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第4章 魔術学園奮闘編
第279話 できるだけ均一な鉄粉を入手できませんか?
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「ふむ。それができれば画期的だね。どう改良するんだい?」
スールーの質問にステファノは、圧印器の実物を手に持って語る。
「この試作品では1ミリに1本の溝を切って、針の山のようなものを作りました。トーマは0.5ミリに1本溝を切れると言いますが、それでも文字を刷るには粗すぎます」
解像度が足りないのだ。0.5ミリに1本の溝では51dpiの解像度しか出せない。コンピュータ用のドットマトリクスプリンタでさえ180から240dpiが必要とされている。
およそ4倍の精度をステファノはどうやって実現しようというのか?
「できるだけ均一な鉄粉を入手できませんか?」
ステファノの言葉は3人の意表をついた。
「鉄粉だと? 圧印器に使うと言うのか?」
沈黙を破ったのはトーマだった。
「そうだ。今の試作品……1号機としようか。1号機は針の山にそれぞれ魔力を籠めてある。光を検知したら『押せ』という命令を発するように」
その機能を点毎に独立させるため、わざわざ溝を切って針山にしたのだ。
「今度は初めから『分かれている物』を使ってみようと思う」
「それが鉄粉か」
ステファノは鉄粉の1粒1粒に魔力を籠めようというのであった。
トーマにはまったく考えつかない発想であった。
「そんなことができるのか? あんな小さなものに魔力を籠めるなんて?」
魔術師を目指すトーマでさえ、いや、魔力を多少なりとも知っているからこそ、疑問を覚えずにはいられない。
「針には籠められたよ? 針は良くて、鉄粉はダメだと言う理屈もないと思って」
大きさに何の意味があるのか? ステファノは根源的な疑問を世界に対してぶつけていた。
魔力にとってそんなものは意味がない。ステファノのイドはそう叫んでいる。
「だが、『魔術の下方限界』はどうする? 魔力を小さくし過ぎると、魔術は消滅してしまうだろう?」
魔術学入門での実験を思い出し、トーマは異論を唱えた。
「あれは勘違いだと思うんだ」
「勘違いだと?」
ステファノの言葉はトーマにとって意味不明であった。
「先生は『魔力供給を弱めろ』と言った。『魔力を小さくしろ』とは言っていない」
「そんなの……同じことだろう?」
「俺はその2つが違う事象だという仮説を立てた。そうすれば魔術の下方限界を説明できるんだ」
ステファノは説明を始めた。
「俺が魔力とは世界からの借り物だと言ったことを覚えているか? 便宜上、それが正しいと仮定してくれ。あの時何が起こったのかを説明する」
ステファノは最初に種火の術を使った時のことを話し始めた。
「指先の大きさの火。俺はそれを呼び出してガラスケースの中で燃やした。燃える物のないケースの中だ。魔力を絶やせば、火は消えてしまう。そうだな?」
トーマはその通りだと頷いた。
「先生に言われて俺は魔力供給を続けた。しかし、魔力供給って何だ? 魔力自体が借り物だとしたら、俺は供給するものなど持っていない。供給するのは俺ではない、「世界」が火を燃やす力を与え続けるんだ」
ここまでは良いなと、ステファノは3人の顔を見た。彼らはわかったという印に頷いて見せる。
「俺は世界から魔力を借りる時に、『小指の先』という大きさで炎を規定した。だから、世界は丁度それだけの魔力を俺に貸してくれたわけだ」
ステファノは右手の小指を立て、第1関節のところに親指で触れた。
「そうしたら先生が魔力供給を少なくして炎を小さくしろと言った。俺はそれを世界に伝えた。すると炎は小さくなった」
このとき何が起きたかがポイントだと、ステファノは言った。
「そもそも俺は『小指の先の炎』を借りてきている。『魔力供給』を小さくしろと言われても、世界としては炎の大きさは変えられない。小さくしろと言われた世界は無理をすることになる」
「無理とは何だ?」
「借りてきた因果は変えられない。無理を言われた世界は、因果を貸しながら打ち消そうとするんだ」
あの時、ステファノには魔力が観えていた。火属性の魔力はそのまま存在し、「終焉の紫」がその一部を覆っていたのだった。
「一部を打ち消された魔力は、一見小さくなったように見える。ところが打ち消す力があるところまで大きくなると、それ以上炎を維持できなくなるんだ」
