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第4章 魔術学園奮闘編
第269話 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?
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「『揺らぎの砂時計』だと? 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?」
ステファノの説明を聞いたドリーは、ますます絶望的な顔をした。
「与太話にしてもとんでもないのだが、お前のことだからな。事実なんだろうな」
「はい。ありのままをお話しています」
「たまらんな」
ドリーは両手で顔を覆った。
やがて弱気な自分が嫌になったのだろう。ごしごしと顔を擦ったかと思うと、両手でぴしゃりと自分の頬を叩いた。
「よし! 気合を入れた。何でも来い!」
ドリーの気合の入れようを見て、ステファノは申し訳なさそうな顔をした。
「悩ませるような真似をしてすみません。これはイデアを知覚する訓練のつもりでした」
「それができたのか?」
「うーん……。ヒントを掴めたというところでしょうか? イデアそのものというより、「尻尾」を捕まえたような?」
ステファノにしてみればまだ「完全」とは言えないようだ。
「それにしても、30メートル先の標的を対象と場所にして術を構成できたのだろう?」
「そこは成功しました」
「それでは足りないのか?」
ドリーにしてみれば、30メートルもの遠隔魔術は驚異的な技である。どの上級魔術者にもできないことであろう。
「何かが違う気がします」
「お前の基準がわからんな」
ステファノの求めるものが異質すぎて、ドリーには理解ができない。一体、この少年は……。
「お前の思い通りになったとしたら、魔術はどうなる?」
ドリーの問いを受けて、ステファノは口をつぐんで考えこんだ。
(どうなるのだろう? イデアを直接認識できたら……)
「きっと、一度見たものはどこに行こうと術の対象に指定できると思います」
「視界から外れてもということだな?」
「時間がたっても術をかけられると思います」
「それは……何年たっても、か?」
「何年たってもです」
りんごに術をかけるとしよう。
りんごが真っ2つに切られたら、元のりんごとの同一性は失われるだろう。
りんごを1切れ切り取ったとしたら、残ったりんごに術はかかるだろう。
ステファノが元のりんごと同一視しうる限り、りんごはどこに行こうとステファノの術から逃れられない。
そういうことになると、ステファノは言った。
「究極の暗殺術ではないか」
「そうなりますか?」
「相手に近づく必要も、相手を視界に入れる必要もないのだろう? お前にターゲットを一度見せておけば、いつでもその相手を殺すことができる。いつでもだ」
ドリーの顔が蒼白になっていた。
「これも表には出せませんね」
「ああ。人に知られればお前は世界一の暗殺者にされるな」
呆然としてるせいか、ドリーはぐさりとステファノの急所を突く。
「俺は……イデアの探求を止めた方が良いのでしょうか?」
「うん? それは違うと思うぞ。お前が求めるものが『真理』であるなら、いつかは誰かが見つけるだろう。お前が一番近くにいるのなら、目を背けるのは無駄なことだ」
ドリーが言うことに道理がある。ステファノが避けるべきは「真理の悪用」であって、「真理」そのものではない。
(師匠が元いた世界のように「リミッター」をかけるべきなのか)
「他人を害さない」という制約条件を魔視脳に刻み込まないと、真正の魔法は危険すぎる。
(正確には、「人間に危害を加えない」か。自分も人間の1人だからな)
その上で、「自己保存を他者保護よりも優先する」という補則をつけなければならないだろう。
自己犠牲は道徳的には美談だが、行動学的に無理がある。自己防衛は生物の本能だ。
(アカデミーを卒業したら、師匠に相談しよう。それまでは遠隔魔法のことは秘密にした方が良い)
その後、ステファノは同じやり方で遠隔魔法を繰り返した。
結果、どの属性であっても「未来の選択」によってイデアを把握できること。それによって30メートル先の標的に直接術を発動できることがわかった。
一方で、このやり方では長時間にわたる「同一性」を維持できないことがわかった。イデアの認識はせいぜい1分しか維持できない。それ以上の時が経過すると「選んだ未来」との不一致が生じてくるらしい。
(きっと、イデアの認識にはもっと適切なやり方がある。いつかそれを見つけなくては)
理由はなかったが、そうすることで自分の魔法が完成する。そういう予感が、ステファノにはあった。
◆◆◆
木曜日の1限めは「魔力操作初級」であったが、チャレンジ成功によって修了資格を得た。午前中がまるまる自由になったので、ステファノは残っているチャレンジ課題に取り組むことにした。
「薬草の基礎」は週末に集中して対策するつもりだ。
この日は「スノーデン王国史(初級)」、「神学入門」そして「万能科学総論」に取り組む。
王国史についての突破口は王国初期の制度に見出した。貴族を中心とした階級制度を聖スノーデンは廃止しようとしていた。
それに反発したモーリー氏が聖スノーデンを排除するために内部から裏切ったのではないか。
筋書きとしてはありうるが、それを裏づける証拠が弱い。
そこで浮かび上がって来たのが、王室による「神器」の接収と、聖スノーデンの死因であった。
神器は平民階級の解放につながる何かの役割を果たすのではないか。そう思って調べ始めたが、使用された儀式は「貴族の叙爵式」と「疫病退散祈願」であった。
この2つに共通する性質とは何であろう。ステファノは今日も悩んでいた。
(逆なんだよなあ。平民を解放するどころか、貴族を作るために使われている)
ステファノは調査を再開する前に、寮の部屋で自分の考えを整理していた。
(逆の使い方……逆? 貴族の叙爵式に使った……平民に使ったらどうなるの?)
