上 下
282 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第282話 これは売れるぜ。

しおりを挟む
「えっ? だってこんな遠距離魔術を使う奴はいないって……」

 トーマの言葉にステファノは戸惑った。

「さすがに30メートルというのはな。だが、10メートル、20メートルを狙う時にそれを補助する道具というのは買い手がいるぜ」
「なある。スコープは要らないが、狙いを合わせる機構は使える」
「そういうこと。わかってんじゃないの、兄貴」
「兄貴じゃない」

 要するに照準器を長杖スタッフなどに取りつけようというのだ。

「これは売れるぜ」

 トーマの声が変わった。完全に商売人としてのスイッチが入っている。

「取りつけ機構、調整機構が肝だ。ウチの技術ならしばらくは他所が真似できないものを作れる」
「しばらくなのか?」
「まあな。ばらせば作り方はわかる。職人ならな?」

 この世界に「特許権」などというものは存在しない。やった者勝ちである。
 それでは創業者としてのうま味がないのではないか?

「所詮、買い手の数は決まっている。いつまでも美味しい商売ではないさ」
「それじゃあ、キムラーヤ商会としても儲からないんじゃ」
「これだけだったらな」

 トーマは商売人としての顔を見せて、にやりと笑った。

「商売は明日終わるわけじゃない。こいつをきっかけに軍とのパイプが太くなる。それだけでも価値はある」

 当然売り先の主流は軍相手となる。そこで軍関係者とお抱え魔術師に気に入ってもらえれば、これからの商売がやり易くなるのだ。

「狙いの精度を高めるという概念は面白いぜ。弓でも投石器でも、考え方の応用はできる。そっちの方が商売としては大きくなるだろう」

 トーマは「発明品」としてだけではなく、「ビジネス」としての可能性まで考えていた。

「だから、やった者勝ちなのさ。先に走り出せば、それだけのメリットがある。お前には売り上げの1割を渡すぜ、ステファノ」
「えっ? 何もしてないのに?」
「馬鹿言うんじゃないぜ。商売で一番貴重なのは『何を売るか』という概念コンセプトだ」

 トーマはアカデミーの新入生としてではなく、商売人として語った。

「ステファノ、この件はトーマのいう通りだと僕も思うね。遠慮なく口銭をもらったら良いさ。なあに、売れなければゼロなんだから気にすることはない」
「そういうこと。後で覚書を届けさせるぜ」

 商売人のスールーとトーマに説得されて、ステファノは申し出を受け入れることにした。

「それとな、ステファノ。この件も論文にまとめておくべきだ。これは君個人の成果として研究報告会に出したまえ」

 スールーは、更にアドバイスした。

「うん。図面を引いたサントスを協力者ということにしてやってくれ」
「いや、俺は」
「サントス。技術は報われるべきだ」

 遠慮しようとしたサントスをトーマは言葉で抑え込んだ。技術に関するトーマの情熱は本物であった。

「もちろんです。俺に図面は作れませんから。でも、トーマは協力者に入れなくても良いのか?」

 ステファノが問うと、トーマは笑って言った。

 「俺か? 俺は要らん。その分甘い汁・・・を吸わせてもらうさ。わははは」

 これが商売人というものかと、ステファノは圧倒された。

 ◆◆◆

 情革研会合の後、ドリーとの訓練までは1時間の隙間時間がある。チャレンジへの対応はほぼ完了しており、残すは「薬草の基礎」だけであった。
 これは週末に集中して対策するつもりなので、この1時間に手をつけるつもりはない。

(そうだ。教室で使われている魔道具について、教務課で聞いてみよう)

 黒板の表示装置や拡声器など、その仕組みに興味を覚えた魔道具がいくつか存在した。もしかすると、情革研の取り組みの参考になるかもしれない。

 教務課は授業のある時間帯ということで、閑散としていた。

「すみません。お願いがあるんですが」
「おう、何だい? 変わった格好をした子だな」

 ステファノは、入り口近くにデスクのある男性に声を掛けた。男性はステファノの出で立ちに見覚えがなかったらしく、驚いて二度見をしていた。

「お仕事の邪魔をしたら申し訳ないんですが、教室で使われている魔道具について伺いたいのですが……」
「あん? 魔道具だと? それは俺じゃ応えられんな。さて、魔道具となるとなあ」

 言葉はきつめだが、男は面倒見がよい性格らしい。腕を組んで真剣に考え始めた。

「どうした、マードック? 魔道具がどうとか聞こえたようだが」

 奥から現れたのは、教務長のアリステアであった。今日も髪の毛一本乱れのない、きっちりとした外見、服装である。

「アリステアさん、こんにちは。魔術科1年のステファノです」
「ああ、言わなくてもわかっていますよ。ステファノですね。そうでしょうとも」

 アリステアはもちろん、ステファノのことを覚えていた。
 ちらりと興味ありげに、道着姿を上から下へ眺めた。

「面白い服装ですが、似合っていますね。大分着込んだようです」
「はい。柔という護身術を先輩から学んでいます」
「ああ、ミョウシンさんですね。聞いていますよ。あなたが同好会に加わったと」

 何が面白いのか、アリステアは楽しそうに微笑んだ。

「あなた方2人が同好会を結成したのは、実に興味深いですね。まったく違う2人ですから」

 貴族子女のミョウシンと庶民であるステファノが、たった2人で同好会を作ったことがどうやら面白いらしい。

「アカデミーの精神にかなっていると思いませんか? その通りですね」
「あの、学園で使用されている魔道具についてどなたかにお話を伺えないかと思いまして」

 ステファノは思い切ってアリステア教務長に用件を切り出した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第283話 好奇心は猫を殺すとも言います。怖いですね。」

「ほう? 君は魔道具に興味を持っていますか。ああ、庶民出身者でしたね。それならわかります」

 貴族の世界では魔道具はそれ程珍しいものではない。大金持ちにとってもそうなのだろう。
 ここでもステファノの特異性が人とは違う行動を取らせていた。

「今まで魔道具という物を見たことがなかったので、どんな物なのか興味があります」

 ステファノは隠さずに真意を語った。田舎者と見られても構わない。実際に田舎者で、その上貧乏なのだから。

「なるほど。好奇心を持つのは良いことですね。そうですとも。好奇心は学問の原動力になります」

 アリステアの瞳がきらきらと輝いた。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...