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第4章 魔術学園奮闘編
第289話 情革研、研究室を得る。
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ステファノが思っていた以上に、通常の魔術は距離の制約を受けるものらしい。
「だからお前にとって例の照準器は大した価値がないかもしれんが、普通の魔術師にとっては大きな助けになる」
魔術は撃ちっ放しだ。手元で発現させて、標的目掛けて飛ばす。後は当たることを祈るしかない。
例えば火球であれば、できるだけ大きなサイズで撃ち出せるのが良い術者と呼ばれる。
魔術が大きければそれだけ当たる確率が上がるからである。もちろん威力も増すが。
しかし、照準器があれば魔術の大きさに頼らない精密射撃が可能になる。魔力の小さい術者でも活躍できる可能性が生まれるのだ。
「だが、一番の売れ筋は一般人相手になるぜ」
「例の弓とか投石器に使う話か?」
「そうさ。数が桁違いだからな」
攻撃力を持つ魔術師は中級以上である。その数は一般人1万人に1人という少なさだ。その気になれば誰でも使える弓の需要の方が多いのは間違いない。
「早速図面を工房に送っておいた。まずは遠眼鏡用の取りつけ台から取り掛かるはずだ」
「それはありがたい」
さっきまで「魔封器」の脅威について考えていたところであった。「遠当ての極み」なら魔力を使わない。
魔力を封じられた場合の手駒が増えるのは、ありがたいことであった。
(イデアを呼び出すことができなくなっても、魔術具なら使えるはずだな。護身用として杖に魔術を籠めておこうか?)
杖や縄、帯は普段から身につけているものである。これに魔術を籠めておけば、いざという時の頼りになる。
(戦いを望むわけではないけれど、転ばぬ先の杖だ。使わずに済むならそれで良いわけだし)
権限を自分だけに限定しておけば事故も起きないはずであった。たとえ盗まれても人に迷惑を掛けることはない。
モップの柄を盗むやつがいるとは思えないが。
そんなことを考えているところへ、サントスが現れた。挨拶を交わしていると、今度はスールーが姿を見せた。
「やあ、みんなお揃いだな」
「今来たところ」
「集合したのは良いけれど、ここではやりにくいな」
マイペースなスールー、サントスに対して、トーマはロビーという場所を気にしていた。
「確かに開けっぴろげで、人目が気になりますね」
ステファノもトーマに同意した。これでは内緒の話はできない。
通り過ぎる人が目に入って、落ちつかなかった。
「何だ、何だ。文句が多いな。新人君たちは気難しいお年頃なのかな?」
「トーマの部屋でやっても良い」
スールーがいたずらっぽく鼻を鳴らした。
「別に文句を言っているわけじゃないさ。俺の部屋でやっても良いが、散らかってるぜ?」
「俺の部屋でも構いませんよ。床に座る形で構わなければ」
トーマもステファノも、取り立ててこだわりがあるわけではなかった。
「ちょっと落ちつかないなと思っただけさ」
「ふふふ。そんな君たちに朗報がある!」
「ローホーとは良い報せ」
スールーがもったいぶってポケットから1枚の書類を取り出した。
「じゃーん。建屋使用許可証! 僕を崇めたまえ!」
「おお? 建屋って研究会用のスペースのこと? 借りられたのか?」
「ふふーん。僕の交渉力をもってすれば、容易いことなのさ」
スールーは平板な胸を反らせてうそぶいた。
「凄いじゃないですか! それにしても早かったですね」
ステファノもスールーの早業に感心した。
「種を明かせば、交渉自体は以前からしていたんだ。その結果を催促したら、許可が下りたって話」
「ほおー」
今度はサントスがポケットから鍵束を取り出した。
「これが建屋の鍵。2人にも合鍵を渡す」
スールーとサントスは既に自分の合鍵を所持している。これでいつでもメンバーの出入りが可能になる。
「俺の部屋に置いていた研究資材は、もう搬入済み」
サントスは早速引っ越しを行ったらしい。今まで場所を塞いでいた情革研の資材を運び出したら、随分部屋が広くなったそうだ。
「ということで、早速研究室に行こう!」
ノリノリのスールーが先導する形で、4人は情革研の研究室へと移動した。
