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第4章 魔術学園奮闘編

第305話 な? おとなしい癖に腹が立つだろう?

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「何だって?」
「デリック、気にするな。こいつはこういう奴なんだ」
「ふうん。外見だけじゃなくて、中身も変わった奴なんだな」

 ステファノのセリフをデリックが聞き咎めたが、ドリーは聞き流せと言う。

「お前に変人扱いされるのはステファノも不本意だろう」
「何だと? 失礼だな」
「ステファノ、位置につけ」

 文句を言いだすデリックを適当にあしらい、ドリーはステファノにブースへ入るよう言った。

「では、失礼します」

 気を削がれたものの、ここではデリックが係官だ。ステファノはきちんと礼をしてブースに入った。

「あー、オホン! それではこれより複合魔術マルチプルの安全審査を行う」

 デリックの宣言に、ステファノは黙って頷いた。既に心は落ちついている。

「5番、水と風の複合魔術マルチプル試射を許可する。準備ができ次第、自分のタイミングにて撃て!」
「はい!」

 言うや否や、ステファノは腰だめにしていた長杖スタッフを5メートル先の標的目掛けて、無言の気合と共に突き出した。

 実際には突き出す動作に意味はない。自分の意識を標的に合わせるためのルーティーン・・・・・・に過ぎない。

 既に魔視脳まじのうに待機させていた魔核マジコアを、突きの動作と共に標的と重ねる。イデア界に場所も距離もない。
 2枚のガラス板を重ねるように、標的と魔核が空間上の同じ座標を占める。

「風水獄!」

 宣言と同時に、魔核を中心に魔術円が広がった。「水」と「風」の極が明滅し魔核の周りを急旋回する。

 回転する双極は螺旋を描いて魔核に重なり、次の瞬間爆発的に魔力を膨張させた。

(出た! 虹の王ナーガだ!)

 ドリーは標的に魔核が重なったところから、術の展開を蛇の目で捉えた。さすがにステファノの体内まではドリーの目でも見通せない。

 発動の瞬間、魔力は虹の王ナーガの形を取って顕現した。水蛇すいじゃ風蛇ふうじゃ、2尾の蛇が対の螺旋を描いて標的を取り巻いた。

 途端に大気中に水が満ち、小竜巻がそれをまとめて標的を縛る。その現象・・・・をデリックは見た。
 
 きっちり10秒、風水獄の拘束を続けた後、ステファノは術を解いた。

「以上です」

 風は収まり、水は散って姿を消した。

「はあー、聞きしに勝るな。完全無詠唱だな? 属性の乱れ、相互干渉もない。初めてとは思えない完璧な制御だ」
「よし。ステファノ、そこに座ってくれ。検討会を行う」
「あれ? 一緒に聞いていて良いんですか?」

 てっきり審査は内密に行われるものだと思っていた。ステファノは意外に思いながら、3つ置かれた椅子の1つに腰を下ろした。

「審査は公正なものだ。というか、無事に発動できた時点でお前は合格だ。後は反省会みたいなもんだな」
「デリックの言う通りだ。気を楽にしろ」

 思いがけずあっさり合格を告げられ、ステファノはたたらを踏む思いがした。

「こんなにすぐ合格できるもんなんですね」
「普通はできん! 普通はな」

 気色ばむデリックをドリーが薄笑いを浮かべて見ていた。

「な? おとなしい癖に腹が立つだろう?」
「……だな。ドリーが言った通りだった」

 笑いを収めたドリーが、ステファノを諭した。

「いいか? この審査を受けるということは複合魔術マルチプルを撃ったことがないということだ。練習もせずに成功する方がおかしい」
「そういうことだ。水球に火花が散る程度の発動であっても、暴発さえさせなければ合格なのだ」

 呆れたデリックの言葉をドリーが補足してくれた。

「あれ? そんなに難しいことでした?」

 ステファノには実感がない。魔力、いや因力オーダーは借物であり、すべての属性はインデックスさえつければ同等の距離感で呼び出せるという感覚を得てしまっている。
 彼にとっては呼び出すイデアが1つであろうと2つであろうと、さほど大きな違いではないのだ。

「な? 呆れるだろう?」
「自分の努力が馬鹿々々しくなるな」

 ドリーとデリックは顔を見合わせて苦笑した。

「まずは術の構成だ。水の部分はよい。例の『水蛇みずへび』の応用だな?」
「そうです。今回はそれに『風蛇ふうじゃ』を併せました」
「お前にとって複合魔術マルチプルとは『双蛇そうだの術』というわけだな?」

 術を見極めたドリーがステファノに確かめた。デリックも魔力とその属性を感知することができるが、ドリーほどの鑑識力は持っていない。

「術が蛇の形を取って、意思を持つなど信じられぬことだな」
「デリックはステファノの術のしつこさを知らんからな」
「それほどしつこいのか?」
「並の魔力では撃ち返せんぞ」

 ドリーの言葉にデリックは腕を組んで唸った。

「むむう。マリアンヌ学科長が特別扱いするわけだ」
「例の通達のことですか? 俺が変わったことをしたら届け出ろという……」

 居心地悪くなったステファノが口を挟んだ。

「いや、それとは別口だ。魔術学科の科目でいくつか上級コースまで単位を認められただろう?」
「ああ、チャレンジの結果ですね」
「そうだ。初級コースのチャレンジ成功まではともかく、中級・上級の授業に登録する前から単位修了認定を出すのは前代未聞らしいぜ」

(なるほど。講座を登録もしていないのに合格させるのは、確かに特別扱いと言うしかないか?)

 深く考えていなかったステファノは、改めてその事実を告げられて取り扱いの異常さを納得した。

「ふん。とにかく騒ぎを起こされたくないのだ。お前の後ろ盾がよほど強力と見える」
「後ろ盾と言うと、推薦者か?」

 ステファノには思い当たる節がある。ありすぎて困るのだが。

「ギルモア侯爵家の預かりになっていまして」
「お前がか? 何をした?」

 さすがにそこまでの大物は予想していなかったようだ。ドリーは侯爵家の名前を聞いて、目を丸くした。

(これは、ジュリアーノ王子のことは伏せておいた方が良さそうだな)

 ステファノは心中で計算した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第306話 成り上がったものだ、飯屋のせがれ殿。」

「これを見てください」
「いつぞやの遠眼鏡だな。随分立派なものを持っていると思ったが」
「おい、それはギルモアの……獅子じゃないか」

「何? そうか、これはお前がギルモア閣下の庇護下にある証しか?」

 ドリーは改めて獅子の紋章を間近に見た。

「必要な時はこれを示せと、旦那様に言われました」
「旦那様とはネルソン商会の主人か? なるほどそのつながりで……」

 ほうとため息をつき、ドリーは遠眼鏡をステファノに返した。

「それにしても余程の手柄を立てたのだな? 成り上がったものだ、飯屋のせがれ殿」
 
 ……

◆お楽しみに。
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