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第4章 魔術学園奮闘編
第308話 爆発させれば気流を吹き飛ばせるかもしれませんね。
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「む。これは……『迅雷の滝』か?」
ドリーは師と仰ぐガル師の秘術を連想した。
「違います。これでは人は死にません」
術を解いたステファノは、杖を納めてそう言った。
「雷気の強さが違います。せいぜい気を失わせる程度でしょう」
「そうか。そのままでは広がらないので、水の助けを借りたのだな」
そもそも大気中を雷が走るのは、とてつもない電位差が生じているせいである。電圧が弱まれば大気中を流すことなどできない。
それに対して水は大気よりはるかに電流を流しやすい。弱めた雷気でも術として成り立つことになる。
「座れ。もう一度検討しよう」
新術披露の後には検討会がつきものである。3人は再び椅子に座って向き合った。
「今のもメシヤ流の秘伝なんだな?」
「そうだ。同じく口外無用だぞ」
「ああ、別に構わんが、水の制御が細かかったな」
デリックが感想を述べた。彼にはドリーが受けるような「生物」のビジョンはないが、それにしても水の動きが生々しかった。
「ステファノのイメージだ。なぜか蛇と相性が良いらしくてな。蛇のイメージで術を使うことが多い」
「ああ。それでしつこいというのか」
古今東西、蛇は生命力の強さから執念深い生き物とみなされている。
「わたしの目には立ち昇った龍が翼を広げたように見えたな」
「雷瀑布を広げる時ですね。なるほど」
「複合魔術にすることで、術の有効範囲を広げたわけだ」
「狙いはそこです。敵の数が多い時に使えないかと」
ドリーとデリックの言葉に、ステファノはそれぞれ答えた。
「実戦で使えそうだな。迅雷の滝同様、細かい狙いは必要ない」
「ああ、確かに。滝で覆ってしまえば、面で制圧できるな」
迅雷の滝は鎧や剣など、敵が持つ武器防具の金気に引かれて着弾する。一方、雷瀑布はそれすら必要としない。範囲内にあるものすべてが感電するだろう。
「ふうむ。対抗手段はどうだ? 五行説なら『火剋金』というところか」
「五行相克か。水を蒸発させることはできそうだが……。雷に効くかな?」
「爆発させれば気流を吹き飛ばせるかもしれませんね」
自然界なら雷雲があってこその雷である。上昇気流を乱し、雷雲を吹き飛ばしてしまえば雷も消える道理だ。
「なるほどな。できそうに思えるが、かなりの魔力が必要だな」
「同じように範囲魔術をぶつけなければ、消えない部分が残るし」
「うむ、面倒くさいな」
「ああ、面倒くさい術だ」
ドリーとデリックは眉を寄せて顔を見合わせた。
「水を吹き飛ばすには、風魔術をぶつけても良いのだな」
「だが、雷自体は残るはずだ。範囲魔術ではなくなるがな」
術の起点である魔術円の中心では雷魔術は有効である。着弾点に立っている敵は打ち倒されるだろう。
「そう考えると、火剋金の相剋の方が効果がありそうだな」
「だが、爆発させるとなると自分たちが危ないぞ」
「爆風の向きを調整しないといけませんね」
地に伏せながら上空に向けて爆発させるような使い方が必要だった。
例のない術だけに、談論風発して大いに盛り上がった。
◆◆◆
その夜、寮に戻ると教務課からメモが入っていた。
商業簿記入門についてのチャレンジを成功と認め、修了単位を認定するという内容であった。
一方、スノーデン王国史初級と万能科学総論についてはチャレンジ失敗とされていた。
(うん。そんな所かな。納得できる)
王国史と万能科学総論については、立場上どうしても掘り下げきれない部分があった。自分が魔力とギフトの両持ちであることを明かさないと、ある所から論が進められないのだ。
どちらの学科も広く役に立つ知識を得られるので、履修を続けるのに異論はない。
それは商業簿記入門についても同じであった。合格はもらったものの、ステファノは将来のためにこの講義を受け続けることにした。
これでチャレンジの結果が出ていない授業は、薬草の基礎のみとなった。
