しますから。片足で歩いて」
マルチェルは盗賊を助け、二人三脚のように進んで行った。
どうしてよいかわからず、おろおろした盗賊たちは馬上でそれを見ている。
「あなた! ほら、手を貸してください。馬に乗せましょう」
どうみてもリーダーは馬に乗れるような状態ではないのだが、声をかけられた盗賊は咄嗟に手を伸ばしてしまう。
それが弓持ちの男であった。
「危ない! 落ちますよ!」
また声を上げながら、マルチェルは弓持ちの手首を取って捻りながら引き下げた。
男のバランスがぐらりと崩れる。
落ちると思ったなら、馬を降りてしまえば良かったのだ。だが、「落ちますよ」と掛けられた声が頭に残っており、男は落ちまいと頑張ってしまった。
急激に手綱を引かれて、弓持ちの馬も前脚を持ち上げた。
その足元にふらふらのリーダーを投げ出しながら、マルチェルはまたも馬の轡を掴んで捻った。
見えない足元にどさりと重いものがぶつかって来て、馬は怯えた。
捻られた轡から受けた苦痛がさらに馬を動揺させる。またも馬はパニックに陥って棹だった。
こうなると馬上の弓持ちは体を支えることができない。マルチェルに引かれるままに地面へと落下した。
落ちまいとしながら落ちる状況ほど危ないものはない。弓持ちは受け身も取れずに頭から地面に激突した。
目の前での惨劇に、他の馬4頭が怯えて足並みを乱す。
「ああ、危ない、危ない! 落ちつきなさい! どう、どう」
隣の馬に近づき、マルチェルは馬をなだめた。首を振っていた馬は、ようやく落ちつきを取り戻し始めた。
「お、お前、何をした?」
ようやく騒ぎの元はマルチェルだと気づき、馬上の盗賊が剣を抜こうとした。
「馬が暴れちゃいましたねぇ。手綱から手を放すと危ないですよ?」
笑ってそう言いながら、マルチェルは鐙にかけた男の足首を両手で捻った。
足首を破壊された男は、絶叫しながら体をかがめて足首に手を伸ばす。
「だから、危ないと言っているのに。落ちますよ?」
マルチェルは伸ばした手を掴み、捻りながら引き落とす。その男も地面に落ちて首の骨を折った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第313話 ああ、良い眺めですねえ。でも、もう飽きました。」
「ちくしょう! こいつのせいだ!」
残った3人はようやくマルチェルが恐るべき敵だということを理解した。馬をなだめて、マルチェルを囲みにかかる。馬に乗って武器を持った人間と素手で地上に立つ人間が戦えば、馬上の人間が必ず勝つ。
素手の人間が地上にいてくれればであるが。
盗賊が剣を抜くのを待って、マルチェルは助走もつけずに馬の尻に飛び乗った。
「何を?」
「ああ、懐かしい。昔はよくこうやって馬に乗ったものでした。ちょっと走りましょうか?」
言うや否や、マルチェルは馬腹を両足で蹴った。
興奮冷めやらぬ馬は矢のように走り出す。
「う、うわっ!」
……
◆お楽しみに。
馬車から降りたマルチェルを見て、盗賊のリーダーが大喝した。
「一歩でも動いたら矢をお見舞いするぜ」
左端の男が弓を構えていた。
「いやあ、わたしの方からお話がありましてね。警戒しなくても、この通り丸腰ですよ?」
マルチェルは手のひらを見せて、肩の上に掲げた。
「話だと? だから、てめぇは何もんだ?」
たった1人で武器も持っていない相手などどうにでもなる。盗賊のリーダーはそう見たのであろう。手下を抑えて、自ら馬を進めてマルチェルに近寄った。
「お宝を差し上げようと思いましてね」
「お宝だぁ? 何を言っていやがる?」
手を上げたまま、マルチェルはにこやかに語りかける。
「いやあ、殺されてはかないませんので、とっておきのお宝をですね。おや? 良い馬ですね」
「あん? 何だと?」
マルチェルはすいと近づいて、馬の鼻面を撫でた。
「昔、良く馬に乗せてもらいましてね。懐かしいですね。はい、良い子だ、良い子だ」
鼻面をポンポンと叩いてやりながら、マルチェルは微妙に立ち位置を変え弓持ちと自分の間に馬が入るようにした。これでは矢は放てない。
万一、矢を射かけられたとしても馬車の方には飛ばない位置に立っていた。
「この野郎! 俺の馬にさわるんじゃねえ!」
盗賊は手綱を引こうとしたが、既にマルチェルの手が轡にかかっている。マルチェルはくいと手首を返して手綱の力が馬の口角を痛める方向に誘導した。
ひひーん!
