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第4章 魔術学園奮闘編
第311話 ロイヤルウエディング。
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「お兄様、お久しぶりです」
「久しぶりだな、ソフィー」
ネルソンとソフィアの兄妹が、顔を合わせていた。
いつもなら傍らに侍っているはずの侍女の姿がない。
人払いをしたギルモア本家の一室であった。
「お前がここにいるということは、準備はすべて整ったのだな?」
「もちろんです。婚礼の儀は3日後と本日発表されます」
「3日後だと? それはまた急だな。アナスターシャ殿下の移動は間に合うのか?」
「実は既に極秘裏にご移動中です。恋のためなら旅のつらさなど何でもないとおっしゃって」
さすがに1週間の先触れが必要だろうと想像していたネルソンは、婚礼に至る段取りの電撃ぶりに驚きを隠さない。
「思いを寄せ合う王子と王女、それ以外婚礼に必要なものなどありません!」
「ご本人同士は良いだろうが、周りは納得しないだろう」
「王国側は十分に根回し済みです。多少の苦情はありましたが、国王陛下がお認めになった以上表立って文句をいうものなどおりませんわ」
婚礼が正式なものとなってしまえば、誰も文句のつけようがない。それをすれば王家に対する不敬罪となる。
「公国側はそれで収まるのか?」
「そこは工夫しました」
ソフィアは得意気に胸を張った。
「後日、公国でも盛大な婚礼を執り行います」
「2度式を行うのか?」
「それぞれの国民にとっては1度ですわ」
そう言われればそうであったが、短期間に2度の結婚式を行うとは念の入ったことであった。
「2度やることに意味があるのか?」
「もちろんです。まず、最初の式を挙げるまではジュリアーノ殿下の御身に危険があります」
婚姻阻止を諦めきれない不穏分子が、王子暗殺を仕掛ける可能性があった。
「ですから準備の機会を与えぬよう、王国側で素早く婚礼を執り行います」
「確かに3日後のことでは仕掛ける暇さえあるまい」
「その分、公国側のゲストを呼ぶ余裕もありませんので、もう1度式を行う必要があるのです」
王国側で式を挙げてしまえば2人は夫婦である。ジュリアーノ王子を襲う意味はその時点でなくなる。
公国での式はしっかり準備の上開けばよかった。
「何よりですよ、公国で挙式するとなればアナスターシャ殿下の周辺は今日からその準備に忙殺されるでしょう」
「なるほど。3日の間に暗殺を仕掛けようなどと考える暇もないか」
「そういうことです。小人閑居して不善を為すと申すそうですよ?」
「忙しくさせてやれば良いということか。ふふふ」
公にしてしまえば公女の婚礼である。国を挙げての慶事であった。
そもそも「めでたい話」なのだ。国中がロイヤルロマンスを想ってバラ色に染まる中、暗殺を考える心も起きるまい。アナスターシャ殿下の幸せを願う気持ちはどこかにあろう。
「うむ。悪事を企む心をくじく。見事な戦略であったな」
「宮中行事のことでしたら誰にも後れは取りません。政の半分はパーティーの席で行うものでございましょう?」
「まことにな。剣を取っての争いごとなどより、余程上等だ」
ネルソンは妹が自ら入れた紅茶でのどを潤した。
「鼬の巣は見つけてある。世間が忘れた頃に巣ごと潰させよう」
「そうですね。王族を害そうなどと大それたことを考える鼬は見逃す価値もありません」
目を伏せたままソフィアは静かに言った。
「うむ。マルチェルがな、直接始末に当たると言って公国に向かっている。鴉に戻って潜入するそうだ」
「そうですか。商会から番頭をお借りして恐縮ですが、どこにいてもわたくしの騎士なのでご勘弁くださいませ」
「お前のことで腹を立てたアレには誰も近づけんのでな。行かせてやるのが一番得策だと判断した」
「まあ、まあ、マルチェルったらお兄様にご心配をかけるなんて……。でもマルチェルが行ってくれたなら安心ですわ」
ほんわりとした口調であったが、ソフィアの瞳の奥には溶けない氷のようなものがのぞいていた。
「いささか鼬に同情するよ。獅子の庭先でいたずらをした報いを知るだろう」
ネルソンは唇の端をつり上げた。
