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第4章 魔術学園奮闘編
第290話 ステファノ魔道具製作を志す。
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「いつでもというわけにはいきませんが、材料さえ揃えれば料理はできますよ」
「良いねえ、手料理。憧れるぞ!」
スールーは依然としてノリノリだった。
「落ちつけ、スールー。報告が先」
さすがにサントスはスールーの扱いに慣れていた。それ以上スールーが舞い上がる前に話を戻した。
「いつものように俺から。土管が届いた」
注文していた土管が10本届いていた。小屋の隅にロープで縛って置いてある。
「伝声管としての使い道と気送管としての使い道。両方を試験できる」
「そのためには拡声器の改良版が必要ですね」
サントスとトーマが図面を引き直した拡声器はまだ出来上がっていない。今のところは10本の土管をつないで音の減衰状況を観測することしかできない。
サントスは基準となる音を発生させる道具としてベルに鉄球を落とす仕掛けを用意していた。同じ高さから鉄球を落とし、何秒後まで音が聞こえるかで音の減衰状況を比較する予定であった。
「10メートル先まで行ったり来たりはやってられない。トーマたちに手伝ってもらう」
「何だか楽しそうですね」
ステファノは他人と協力して仕事をするという経験がない。親方との仕事を除いては。
料理以外で仕事を分担するということに、少なからず興味を覚えていた。
「実験てのは同じことの繰り返しが多いからな。そんなに楽しいもんじゃねえぞ?」
職人の手伝いをさせられたことのあるトーマは、顔をしかめた。
しかし、同じことの繰り返しをステファノ以上に経験して来た人間はこの場にいない。飯屋の下働きに比べれば、実験の単調さなどたかが知れている。
「音の伝わり方を測るとなると、雑音がない時間にやる必要があるな。丁度土曜日だ。今日の深夜に集まらないか?」
トーマの発案で、深夜12時に再集合し、野外で実験することになった。
「鉄管はまだ届かない。つき次第同じ実験をやる」
「了解です。連日夜更かしはきついですが、偶になら問題ないでしょう」
サントスの提案にステファノが同意した。
「気送管としての実験。圧縮機はまだできないから、ステファノの魔術で風を送ってほしい」
「俺は良いんですが、アカデミーの規則で魔術は勝手に使えません。試射場に持ち込むか、それとも……」
ステファノは考え込んだ。
「いちいち試射場に土管を運ぶのは大変だな。第一迷惑だろう? 他に方法はないのか?」
スールーはステファノとトーマの顔を交互に見た。
「魔道具を使いますか?」
ステファノは代案を口にした。
魔道具の使用は魔術行使とはみなされない。その規則を逆手にとって、送風の魔道具を自作しようというのだ。
「自分で作るつもりか?」
「そんなに簡単にできるのか?」
スールーとサントスが口々に驚きの言葉を発した。
「風を送るだけですからね。この際生活道具一式を魔道具で作ってみましょうか?」
ステファノが考えているのは種火の術や灯の術を籠めた簡単な生活道具である。その程度のものならさほど珍しくもない。
「生徒の中にも魔道具製作を志している人がいるんじゃありませんか?」
「うん。数は少ないが、聞いたことはある」
さすがにスールーは顔が広かった。
「魔道具師になるには随分と苦労するものだと聞いたよ? 魔力を安定させたり、物に伝えるのは特殊な訓練を要するとか」
「俺も仕事柄聞いたことがあるぜ。まず、中級レベルの魔力がなければなれないし、トップクラスの魔力操作ができないと道具に魔力を籠めることはできないそうだ」
トーマも魔道具師と会話したことがあった。1万人に1人の中級魔術師の中でも、ほんの一握りしか魔道具師の資質を持つ者はいないと。
「そんなに珍しいんですか? じゃあ、値段の方も高いんでしょうか?」
「それはな。希少価値というのはいつでも高値を生むものさ」
「ええー、そうですか。教室で使っている拡声器を見本として手に入れられないかと思ったんですが……」
そんなに高価なものとあっては、試しに買ってみることもできない。
「さすがに魔道具には手を出せないよ。借りるのが精いっぱいかな」
「ああ、やっぱり。教務課で貸してもらえたのはラッキーでした」
「といっても見るだけだろう? 分解するわけにはいかないからな」
ステファノの言葉に反応したトーマであったが、やはり興味の中心は道具としての材質や構造にあるようだった。
「そう言えば、送風機を見せてもらいました。あいにく故障中でしたが原理はわかりましたよ」