「それはどうしてだ?」
トーマは拮抗する2つの力を想像しながら、ステファノに説明の続きを促した。
「あの魔力は『小指の先の大きさ』に最適化されていたからだ。最初から『爪の先の大きさ』の炎を呼び出していたら、何事もなく燃え続けだろう」
指先に摘まんだイクラを想像してみてくれと、ステファノは言った。
「イクラを小さくしろと言われて、ある所までは指先の隙間を小さくすればイクラはひしゃげてくれる。だが、限界を超えればイクラは耐えられずに潰れてしまうだろう。それと似たようなことだと思ってもらえば良い」
トーマは何もない指先を広げたり、縮めたりして指の間を見詰めていた。
「その話と鉄粉はどうつながるんだ?」
魔力談議に興味のないスールーが話の行方をせっついた。
「言いたいことはこうだ。最初から正しく定義すれば、魔力に下方限界などない」
それは世の中の魔術学者が定説とする理論を真っ向から否定する宣言であった。
「お前、自分が何を言っているかわかっているか? 世界中の魔術学者に喧嘩を売ることになるぞ?」
トーマがステファノを凝視して言った。
「たとえ世界中の学者が敵に回ろうと、この件に関しては俺が正しい。たとえば、炭の粉は燃えるだろう? 飛んでいる火の粉は1つの炎だ。自然界に存在するものであれば、どんなに小さな炎でも魔術で再現できる」
「面白いな、ステファノ。これは面白いことになりそうだね。それで鉄粉をどう使う?」
心底楽しそうな目でスールーが先を促した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第280話 魔力に容れ物の大きさは関係ないよ。」
「鉄粉の1粒を魔術具として扱います」
「鉄の粉をか?」
スールーは信じられないという顔をしている。
「現状の圧印器でも、針の1本1本を魔術具として取り扱っています」
針はいわば「素子」である。光に反応する「点」として、鉄板の上に並んでいる。
「鉄板のままでは、『点』をバラバラに扱うことができなかったんです。それで溝を切って独立させました」
ステファノは現在の圧印器がなぜ「針山」のような形をしているか、理由を説明した。
「今回は初めからバラバラになっている鉄粉に魔力を籠めるつもりです」
「溝を切らなくても良いってわけだな」
……
◆お楽しみに。
スールーの質問にステファノは、圧印器の実物を手に持って語る。
「この試作品では1ミリに1本の溝を切って、針の山のようなものを作りました。トーマは0.5ミリに1本溝を切れると言いますが、それでも文字を刷るには粗すぎます」
解像度が足りないのだ。0.5ミリに1本の溝では51dpiの解像度しか出せない。コンピュータ用のドットマトリクスプリンタでさえ180から240dpiが必要とされている。
およそ4倍の精度をステファノはどうやって実現しようというのか?
「できるだけ均一な鉄粉を入手できませんか?」
ステファノの言葉は3人の意表をついた。
「鉄粉だと? 圧印器に使うと言うのか?」
沈黙を破ったのはトーマだった。
「そうだ。今の試作品……1号機としようか。1号機は針の山にそれぞれ魔力を籠めてある。光を検知したら『押せ』という命令を発するように」
その機能を点毎に独立させるため、わざわざ溝を切って針山にしたのだ。
「今度は初めから『分かれている物』を使ってみようと思う」
「それが鉄粉か」
ステファノは鉄粉の1粒1粒に魔力を籠めようというのであった。
トーマにはまったく考えつかない発想であった。
「そんなことができるのか? あんな小さなものに魔力を籠めるなんて?」
魔術師を目指すトーマでさえ、いや、魔力を多少なりとも知っているからこそ、疑問を覚えずにはいられない。
「針には籠められたよ? 針は良くて、鉄粉はダメだと言う理屈もないと思って」
大きさに何の意味があるのか? ステファノは根源的な疑問を世界に対してぶつけていた。
魔力にとってそんなものは意味がない。ステファノのイドはそう叫んでいる。
「だが、『魔術の下方限界』はどうする? 魔力を小さくし過ぎると、魔術は消滅してしまうだろう?」
魔術学入門での実験を思い出し、トーマは異論を唱えた。
「あれは勘違いだと思うんだ」
「勘違いだと?」
ステファノの言葉はトーマにとって意味不明であった。
「先生は『魔力供給を弱めろ』と言った。『魔力を小さくしろ』とは言っていない」
