飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第4章 魔術学園奮闘編

第281話 物作りの力。

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 その後、トーマから送風機の手配について報告があった。サントスが描き直した図面を実家の工房に送り、製作に入らせたと。
 圧力室で圧縮した空気を送り出す機構は、他の用途にも応用性が高いということで、工房が本気になってくれたそうだ。

「アカデミー入学が無駄じゃなかったって、うるさ型の爺に褒められたぜ」
「良いことだ。これからの仕事が頼みやすくなる」

 トーマは照れ臭そうだったが、スールーはあくまでも功利主義的に受け止めた。

「すぐに使えそうな用途として消火用ポンプを検討開始したそうだ」

 水をためたタンクに圧縮空気を送り込んで圧力を上げ、強く水を吐出させるという原理である。高性能の水鉄砲を想像してもらえば良い。

 こういうことになると純粋に技術の領域である。ステファノが口を出す機会はほとんどなかった。

「工房側で追加したアイデアとか、作り方の工夫で実現した機能とかはアカデミー内の評価上、どう取り扱うんでしょう?」

 成果を金で買うことにつながりはしないかと、ステファノは疑問を覚えた。

「そこは査定委員会の評価結果による」

 チーム内部での貢献度を測るのと同じように、外部人員がどれだけ手助けをしているかも評価されるのだ。

「だから、業者とのやり取りはきちんと記録に残す必要がある」

 スールーの説明は理路整然としていた。彼女はそういう観点ですべてのやり取りを記録に残しているのだった。

「新規の発明品を巡って注文主と工房がもめるなんてことはよくある。うちの仕事でもそこら辺は厳しく管理しているぜ」

 トーマがうんうんと頷いた。

「そうか。じゃあ、記録はしっかりする前提で遠慮なく注文を出していいわけですね?」
「そういうこと。注文記録の管理は僕が怠りなくやるからね。まかせてくれ」

 スールーがどんと胸を叩く。

「普通は業者というのは言われたままに作るだけだ。キムラーヤ商会くらいだろう、そこに創意工夫を盛り込んで来るのは」

 それができるからこそ、トーマの実家は大店としての地位を築くことができたのであった。

「しかし、ステファノ、お前はアカデミーを出たら何をするつもりだ? 良かったら、うちに来ないか?」

 トーマはステファノに水を向けた。

「おいおい、青田買いかい? 抜け駆けは良くないね。そんな話ならうちも黙ってられないよ?」

 ステファノが答える前に、スールーがけん制を入れた。ステファノの才能は商売になる。そう判断してのことであった。

「お誘いはありがたいですが、俺は既にネルソン商会の人間です」
「そうだったか。しかしネルソンは薬種問屋だろう? お前が作れる……魔術具か? それを扱うのは畑違いではないのか?」

 トーマはずけずけと物を言う。デリカシーがないが、押しつけているわけではない。彼にしてみれば、これが普通の距離感なのだ。

「そうかもしれないけど。その辺はお店に戻って相談するさ。スールーやトーマの実家と提携することがあるかもしれないよ」

 ステファノはそう言って笑った。

 ネルソンのことだ。ステファノの才能を商材にしようとは思わないだろう。医療関係で生かせるものがあれば、ネルソン商会で扱うことにやぶさかではなかろうが。それ以外は、ステファノの自由にさせるのではないか。

「トーマ、これは個人的な注文なんだけど、こういう物が作れないか?」

 ステファノは折りたたんだ紙片を広げてトーマに差し出した。

「何だこれは? お前の『杖』に遠眼鏡を取りつけるのか?」

 ドリーの試射場で思いついた照準用の遠眼鏡取りつけ台座であった。

「図面の書き方がわからないので、ただの画になっちゃったけど。これでわかるか?」

 ステファノは遠眼鏡を取り出し、ヘルメスの杖と並べて見せる。

「貸してみろ」

 トーマはポケットから巻き尺を取り出すと、遠眼鏡と杖を採寸した。内ポケットから取り出した鉛筆で、ステファノの絵図に採寸結果を記載していく。

「ほい。あんた、これ図面に起こしてくれ」
「ぬ? 俺か?」
「へへ。悪いな。俺は図面引けねえって言ったろ?」
「すいません、サントスさん。これは完全に個人的な買い物なので、手が空いた時で構いませんから」

「構わないが、これは何に使うもの?」

 基本的に人の良いサントスは、頼まれると断れない。技術的に興味もあった。
 何しろステファノが個人的に作らせようという代物なのだ。

「遠距離魔術を発動する時に狙いを助ける仕掛けです」
「なら、『標的鏡ターゲット・スコープ』ってところか?」
「ああ、その通りです。標的鏡とはわかりやすいですね」

 サントスが仕掛けの名づけ親になった。

「ステファノ、これはまたあれだね。ここだけの秘密って奴だね」

 やり取りを聞いていたスールーが先回りして言った。

「やっぱり隠した方が良いと思いますか?」
「それはそうだろう。これを使ってどれだけ遠くから標的を撃つつもりだい?」
「最低でも30メートルは離れますね」

「嘘だろう?」

 トーマが呆れかえった声を出した。

「そんな遠距離の魔術行使を補助する道具なんて聞いたことがないぜ。それが最低だと?」
「後は遠眼鏡の性能次第なので、100メートルくらいまでかな?」

 トーマの問いにステファノは当たり前のように答えた。

「100メートルだと? そんな馬鹿げた魔術があるか? 本当にお前は非常識な奴だな」
「その代わり威力は高が知れているよ。石をぶつけるくらいのものだから」

 ステファノは魔術の威力を控えめに告げた。

「それより調整機能が必要だな。30メートルと100メートルでは取りつけ角度を変えてやらなくちゃ」

 トーマは早くも技術的な課題の方に興味を写していた。

「それはつまみで可変角。精度が課題」
「そうだな。遊びを極力減らす格好で調整しないとな。ギヤの構成に工夫が要りそうだ」
「杖にはワンタッチで装着」
「武器だからな。もたもたしていたらやられちまう。はめ込み式が良いだろう」

 サントスとトーマは詳細を煮詰めに入った。
 もう止められない。

「素材は真鍮かな。軽さと強度、加工しやすさ、対候性……」

「トーマ、あー、ちょっと良いか? 代金はどれくらいになるだろう? さすがにあまりにも高いと手が出ない」

 開発構想に没入しかけていたトーマは、ステファノの呼びかけで現実に呼び戻された。

「うん? 代金? 気にしなくて良いぞ。これは工房としての試作でやれる」

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第282話 これは売れるぜ。」

「えっ? だってこんな遠距離魔術を使う奴はいないって……」

 トーマの言葉にステファノは戸惑った。

「さすがに30メートルというのはな。だが、10メートル、20メートルを狙う時にそれを補助する道具というのは買い手がいるぜ」
「なある。スコープは要らないが、狙いを合わせる機構は使える」
「そういうこと。わかってんじゃないの、兄貴」
「兄貴じゃない」

 要するに照準器を長杖スタッフなどに取りつけようというのだ。
 
 ……

◆お楽しみに。
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