飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
310 / 671
第4章 魔術学園奮闘編

第310話 チャレンジの結果。

しおりを挟む
 薬草の基礎は論文が認められて、ステファノのチャレンジは成功した。合格通知を手にしたステファノは、しかし、喜ぶよりもとまどっていた。

(今回の論文では、テーマから外れたことを書いてしまったと思うんだが……)

 症状に対する処方として、薬ではなく食生活とそれを支えるべき地域社会のあり方に踏み込んでいた。
 ステファノとしては「対処法」として正しいと信じていたが、「解答」として正しいとは言えなかった。

(クランド先生は俺の意図を汲み取ってくれたのだろうが、これで修了できるほど俺は薬草のことを知らない)

 ステファノはこの科目についても履修を続け、正しい知識を学ぶことにした。

 この科目を最後にすべての講義についてチャレンジの結果が出た。ステファノは全13科目の内、11科目でチャレンジを成功させた。必修科目である魔術学科については5科目すべて合格である。
 その他、受けてもいない中級、上級の単位まで修了資格を得た科目があった。呪文詠唱、魔術発動体、魔力操作の3つである。

 結果、卒業に必要な必修科目54単位の内11単位を1学期初めに得ることができた。

 数だけ見れば決して多いとは言えないが、学校デビューから始めた人間にしてはこの上なく順調なスタートであった。

 これに研究報告会でのポイントを上乗せできれば、1年程度での卒業資格獲得という目標に近づけそうだ。

(どうやらマリアンヌ学科長は俺に早く出て行ってもらいたいようだしね)

 厄介払いしたいのであろうが、こちらと利害は一致している。うまく利用させてもらうべきだろうと、ステファノは考えた。

 ステファノは鉄粉を利用した魔道具製作について論文をまとめている。魔力付与に器の大きさは制約とならないという事実を中心に据えた、常識を覆す内容である。
 魔核マジコアの利用という「秘伝」を秘匿しつつ、直径1ミリにも満たない鉄粉1粒に魔術が籠められることを論証していた。

 何しろ実際に魔道具にした鉄粉を見せられるのだ。これほど強い論証はない。

 ステファノは知らなかったが、既にその実証レベルは魔道具製作講座の上級を満足する内容であった。

(2学期は魔道具製作、錬金術、魔獣学あたりの魔術学科科目を集中的に取ろう)

 学校というものにも慣れてきた。何よりも図書館の利用方法を知ったことは、大きな収穫であった。

(一般学科の内容は卒業してからでも学ぶことができる。俺の強みは魔術だ)

 ネルソンたちの私塾でステファノが講師を務めることになるのかは定かでない。しかし、「人を指導することがあるとしたら」それは魔法についてであろうと、ステファノは想像した。

(アカデミーで俺が為すべきことは、魔法の体系化だ。この世界の人間に魔法を学ばせる方法論の開発だ)

 それは異世界人であるヨシズミにはできないことかもしれない。ガル師が弟子を教えられない・・・・・・という状況に近かった。

 彼我の差が大きすぎて、「こうすれば良い」というアドバイスができないのだ。

(ドリーさんに出会えたことは幸運だった。「普通の」魔術的方法論とオレの魔法との違いを、細かく確認できる。ドリーさんが魔法を学べるなら、他の魔術師にも学べるだろう)

 ドイル先生流に言うならば、これも「達成者アチーバー」の能力なのであろうか。

(師匠は炎さえ出さずに、鍋の中身を温めることができる。火を燃やした結果だけを呼び出すのだと言っていた。それに比べれば俺の因力オーダー制御はまだまだ粗い)

 ステファノが研究室で仕込んだかまどの魔道具は、種火の術を籠めた物だ。実際の炎を出して鍋や釜を温める。
 鍋の中身だけを温めるためには、構成要素である「対象」をより精度高く指定しなければならない。「態様」も「炎を出す」という直接的な現象でなく、「水分子」の振動を大きくするなどと指定することになる。

 そこまで魔法の精度を上げるには、ステファノ自身がこの世界の水準を超えて「科学」を知らなければならない。

 今はまだ、そこまでできなくて良い。ステファノ自身が発展途上なのだから。

(アカデミーを出たら、もう一度師匠に弟子入りだ。魔術の「いろは」を知った上で魔法を基礎から教えてもらおう)

 今の自分は1カ月前の自分とは違う。1年後の自分なら更に世界の秘密に近づいているはずだ。ステファノはそう確信していた。

 ◆◆◆

 水曜の夜、ステファノは第2試射場でギフトを磨いていた。

(イドの知覚……大分広がって来た)

 能力が向上したというよりも知覚に慣れて来た感じであった。方向を定めなければ半径30メートル、方向を絞れば60メートルまで魔視の範囲は広がった。
 対象のイドをキャッチできれば魔核マジコアを重ねることができる。その時距離は意味をなくす。

(まるで目の前にあるような……)

 対象のイドに魔視の焦点を合わせると、ズームアップしたように対象の詳細が「視界に」広がる。

(いずれ、距離に関係なく対象に焦点を合わせられるようになるのだろうか?)

 参考にしたガル師流の魔力探知は、「人間」を探知する目的に使えることがわかった。試射場の標的はこの方法では捉えられない。
 ふと思いついてドリーさんを魔視の対象として意識したら、「陽気イドソナー」にくっきりと反応が返って来た。

 確かにあの時ガル師は盗賊の潜伏場所を探そうとしていた。対人戦闘を目的とするなら、この手法は有効だろう。

 試みに試射場の外まで探知のエリアを広げてみると、壁の存在を無視して半径30メートル以内にいる人間を探知できた。

(考えたくないけど、人から追われた時に役立ちそうだな。隠れた人間でも探知できるのは心強い)

 ルネッサンスを追求する立場となれば既存の権力者と敵対する場面が出てくるであろう。ヨシズミが警告する武力衝突は避けられるなら避けたい。だが、備えないわけにはいかない。

 自分だけのことではない。大切な人たちを守るために、身を守る手段が必要であった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第311話 ロイヤルウエディング。」

「お兄様、お久しぶりです」
「久しぶりだな、ソフィー」

 ネルソンとソフィアの兄妹が、久しぶりに顔を合わせていた。
 いつもなら傍らに侍っているはずの侍女の姿がない。

 人払いをしたギルモア本家の一室であった。

「お前がここにいるということは、準備はすべて整ったのだな?」
「もちろんです。婚礼の儀は3日後と本日発表されます」
「3日後だと? それはまた急だな。アナスターシャ殿下の移動は間に合うのか?」
「実は既に極秘裏にご移動中です。恋のためなら旅のつらさなど何でもないとおっしゃって」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

処理中です...