「ほう? 気送管用の魔道具に応用できるのか?」
「いけると思います。実物はこんな形をしていたんですが、それはきっとこういう理由じゃないかと……」
ステファノは中空の虫眼鏡に似た構造の送風機について、絵を描きながら自分の考えを披露した。
「なるほど。送り出す風の方向を定めるために風を起こす部分が輪になっているというわけか」
「たしかにまっすぐに風が進みそう」
だが、気送管の用途では風の直進性はあまり考えなくてもよさそうだった。
「初めから管で進む方向が決められていますからね。風さえ起こせれば問題ないと思います」
「確かにそう。構造は簡単で良いか」
「それじゃあ俺たちの出番はあまりないのか?」
「いや、そんなことはないよ」
ステファノは首を振った。
「1方向にのみ風を送るためには反対方向に通じる穴をふさぐ必要がある。終点では風は抜けるがカプセルは止める仕掛けが必要だし」
「そういう工夫は発明の最初から考えてる」
そう言ってサントスは原理構造図の束を持ち出した。
(あ、これはまたアレが始まるな)
「ちょっと見せてくれ。うーん、ここのヒンジが弱そうに見える」
「そこは力が掛からないから」
「そうは言っても、繰り返し開け閉めする部分だろう? 耐久性ってものが……」
「なら、こっちの図面を見てくれ。こっちはスライド式にしてある」
「圧が掛かることを考えるとスライド式が本命だろう? 空気漏れの対策はどうなってる?」
(構造のことはこの2人に任せておけば良いね。楽しそうだし)
ステファノはにこにこと2人のやりとりを眺めていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第291話 楽な仕事をさせたら、スールーは天下一品。」
その日は土曜日だったので、夜中にもう一度集まろうということになった。伝声管の実験を行うためである。
「始まる前から申し訳ないんですが、明日は『薬草の基礎』のチャレンジに集中したいので夜は1時間くらいで抜けても良いですか?」
「そういう事情なら最初から参加しなくても良いぞ?」
スールーはまったく気にしない様子であった。
「幸い、男手は足りているのでね。土管の両側に人がいれば足りるのだろう?」
「男手である必要はない。3人いれば十分」
サントスも気にする必要はないと後押ししてくれた。
……
◆お楽しみに。
「良いねえ、手料理。憧れるぞ!」
スールーは依然としてノリノリだった。
「落ちつけ、スールー。報告が先」
さすがにサントスはスールーの扱いに慣れていた。それ以上スールーが舞い上がる前に話を戻した。
「いつものように俺から。土管が届いた」
注文していた土管が10本届いていた。小屋の隅にロープで縛って置いてある。
「伝声管としての使い道と気送管としての使い道。両方を試験できる」
「そのためには拡声器の改良版が必要ですね」
サントスとトーマが図面を引き直した拡声器はまだ出来上がっていない。今のところは10本の土管をつないで音の減衰状況を観測することしかできない。
サントスは基準となる音を発生させる道具としてベルに鉄球を落とす仕掛けを用意していた。同じ高さから鉄球を落とし、何秒後まで音が聞こえるかで音の減衰状況を比較する予定であった。
「10メートル先まで行ったり来たりはやってられない。トーマたちに手伝ってもらう」
「何だか楽しそうですね」
ステファノは他人と協力して仕事をするという経験がない。親方との仕事を除いては。
料理以外で仕事を分担するということに、少なからず興味を覚えていた。
「実験てのは同じことの繰り返しが多いからな。そんなに楽しいもんじゃねえぞ?」
職人の手伝いをさせられたことのあるトーマは、顔をしかめた。
しかし、同じことの繰り返しをステファノ以上に経験して来た人間はこの場にいない。飯屋の下働きに比べれば、実験の単調さなどたかが知れている。
「音の伝わり方を測るとなると、雑音がない時間にやる必要があるな。丁度土曜日だ。今日の深夜に集まらないか?」
トーマの発案で、深夜12時に再集合し、野外で実験することになった。
「鉄管はまだ届かない。つき次第同じ実験をやる」
「了解です。連日夜更かしはきついですが、偶になら問題ないでしょう」
サントスの提案にステファノが同意した。
「気送管としての実験。圧縮機はまだできないから、ステファノの魔術で風を送ってほしい」
「俺は良いんですが、アカデミーの規則で魔術は勝手に使えません。試射場に持ち込むか、それとも……」
ステファノは考え込んだ。
「いちいち試射場に土管を運ぶのは大変だな。第一迷惑だろう? 他に方法はないのか?」
