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第4章 魔術学園奮闘編
第274話 何という世界かとミョウシンは驚く。
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息が整ったところで、2人は乱取りを再開した。
ステファノは最初から魔視を使う。ミョウシンも動きを読まれていると知りつつ、フェイントをかける。
どちらも容易には相手を制することができなくなった。
二重、三重の意図を持った仕掛けにステファノは振り回されぬように応じる。過不足なく合わせている間はミョウシンも攻めきれない。
しかし、押し戻し過ぎたり、押されすぎたりすればそこにミョウシンがつけ込む。
どちらも気を抜けない攻防が延々と続いた。
「これまで」
体よりも心が音を上げる寸前のところで、ミョウシンは乱取りの終了を告げた。関節のストレッチをしつつ、2人は筋肉と心肺をクールダウンする。
「これほど頭を使って乱取りをしたことはありません。今までずいぶん楽をしていたとわかりました」
「確かに頭が疲れますね。筋肉だけでなく、脳のクールダウンも必要です」
後半の稽古に入る前に、瞑想の時間を置いたことは正解だったようだ。2人はステファノのリードで、心を自由に遊ばせた。
ミョウシンは魔術を学ぶわけではないが、イドの制御は瞑想から始まる。ステファノは自分が結ぶ手印の意味をミョウシンに教えた。
「イドの本質は陽気です。魔力を生み出す始原の赤です。対極にあるものが陰気です。これを終焉の紫と呼んでいます。陽気を練ればその反動で陰気が生じます」
陰気は「光属性の魔力」であるのだが、ミョウシンにはそれを感じ、制御する素質がない。
だがイドはすべてのものに備わる本質である。陰気が観えなくても陽気は練れるはずだ。
ステファノはそう考えた。
「禅定印の手の内に陽気を練ります。吸い込んだ息を丹田まで下ろして回転させるつもりで。そのイメージを頭に描いてください」
魔術とはイメージだ。誰もがそう言う。ほとんどの魔術師はイドなど感じていない。魔力すらあいまいな認識のまま、目の前の因果を手探りで利用するだけである。その手づかみの感触を「魔力」と呼んでいる。
ミョウシンは因果を掴むことができない。だが、自分のものであるイドを感じられないという理屈はない。
魔術を使えなくても、イドは制御できるはずだ。そう信じてステファノは瞑想法を伝えていた。
ミョウシンはステファノに助けられて感じた温もりと光を脳裏に思いだす。それを呼吸の動きに重ねて、陽気をイメージする。イメージの中のそれを手の内に集め、回転させる。
集め、止め、回転させる……。集め、止め、回転させる……。
倦むことなく、ミョウシンは呼吸法と瞑想を続けた。
「これまでです」
ステファノの声に、ミョウシンは意識を取り戻した。想像上の陽気玉に取り込まれて手の内で自分が回転するような気持ちになっていた。
「わずかですが陽気は動いています。焦らずに続ければ、いつか陽気を感じる時が訪れるでしょう」
「ありがとう。不思議です。なぜだか焦りがありません。まるで忘れ物を取り戻すような気持ち。あるべきものが元の場所に収まるだけのように思えます」
「きっとその感覚は真実でしょう。感覚を信じてこれからも続けてください」
瞑想の利点はどこでもできることである。ミョウシンは毎朝の独り稽古時にも、瞑想の訓練を取り入れていた。
後半の稽古では「鉄壁の型」をさらに3手伝えられ、ミョウシンは「形」と「意」を我が物とすべく没入した。
ステファノの言葉を聞けば、彼自身はこの型を行いながらイドを練るのだという。やがてそれは一体となり、意識しなくとも攻防に働くと。
何という世界かとミョウシンは驚く。この少年はどれだけの達人になろうとしているのか。
出し惜しみしないとステファノは言ったが、その気になれば陽気でミョウシンを攻撃できるのだ。投げ、抑え、叩くことができるのだ。
このどこにでもいそうな少年は、既にどんな兵士よりも強い。
なのに、なぜさらに強くなろうと努力するのか?