学生寮からは敷地の対角線上に当たる、一番奥まったエリア、運動場を越えた林の中にその小屋はあった。
「見たまえ! これが我らが研究室だ!」
スールーは小屋の前で振り返り、芝居がかった仕草で両手を広げた。
その先に建っているのは1軒のログハウスであった。
「教務課のご厚意で掃除もされている。すぐに使い始められるぞ」
「そりゃ良かった。見たところ随分年季が入っているな。掃除から始めたら大変なことになるところだったろう」
トーマは小屋の周囲を覗いて歩き、苔のつき具合などを見て感想を漏らした。
「入るぞ」
サントスが手早く解錠し、扉を開けた。
「やっぱりちょっと黴臭いな」
トーマが漏らした。
掃除済みだとはいえ長年の間に染みついた黴臭さと埃臭さはすぐには消えない。
「しばらくは意識して風を入れてやらないといかんな」
早速窓を開け放ちながら、トーマが言った。
小屋には1部屋しかなかった。南側に窓があり、北側には暖炉が作りつけられていた。
入り口から見た正面奥にキッチンスペースがある。
トイレは近くにある研究棟へ借りに行くとのことで、小屋にはついていなかった。
部屋の中央には大きなテーブルが置いてある。これが作業台にもなっていた。
暖炉の両脇には棚が置かれている。
入り口に近い方の棚には見覚えのある品々が陳列されていた。サントスが運び込んだ研究用資材だ。
奥の棚はスペースが多かったが、古びた道具がいくつか並んでいた。
「薬研に乳鉢、ガラス瓶に天秤ばかり。ここで薬学の実験でもしていたのかな?」
目敏く道具を見つけたトーマが推察した。
「そうらしいですね。この石臼は、薬種を砕くのに使っていたようです」
ステファノの方はキッチンに入り込んで、備品をチェックしていた。
「ありがたいことに水瓶も洗い清められているので、ここで料理もできますよ」
「それは良いな。寝袋を持ち込めば泊まり込みで研究ができる」
意外なことに、そう言いだしたのはスールーだった。
「スールーは食堂以外の料理を食べたいだけ。研究は男3人」
「何を言う。僕の卓越した発想が発明を生むこともあるじゃないか」
「今のところ、何もない」
「またまたー」
スールーは研究室を手に入れてご満悦な様子であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第290話 ステファノ魔道具製作を志す。」
「いつでもというわけにはいきませんが、材料さえ揃えれば料理はできますよ」
「良いねえ、手料理。憧れるぞ!」
スールーは依然としてノリノリだった。
「落ちつけ、スールー。報告が先」
さすがにサントスはスールーの扱いに慣れていた。それ以上スールーが舞い上がる前に話を戻した。
「いつものように俺から。土管が届いた」
注文していた土管が10本届いていた。小屋の隅にロープで縛って置いてある。
「伝声管としての使い道と気送管としての使い道。両方を試験できる」
「そのためには拡声器の改良版が必要ですね」
……
◆お楽しみに。
「だからお前にとって例の照準器は大した価値がないかもしれんが、普通の魔術師にとっては大きな助けになる」
魔術は撃ちっ放しだ。手元で発現させて、標的目掛けて飛ばす。後は当たることを祈るしかない。
例えば火球であれば、できるだけ大きなサイズで撃ち出せるのが良い術者と呼ばれる。
魔術が大きければそれだけ当たる確率が上がるからである。もちろん威力も増すが。
しかし、照準器があれば魔術の大きさに頼らない精密射撃が可能になる。魔力の小さい術者でも活躍できる可能性が生まれるのだ。
「だが、一番の売れ筋は一般人相手になるぜ」
「例の弓とか投石器に使う話か?」
「そうさ。数が桁違いだからな」
攻撃力を持つ魔術師は中級以上である。その数は一般人1万人に1人という少なさだ。その気になれば誰でも使える弓の需要の方が多いのは間違いない。
「早速図面を工房に送っておいた。まずは遠眼鏡用の取りつけ台から取り掛かるはずだ」
「それはありがたい」
さっきまで「魔封器」の脅威について考えていたところであった。「遠当ての極み」なら魔力を使わない。
魔力を封じられた場合の手駒が増えるのは、ありがたいことであった。
(イデアを呼び出すことができなくなっても、魔術具なら使えるはずだな。護身用として杖に魔術を籠めておこうか?)
