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第4章 魔術学園奮闘編
第295話 ひょっとしてあれは……イドなのか?
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「どういうことだ? 何か思いついたのか?」
「井戸の深さを測ったり、水の有無を調べたりする時に小石を落としてみるんですよ」
10年近い飯屋修行は水汲みの日々でもあった。ステファノは世間の誰よりも井戸に通い、水を汲んできたのだ。
井戸は生活の道具であり、命の支えであった。
今でも体の一部のように、滑車釣瓶の手応えや、地下水の冷たさを思い起こすことができる。
「跳ね返って来る音の遅れで、水面までの距離がわかるんです」
「音の反響か……」
何かのイメージが、ステファノの記憶の底から浮き上がって来た。蜘蛛の糸が顔に絡みつく感覚……。
「うっ。これは……」
様子が変わったステファノを見て、ドリーは声をかけるのを止めた。何かヒントをつかみかけているに違いないと察知したのだ。
「あっ! ガル老師だ!」
「何、伯父がどうした?」
思いがけずガル師の名前を出されて、ドリーは思わず声を発した。
「はい。山賊に襲われた時、ガル師が探知魔術を使っていました。それを思い出したんです」
「ああ、あれか。あれは私にはよくわからん術だったな。魔力の素を飛ばすのだと言われたが……」
そう言われてもドリーの「蛇の目」では捉えることができなかった。
「自分の才能のなさを思い知らされる出来事だったな、あれは。私には見えない力だった。何?」
ステファノと出会って以来、ドリーは毎日のように「見えない力」と向き合っている。
「ひょっとしてあれは……イドなのか?」
ステファノもまた、目を大きく見開いていた。
「すっかり忘れていました。あの頃は魔術のことを何も知らなかったから……。魔術師なら誰にでもできることだと思っていた」
「いや、私の知る限り伯父以外にあの探知魔術を使える者はいないぞ」
ごく一部に、目的物までの距離を測れる風魔術使いがいるくらいであった。20人もの族の隠れ場所を探し出す術は、ガル老師にしか使えない。
「ガル師はイド、つまり陽気を薄く周囲に飛ばしていました。その反響で敵の居場所を把握したんだと思います」
石や草木と人間のイドは全く性質が異なる。反響の差で、人の居場所を掴むことはステファノにもできそうであった。練習さえすれば。
「探知魔術は位置を知る術でしたが、深さを知ることにも応用できるんじゃないでしょうか?」
「そうか! 平面ではなく立体として考えるのだな?」
実際には3次元から4次元に知覚の幅を広げることになるのだが、次元を1つ加えるという考え方は合致していた。
4次元の座標もイデアの全貌を捉えるものではない。その一端に触れるに過ぎないのであるが、標的に照準を合わせるだけならそれで充分であった。
弾着を合わせる時に、標的の年齢や性別を知る必要はない。
「やってみます!」
それからは標的に「探知魔法」を飛ばす練習を繰り返したが、その日は満足の行く手ごたえが得られなかった。
それでもステファノはあきらめず、時間が許す限り試行錯誤を繰り返した。
(ふふふ。まるでミョウシンさんやチャンになった気分だな。答えはきっとそこにある。焦る必要はない)
ステファノの直感が、「これで良い」と叫んでいた。ステファノは何度も陽気を飛ばし、その反響に心の耳を傾けた。
傍らではドリーが目を瞑り、ステファノの陽気を感得しようと意識を集中していた。
標的に一撃すら発しない、異様な訓練は両者無言のまま続けられたのであった。
◆◆◆
深夜、研究室に行ってみると、スールーが先に来てメンバーを待ち構えていた。
「やあ、ステファノ。調子はどうだい?」
「お疲れ様です。調子はまあまあです。今日の『万能科学総論』が衝撃的だったので、いろいろ考えさせられました」
ステファノは正直に告げた。
「そうか。魔術師の君にとってはショッキングな内容だったろうね。僕でさえ、いろいろと考えさせられたからねえ」
「俺など魔術師を名乗るにはまだまだですが、魔術というものの根本を考え直さなければと思いました」
「まったくだ。達成者という概念は革命的だ。事実とすればね」
