飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第294話 それはまた、とんでもない説だな。

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(うーん。すごい授業だったなあ)

 土曜の4限めを終えて、ステファノは軽い興奮の中にいた。魔術の考察に止まらず、ドイルが提示した「達成者アチーバー」という概念にステファノは痺れていた。
 まるで、頭を殴られたようだ。

 ステファノ自身が「知覚系のギフト持ち」である。過去の出会いの数々を想えば、達成者として結果を引き寄せて来たと考えられる。

(アカデミーでも人には恵まれて来たものなあ)

 もちろんすべてが思い通りになるわけではないだろう。それでも、偶然任せの出来事が少しでも望む方向に引き寄せられるとしたら、誰でも欲しがる能力に違いない。

(そうなると、「ギフト持ちはギフト持ちを引き寄せる」という格言もニュアンスが変わって来るな)

 ただギフト持ち同士が出会うのではなく、「互いに利益をもたらす者同士」が引き寄せあうのではないか?
 そう考えると、「テミスの秤」や「バラ色の未来」がまた違ったものに見えてくる。

(旦那様は「テミスの秤」の本質を直感的にとらえて、目標達成の道具として積極的に利用してきたのじゃないか? サントスも自分のギフトに磨きをかける余地が十分にあるということだ)

 トーマも無自覚なりにギフトを活用していたのかもしれない。数々の商品を成功させてきたという彼は価値あるものを見分けるだけでなく、能力ある人や有用な技術と「出会うこと」に達成者としての能力を発揮してきたと思われる。

(今晩トーマに会ったら、このことを教えておいてやろう。自覚を持つことできっと能力が高まるに違いない)

 ドリーにも同じことが言えた。彼女はギフトと魔術を伸ばすことに積極的に取り組んできていたが、「達成者」という概念は知る由もない。時空間に穴を開けて因果を改変するという認識を持つことによって、彼女の能力も大きく化ける可能性があるのだ。

(最近ドリーさんには迷惑を掛けることが多かった。「達成者」の話は良い土産話になるかもね)

 ステファノは一旦寮の部屋へ戻った。
 
 ◆◆◆

「それはまた、とんでもない説だな」

 ステファノの話を聞いたドリーの第一声はそれであった。

「言われてみれば、心当たりはあります」
「お前はそうかもしれないな。強運というか、激しい運の持ち主だとは思っていた」

 ステファノ本人は必死に努力しているだけであるが、ドリーのような他人から見れば信じられない巡り合わせを経験している。

「案外、お前のケースが『達成者』という仮説を立てるきっかけになったのかもしれない」
「さすがに、それは……」

 ドリーの言葉を否定したいステファノであったが、あるいはという気持ちも存在した。

「仮に達成者というものが存在するとしたら、その能力は『願望達成力』とでも言うべきか」
「万能感が漂う呼び名ですね」

 望むならば、勝負においては常勝無敗。そういうことになるだろう。

「仮定の上での話だが、ポイントが2つありそうだな」
「2つとは、何ですか?」
「1つめは『自分にとって何が有利かを判定する眼』だ。適切な願望を持たなければ力の価値が下がるからな」

 ネルソンやサントスのギフトがこれに対応している。
 願望するにしても、「良い願望」と「悪い願望」とがあるということになろう。

「2つめは何でしょうか?」
「2人の達成者が相反することを願った場合、どちらが優先されるのか?」

 わかりやすい例は、達成者同士が博打で勝負する場合である。お互いに自分の勝利を願うはずであるが、どちらの願望が優先されるのか?

「願望に優劣が存在するのか? そういう疑問が起きてくるな」

 サイコロの出目、奇数か偶数かを争うなら確率は同じだ。優劣が生まれるなら、純粋に願望する力そのものの差ということになる。
 しかし、世に存在する事象の確率は等しくない。どの事象を選んで・・・願うかも願望達成の成否に影響するだろう。

「重なる時空に穴を開けて因果を改変するという仮説なんですが、俺のやろうとしている『遠隔魔術』と似ています」
「無数の過去と無数の未来というやつか? 揺らぎの砂時計という……」
「それです。望む場所に時空の接点を作れるなら、自由に遠隔魔術を使えるはずです」
「お前が達成者であるなら、そう願えば良いはずだな……」

 願望達成力とはどのような力か? そのメカニズムを掴めば、遠隔魔術に応用できる。2人は真剣に仮説を議論した。

「どこにでも自由に時空の穴を開けられるわけではないと思うんです。時空間同士が点を共有し合っている特殊なポイントがあるのでしょう」
「そうなると、特定の場所でしか遠隔魔術は成功しないということか?」
「いえ、『ポイント』と言っても地理的な座標のことではないと思います。イデア界に距離は存在しないはずなので。例えるなら『深さ』のようなものかと」

 地図上では同じ地点であっても、深さが違う。ある特定の深さまで掘り下げると鉱脈に突き当たるようなイメージであった。

「ふうむ。興味深いな。その深さをどうやって術式に取り込むか?」
「今までは『場所』、『対象』、『態様』、そして『権限』を構成要素と考えていましたが、『場所』について『位置』と『深さ』に分解してはどうでしょう」
「魔術はイメージというからな。術式の文法はそれで良さそうだな」

 問題はその「深さ」をどうやって見つけるかであった。

「触れる物なら手を伸ばせばよいのだが……」
「手が届くような距離ではないかもしれません。もっと深い穴を想定しなくては」
「深い穴か。洞窟とか坑道、井戸……。いや、イドにかけた洒落ではないぞ。思わず口から出ただけだ」

 顔を赤くして否定するドリーの前で、ステファノは表情を無くして考え込んだ。

「井戸は……使えるかもしれない」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第295話 ひょっとしてあれは……イドなのか?」

「どういうことだ? 何か思いついたのか?」
「井戸の深さを測ったり、水の有無を調べたりする時に小石を落としてみるんですよ」

 10年近い飯屋修行は水汲みの日々でもあった。ステファノは世間の誰よりも井戸に通い、水を汲んできたのだ。
 井戸は生活の道具であり、命の支えであった。

 今でも体の一部のように、滑車釣瓶つるべの手応えや、地下水の冷たさを思い起こすことができる。

「跳ね返って来る音の遅れで、水面までの距離がわかるんです」
「音の反響か……」

 何かのイメージが、ステファノの記憶の底から浮き上がって来た。蜘蛛の糸が顔に絡みつく感覚……。

「うっ。これは……」
 
 ……

◆お楽しみに。
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