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第4章 魔術学園奮闘編
第272話 我ステファノが命じる。光に従いて力を現わせ。光あれ!
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タッセの許しをしっかり得た上で、ステファノは圧印器と木片をバイスにセットした。
ひと塊となったバイスを左手に持ち、右手の杖を向ける。
「我ステファノが命じる。光に従いて力を現わせ。光あれ!」
みちみちと木片を圧縮する音が教室に響いた。
「止まれ!」
ステファノはバイスから圧印器を外し、さらに木片を取り出してタッセに差し出した。
「奇妙な物ですね。これをやすり掛けすると木彫品のようになるんですね」
細く残っている薄壁のようなものは、指で押してやれば簡単に根元から折れる。
「むう。確かに同じ作品ができていますね。やすり掛けも最低限の労力でできるでしょう」
地肌が現れた部分を確認してタッセは頷いた。
「よくわかりました。これは持ち帰って製作法も含めて評価しましょう」
「よろしくお願いいたします」
頭を下げてステファノは席に戻った。
折角なのでということで、その日の授業は提出作品の講評が行われた。中にはプロの創作物ではないかと見まごうばかりの作品も含まれており、ステファノを大いに驚かせた。
「チャレンジの成否については、明日中には各個人あてに連絡します。それでは今日の講義は以上です」
「俺の作品はどうだった?」
背嚢を背負って立ち上がったところにトーマがやって来た。
「トーマの作品て、どれだったの?」
「あれだ最後近くで、バラの意匠が見事だって褒められていた奴だ」
「あれがトーマの作品だったの? まるでプロが作ったような出来に見えたよ」
「そうか、そうか」
トーマは図面が読めるだけでなく、手先も相当に器用なようだ。ステファノとは違った意味でバランスや空間把握といった感覚も優れているのだろう。
「あの出来だったらチャレンジに成功するんじゃないか」
「おう、それならありがたいな。他の教科が大変なんだ」
「そうだね。卒業するためには魔術学科の単位が要るもんな」
「お前、魔術科の授業で軒並みチャレンジに成功しているらしいな」
ステファノが取っていた科目数は少ないが、すべてチャレンジ成功となれば噂になるだろう。
「得意なテーマが多かったお陰で、うまくやれたみたいだ」
ステファノは当たり障りのない答えを返した。謙遜しても自慢しても、角が立ちかねない。
実際には本人なりに相当の努力をしたのだが、他人にはわかるまい。
「お前が並みの魔術師じゃないってことが俺にはわかる。だから妬みもしないし、コツを教えろなんてことも言わない。だが、そういう目で見る奴もいるから気をつけろよ」
その忠告をするために、トーマは教室に残ったのだった。
いい加減な所もあるが、ステファノに受けた恩は忘れていない。仲間のためには戦いも辞さない気骨があった。
「物騒なことになったら声をかけてくれ。腕っぷしなら負けない」
トーマは二の腕をまくって見せた。
「ありがたいよ。俺には友だちがいないから、万一の時はよろしく頼む」
いざとなれば棒術があるし、最近では柔の技も身につけた。滅多なことではトーマの世話になることはないが、申し出は嬉しかった。
同年代の男友だちは、ステファノにとって初めてかもしれない。
「よし。任せとけ。じゃあな」
少し照れたような顔をしてトーマは胸を叩いた。
新しい靴を履いた時のようなふわふわした気持ちで、ステファノは訓練場に向かった。
◆◆◆
訓練場につくと、既にミョウシンが準備運動をしていた。
「こんにちは」
「こんにちは、ステファノ。最近君のことをよく人に聞かれるんだけれど、何かありましたか?」
ステファノは目立つ。年中黒道着を着ている少年とミョウシンが柔の稽古をしているということは、広く知れ渡っていた。
そこに来てステファノのチャレンジ連勝が噂となり、あいつは何者だとミョウシンに尋ねる者が出て来たのだ。
「実は……」
つい先ほどトーマに聞いた話を、ステファノはミョウシンに伝えた。
自分のせいでミョウシンに嫌な思いをさせては申し訳ない。そう思った。
「それはすごいですね。おめでとう。それで皆、君は何者かと聞いて来たわけですね。ふふふ」
「迷惑を掛けていたらすみません」
「そんなことはないですよ。そのうち治まるでしょう」
話はそれまでに、2人はランニングとストレッチを行い、受け身の稽古からいつもの訓練を黙々とこなした。
ステファノが上達して来たので、乱取りに充てる練習時間を増やしている。
まだまだミョウシンの技の切れにステファノは太刀打ちできなかった。
