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第4章 魔術学園奮闘編
第276話 熱意なきところに進化はない。
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「ここの利用者は学生だ。皆若く、向上心に燃えている。隣で複合魔術を撃たれてみろ? 自分でも撃ちたくなるに決まっている」
ドリーは当然のことだと言った。
「実際、以前は複合魔術を目につくところで練習させていた結果、真似をした生徒が事故を起こすことが多かったらしい」
術を暴走させた生徒が傷害事故を起こしたのをきっかけに、複合魔術は一般生徒から隔離して訓練することになった。
「そういう理由ですか。聞いておいて良かった」
複合魔術の取り扱いには慎重を期す必要があった。他生徒にひけらかすようなことは避けねばならない。
もちろん、ステファノに複合魔術を自慢するつもりはなかったが。
「それじゃ推薦の件、よろしくお願いします」
「ふん。実はいつ頼まれても良いように、既に推薦状は作ってある。明日、提出しておこう」
話はそれまでに、ステファノは訓練を開始した。
その日は、杖、縄、帯を使った蛇尾に磨きをかけた。
「不殺」を掲げるステファノにとって敵を捕らえる蛇尾は、もっとも使い勝手の良い術である。いついかなる時でも咄嗟に振るえるように、体に叩き込む必要があった。
黙々と術を飛ばすステファノを、傍らでドリーが見つめていた。
彼女にとっては、ギフト「蛇の目」を磨く格好の機会なのだ。ステファノが飛ばすイドを、蛇の目に捉えようと精神を研ぎ澄ます。
魔術はイメージだ。ドリーは蛇のピット器官を想像する。魔力を「熱」として捉えるその能力で、今度はイドを捉えるのだ。
(ステファノが飛ばすのは「熱の塊」だ。「熱」を飛ばせば、「熱波」が広がる。その熱波を掴まえるんだ!)
ステファノが棒を振り、縄を振るうたびに、ドリーは「熱い」と唇を動かした。
イドの動きを熱波に結びつけ、蛇の目にその存在を教え込むために。
(棒を振るう瞬間、飛び散る飛沫が見える。撃ち出されるイドのイメージを、蛇の目が飛沫として観ているのだ。ステファノが言う通りだとすると、飛んで行くイドの玉、絡みつく蛇尾も蛇の目に映るはずだ)
ひたすら術の試射を見守るその姿は、この試射場で同じように身を乗り出していたトーマの姿に重なる。
魔術の道に年齢や経験は関係ない。魔術師は、皆等しく学びの徒であった。
熱意なきところに進化はない。
「甘い。甘い」とうわごとのようにつぶやき続けていたトーマの姿は、ドリーの目に残っている。真理を求める自分の熱意は、あの少年に劣るだろうか?
(そんなわけがあるものか。絶対に観てやる!)
ドリーは肘まで両袖をまくり上げ、ステファノの背中に向けて手を伸ばす。できるだけ多くの「皮膚」で「熱」を捉えるために。
(必要だと言うなら、裸にだってなってやる。全身全霊でイドを捉えてみせる)
目を閉じ、顔を伏せて手のひらと二の腕に意識を集中する。
(熱い、熱いぞ。熱波が来る。必ず来る。熱い風……)
何度目の発動であったろうか。ステファノが杖を振るう音が聞こえるその直前に、何かが手のひらを押して来た。タンポポの綿毛のような、羽毛のようなその感触、あるかないかの温かさをドリーは逃がさなかった。
(来た! これが熱波だ。熱い、熱いぞ! 真っ赤に焼けた鉄だ!)
限界を超えた集中に、額を濡らした汗が眉毛を伝ってぽとりと床に落ちた。その振動が引き金となったように、張り詰めていた感覚が怒涛のようにドリーの精神に押し寄せてきた。
(くあっ! 熱い! 燃える鉄球だ)
ステファノの杖から一直線に標的目掛けて飛ぶ真っ赤な「熱」が観えた。標的の直前でその玉はぱっくりと開いて長い5本足のヒトデ形に変形した。
(あれが蛇尾!)
