上 下
279 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第279話 できるだけ均一な鉄粉を入手できませんか?

しおりを挟む
「ふむ。それができれば画期的だね。どう改良するんだい?」

 スールーの質問にステファノは、圧印器の実物を手に持って語る。

「この試作品では1ミリに1本の溝を切って、針の山のようなものを作りました。トーマは0.5ミリに1本溝を切れると言いますが、それでも文字を刷るには粗すぎます」

 解像度が足りないのだ。0.5ミリに1本の溝では51dpiの解像度しか出せない。コンピュータ用のドットマトリクスプリンタでさえ180から240dpiが必要とされている。

 およそ4倍の精度をステファノはどうやって実現しようというのか?

「できるだけ均一な鉄粉を入手できませんか?」

 ステファノの言葉は3人の意表をついた。

「鉄粉だと? 圧印器に使うと言うのか?」

 沈黙を破ったのはトーマだった。

「そうだ。今の試作品……1号機としようか。1号機は針の山にそれぞれ魔力を籠めてある。光を検知したら『押せ』という命令を発するように」

 その機能を点毎に独立させるため、わざわざ溝を切って針山にしたのだ。

「今度は初めから『分かれている物』を使ってみようと思う」
「それが鉄粉か」

 ステファノは鉄粉の1粒1粒に魔力を籠めようというのであった。
 トーマにはまったく考えつかない発想であった。

「そんなことができるのか? あんな小さなものに魔力を籠めるなんて?」

 魔術師を目指すトーマでさえ、いや、魔力を多少なりとも知っているからこそ、疑問を覚えずにはいられない。

「針には籠められたよ? 針は良くて、鉄粉はダメだと言う理屈もないと思って」

 大きさに何の意味があるのか? ステファノは根源的な疑問を世界に対してぶつけていた。
 魔力にとってそんなものは意味がない。ステファノのイドはそう叫んでいる。

「だが、『魔術の下方限界』はどうする? 魔力を小さくし過ぎると、魔術は消滅してしまうだろう?」

 魔術学入門での実験を思い出し、トーマは異論を唱えた。

「あれは勘違い・・・だと思うんだ」
「勘違いだと?」

 ステファノの言葉はトーマにとって意味不明であった。

「先生は『魔力供給を弱めろ』と言った。『魔力を小さくしろ』とは言っていない」
「そんなの……同じことだろう?」
「俺はその2つが違う事象だという仮説を立てた。そうすれば魔術の下方限界を説明できるんだ」

 ステファノは説明を始めた。

「俺が魔力とは世界からの借り物だと言ったことを覚えているか? 便宜上、それが正しいと仮定してくれ。あの時何が起こったのかを説明する」

 ステファノは最初に種火の術を使った時のことを話し始めた。

「指先の大きさの火。俺はそれを呼び出してガラスケースの中で燃やした。燃える物のないケースの中だ。魔力を絶やせば、火は消えてしまう。そうだな?」

 トーマはその通りだと頷いた。

「先生に言われて俺は魔力供給を続けた。しかし、魔力供給って何だ? 魔力自体が借り物だとしたら、俺は供給するものなど持っていない。供給するのは俺ではない、「世界」が火を燃やす力を与え続けるんだ」

 ここまでは良いなと、ステファノは3人の顔を見た。彼らはわかったという印に頷いて見せる。

「俺は世界から魔力を借りる時に、『小指の先』という大きさで炎を規定した。だから、世界は丁度それだけの魔力を俺に貸してくれたわけだ」

 ステファノは右手の小指を立て、第1関節のところに親指で触れた。

「そうしたら先生が魔力供給を少なくして炎を小さくしろと言った。俺はそれを世界に伝えた。すると炎は小さくなった」

 このとき何が起きたかがポイントだと、ステファノは言った。

「そもそも俺は『小指の先の炎』を借りてきている。『魔力供給』を小さくしろと言われても、世界としては炎の大きさは変えられない。小さくしろと言われた世界は無理をする・・・・・ことになる」
「無理とは何だ?」
「借りてきた因果は変えられない。無理を言われた世界は、因果を貸しながら・・・・・・・・打ち消そうとする・・・・・・・・んだ」

 あの時、ステファノには魔力が観えていた。火属性の魔力はそのまま存在し、「終焉の紫」がその一部を覆っていたのだった。

「一部を打ち消された魔力は、一見小さくなったように見える。ところが打ち消す力があるところまで大きくなると、それ以上炎を維持できなくなるんだ」
「それはどうしてだ?」

 トーマは拮抗する2つの力を想像しながら、ステファノに説明の続きを促した。

「あの魔力は『小指の先の大きさ』に最適化されていたからだ。最初から『爪の先の大きさ』の炎を呼び出していたら、何事もなく燃え続けだろう」

 指先に摘まんだイクラを想像してみてくれと、ステファノは言った。

「イクラを小さくしろと言われて、ある所までは指先の隙間を小さくすればイクラはひしゃげてくれる。だが、限界を超えればイクラは耐えられずに潰れてしまうだろう。それと似たようなことだと思ってもらえば良い」

 トーマは何もない指先を広げたり、縮めたりして指の間を見詰めていた。

「その話と鉄粉はどうつながるんだ?」

 魔力談議に興味のないスールーが話の行方をせっついた。

「言いたいことはこうだ。最初から正しく定義すれば、魔力に下方限界などない」

 それは世の中の魔術学者が定説とする理論を真っ向から否定する宣言であった。

「お前、自分が何を言っているかわかっているか? 世界中の魔術学者に喧嘩を売ることになるぞ?」

 トーマがステファノを凝視して言った。

「たとえ世界中の学者が敵に回ろうと、この件に関しては俺が正しい。たとえば、炭の粉は燃えるだろう? 飛んでいる火の粉は1つの炎だ。自然界に存在するものであれば、どんなに小さな炎でも魔術で再現できる」

「面白いな、ステファノ。これは面白いことになりそうだね。それで鉄粉をどう使う?」

 心底楽しそうな目でスールーが先を促した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第280話 魔力に容れ物の大きさは関係ないよ。」

「鉄粉の1粒を魔術具として扱います」
「鉄の粉をか?」

 スールーは信じられないという顔をしている。

「現状の圧印器でも、針の1本1本を魔術具として取り扱っています」

 針はいわば「素子」である。光に反応する「点」として、鉄板の上に並んでいる。

「鉄板のままでは、『点』をバラバラに扱うことができなかったんです。それで溝を切って独立させました」

 ステファノは現在の圧印器がなぜ「針山」のような形をしているか、理由を説明した。

「今回は初めからバラバラになっている鉄粉に魔力を籠めるつもりです」
「溝を切らなくても良いってわけだな」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...