聞けば、戦いに勝つためではないという。
自分とその周りの人間を守りたいのだと、ステファノは言う。敵であっても、傷つけたくはないのだと。
傷つけずに相手を制圧したいなどと、虫の良いことを言う。
柔を学ぶミョウシンでさえ、それはきれいごとだとわかる。命ある限りこちらを殺そうと向かって来る者がいる。抑えるだけでは生き延びられない戦いがある。
それでもステファノは相手を圧倒すれば、殺し合いを避けられるのではないかと期待を止めない。
それが自分の望む「強さ」であると、迷いなく言う。
ミョウシンにはまだ自信がない。ステファノとの稽古でその信念が得られるのなら……。
その機会を逃さぬため、ミョウシンはステファノの教えを1つもこぼさず受け止めようと努力した。
◆◆◆
柔研究会の稽古後、魔術訓練までは1時間のインターバルがある。
いつもなら独り稽古で時間を潰すところだが、この日は思いっきり体を動かしたせいかいささか疲労感があった。無理をしても稽古の効果は薄いので、ステファノは体術以外に時間を当てることにした。
と言って、今から図書館で調べ物をするには1時間という長さは中途半端だ。
食堂でお茶を飲みながら、残るチャレンジ課題について方策を練ることにした。
薬草の基礎以外の科目については概ね内容が固まっており、残るはドイル先生の万能科学総論のみとなっていた。
(ギフトはノーコストでありながら、発動量や連続行使に限界があるのはなぜか? それが課題だったな)
ステファノが知るギフト保持者は、自分自身、ドイル、ネルソン、マルチェル、クリード、ガル、ディオール、ドリー、サントス、トーマであった。
その内、ネルソン、ディオール、ドリー、サントス、トーマは大ぐくりにすれば「魔力視」の能力を持っている。
ドイルとマルチェルは精神活動の制御。クリードは、おそらく身体活動の制御レベルを向上させるギフト持ちであろう。
一番最後の身体制御については限界に心当たりがあった。
それはギフトの限界ではなく、働きかける肉体の限界である。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第275話 ギフトの限界。」
いくらギフトがノーコストで発動できるとしても、それを受け止め実現するのは生身の体である。肉体にはおのずと限界がある。一定の力、一定の速度を超えて動かすことはできない。
動かせば壊れる。
自己保存本能として、これ以上は使わないというリミッターがかけられているのではないか? それが、ステファノが想像する1つの答えであった。
精神活動系のギフトについても肉体制御系と同じことが言えよう。活動の担い手が筋肉から脳に変わるだけである。実際にドイルはギフトの使い過ぎで倒れたことがあるらしい。
……
◆お楽しみに。
ステファノは最初から魔視を使う。ミョウシンも動きを読まれていると知りつつ、フェイントをかける。
どちらも容易には相手を制することができなくなった。
二重、三重の意図を持った仕掛けにステファノは振り回されぬように応じる。過不足なく合わせている間はミョウシンも攻めきれない。
しかし、押し戻し過ぎたり、押されすぎたりすればそこにミョウシンがつけ込む。
どちらも気を抜けない攻防が延々と続いた。
「これまで」
体よりも心が音を上げる寸前のところで、ミョウシンは乱取りの終了を告げた。関節のストレッチをしつつ、2人は筋肉と心肺をクールダウンする。
「これほど頭を使って乱取りをしたことはありません。今までずいぶん楽をしていたとわかりました」
「確かに頭が疲れますね。筋肉だけでなく、脳のクールダウンも必要です」
後半の稽古に入る前に、瞑想の時間を置いたことは正解だったようだ。2人はステファノのリードで、心を自由に遊ばせた。
ミョウシンは魔術を学ぶわけではないが、イドの制御は瞑想から始まる。ステファノは自分が結ぶ手印の意味をミョウシンに教えた。
「イドの本質は陽気です。魔力を生み出す始原の赤です。対極にあるものが陰気です。これを終焉の紫と呼んでいます。陽気を練ればその反動で陰気が生じます」
陰気は「光属性の魔力」であるのだが、ミョウシンにはそれを感じ、制御する素質がない。
だがイドはすべてのものに備わる本質である。陰気が観えなくても陽気は練れるはずだ。
ステファノはそう考えた。
「禅定印の手の内に陽気を練ります。吸い込んだ息を丹田まで下ろして回転させるつもりで。そのイメージを頭に描いてください」
魔術とはイメージだ。誰もがそう言う。ほとんどの魔術師はイドなど感じていない。魔力すらあいまいな認識のまま、目の前の因果を手探りで利用するだけである。その手づかみの感触を「魔力」と呼んでいる。