◆◆◆
「うわ、いけねえ! お客さんたち、覚悟してくだせぇ。盗賊が出ちまった」
「な、何だと?」
「え? え? どうしたら良いの?」
御者の声を聞いて駅馬車の乗客たちはパニックを起こした。みぐるみをはがれ、女はさらわれるかもしれない。
「助かりたければ逆らわねぇことで。……好きなようにさせたら、命までは取らねぇでしょう」
御者の声は諦観に満ちていた。過去にも盗賊に襲われたことがあるのだろう。
逆らわなければ御者の命まで奪われることはない。
「おい! 逃げきれないのか?」
商人らしい太めの男が怒鳴って来るが、御者は投げやりに答えた。
「勘弁しておくんなせぇ。こんな馬車で逃げ切れるもんじゃねぇんで。こっちの命がなくなりやす」
御者は馬のスピードを落として馬車を道のわきに寄せ始めた。
「盗賊は何人見えますか?」
今まで静かに座っていた初老の男が御者に尋ねた。
「へぇ。馬に乗った奴らが6人、道を塞いでおりやす」
「道の周りに隠れるような場所は?」
「いえ。野中の一本道で、ネズミ一匹隠れる場所はありやせん」
「そうですか。ならば結構。わたしが降りて話をしてきましょう」
男は事も無げに言った。
「旦那、目立つことはやめなせぇ。弓持ちも1人いやす。近づく前に矢が飛んできやすぜ」
「何、心配せずともまだ老眼は始まっていませんよ?」
「え? 何のことで」
停車した馬車から降り立ったのは、旅姿のマルチェルであった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第312話 昔、良く馬に乗せてもらいましてね。懐かしいですね。」
「何だてめぇは? 動くんじゃねぇ!」
馬車から降りたマルチェルを見て、盗賊のリーダーが大喝した。
「一歩でも動いたら矢をお見舞いするぜ」
左端の男が弓を構えていた。
「いやあ、わたしの方からお話がありましてね。警戒しなくても、この通り丸腰ですよ?」
マルチェルは手のひらを見せて、肩の上に掲げた。
「話だと? だから、てめぇは何もんだ?」
たった1人で武器も持っていない相手などどうにでもなる。盗賊のリーダーはそう見たのであろう。手下を抑えて、自ら馬を進めてマルチェルに近寄った。
……
◆お楽しみに。
「久しぶりだな、ソフィー」
ネルソンとソフィアの兄妹が、顔を合わせていた。
いつもなら傍らに侍っているはずの侍女の姿がない。
人払いをしたギルモア本家の一室であった。
「お前がここにいるということは、準備はすべて整ったのだな?」
「もちろんです。婚礼の儀は3日後と本日発表されます」
「3日後だと? それはまた急だな。アナスターシャ殿下の移動は間に合うのか?」
「実は既に極秘裏にご移動中です。恋のためなら旅のつらさなど何でもないとおっしゃって」
さすがに1週間の先触れが必要だろうと想像していたネルソンは、婚礼に至る段取りの電撃ぶりに驚きを隠さない。
「思いを寄せ合う王子と王女、それ以外婚礼に必要なものなどありません!」
「ご本人同士は良いだろうが、周りは納得しないだろう」
「王国側は十分に根回し済みです。多少の苦情はありましたが、国王陛下がお認めになった以上表立って文句をいうものなどおりませんわ」
婚礼が正式なものとなってしまえば、誰も文句のつけようがない。それをすれば王家に対する不敬罪となる。
「公国側はそれで収まるのか?」
「そこは工夫しました」
ソフィアは得意気に胸を張った。
「後日、公国でも盛大な婚礼を執り行います」
「2度式を行うのか?」
「それぞれの国民にとっては1度ですわ」
そう言われればそうであったが、短期間に2度の結婚式を行うとは念の入ったことであった。
「2度やることに意味があるのか?」
「もちろんです。まず、最初の式を挙げるまではジュリアーノ殿下の御身に危険があります」
婚姻阻止を諦めきれない不穏分子が、王子暗殺を仕掛ける可能性があった。
「ですから準備の機会を与えぬよう、王国側で素早く婚礼を執り行います」
「確かに3日後のことでは仕掛ける暇さえあるまい」
「その分、公国側のゲストを呼ぶ余裕もありませんので、もう1度式を行う必要があるのです」
王国側で式を挙げてしまえば2人は夫婦である。ジュリアーノ王子を襲う意味はその時点でなくなる。
