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第4章 魔術学園奮闘編
第307話 飯屋流遁術、蛟龍雷瀑布。
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「救世主流とは聞いたことのない流儀だな」
「いえ……」
「何しろ田舎の流儀だからな。なあ、ステファノ?」
「ふふ。違いありません」
ステファノはドリーと顔を見合わせて微笑んだ。
メシヤとは聖なる書に記された「預言者」にして「救い主」のことである。
(ウチのは田舎の「飯屋流」だけどね。お腹を空かせた人くらいは救えるかな?)
聖スノーデンをメシヤと認めるか、認めないかで神学上の論争があるのだとか。神学教室の雑談で誰やらが語っていたのを、ステファノは耳にしたことがある。
メシヤ流と言えば、他人は聖スノーデンの流れをくむ流派と勘違いしてくれるかもしれない。
「今のところ視認できる対象にしか、魔核を重ねることはできません」
「ふうむ。まだ制限があるのか。それにしても『視線さえ通れば良い』のだな」
デリックは2人の会話について行こうと努力していたが、ほとんど理解できなかった。
「ああ。デリック、ここで見聞きしたもののことは忘れてくれ。言った通り秘伝なのでな。破れば獅子の祟りがある」
ドリーはさらりとデリックにくぎを刺した。
「獅子って……ギルモアか……」
貴族社会のことを多少なりとも知っていれば、ギルモア侯爵家に盾を突こうなどとは思わない。それこそ丸裸でライオンの前に立つようなものであった。
「そこでだ。お前に相談がある」
「何の話だ。危ない話ならご免だぞ」
脅かされた後だけに、デリックはドリーの申し出を警戒した。ドリーと違って武闘派とは程遠いのだ。
「何、難しいことではない。私と担当を交代してもらいたいのだ」
「担当だと? 持ち場を換えるということか?」
「うむ。お前に第1の方を見てもらいたいのだが、どうかな?」
デリックも馬鹿ではない。今の会話の流れで持ち場を交換しろと言うのは、この先ステファノが行う複合魔術の訓練を見るなという意味に他ならない。
「ふ、ふむ。別に構わんぞ。仕事の内容に差はないからな」
「すまんな。初心者が混ざる分、第1の方が面倒かも知らんが、その分危険は少ない」
これは事実であった。ジローのような不心得者が騒いだり、トーマたちのような喧嘩沙汰が起きることもある。
それが初心者が多い第1試射場の特徴であった。
「わかった。いつから入れ替わる?」
「明日届を出す。5時に閉めた後、ここで引継ぎをさせてくれ。仕事は明後日から入れ替わろう」
「それなら落ちついて片づけができるな。良かろう」
「助かる。教務課への届は私が出しておく」
横で会話を聞いていたステファノは、自分のために大人2人が持ち場を交換してくれることに恐縮していた。
「俺のためにすみません」
「それほどのことではない。持ち場は定期的に交換するものだからな。タイミングをちょっと早めただけだ」
「でも、騒ぎになりませんかね?」
「うん? 騒ぎとは何のことだ?」
ステファノの言葉に、ドリーは首を傾げた。
「あの、ドリーさん目当てに通っている男子生徒ががっかりするんじゃないかと思って……」
「下らん。何を言うかと思えば……。その理屈で言えばデリック目当てに女子生徒が通うだろうさ」
「あ、なるほど。そっちがありましたね」
ステファノはポンと手を打った。
デリックはなかなかのイケメンであった。
「女子生徒が増えれば、それを目当てに男子生徒が通いだす。世の中は上手くできているものだ」
何やら生態系の講義を聞くような気持ちになって来た。アカデミーに何年も務めた人間ならではの観察眼であった。
「そういうことだ。お前は今まで通り6時にここへ通えば自由に試射ができる。『メシヤ流』のな」
「ありがとうございます」
ステファノは複合魔術の練習場所を得た。ドリーが監視係であれば気兼ねなく術を放てる。
ステファノにとっては何よりもありがたいことであった。
「せっかくなのでもう1つ複合魔術を試して良いですか?」
「何か考えて来たものがあるなら、やってみろ」
「ありがとうございます。水と雷なら相性が良いと思って」
「水は雷気を通すからな」
「はい。それに五行説にもかないます」
五行相生の1つ、「金生水」の理。
「金を雷気と解すれば、雷が雨を呼ぶのは自明の理なので」