ミョウシンは因果を掴むことができない。だが、自分のものであるイドを感じられないという理屈はない。
魔術を使えなくても、イドは制御できるはずだ。そう信じてステファノは瞑想法を伝えていた。
ミョウシンはステファノに助けられて感じた温もりと光を脳裏に思いだす。それを呼吸の動きに重ねて、陽気をイメージする。イメージの中のそれを手の内に集め、回転させる。
集め、止め、回転させる……。集め、止め、回転させる……。
倦むことなく、ミョウシンは呼吸法と瞑想を続けた。
「これまでです」
ステファノの声に、ミョウシンは意識を取り戻した。想像上の陽気玉に取り込まれて手の内で自分が回転するような気持ちになっていた。
「わずかですが陽気は動いています。焦らずに続ければ、いつか陽気を感じる時が訪れるでしょう」
「ありがとう。不思議です。なぜだか焦りがありません。まるで忘れ物を取り戻すような気持ち。あるべきものが元の場所に収まるだけのように思えます」
「きっとその感覚は真実でしょう。感覚を信じてこれからも続けてください」
瞑想の利点はどこでもできることである。ミョウシンは毎朝の独り稽古時にも、瞑想の訓練を取り入れていた。
後半の稽古では「鉄壁の型」をさらに3手伝えられ、ミョウシンは「形」と「意」を我が物とすべく没入した。
ステファノの言葉を聞けば、彼自身はこの型を行いながらイドを練るのだという。やがてそれは一体となり、意識しなくとも攻防に働くと。
何という世界かとミョウシンは驚く。この少年はどれだけの達人になろうとしているのか。
出し惜しみしないとステファノは言ったが、その気になれば陽気でミョウシンを攻撃できるのだ。投げ、抑え、叩くことができるのだ。
このどこにでもいそうな少年は、既にどんな兵士よりも強い。
なのに、なぜさらに強くなろうと努力するのか?
聞けば、戦いに勝つためではないという。
自分とその周りの人間を守りたいのだと、ステファノは言う。敵であっても、傷つけたくはないのだと。
傷つけずに相手を制圧したいなどと、虫の良いことを言う。
柔を学ぶミョウシンでさえ、それはきれいごとだとわかる。命ある限りこちらを殺そうと向かって来る者がいる。抑えるだけでは生き延びられない戦いがある。
それでもステファノは相手を圧倒すれば、殺し合いを避けられるのではないかと期待を止めない。
それが自分の望む「強さ」であると、迷いなく言う。
ミョウシンにはまだ自信がない。ステファノとの稽古でその信念が得られるのなら……。
その機会を逃さぬため、ミョウシンはステファノの教えを1つもこぼさず受け止めようと努力した。
◆◆◆
柔研究会の稽古後、魔術訓練までは1時間のインターバルがある。
いつもなら独り稽古で時間を潰すところだが、この日は思いっきり体を動かしたせいかいささか疲労感があった。無理をしても稽古の効果は薄いので、ステファノは体術以外に時間を当てることにした。
と言って、今から図書館で調べ物をするには1時間という長さは中途半端だ。
食堂でお茶を飲みながら、残るチャレンジ課題について方策を練ることにした。
薬草の基礎以外の科目については概ね内容が固まっており、残るはドイル先生の万能科学総論のみとなっていた。
(ギフトはノーコストでありながら、発動量や連続行使に限界があるのはなぜか? それが課題だったな)
ステファノが知るギフト保持者は、自分自身、ドイル、ネルソン、マルチェル、クリード、ガル、ディオール、ドリー、サントス、トーマであった。
その内、ネルソン、ディオール、ドリー、サントス、トーマは大ぐくりにすれば「魔力視」の能力を持っている。
ドイルとマルチェルは精神活動の制御。クリードは、おそらく身体活動の制御レベルを向上させるギフト持ちであろう。
一番最後の身体制御については限界に心当たりがあった。
それはギフトの限界ではなく、働きかける肉体の限界である。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第275話 ギフトの限界。」
いくらギフトがノーコストで発動できるとしても、それを受け止め実現するのは生身の体である。肉体にはおのずと限界がある。一定の力、一定の速度を超えて動かすことはできない。
動かせば壊れる。
自己保存本能として、これ以上は使わないというリミッターがかけられているのではないか? それが、ステファノが想像する1つの答えであった。
精神活動系のギフトについても肉体制御系と同じことが言えよう。活動の担い手が筋肉から脳に変わるだけである。実際にドイルはギフトの使い過ぎで倒れたことがあるらしい。
……
◆お楽しみに。
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