公国での式はしっかり準備の上開けばよかった。
「何よりですよ、公国で挙式するとなればアナスターシャ殿下の周辺は今日からその準備に忙殺されるでしょう」
「なるほど。3日の間に暗殺を仕掛けようなどと考える暇もないか」
「そういうことです。小人閑居して不善を為すと申すそうですよ?」
「忙しくさせてやれば良いということか。ふふふ」
公にしてしまえば公女の婚礼である。国を挙げての慶事であった。
そもそも「めでたい話」なのだ。国中がロイヤルロマンスを想ってバラ色に染まる中、暗殺を考える心も起きるまい。アナスターシャ殿下の幸せを願う気持ちはどこかにあろう。
「うむ。悪事を企む心をくじく。見事な戦略であったな」
「宮中行事のことでしたら誰にも後れは取りません。政の半分はパーティーの席で行うものでございましょう?」
「まことにな。剣を取っての争いごとなどより、余程上等だ」
ネルソンは妹が自ら入れた紅茶でのどを潤した。
「鼬の巣は見つけてある。世間が忘れた頃に巣ごと潰させよう」
「そうですね。王族を害そうなどと大それたことを考える鼬は見逃す価値もありません」
目を伏せたままソフィアは静かに言った。
「うむ。マルチェルがな、直接始末に当たると言って公国に向かっている。鴉に戻って潜入するそうだ」
「そうですか。商会から番頭をお借りして恐縮ですが、どこにいてもわたくしの騎士なのでご勘弁くださいませ」
「お前のことで腹を立てたアレには誰も近づけんのでな。行かせてやるのが一番得策だと判断した」
「まあ、まあ、マルチェルったらお兄様にご心配をかけるなんて……。でもマルチェルが行ってくれたなら安心ですわ」
ほんわりとした口調であったが、ソフィアの瞳の奥には溶けない氷のようなものがのぞいていた。
「いささか鼬に同情するよ。獅子の庭先でいたずらをした報いを知るだろう」
ネルソンは唇の端をつり上げた。
◆◆◆
「うわ、いけねえ! お客さんたち、覚悟してくだせぇ。盗賊が出ちまった」
「な、何だと?」
「え? え? どうしたら良いの?」
御者の声を聞いて駅馬車の乗客たちはパニックを起こした。みぐるみをはがれ、女はさらわれるかもしれない。
「助かりたければ逆らわねぇことで。……好きなようにさせたら、命までは取らねぇでしょう」
御者の声は諦観に満ちていた。過去にも盗賊に襲われたことがあるのだろう。
逆らわなければ御者の命まで奪われることはない。
「おい! 逃げきれないのか?」
商人らしい太めの男が怒鳴って来るが、御者は投げやりに答えた。
「勘弁しておくんなせぇ。こんな馬車で逃げ切れるもんじゃねぇんで。こっちの命がなくなりやす」
御者は馬のスピードを落として馬車を道のわきに寄せ始めた。
「盗賊は何人見えますか?」
今まで静かに座っていた初老の男が御者に尋ねた。
「へぇ。馬に乗った奴らが6人、道を塞いでおりやす」
「道の周りに隠れるような場所は?」
「いえ。野中の一本道で、ネズミ一匹隠れる場所はありやせん」
「そうですか。ならば結構。わたしが降りて話をしてきましょう」
男は事も無げに言った。
「旦那、目立つことはやめなせぇ。弓持ちも1人いやす。近づく前に矢が飛んできやすぜ」
「何、心配せずともまだ老眼は始まっていませんよ?」
「え? 何のことで」
停車した馬車から降り立ったのは、旅姿のマルチェルであった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第312話 昔、良く馬に乗せてもらいましてね。懐かしいですね。」
「何だてめぇは? 動くんじゃねぇ!」
馬車から降りたマルチェルを見て、盗賊のリーダーが大喝した。
「一歩でも動いたら矢をお見舞いするぜ」
左端の男が弓を構えていた。
「いやあ、わたしの方からお話がありましてね。警戒しなくても、この通り丸腰ですよ?」
マルチェルは手のひらを見せて、肩の上に掲げた。
「話だと? だから、てめぇは何もんだ?」
たった1人で武器も持っていない相手などどうにでもなる。盗賊のリーダーはそう見たのであろう。手下を抑えて、自ら馬を進めてマルチェルに近寄った。
……
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