ステファノはそう言って、自分の意図を説明した。
「なるほど。先程の組み合わせは『水』と『風』。つまり『水生木』を表わしていたのか」
「そうなんです。俺には五遁の術が合っているみたいなので、複合魔術にも五遁を取り入れたいと思って」
デリックの相槌にステファノが答えた。
「良いのではないか? 魔術はイメージだ。お前が『やり易い』と感じる方向を伸ばしていくべきだな」
「では、水と雷を試してみます。術名は……」
「龍だな。だが、ただの龍では雷全部になってしまう。水を生む龍……『蛟龍』ではどうだ?」
「『こうりゅう』ですか?」
デリックは蛟龍という伝説上の存在を説明した。
蛟龍とは水中にすむ大蛇が雲を得て天に上り龍となった物である。「みずち」ともいう。
「それは……ぴったりですね」
「よし。やってみろ」
再びステファノはブースに入り、杖を構えた。
「デリック、頼む」
「うむ。5番、水と雷の複合魔術。準備良ければ撃て!」
「金生水! 水遁、蛟龍!」
ステファノはヘルメスの杖を振るい、標的に魔核を出現させた。瞬時に魔術円がそれを取り巻く。
今度の魔術円は六芒星ではなく、五芒星を内包していた。2つの頂点が輝き、互いを追って旋回する。
「出た!」
ドリーが叫ぶのと同時に、標的の真下から水蛇が飛び出し、標的に巻きつきながら立ち昇る。
「金縛り、雷瀑布!」
宣言と共に蛟龍は左右に滝のような幕を広げ、すべての標的を包み込んだ。
ばりばりばり……っ!
中央の蛟龍から左右に広がる水幕に雷電が流れた。言葉通り雷が滝となった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第308話 爆発させれば気流を吹き飛ばせるかもしれませんね。」
「む。これは……『迅雷の滝』か?」
ドリーは師と仰ぐガル師の秘術を連想した。
「違います。これでは人は死にません」
術を解いたステファノは、杖を納めてそう言った。
「雷気の強さが違います。せいぜい気を失わせる程度でしょう」
「そうか。そのままでは広がらないので、水の助けを借りたのだな」
そもそも大気中を雷が走るのは、とてつもない電位差が生じているせいである。電圧が弱まれば大気中を流すことなどできない。
それに対して水は大気よりはるかに電流を流しやすい。弱めた雷気でも術として成り立つことになる。
……
◆お楽しみに。
「いえ……」
「何しろ田舎の流儀だからな。なあ、ステファノ?」
「ふふ。違いありません」
ステファノはドリーと顔を見合わせて微笑んだ。
メシヤとは聖なる書に記された「預言者」にして「救い主」のことである。
(ウチのは田舎の「飯屋流」だけどね。お腹を空かせた人くらいは救えるかな?)
聖スノーデンをメシヤと認めるか、認めないかで神学上の論争があるのだとか。神学教室の雑談で誰やらが語っていたのを、ステファノは耳にしたことがある。
メシヤ流と言えば、他人は聖スノーデンの流れをくむ流派と勘違いしてくれるかもしれない。
「今のところ視認できる対象にしか、魔核を重ねることはできません」
「ふうむ。まだ制限があるのか。それにしても『視線さえ通れば良い』のだな」
デリックは2人の会話について行こうと努力していたが、ほとんど理解できなかった。
「ああ。デリック、ここで見聞きしたもののことは忘れてくれ。言った通り秘伝なのでな。破れば獅子の祟りがある」
ドリーはさらりとデリックにくぎを刺した。
「獅子って……ギルモアか……」
貴族社会のことを多少なりとも知っていれば、ギルモア侯爵家に盾を突こうなどとは思わない。それこそ丸裸でライオンの前に立つようなものであった。
「そこでだ。お前に相談がある」
「何の話だ。危ない話ならご免だぞ」
脅かされた後だけに、デリックはドリーの申し出を警戒した。ドリーと違って武闘派とは程遠いのだ。
「何、難しいことではない。私と担当を交代してもらいたいのだ」
「担当だと? 持ち場を換えるということか?」
「うむ。お前に第1の方を見てもらいたいのだが、どうかな?」
デリックも馬鹿ではない。今の会話の流れで持ち場を交換しろと言うのは、この先ステファノが行う複合魔術の訓練を見るなという意味に他ならない。
「ふ、ふむ。別に構わんぞ。仕事の内容に差はないからな」
「すまんな。初心者が混ざる分、第1の方が面倒かも知らんが、その分危険は少ない」
これは事実であった。ジローのような不心得者が騒いだり、トーマたちのような喧嘩沙汰が起きることもある。