「そんなの……同じことだろう?」
「俺はその2つが違う事象だという仮説を立てた。そうすれば魔術の下方限界を説明できるんだ」
ステファノは説明を始めた。
「俺が魔力とは世界からの借り物だと言ったことを覚えているか? 便宜上、それが正しいと仮定してくれ。あの時何が起こったのかを説明する」
ステファノは最初に種火の術を使った時のことを話し始めた。
「指先の大きさの火。俺はそれを呼び出してガラスケースの中で燃やした。燃える物のないケースの中だ。魔力を絶やせば、火は消えてしまう。そうだな?」
トーマはその通りだと頷いた。
「先生に言われて俺は魔力供給を続けた。しかし、魔力供給って何だ? 魔力自体が借り物だとしたら、俺は供給するものなど持っていない。供給するのは俺ではない、「世界」が火を燃やす力を与え続けるんだ」
ここまでは良いなと、ステファノは3人の顔を見た。彼らはわかったという印に頷いて見せる。
「俺は世界から魔力を借りる時に、『小指の先』という大きさで炎を規定した。だから、世界は丁度それだけの魔力を俺に貸してくれたわけだ」
ステファノは右手の小指を立て、第1関節のところに親指で触れた。
「そうしたら先生が魔力供給を少なくして炎を小さくしろと言った。俺はそれを世界に伝えた。すると炎は小さくなった」
このとき何が起きたかがポイントだと、ステファノは言った。
「そもそも俺は『小指の先の炎』を借りてきている。『魔力供給』を小さくしろと言われても、世界としては炎の大きさは変えられない。小さくしろと言われた世界は無理をすることになる」
「無理とは何だ?」
「借りてきた因果は変えられない。無理を言われた世界は、因果を貸しながら打ち消そうとするんだ」
あの時、ステファノには魔力が観えていた。火属性の魔力はそのまま存在し、「終焉の紫」がその一部を覆っていたのだった。
「一部を打ち消された魔力は、一見小さくなったように見える。ところが打ち消す力があるところまで大きくなると、それ以上炎を維持できなくなるんだ」
「それはどうしてだ?」
トーマは拮抗する2つの力を想像しながら、ステファノに説明の続きを促した。
「あの魔力は『小指の先の大きさ』に最適化されていたからだ。最初から『爪の先の大きさ』の炎を呼び出していたら、何事もなく燃え続けだろう」
指先に摘まんだイクラを想像してみてくれと、ステファノは言った。
「イクラを小さくしろと言われて、ある所までは指先の隙間を小さくすればイクラはひしゃげてくれる。だが、限界を超えればイクラは耐えられずに潰れてしまうだろう。それと似たようなことだと思ってもらえば良い」
トーマは何もない指先を広げたり、縮めたりして指の間を見詰めていた。
「その話と鉄粉はどうつながるんだ?」
魔力談議に興味のないスールーが話の行方をせっついた。
「言いたいことはこうだ。最初から正しく定義すれば、魔力に下方限界などない」
それは世の中の魔術学者が定説とする理論を真っ向から否定する宣言であった。
「お前、自分が何を言っているかわかっているか? 世界中の魔術学者に喧嘩を売ることになるぞ?」
トーマがステファノを凝視して言った。
「たとえ世界中の学者が敵に回ろうと、この件に関しては俺が正しい。たとえば、炭の粉は燃えるだろう? 飛んでいる火の粉は1つの炎だ。自然界に存在するものであれば、どんなに小さな炎でも魔術で再現できる」
「面白いな、ステファノ。これは面白いことになりそうだね。それで鉄粉をどう使う?」
心底楽しそうな目でスールーが先を促した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第280話 魔力に容れ物の大きさは関係ないよ。」
「鉄粉の1粒を魔術具として扱います」
「鉄の粉をか?」
スールーは信じられないという顔をしている。
「現状の圧印器でも、針の1本1本を魔術具として取り扱っています」
針はいわば「素子」である。光に反応する「点」として、鉄板の上に並んでいる。
「鉄板のままでは、『点』をバラバラに扱うことができなかったんです。それで溝を切って独立させました」
ステファノは現在の圧印器がなぜ「針山」のような形をしているか、理由を説明した。
「今回は初めからバラバラになっている鉄粉に魔力を籠めるつもりです」
「溝を切らなくても良いってわけだな」
……
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