初心者が上級者にかなわないのは当たり前のことである。ステファノに焦りはなかった。
自分に勝るミョウシンの動きを、今は投げられることで覚えれば良い。これほど貴重な手本はないと思っていた。
だんだんと、ミョウシンが動きを起こす前に「これは投げられるな」と予想できるようになってきた。
わかっているなら身を守れば良いのだが、絶妙なタイミングで飛び込まれるので自分の動きができない。
(わかっていても避けられないのが「真の技」なんだな)
ステファノはそのことを実感していた。
(師匠の術にはそういうところがあった。マルチェルさんの技に至っては起こりさえわからなかったな)
自分はあの頃から進歩したのだろうか。今あの技を受けたなら違う結果になるのだろうか。
答えの出ない妄想に心が流れようとするたびに、ステファノは思いを振り切って稽古に集中した。
過去の自分がいたから現在の自分がある。しかし、過去は既に過ぎ去った。
今を積み重ねた先の未来に、ありたき自分は描くべきだ。
思い願う未来を引き寄せるために、今の自分は積み重ねる。経験を。努力を――。
(それなら「出し惜しみ」している余裕はないな)
その意識の動きを読み取ったかのように、ミョウシンが予備動作なく飛び込んできた。
ステファノは「魔視」でそれを見ていた。
どれほど自分の体をニュートラルに保とうと、自意識は欺けない。「行く」と決意した瞬間、ミョウシンのイドは赤く染まった。
その瞬間、ステファノは脱力した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第273話 ステファノは脱力して『ぬかるみ』になった。」
抵抗すれば体は固まる。それでは「岩」になってしまい、てこの原理で投げられるだけだ。
ステファノは脱力して「ぬかるみ」になった。ミョウシンにまとわりつき、足元を狂わせる泥になった。
そのままでは体重で勝るステファノに引き込まれる。投げ切れないと悟ったミョウシンは、瞬転して離れようとした。体勢を入れ替えれば落ちていくステファノの足元を払うことができる。
その動きの転換をステファノが捉えた。
ミョウシンが完全に静止し、逆方向に動くために力を集中した瞬間に、その力の方向をわずかに変えてやる。
真後ろに旋回しようとしたミョウシンの動きが、意識とは裏腹に右斜め下へと逸れていく。だが、止まらない。自分で起こした動きであるために、「違う」とわかっても止められない。
……
◆お楽しみに。
ひと塊となったバイスを左手に持ち、右手の杖を向ける。
「我ステファノが命じる。光に従いて力を現わせ。光あれ!」
みちみちと木片を圧縮する音が教室に響いた。
「止まれ!」
ステファノはバイスから圧印器を外し、さらに木片を取り出してタッセに差し出した。
「奇妙な物ですね。これをやすり掛けすると木彫品のようになるんですね」
細く残っている薄壁のようなものは、指で押してやれば簡単に根元から折れる。
「むう。確かに同じ作品ができていますね。やすり掛けも最低限の労力でできるでしょう」
地肌が現れた部分を確認してタッセは頷いた。
「よくわかりました。これは持ち帰って製作法も含めて評価しましょう」
「よろしくお願いいたします」
頭を下げてステファノは席に戻った。
折角なのでということで、その日の授業は提出作品の講評が行われた。中にはプロの創作物ではないかと見まごうばかりの作品も含まれており、ステファノを大いに驚かせた。
「チャレンジの成否については、明日中には各個人あてに連絡します。それでは今日の講義は以上です」
「俺の作品はどうだった?」
背嚢を背負って立ち上がったところにトーマがやって来た。
「トーマの作品て、どれだったの?」
「あれだ最後近くで、バラの意匠が見事だって褒められていた奴だ」
「あれがトーマの作品だったの? まるでプロが作ったような出来に見えたよ」
「そうか、そうか」
トーマは図面が読めるだけでなく、手先も相当に器用なようだ。ステファノとは違った意味でバランスや空間把握といった感覚も優れているのだろう。
「あの出来だったらチャレンジに成功するんじゃないか」
「おう、それならありがたいな。他の教科が大変なんだ」
「そうだね。卒業するためには魔術学科の単位が要るもんな」
「お前、魔術科の授業で軒並みチャレンジに成功しているらしいな」
ステファノが取っていた科目数は少ないが、すべてチャレンジ成功となれば噂になるだろう。
「得意なテーマが多かったお陰で、うまくやれたみたいだ」
ステファノは当たり障りのない答えを返した。謙遜しても自慢しても、角が立ちかねない。
実際には本人なりに相当の努力をしたのだが、他人にはわかるまい。