それが初心者が多い第1試射場の特徴であった。
「わかった。いつから入れ替わる?」
「明日届を出す。5時に閉めた後、ここで引継ぎをさせてくれ。仕事は明後日から入れ替わろう」
「それなら落ちついて片づけができるな。良かろう」
「助かる。教務課への届は私が出しておく」
横で会話を聞いていたステファノは、自分のために大人2人が持ち場を交換してくれることに恐縮していた。
「俺のためにすみません」
「それほどのことではない。持ち場は定期的に交換するものだからな。タイミングをちょっと早めただけだ」
「でも、騒ぎになりませんかね?」
「うん? 騒ぎとは何のことだ?」
ステファノの言葉に、ドリーは首を傾げた。
「あの、ドリーさん目当てに通っている男子生徒ががっかりするんじゃないかと思って……」
「下らん。何を言うかと思えば……。その理屈で言えばデリック目当てに女子生徒が通うだろうさ」
「あ、なるほど。そっちがありましたね」
ステファノはポンと手を打った。
デリックはなかなかのイケメンであった。
「女子生徒が増えれば、それを目当てに男子生徒が通いだす。世の中は上手くできているものだ」
何やら生態系の講義を聞くような気持ちになって来た。アカデミーに何年も務めた人間ならではの観察眼であった。
「そういうことだ。お前は今まで通り6時にここへ通えば自由に試射ができる。『メシヤ流』のな」
「ありがとうございます」
ステファノは複合魔術の練習場所を得た。ドリーが監視係であれば気兼ねなく術を放てる。
ステファノにとっては何よりもありがたいことであった。
「せっかくなのでもう1つ複合魔術を試して良いですか?」
「何か考えて来たものがあるなら、やってみろ」
「ありがとうございます。水と雷なら相性が良いと思って」
「水は雷気を通すからな」
「はい。それに五行説にもかないます」
五行相生の1つ、「金生水」の理。
「金を雷気と解すれば、雷が雨を呼ぶのは自明の理なので」
ステファノはそう言って、自分の意図を説明した。
「なるほど。先程の組み合わせは『水』と『風』。つまり『水生木』を表わしていたのか」
「そうなんです。俺には五遁の術が合っているみたいなので、複合魔術にも五遁を取り入れたいと思って」
デリックの相槌にステファノが答えた。
「良いのではないか? 魔術はイメージだ。お前が『やり易い』と感じる方向を伸ばしていくべきだな」
「では、水と雷を試してみます。術名は……」
「龍だな。だが、ただの龍では雷全部になってしまう。水を生む龍……『蛟龍』ではどうだ?」
「『こうりゅう』ですか?」
デリックは蛟龍という伝説上の存在を説明した。
蛟龍とは水中にすむ大蛇が雲を得て天に上り龍となった物である。「みずち」ともいう。
「それは……ぴったりですね」
「よし。やってみろ」
再びステファノはブースに入り、杖を構えた。
「デリック、頼む」
「うむ。5番、水と雷の複合魔術。準備良ければ撃て!」
「金生水! 水遁、蛟龍!」
ステファノはヘルメスの杖を振るい、標的に魔核を出現させた。瞬時に魔術円がそれを取り巻く。
今度の魔術円は六芒星ではなく、五芒星を内包していた。2つの頂点が輝き、互いを追って旋回する。
「出た!」
ドリーが叫ぶのと同時に、標的の真下から水蛇が飛び出し、標的に巻きつきながら立ち昇る。
「金縛り、雷瀑布!」
宣言と共に蛟龍は左右に滝のような幕を広げ、すべての標的を包み込んだ。
ばりばりばり……っ!
中央の蛟龍から左右に広がる水幕に雷電が流れた。言葉通り雷が滝となった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第308話 爆発させれば気流を吹き飛ばせるかもしれませんね。」
「む。これは……『迅雷の滝』か?」
ドリーは師と仰ぐガル師の秘術を連想した。
「違います。これでは人は死にません」
術を解いたステファノは、杖を納めてそう言った。
「雷気の強さが違います。せいぜい気を失わせる程度でしょう」
「そうか。そのままでは広がらないので、水の助けを借りたのだな」
そもそも大気中を雷が走るのは、とてつもない電位差が生じているせいである。電圧が弱まれば大気中を流すことなどできない。
それに対して水は大気よりはるかに電流を流しやすい。弱めた雷気でも術として成り立つことになる。
……
◆お楽しみに。
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