ヒトデは意思ある者の動きで標的を絡めとり、ぐるぐると縛り上げた。
「5番、蛇尾。的中2点、発動3点、威力1点、追加効果2点。合計8点!」
ドリーは顔を上げ、高々と宣言した。
彼女は、したたる汗を拭おうともしなかった。
◆◆◆
翌日の金曜日はチャレンジ成功によって午前中がフリーとなっていた。ステファノは朝から図書館に籠り、万能科学総論向けの論文を仕上げた。
自分自身がギフトと魔力の「両持ち」であることは明かさず、あくまでも仮説としてギフトにかかった「リミッター」の存在を考察した。
難しいのは「魔視」系ギフトについて語る部分であった。他人の能力を観察した結果として論考を進めなければならない。
ステファノは魔術学入門の授業中に示した「魔力借物説」を仮説の中心に置いた。
その上で「魔力」というものを説明する概念として因果の間に存在する「引力」を語った。ステファノはこれを「因力」と呼ぶことにした。
本来因果はイデア間の「結合」としてイデア界に存在するものであった。それを魔術師は限られた視野によって利用できるのであるが、因力の詳細まで見極める能力が「魔視」系ギフトであると説く。
因果はイデア界に無数に存在するため、そのままでは人の脳では扱い切れず、オーバーフローしてしまう。
それを防ぐためにはイデア界と人の間に障壁ないしフィルターを設けなければならない。
それがこの場合のリミッターであると説明した。
(論文はできた。できたけれど……これではチャレンジは失敗だな。仮説だらけで論証できるところがない)
「霧隠れの術」のように実演によって補強できる仮説であれば説得力がある。しかし、単なる可能性だけでは弱すぎるだろう。
(俺がギフト持ちだということを見せられれば、実演の仕方があるんだが……。それは時期尚早だな)
ステファノとしてはドイルの講義は最後まで出席したいので、チャレンジの成否にそこまでのこだわりはない。こだわりはないが、できれば成功したいとは考えていた。
(まあ、上手く行かないこともあるさ。気持ちを切り替えて週末は薬草学に集中しよう!)
またハンニバルさんに助けてもらわなくちゃと、ステファノは苦笑いした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第277話 貴族出身生徒に商売の何たるかはわからない。」
金曜日の午後、3限目は「商業簿記入門」である。この日はチャレンジ・テーマの論文を回収し、講師のセルゲイは食料品商店を例にして、事業経営と簿記との関係をわかりやすく紹介した。
簿記とはルールの塊である。どうしても味気なく、暗記ばかりの内容になりがちであった。
それを現実的な商店経営を例に取ることによって、セルゲイは興味を引く内容に仕上げていた。
例にした「食料品商店」という選択も上手いとステファノは思った。
食料品であれば誰もが馴染みがある。商店であれば「品物を仕入れて売る」という単純な事業形態として紹介できる。
現実の商売はそれほど単純でない。仕入れ販売以外にも業務はたくさんあり、資金が動くが、そこは問題ではない。基本的な取引の簿記的表現を知れば十分なのだ。
……
◆お楽しみに。
ドリーは当然のことだと言った。
「実際、以前は複合魔術を目につくところで練習させていた結果、真似をした生徒が事故を起こすことが多かったらしい」
術を暴走させた生徒が傷害事故を起こしたのをきっかけに、複合魔術は一般生徒から隔離して訓練することになった。
「そういう理由ですか。聞いておいて良かった」
複合魔術の取り扱いには慎重を期す必要があった。他生徒にひけらかすようなことは避けねばならない。
もちろん、ステファノに複合魔術を自慢するつもりはなかったが。
「それじゃ推薦の件、よろしくお願いします」
「ふん。実はいつ頼まれても良いように、既に推薦状は作ってある。明日、提出しておこう」
話はそれまでに、ステファノは訓練を開始した。
その日は、杖、縄、帯を使った蛇尾に磨きをかけた。
「不殺」を掲げるステファノにとって敵を捕らえる蛇尾は、もっとも使い勝手の良い術である。いついかなる時でも咄嗟に振るえるように、体に叩き込む必要があった。
黙々と術を飛ばすステファノを、傍らでドリーが見つめていた。
彼女にとっては、ギフト「蛇の目」を磨く格好の機会なのだ。ステファノが飛ばすイドを、蛇の目に捉えようと精神を研ぎ澄ます。
魔術はイメージだ。ドリーは蛇のピット器官を想像する。魔力を「熱」として捉えるその能力で、今度はイドを捉えるのだ。
(ステファノが飛ばすのは「熱の塊」だ。「熱」を飛ばせば、「熱波」が広がる。その熱波を掴まえるんだ!)
ステファノが棒を振り、縄を振るうたびに、ドリーは「熱い」と唇を動かした。
イドの動きを熱波に結びつけ、蛇の目にその存在を教え込むために。
(棒を振るう瞬間、飛び散る飛沫が見える。撃ち出されるイドのイメージを、蛇の目が飛沫として観ているのだ。ステファノが言う通りだとすると、飛んで行くイドの玉、絡みつく蛇尾も蛇の目に映るはずだ)
ひたすら術の試射を見守るその姿は、この試射場で同じように身を乗り出していたトーマの姿に重なる。
魔術の道に年齢や経験は関係ない。魔術師は、皆等しく学びの徒であった。
熱意なきところに進化はない。
「甘い。甘い」とうわごとのようにつぶやき続けていたトーマの姿は、ドリーの目に残っている。真理を求める自分の熱意は、あの少年に劣るだろうか?