スールーはドイルの講義に衝撃を受けつつも、冷静さを保っていた。仮説は証明されるまであくまでも仮の存在でしかない。
「ただ、先生の示唆するところは無駄にはならない。願望が成就する可能性を信じて行動することに何の害もないからね」
確かに、スールーのいう通りであった。挑戦しない者に成功は訪れない。
その意味では仮に間違っていたとしても、ドイルの仮説に乗って悪いことはなかった。
「サントスも心を揺さぶられていたようだ。彼は自分のギフトに罪悪感を感じていたようだからな」
命の危機を味わった海難事故で、同乗した乗客の多くは海に飲み込まれた。ギフトのお陰で生き延びたことに、拭い去れない罪悪感を覚えていたらしい。
「そのせいか、サントスが自分のためにギフトを使うことはほとんどない。君を観たのも僕が頼んだからだ」
「ああ、それでトーマの時もあまり乗り気ではなかったんですね。申し訳ないことをしました」
「構わないと思うよ。嫌なら断ったろう。せっかく神に与えられた恩寵だ。使わなければ罰が当たる」
「俺も積極的に自分の能力を使っていくことにしました」
ステファノがそう言うと、スールーは呆れた顔をした。
「今まで遠慮していたのかね。そうは見えなかったが……」
「おっ、2人が先に来ていたか。何だか楽しそうだな?」
「きっとお前の陰口」
どたどたとトーマ、続いてサントスが小屋に入って来た。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第296話 名前をつけてくれ、ステファノ!」
「いえ、意外にもトーマは評判が良いんです。試射場のドリーさんが熱心だと褒めていました」
「お? そうか。見る人は見てくれているんだな」
「ステファノ、甘い。トーマは図に乗るタイプ」
「褒められて伸びるタイプと言ってくれ!」
4人揃うと、小屋の中が急ににぎやかになった。
「トーマに今日の『万能科学総論』のことを教えてやりたいんですが、良いですか?」
ステファノは一緒に授業を聞いていたスールーとサントスに了解を取った。
「うん? 何だ、授業の話か?」
「俺たち3人が出ている『万能科学総論』という講義で、こんな話があったんだ」
……
◆お楽しみに。
「井戸の深さを測ったり、水の有無を調べたりする時に小石を落としてみるんですよ」
10年近い飯屋修行は水汲みの日々でもあった。ステファノは世間の誰よりも井戸に通い、水を汲んできたのだ。
井戸は生活の道具であり、命の支えであった。
今でも体の一部のように、滑車釣瓶の手応えや、地下水の冷たさを思い起こすことができる。
「跳ね返って来る音の遅れで、水面までの距離がわかるんです」
「音の反響か……」
何かのイメージが、ステファノの記憶の底から浮き上がって来た。蜘蛛の糸が顔に絡みつく感覚……。
「うっ。これは……」
様子が変わったステファノを見て、ドリーは声をかけるのを止めた。何かヒントをつかみかけているに違いないと察知したのだ。
「あっ! ガル老師だ!」
「何、伯父がどうした?」
思いがけずガル師の名前を出されて、ドリーは思わず声を発した。
「はい。山賊に襲われた時、ガル師が探知魔術を使っていました。それを思い出したんです」
「ああ、あれか。あれは私にはよくわからん術だったな。魔力の素を飛ばすのだと言われたが……」
そう言われてもドリーの「蛇の目」では捉えることができなかった。
「自分の才能のなさを思い知らされる出来事だったな、あれは。私には見えない力だった。何?」
ステファノと出会って以来、ドリーは毎日のように「見えない力」と向き合っている。
「ひょっとしてあれは……イドなのか?」
ステファノもまた、目を大きく見開いていた。
「すっかり忘れていました。あの頃は魔術のことを何も知らなかったから……。魔術師なら誰にでもできることだと思っていた」
「いや、私の知る限り伯父以外にあの探知魔術を使える者はいないぞ」
ごく一部に、目的物までの距離を測れる風魔術使いがいるくらいであった。20人もの族の隠れ場所を探し出す術は、ガル老師にしか使えない。
「ガル師はイド、つまり陽気を薄く周囲に飛ばしていました。その反響で敵の居場所を把握したんだと思います」