(何にしても、チャレンジ・テーマの提出が全部終わってすっきりしたよ。これで落ちついて研究に集中できる)
その夜は、トーマから渡された鉄粉に魔力を籠める実験に夢中になった。もちろん手拭いで口元を覆うことを忘れない。
小皿に数粒の鉄粉を置き、魔視でイドを探る。
今までは感覚的に、対象物がまとう陽気と自分の陽気を溶け込ませ、練り合わせていた。
しかし、魔核というものの魔術的な意味を知った今は、対象物の陽気に自分が生み出す魔核を埋め込む意識で向かい合った。
無意識に行っていた作業に意味を与え、魔術的なイメージをより濃いものにする。
魔力付与に当たっては、魔核の表面を陽気が覆うように配置し、対象物の陽気に溶け込みやすくしてやる。
これを意識すると、以前よりはるかに容易に魔力を付与できると知った。
(まるで抵抗がないじゃないか。フライパンにバターを置いたように溶けて行く)
鉄粉の大きさは、予想通り何の障害にもならなかった。そもそも物理的に物質を扱っているわけではないのだ。陽気と陰気の間には「宇宙」がある。大きさが足りないことなどあり得ないのだった。
籠めるべき術は魔術円として魔核に格納する。インデックスを記録することにより、即座に術展開を可能としていた。
ステファノ自身の陽気を発動キーとすることで、術の権限者を自身に固定し、誤発動や乗っ取りに対する備えとした。
(魔道具に籠めるのは弱い魔術に限定しよう。強い攻撃魔術を籠めるのはもっと研究が進んでからだ)
ステファノにしては慎重に、当面の用途を限定することにした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第309話 ステファノ魔道具を身にまとう。」
(灯の術、種火の術、微風の術……。ほんの小さなことで生活が楽になる)
ステファノは鉄粉1粒に1つの術を籠めた。それをあらかじめ切り分けて置いた1センチ四方の布に糊づけする。
糊が乾くのを待って、皮手袋の指先に内側から縫いつけた。
親指に「清水の術」。
人差し指に「種火の術」。
中指に「小雷気の術」。
薬指に「微風の術」。
小指に「灯の術」。
これを両手の手袋に仕込んだ。
(魔術発動は禁止されているが、魔道具使用は自由だ。……持っていればだけど)
……
◆お楽しみに。
ドリーは師と仰ぐガル師の秘術を連想した。
「違います。これでは人は死にません」
術を解いたステファノは、杖を納めてそう言った。
「雷気の強さが違います。せいぜい気を失わせる程度でしょう」
「そうか。そのままでは広がらないので、水の助けを借りたのだな」
そもそも大気中を雷が走るのは、とてつもない電位差が生じているせいである。電圧が弱まれば大気中を流すことなどできない。
それに対して水は大気よりはるかに電流を流しやすい。弱めた雷気でも術として成り立つことになる。
「座れ。もう一度検討しよう」
新術披露の後には検討会がつきものである。3人は再び椅子に座って向き合った。
「今のもメシヤ流の秘伝なんだな?」
「そうだ。同じく口外無用だぞ」
「ああ、別に構わんが、水の制御が細かかったな」
デリックが感想を述べた。彼にはドリーが受けるような「生物」のビジョンはないが、それにしても水の動きが生々しかった。
「ステファノのイメージだ。なぜか蛇と相性が良いらしくてな。蛇のイメージで術を使うことが多い」
「ああ。それでしつこいというのか」
古今東西、蛇は生命力の強さから執念深い生き物とみなされている。
「わたしの目には立ち昇った龍が翼を広げたように見えたな」
「雷瀑布を広げる時ですね。なるほど」
「複合魔術にすることで、術の有効範囲を広げたわけだ」
「狙いはそこです。敵の数が多い時に使えないかと」
ドリーとデリックの言葉に、ステファノはそれぞれ答えた。
「実戦で使えそうだな。迅雷の滝同様、細かい狙いは必要ない」
「ああ、確かに。滝で覆ってしまえば、面で制圧できるな」
迅雷の滝は鎧や剣など、敵が持つ武器防具の金気に引かれて着弾する。一方、雷瀑布はそれすら必要としない。範囲内にあるものすべてが感電するだろう。
「ふうむ。対抗手段はどうだ? 五行説なら『火剋金』というところか」
「五行相克か。水を蒸発させることはできそうだが……。雷に効くかな?」