(そんなわけがあるものか。絶対に観てやる!)
ドリーは肘まで両袖をまくり上げ、ステファノの背中に向けて手を伸ばす。できるだけ多くの「皮膚」で「熱」を捉えるために。
(必要だと言うなら、裸にだってなってやる。全身全霊でイドを捉えてみせる)
目を閉じ、顔を伏せて手のひらと二の腕に意識を集中する。
(熱い、熱いぞ。熱波が来る。必ず来る。熱い風……)
何度目の発動であったろうか。ステファノが杖を振るう音が聞こえるその直前に、何かが手のひらを押して来た。タンポポの綿毛のような、羽毛のようなその感触、あるかないかの温かさをドリーは逃がさなかった。
(来た! これが熱波だ。熱い、熱いぞ! 真っ赤に焼けた鉄だ!)
限界を超えた集中に、額を濡らした汗が眉毛を伝ってぽとりと床に落ちた。その振動が引き金となったように、張り詰めていた感覚が怒涛のようにドリーの精神に押し寄せてきた。
(くあっ! 熱い! 燃える鉄球だ)
ステファノの杖から一直線に標的目掛けて飛ぶ真っ赤な「熱」が観えた。標的の直前でその玉はぱっくりと開いて長い5本足のヒトデ形に変形した。
(あれが蛇尾!)
ヒトデは意思ある者の動きで標的を絡めとり、ぐるぐると縛り上げた。
「5番、蛇尾。的中2点、発動3点、威力1点、追加効果2点。合計8点!」
ドリーは顔を上げ、高々と宣言した。
彼女は、したたる汗を拭おうともしなかった。
◆◆◆
翌日の金曜日はチャレンジ成功によって午前中がフリーとなっていた。ステファノは朝から図書館に籠り、万能科学総論向けの論文を仕上げた。
自分自身がギフトと魔力の「両持ち」であることは明かさず、あくまでも仮説としてギフトにかかった「リミッター」の存在を考察した。
難しいのは「魔視」系ギフトについて語る部分であった。他人の能力を観察した結果として論考を進めなければならない。
ステファノは魔術学入門の授業中に示した「魔力借物説」を仮説の中心に置いた。
その上で「魔力」というものを説明する概念として因果の間に存在する「引力」を語った。ステファノはこれを「因力」と呼ぶことにした。
本来因果はイデア間の「結合」としてイデア界に存在するものであった。それを魔術師は限られた視野によって利用できるのであるが、因力の詳細まで見極める能力が「魔視」系ギフトであると説く。
因果はイデア界に無数に存在するため、そのままでは人の脳では扱い切れず、オーバーフローしてしまう。
それを防ぐためにはイデア界と人の間に障壁ないしフィルターを設けなければならない。
それがこの場合のリミッターであると説明した。
(論文はできた。できたけれど……これではチャレンジは失敗だな。仮説だらけで論証できるところがない)
「霧隠れの術」のように実演によって補強できる仮説であれば説得力がある。しかし、単なる可能性だけでは弱すぎるだろう。
(俺がギフト持ちだということを見せられれば、実演の仕方があるんだが……。それは時期尚早だな)
ステファノとしてはドイルの講義は最後まで出席したいので、チャレンジの成否にそこまでのこだわりはない。こだわりはないが、できれば成功したいとは考えていた。
(まあ、上手く行かないこともあるさ。気持ちを切り替えて週末は薬草学に集中しよう!)
またハンニバルさんに助けてもらわなくちゃと、ステファノは苦笑いした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第277話 貴族出身生徒に商売の何たるかはわからない。」
金曜日の午後、3限目は「商業簿記入門」である。この日はチャレンジ・テーマの論文を回収し、講師のセルゲイは食料品商店を例にして、事業経営と簿記との関係をわかりやすく紹介した。
簿記とはルールの塊である。どうしても味気なく、暗記ばかりの内容になりがちであった。
それを現実的な商店経営を例に取ることによって、セルゲイは興味を引く内容に仕上げていた。
例にした「食料品商店」という選択も上手いとステファノは思った。
食料品であれば誰もが馴染みがある。商店であれば「品物を仕入れて売る」という単純な事業形態として紹介できる。
現実の商売はそれほど単純でない。仕入れ販売以外にも業務はたくさんあり、資金が動くが、そこは問題ではない。基本的な取引の簿記的表現を知れば十分なのだ。
……
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