石や草木と人間のイドは全く性質が異なる。反響の差で、人の居場所を掴むことはステファノにもできそうであった。練習さえすれば。
「探知魔術は位置を知る術でしたが、深さを知ることにも応用できるんじゃないでしょうか?」
「そうか! 平面ではなく立体として考えるのだな?」
実際には3次元から4次元に知覚の幅を広げることになるのだが、次元を1つ加えるという考え方は合致していた。
4次元の座標もイデアの全貌を捉えるものではない。その一端に触れるに過ぎないのであるが、標的に照準を合わせるだけならそれで充分であった。
弾着を合わせる時に、標的の年齢や性別を知る必要はない。
「やってみます!」
それからは標的に「探知魔法」を飛ばす練習を繰り返したが、その日は満足の行く手ごたえが得られなかった。
それでもステファノはあきらめず、時間が許す限り試行錯誤を繰り返した。
(ふふふ。まるでミョウシンさんやチャンになった気分だな。答えはきっとそこにある。焦る必要はない)
ステファノの直感が、「これで良い」と叫んでいた。ステファノは何度も陽気を飛ばし、その反響に心の耳を傾けた。
傍らではドリーが目を瞑り、ステファノの陽気を感得しようと意識を集中していた。
標的に一撃すら発しない、異様な訓練は両者無言のまま続けられたのであった。
◆◆◆
深夜、研究室に行ってみると、スールーが先に来てメンバーを待ち構えていた。
「やあ、ステファノ。調子はどうだい?」
「お疲れ様です。調子はまあまあです。今日の『万能科学総論』が衝撃的だったので、いろいろ考えさせられました」
ステファノは正直に告げた。
「そうか。魔術師の君にとってはショッキングな内容だったろうね。僕でさえ、いろいろと考えさせられたからねえ」
「俺など魔術師を名乗るにはまだまだですが、魔術というものの根本を考え直さなければと思いました」
「まったくだ。達成者という概念は革命的だ。事実とすればね」
スールーはドイルの講義に衝撃を受けつつも、冷静さを保っていた。仮説は証明されるまであくまでも仮の存在でしかない。
「ただ、先生の示唆するところは無駄にはならない。願望が成就する可能性を信じて行動することに何の害もないからね」
確かに、スールーのいう通りであった。挑戦しない者に成功は訪れない。
その意味では仮に間違っていたとしても、ドイルの仮説に乗って悪いことはなかった。
「サントスも心を揺さぶられていたようだ。彼は自分のギフトに罪悪感を感じていたようだからな」
命の危機を味わった海難事故で、同乗した乗客の多くは海に飲み込まれた。ギフトのお陰で生き延びたことに、拭い去れない罪悪感を覚えていたらしい。
「そのせいか、サントスが自分のためにギフトを使うことはほとんどない。君を観たのも僕が頼んだからだ」
「ああ、それでトーマの時もあまり乗り気ではなかったんですね。申し訳ないことをしました」
「構わないと思うよ。嫌なら断ったろう。せっかく神に与えられた恩寵だ。使わなければ罰が当たる」
「俺も積極的に自分の能力を使っていくことにしました」
ステファノがそう言うと、スールーは呆れた顔をした。
「今まで遠慮していたのかね。そうは見えなかったが……」
「おっ、2人が先に来ていたか。何だか楽しそうだな?」
「きっとお前の陰口」
どたどたとトーマ、続いてサントスが小屋に入って来た。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第296話 名前をつけてくれ、ステファノ!」
「いえ、意外にもトーマは評判が良いんです。試射場のドリーさんが熱心だと褒めていました」
「お? そうか。見る人は見てくれているんだな」
「ステファノ、甘い。トーマは図に乗るタイプ」
「褒められて伸びるタイプと言ってくれ!」
4人揃うと、小屋の中が急ににぎやかになった。
「トーマに今日の『万能科学総論』のことを教えてやりたいんですが、良いですか?」
ステファノは一緒に授業を聞いていたスールーとサントスに了解を取った。
「うん? 何だ、授業の話か?」
「俺たち3人が出ている『万能科学総論』という講義で、こんな話があったんだ」
……
◆お楽しみに。
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