飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
274 / 667
第4章 魔術学園奮闘編

第274話 何という世界かとミョウシンは驚く。

しおりを挟む
 息が整ったところで、2人は乱取りを再開した。

 ステファノは最初から魔視まじを使う。ミョウシンも動きを読まれていると知りつつ、フェイントをかける。
 どちらも容易には相手を制することができなくなった。

 二重、三重の意図を持った仕掛けにステファノは振り回されぬように応じる。過不足なく合わせている間はミョウシンも攻めきれない。
 しかし、押し戻し過ぎたり、押されすぎたりすればそこにミョウシンがつけ込む。

 どちらも気を抜けない攻防が延々と続いた。

「これまで」

 体よりも心が音を上げる寸前のところで、ミョウシンは乱取りの終了を告げた。関節のストレッチをしつつ、2人は筋肉と心肺をクールダウンする。

「これほど頭を使って乱取りをしたことはありません。今までずいぶん楽をしていたとわかりました」
「確かに頭が疲れますね。筋肉だけでなく、脳のクールダウンも必要です」

 後半の稽古に入る前に、瞑想の時間を置いたことは正解だったようだ。2人はステファノのリードで、心を自由に遊ばせた。

 ミョウシンは魔術を学ぶわけではないが、イドの制御は瞑想から始まる。ステファノは自分が結ぶ手印の意味をミョウシンに教えた。

「イドの本質は陽気です。魔力を生み出す始原の赤です。対極にあるものが陰気です。これを終焉の紫と呼んでいます。陽気を練ればその反動で陰気が生じます」

 陰気は「光属性の魔力」であるのだが、ミョウシンにはそれを感じ、制御する素質がない。
 だがイドはすべてのものに備わる本質である。陰気が観えなくても陽気は練れるはずだ。

 ステファノはそう考えた。

禅定ぜんじょう印の手の内に陽気を練ります。吸い込んだ息を丹田まで下ろして回転させるつもりで。そのイメージを頭に描いてください」

 魔術とはイメージだ。誰もがそう言う。ほとんどの魔術師はイドなど感じていない。魔力すらあいまいな認識のまま、目の前の因果を手探りで利用するだけである。その手づかみの感触を「魔力」と呼んでいる。

 ミョウシンは因果を掴むことができない。だが、自分のものであるイドを感じられないという理屈はない。
 魔術を使えなくても、イドは制御できるはずだ。そう信じてステファノは瞑想法を伝えていた。

 ミョウシンはステファノに助けられて感じた温もりと光を脳裏に思いだす。それを呼吸の動きに重ねて、陽気をイメージする。イメージの中のそれを手の内に集め、回転させる。

 集め、止め、回転させる……。集め、止め、回転させる……。

 むことなく、ミョウシンは呼吸法と瞑想を続けた。

「これまでです」

 ステファノの声に、ミョウシンは意識を取り戻した。想像上の陽気玉に取り込まれて手の内で自分が回転するような気持ちになっていた。

「わずかですが陽気は動いています。焦らずに続ければ、いつか陽気を感じる時が訪れるでしょう」
「ありがとう。不思議です。なぜだか焦りがありません。まるで忘れ物を取り戻すような気持ち。あるべきものが元の場所に収まるだけのように思えます」
「きっとその感覚は真実でしょう。感覚を信じてこれからも続けてください」
 
 瞑想の利点はどこでもできることである。ミョウシンは毎朝の独り稽古時にも、瞑想の訓練を取り入れていた。

 後半の稽古では「鉄壁の型」をさらに3手伝えられ、ミョウシンは「形」と「意」を我が物とすべく没入した。

 ステファノの言葉を聞けば、彼自身はこの型を行いながらイドを練るのだという。やがてそれは一体となり、意識しなくとも攻防に働くと。
 何という世界かとミョウシンは驚く。この少年はどれだけの達人になろうとしているのか。

 出し惜しみしないとステファノは言ったが、その気になれば陽気でミョウシンを攻撃できるのだ。投げ、抑え、叩くことができるのだ。
 このどこにでもいそうな少年は、既にどんな兵士よりも強い。

 なのに、なぜさらに強くなろうと努力するのか?

 聞けば、戦いに勝つためではないという。

 自分とその周りの人間を守りたいのだと、ステファノは言う。敵であっても、傷つけたくはないのだと。
 傷つけずに相手を制圧したいなどと、虫の良いことを言う。

 柔を学ぶミョウシンでさえ、それはきれいごとだとわかる。命ある限りこちらを殺そうと向かって来る者がいる。抑えるだけでは生き延びられない戦いがある。

 それでもステファノは相手を圧倒すれば、殺し合いを避けられるのではないかと期待を止めない。
 それが自分の望む「強さ」であると、迷いなく言う。

 ミョウシンにはまだ自信がない。ステファノとの稽古でその信念が得られるのなら……。
 その機会を逃さぬため、ミョウシンはステファノの教えを1つもこぼさず受け止めようと努力した。

 ◆◆◆

 柔研究会の稽古後、魔術訓練までは1時間のインターバルがある。

 いつもなら独り稽古で時間を潰すところだが、この日は思いっきり体を動かしたせいかいささか疲労感があった。無理をしても稽古の効果は薄いので、ステファノは体術以外に時間を当てることにした。

 と言って、今から図書館で調べ物をするには1時間という長さは中途半端だ。

 食堂でお茶を飲みながら、残るチャレンジ課題について方策を練ることにした。
 薬草の基礎以外の科目については概ね内容が固まっており、残るはドイル先生の万能科学総論のみとなっていた。

(ギフトはノーコストでありながら、発動量や連続行使に限界があるのはなぜか? それが課題だったな)

 ステファノが知るギフト保持者は、自分自身、ドイル、ネルソン、マルチェル、クリード、ガル、ディオール、ドリー、サントス、トーマであった。

 その内、ネルソン、ディオール、ドリー、サントス、トーマは大ぐくりにすれば「魔力視」の能力を持っている。
 ドイルとマルチェルは精神活動の制御。クリードは、おそらく身体活動の制御レベルを向上させるギフト持ちであろう。

 一番最後の身体制御については限界に心当たりがあった。
 それはギフトの限界ではなく、働きかける肉体の限界である。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第275話 ギフトの限界。」

 いくらギフトがノーコストで発動できるとしても、それを受け止め実現するのは生身の体である。肉体にはおのずと限界がある。一定の力、一定の速度を超えて動かすことはできない。

 動かせば壊れる・・・

 自己保存本能として、これ以上は使わないというリミッターがかけられているのではないか? それが、ステファノが想像する1つの答えであった。

 精神活動系のギフトについても肉体制御系と同じことが言えよう。活動の担い手が筋肉から脳に変わるだけである。実際にドイルはギフトの使い過ぎで倒れたことがあるらしい。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

処理中です...