「お前が並みの魔術師じゃないってことが俺にはわかる。だから妬みもしないし、コツを教えろなんてことも言わない。だが、そういう目で見る奴もいるから気をつけろよ」
その忠告をするために、トーマは教室に残ったのだった。
いい加減な所もあるが、ステファノに受けた恩は忘れていない。仲間のためには戦いも辞さない気骨があった。
「物騒なことになったら声をかけてくれ。腕っぷしなら負けない」
トーマは二の腕をまくって見せた。
「ありがたいよ。俺には友だちがいないから、万一の時はよろしく頼む」
いざとなれば棒術があるし、最近では柔の技も身につけた。滅多なことではトーマの世話になることはないが、申し出は嬉しかった。
同年代の男友だちは、ステファノにとって初めてかもしれない。
「よし。任せとけ。じゃあな」
少し照れたような顔をしてトーマは胸を叩いた。
新しい靴を履いた時のようなふわふわした気持ちで、ステファノは訓練場に向かった。
◆◆◆
訓練場につくと、既にミョウシンが準備運動をしていた。
「こんにちは」
「こんにちは、ステファノ。最近君のことをよく人に聞かれるんだけれど、何かありましたか?」
ステファノは目立つ。年中黒道着を着ている少年とミョウシンが柔の稽古をしているということは、広く知れ渡っていた。
そこに来てステファノのチャレンジ連勝が噂となり、あいつは何者だとミョウシンに尋ねる者が出て来たのだ。
「実は……」
つい先ほどトーマに聞いた話を、ステファノはミョウシンに伝えた。
自分のせいでミョウシンに嫌な思いをさせては申し訳ない。そう思った。
「それはすごいですね。おめでとう。それで皆、君は何者かと聞いて来たわけですね。ふふふ」
「迷惑を掛けていたらすみません」
「そんなことはないですよ。そのうち治まるでしょう」
話はそれまでに、2人はランニングとストレッチを行い、受け身の稽古からいつもの訓練を黙々とこなした。
ステファノが上達して来たので、乱取りに充てる練習時間を増やしている。
まだまだミョウシンの技の切れにステファノは太刀打ちできなかった。
初心者が上級者にかなわないのは当たり前のことである。ステファノに焦りはなかった。
自分に勝るミョウシンの動きを、今は投げられることで覚えれば良い。これほど貴重な手本はないと思っていた。
だんだんと、ミョウシンが動きを起こす前に「これは投げられるな」と予想できるようになってきた。
わかっているなら身を守れば良いのだが、絶妙なタイミングで飛び込まれるので自分の動きができない。
(わかっていても避けられないのが「真の技」なんだな)
ステファノはそのことを実感していた。
(師匠の術にはそういうところがあった。マルチェルさんの技に至っては起こりさえわからなかったな)
自分はあの頃から進歩したのだろうか。今あの技を受けたなら違う結果になるのだろうか。
答えの出ない妄想に心が流れようとするたびに、ステファノは思いを振り切って稽古に集中した。
過去の自分がいたから現在の自分がある。しかし、過去は既に過ぎ去った。
今を積み重ねた先の未来に、ありたき自分は描くべきだ。
思い願う未来を引き寄せるために、今の自分は積み重ねる。経験を。努力を――。
(それなら「出し惜しみ」している余裕はないな)
その意識の動きを読み取ったかのように、ミョウシンが予備動作なく飛び込んできた。
ステファノは「魔視」でそれを見ていた。
どれほど自分の体をニュートラルに保とうと、自意識は欺けない。「行く」と決意した瞬間、ミョウシンのイドは赤く染まった。
その瞬間、ステファノは脱力した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第273話 ステファノは脱力して『ぬかるみ』になった。」
抵抗すれば体は固まる。それでは「岩」になってしまい、てこの原理で投げられるだけだ。
ステファノは脱力して「ぬかるみ」になった。ミョウシンにまとわりつき、足元を狂わせる泥になった。
そのままでは体重で勝るステファノに引き込まれる。投げ切れないと悟ったミョウシンは、瞬転して離れようとした。体勢を入れ替えれば落ちていくステファノの足元を払うことができる。
その動きの転換をステファノが捉えた。
ミョウシンが完全に静止し、逆方向に動くために力を集中した瞬間に、その力の方向をわずかに変えてやる。
真後ろに旋回しようとしたミョウシンの動きが、意識とは裏腹に右斜め下へと逸れていく。だが、止まらない。自分で起こした動きであるために、「違う」とわかっても止められない。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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