突然の苦痛に馬は驚き、前脚を上げて首を振る。
盗賊は馬術の名手ではなかった。馬のパニックが伝染して、自分までパニックを起こし、思い切り手綱を引いてしまった。
さらなる苦痛に馬は完全に棹だって暴れた。鞍上の盗賊は地面と水平になり、投げ出される寸前になっている。
馬の体重は500キロ前後だ。そんなものが倒れる所に巻き込まれたら骨折はおろか、命の危険がある。
マルチェルは棹だつ馬体に体を寄せた。後ろ脚の足元に足をかけ、わずかに乱れたバランスの先へとんと両手で馬体を押し出した。
ほんの少しの傾きが生まれ、棹だった馬は本能的に後脚を踏み出してバランスを取ろうとした。
その足がマルチェルに邪魔されて動かせない。
馬は一層パニックになった。引っ掛けられた足を持ち上げて、逃れようとする。
その時に――。
「やああああっ!」
マルチェルが裂ぱくの気合を発した。武道の達人が腹の底から出した気合である。
馬の鼓膜を打ち破るほどの勢いで空気を振動させた。
馬は気の小さい動物である。特に大きな音には敏感だ。
戦場で働く軍馬は普段から大きな音に慣らす訓練を経て、ようやく一人前になる。
盗賊の乗馬はそんな訓練を受けてはいなかった。
突然の大声に驚き、全身が硬直した。唯一体を支えていた後脚がけいれんし、傾きながら地面を蹴ってしまう。
ひひーん!
悲痛な鳴き声を上げながら、馬はなすすべなく横倒しになった。盗賊を下敷きにして。
必死に立ち上がろうとして、馬は盗賊をさんざんに踏みつけた。
幸い馬には怪我がなかったものの、動顛したままにその場を走り去ってしまった。
後にはぼろ屑のようになった盗賊のリーダーが、地面にうごめいていた。
「あぁー。これはいかん! 怪我をしましたね? 手当をしなくては」
「う、ううう……」
「大丈夫ですか? 立てますか、あなた?」
盗賊は馬の蹄にかけられて肩を砕かれ、股関節を脱臼していた。
「これは大変だ。ほら、わたしの手につかまって。お仲間のところに行きましょう」
「ぐわっ! いてえ……」
「そっちの足は使えませんよ? 肩を貸しますから。片足で歩いて」
マルチェルは盗賊を助け、二人三脚のように進んで行った。
どうしてよいかわからず、おろおろした盗賊たちは馬上でそれを見ている。
「あなた! ほら、手を貸してください。馬に乗せましょう」
どうみてもリーダーは馬に乗れるような状態ではないのだが、声をかけられた盗賊は咄嗟に手を伸ばしてしまう。
それが弓持ちの男であった。
「危ない! 落ちますよ!」
また声を上げながら、マルチェルは弓持ちの手首を取って捻りながら引き下げた。
男のバランスがぐらりと崩れる。
落ちると思ったなら、馬を降りてしまえば良かったのだ。だが、「落ちますよ」と掛けられた声が頭に残っており、男は落ちまいと頑張ってしまった。
急激に手綱を引かれて、弓持ちの馬も前脚を持ち上げた。
その足元にふらふらのリーダーを投げ出しながら、マルチェルはまたも馬の轡を掴んで捻った。
見えない足元にどさりと重いものがぶつかって来て、馬は怯えた。
捻られた轡から受けた苦痛がさらに馬を動揺させる。またも馬はパニックに陥って棹だった。
こうなると馬上の弓持ちは体を支えることができない。マルチェルに引かれるままに地面へと落下した。
落ちまいとしながら落ちる状況ほど危ないものはない。弓持ちは受け身も取れずに頭から地面に激突した。
目の前での惨劇に、他の馬4頭が怯えて足並みを乱す。
「ああ、危ない、危ない! 落ちつきなさい! どう、どう」
隣の馬に近づき、マルチェルは馬をなだめた。首を振っていた馬は、ようやく落ちつきを取り戻し始めた。
「お、お前、何をした?」
ようやく騒ぎの元はマルチェルだと気づき、馬上の盗賊が剣を抜こうとした。
「馬が暴れちゃいましたねぇ。手綱から手を放すと危ないですよ?」
笑ってそう言いながら、マルチェルは鐙にかけた男の足首を両手で捻った。
足首を破壊された男は、絶叫しながら体をかがめて足首に手を伸ばす。
「だから、危ないと言っているのに。落ちますよ?」
マルチェルは伸ばした手を掴み、捻りながら引き落とす。その男も地面に落ちて首の骨を折った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第313話 ああ、良い眺めですねえ。でも、もう飽きました。」
「ちくしょう! こいつのせいだ!」
残った3人はようやくマルチェルが恐るべき敵だということを理解した。馬をなだめて、マルチェルを囲みにかかる。馬に乗って武器を持った人間と素手で地上に立つ人間が戦えば、馬上の人間が必ず勝つ。
素手の人間が地上にいてくれればであるが。
盗賊が剣を抜くのを待って、マルチェルは助走もつけずに馬の尻に飛び乗った。
「何を?」
「ああ、懐かしい。昔はよくこうやって馬に乗ったものでした。ちょっと走りましょうか?」
言うや否や、マルチェルは馬腹を両足で蹴った。
興奮冷めやらぬ馬は矢のように走り出す。
「う、うわっ!」
……
◆お楽しみに。
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