杖や縄、帯は普段から身につけているものである。これに魔術を籠めておけば、いざという時の頼りになる。
(戦いを望むわけではないけれど、転ばぬ先の杖だ。使わずに済むならそれで良いわけだし)
権限を自分だけに限定しておけば事故も起きないはずであった。たとえ盗まれても人に迷惑を掛けることはない。
モップの柄を盗むやつがいるとは思えないが。
そんなことを考えているところへ、サントスが現れた。挨拶を交わしていると、今度はスールーが姿を見せた。
「やあ、みんなお揃いだな」
「今来たところ」
「集合したのは良いけれど、ここではやりにくいな」
マイペースなスールー、サントスに対して、トーマはロビーという場所を気にしていた。
「確かに開けっぴろげで、人目が気になりますね」
ステファノもトーマに同意した。これでは内緒の話はできない。
通り過ぎる人が目に入って、落ちつかなかった。
「何だ、何だ。文句が多いな。新人君たちは気難しいお年頃なのかな?」
「トーマの部屋でやっても良い」
スールーがいたずらっぽく鼻を鳴らした。
「別に文句を言っているわけじゃないさ。俺の部屋でやっても良いが、散らかってるぜ?」
「俺の部屋でも構いませんよ。床に座る形で構わなければ」
トーマもステファノも、取り立ててこだわりがあるわけではなかった。
「ちょっと落ちつかないなと思っただけさ」
「ふふふ。そんな君たちに朗報がある!」
「ローホーとは良い報せ」
スールーがもったいぶってポケットから1枚の書類を取り出した。
「じゃーん。建屋使用許可証! 僕を崇めたまえ!」
「おお? 建屋って研究会用のスペースのこと? 借りられたのか?」
「ふふーん。僕の交渉力をもってすれば、容易いことなのさ」
スールーは平板な胸を反らせてうそぶいた。
「凄いじゃないですか! それにしても早かったですね」
ステファノもスールーの早業に感心した。
「種を明かせば、交渉自体は以前からしていたんだ。その結果を催促したら、許可が下りたって話」
「ほおー」
今度はサントスがポケットから鍵束を取り出した。
「これが建屋の鍵。2人にも合鍵を渡す」
スールーとサントスは既に自分の合鍵を所持している。これでいつでもメンバーの出入りが可能になる。
「俺の部屋に置いていた研究資材は、もう搬入済み」
サントスは早速引っ越しを行ったらしい。今まで場所を塞いでいた情革研の資材を運び出したら、随分部屋が広くなったそうだ。
「ということで、早速研究室に行こう!」
ノリノリのスールーが先導する形で、4人は情革研の研究室へと移動した。
学生寮からは敷地の対角線上に当たる、一番奥まったエリア、運動場を越えた林の中にその小屋はあった。
「見たまえ! これが我らが研究室だ!」
スールーは小屋の前で振り返り、芝居がかった仕草で両手を広げた。
その先に建っているのは1軒のログハウスであった。
「教務課のご厚意で掃除もされている。すぐに使い始められるぞ」
「そりゃ良かった。見たところ随分年季が入っているな。掃除から始めたら大変なことになるところだったろう」
トーマは小屋の周囲を覗いて歩き、苔のつき具合などを見て感想を漏らした。
「入るぞ」
サントスが手早く解錠し、扉を開けた。
「やっぱりちょっと黴臭いな」
トーマが漏らした。
掃除済みだとはいえ長年の間に染みついた黴臭さと埃臭さはすぐには消えない。
「しばらくは意識して風を入れてやらないといかんな」
早速窓を開け放ちながら、トーマが言った。
小屋には1部屋しかなかった。南側に窓があり、北側には暖炉が作りつけられていた。
入り口から見た正面奥にキッチンスペースがある。
トイレは近くにある研究棟へ借りに行くとのことで、小屋にはついていなかった。
部屋の中央には大きなテーブルが置いてある。これが作業台にもなっていた。
暖炉の両脇には棚が置かれている。
入り口に近い方の棚には見覚えのある品々が陳列されていた。サントスが運び込んだ研究用資材だ。
奥の棚はスペースが多かったが、古びた道具がいくつか並んでいた。
「薬研に乳鉢、ガラス瓶に天秤ばかり。ここで薬学の実験でもしていたのかな?」
目敏く道具を見つけたトーマが推察した。
「そうらしいですね。この石臼は、薬種を砕くのに使っていたようです」
ステファノの方はキッチンに入り込んで、備品をチェックしていた。
「ありがたいことに水瓶も洗い清められているので、ここで料理もできますよ」
「それは良いな。寝袋を持ち込めば泊まり込みで研究ができる」
意外なことに、そう言いだしたのはスールーだった。
「スールーは食堂以外の料理を食べたいだけ。研究は男3人」
「何を言う。僕の卓越した発想が発明を生むこともあるじゃないか」
「今のところ、何もない」
「またまたー」
スールーは研究室を手に入れてご満悦な様子であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第290話 ステファノ魔道具製作を志す。」
「いつでもというわけにはいきませんが、材料さえ揃えれば料理はできますよ」
「良いねえ、手料理。憧れるぞ!」
スールーは依然としてノリノリだった。
「落ちつけ、スールー。報告が先」
さすがにサントスはスールーの扱いに慣れていた。それ以上スールーが舞い上がる前に話を戻した。
「いつものように俺から。土管が届いた」
注文していた土管が10本届いていた。小屋の隅にロープで縛って置いてある。
「伝声管としての使い道と気送管としての使い道。両方を試験できる」
「そのためには拡声器の改良版が必要ですね」
……
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