「爆発させれば気流を吹き飛ばせるかもしれませんね」
自然界なら雷雲があってこその雷である。上昇気流を乱し、雷雲を吹き飛ばしてしまえば雷も消える道理だ。
「なるほどな。できそうに思えるが、かなりの魔力が必要だな」
「同じように範囲魔術をぶつけなければ、消えない部分が残るし」
「うむ、面倒くさいな」
「ああ、面倒くさい術だ」
ドリーとデリックは眉を寄せて顔を見合わせた。
「水を吹き飛ばすには、風魔術をぶつけても良いのだな」
「だが、雷自体は残るはずだ。範囲魔術ではなくなるがな」
術の起点である魔術円の中心では雷魔術は有効である。着弾点に立っている敵は打ち倒されるだろう。
「そう考えると、火剋金の相剋の方が効果がありそうだな」
「だが、爆発させるとなると自分たちが危ないぞ」
「爆風の向きを調整しないといけませんね」
地に伏せながら上空に向けて爆発させるような使い方が必要だった。
例のない術だけに、談論風発して大いに盛り上がった。
◆◆◆
その夜、寮に戻ると教務課からメモが入っていた。
商業簿記入門についてのチャレンジを成功と認め、修了単位を認定するという内容であった。
一方、スノーデン王国史初級と万能科学総論についてはチャレンジ失敗とされていた。
(うん。そんな所かな。納得できる)
王国史と万能科学総論については、立場上どうしても掘り下げきれない部分があった。自分が魔力とギフトの両持ちであることを明かさないと、ある所から論が進められないのだ。
どちらの学科も広く役に立つ知識を得られるので、履修を続けるのに異論はない。
それは商業簿記入門についても同じであった。合格はもらったものの、ステファノは将来のためにこの講義を受け続けることにした。
これでチャレンジの結果が出ていない授業は、薬草の基礎のみとなった。
(何にしても、チャレンジ・テーマの提出が全部終わってすっきりしたよ。これで落ちついて研究に集中できる)
その夜は、トーマから渡された鉄粉に魔力を籠める実験に夢中になった。もちろん手拭いで口元を覆うことを忘れない。
小皿に数粒の鉄粉を置き、魔視でイドを探る。
今までは感覚的に、対象物がまとう陽気と自分の陽気を溶け込ませ、練り合わせていた。
しかし、魔核というものの魔術的な意味を知った今は、対象物の陽気に自分が生み出す魔核を埋め込む意識で向かい合った。
無意識に行っていた作業に意味を与え、魔術的なイメージをより濃いものにする。
魔力付与に当たっては、魔核の表面を陽気が覆うように配置し、対象物の陽気に溶け込みやすくしてやる。
これを意識すると、以前よりはるかに容易に魔力を付与できると知った。
(まるで抵抗がないじゃないか。フライパンにバターを置いたように溶けて行く)
鉄粉の大きさは、予想通り何の障害にもならなかった。そもそも物理的に物質を扱っているわけではないのだ。陽気と陰気の間には「宇宙」がある。大きさが足りないことなどあり得ないのだった。
籠めるべき術は魔術円として魔核に格納する。インデックスを記録することにより、即座に術展開を可能としていた。
ステファノ自身の陽気を発動キーとすることで、術の権限者を自身に固定し、誤発動や乗っ取りに対する備えとした。
(魔道具に籠めるのは弱い魔術に限定しよう。強い攻撃魔術を籠めるのはもっと研究が進んでからだ)
ステファノにしては慎重に、当面の用途を限定することにした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第309話 ステファノ魔道具を身にまとう。」
(灯の術、種火の術、微風の術……。ほんの小さなことで生活が楽になる)
ステファノは鉄粉1粒に1つの術を籠めた。それをあらかじめ切り分けて置いた1センチ四方の布に糊づけする。
糊が乾くのを待って、皮手袋の指先に内側から縫いつけた。
親指に「清水の術」。
人差し指に「種火の術」。
中指に「小雷気の術」。
薬指に「微風の術」。
小指に「灯の術」。
これを両手の手袋に仕込んだ。
(魔術発動は禁止されているが、魔道具使用は自由だ。……持っていればだけど)
……
◆お楽しみに。
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