スールーはステファノとトーマの顔を交互に見た。
「魔道具を使いますか?」
ステファノは代案を口にした。
魔道具の使用は魔術行使とはみなされない。その規則を逆手にとって、送風の魔道具を自作しようというのだ。
「自分で作るつもりか?」
「そんなに簡単にできるのか?」
スールーとサントスが口々に驚きの言葉を発した。
「風を送るだけですからね。この際生活道具一式を魔道具で作ってみましょうか?」
ステファノが考えているのは種火の術や灯の術を籠めた簡単な生活道具である。その程度のものならさほど珍しくもない。
「生徒の中にも魔道具製作を志している人がいるんじゃありませんか?」
「うん。数は少ないが、聞いたことはある」
さすがにスールーは顔が広かった。
「魔道具師になるには随分と苦労するものだと聞いたよ? 魔力を安定させたり、物に伝えるのは特殊な訓練を要するとか」
「俺も仕事柄聞いたことがあるぜ。まず、中級レベルの魔力がなければなれないし、トップクラスの魔力操作ができないと道具に魔力を籠めることはできないそうだ」
トーマも魔道具師と会話したことがあった。1万人に1人の中級魔術師の中でも、ほんの一握りしか魔道具師の資質を持つ者はいないと。
「そんなに珍しいんですか? じゃあ、値段の方も高いんでしょうか?」
「それはな。希少価値というのはいつでも高値を生むものさ」
「ええー、そうですか。教室で使っている拡声器を見本として手に入れられないかと思ったんですが……」
そんなに高価なものとあっては、試しに買ってみることもできない。
「さすがに魔道具には手を出せないよ。借りるのが精いっぱいかな」
「ああ、やっぱり。教務課で貸してもらえたのはラッキーでした」
「といっても見るだけだろう? 分解するわけにはいかないからな」
ステファノの言葉に反応したトーマであったが、やはり興味の中心は道具としての材質や構造にあるようだった。
「そう言えば、送風機を見せてもらいました。あいにく故障中でしたが原理はわかりましたよ」
「ほう? 気送管用の魔道具に応用できるのか?」
「いけると思います。実物はこんな形をしていたんですが、それはきっとこういう理由じゃないかと……」
ステファノは中空の虫眼鏡に似た構造の送風機について、絵を描きながら自分の考えを披露した。
「なるほど。送り出す風の方向を定めるために風を起こす部分が輪になっているというわけか」
「たしかにまっすぐに風が進みそう」
だが、気送管の用途では風の直進性はあまり考えなくてもよさそうだった。
「初めから管で進む方向が決められていますからね。風さえ起こせれば問題ないと思います」
「確かにそう。構造は簡単で良いか」
「それじゃあ俺たちの出番はあまりないのか?」
「いや、そんなことはないよ」
ステファノは首を振った。
「1方向にのみ風を送るためには反対方向に通じる穴をふさぐ必要がある。終点では風は抜けるがカプセルは止める仕掛けが必要だし」
「そういう工夫は発明の最初から考えてる」
そう言ってサントスは原理構造図の束を持ち出した。
(あ、これはまたアレが始まるな)
「ちょっと見せてくれ。うーん、ここのヒンジが弱そうに見える」
「そこは力が掛からないから」
「そうは言っても、繰り返し開け閉めする部分だろう? 耐久性ってものが……」
「なら、こっちの図面を見てくれ。こっちはスライド式にしてある」
「圧が掛かることを考えるとスライド式が本命だろう? 空気漏れの対策はどうなってる?」
(構造のことはこの2人に任せておけば良いね。楽しそうだし)
ステファノはにこにこと2人のやりとりを眺めていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第291話 楽な仕事をさせたら、スールーは天下一品。」
その日は土曜日だったので、夜中にもう一度集まろうということになった。伝声管の実験を行うためである。
「始まる前から申し訳ないんですが、明日は『薬草の基礎』のチャレンジに集中したいので夜は1時間くらいで抜けても良いですか?」
「そういう事情なら最初から参加しなくても良いぞ?」
スールーはまったく気にしない様子であった。
「幸い、男手は足りているのでね。土管の両側に人がいれば足りるのだろう?」
「男手である必要はない。3人いれば十分」
サントスも気にする必要はないと後押ししてくれた。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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