平民に対して神器を使ったら、貴族が生まれるのであろうか?
(貴族も、最初に叙爵されるまでは階級はなかった。力を背景にしたただの領主だ)
ギフトとは血統の因子である。マルチェルはそう説明してくれた。
詳しく言えば「貴族の血統の因子」だ。
人による任命が「血統の因子」を生み出すことなどあり得るだろうか?
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第270話 菌には血も肉もないが、世代を超えて伝わる物があるとしたら……。」
人間の作った制度が血統を生み出すことなどあり得ない。そう思ったから「ギフト=血統説」を馬鹿々々しいと考えて来た。
「魔術の歴史(基礎編)」のチャレンジでは説をまとめる上で、ギフトを血統因子と認め、それに対する平民の血統因子として魔力を想定して見せた。
しかし、それを心から信じていたわけではない。論を進めるための便法であった。
(だが、「神器」が血統を創り出すものだとしたらどうだ? 聖スノーデンは文字通り貴族階級を創り出したのではないか)
……
◆お楽しみに。
ステファノの説明を聞いたドリーは、ますます絶望的な顔をした。
「与太話にしてもとんでもないのだが、お前のことだからな。事実なんだろうな」
「はい。ありのままをお話しています」
「たまらんな」
ドリーは両手で顔を覆った。
やがて弱気な自分が嫌になったのだろう。ごしごしと顔を擦ったかと思うと、両手でぴしゃりと自分の頬を叩いた。
「よし! 気合を入れた。何でも来い!」
ドリーの気合の入れようを見て、ステファノは申し訳なさそうな顔をした。
「悩ませるような真似をしてすみません。これはイデアを知覚する訓練のつもりでした」
「それができたのか?」
「うーん……。ヒントを掴めたというところでしょうか? イデアそのものというより、「尻尾」を捕まえたような?」
ステファノにしてみればまだ「完全」とは言えないようだ。
「それにしても、30メートル先の標的を対象と場所にして術を構成できたのだろう?」
「そこは成功しました」
「それでは足りないのか?」
ドリーにしてみれば、30メートルもの遠隔魔術は驚異的な技である。どの上級魔術者にもできないことであろう。
「何かが違う気がします」
「お前の基準がわからんな」
ステファノの求めるものが異質すぎて、ドリーには理解ができない。一体、この少年は……。
「お前の思い通りになったとしたら、魔術はどうなる?」
ドリーの問いを受けて、ステファノは口をつぐんで考えこんだ。
(どうなるのだろう? イデアを直接認識できたら……)
「きっと、一度見たものはどこに行こうと術の対象に指定できると思います」
「視界から外れてもということだな?」
「時間がたっても術をかけられると思います」
「それは……何年たっても、か?」
「何年たってもです」
りんごに術をかけるとしよう。
りんごが真っ2つに切られたら、元のりんごとの同一性は失われるだろう。
りんごを1切れ切り取ったとしたら、残ったりんごに術はかかるだろう。
ステファノが元のりんごと同一視しうる限り、りんごはどこに行こうとステファノの術から逃れられない。
そういうことになると、ステファノは言った。
「究極の暗殺術ではないか」
「そうなりますか?」
「相手に近づく必要も、相手を視界に入れる必要もないのだろう? お前にターゲットを一度見せておけば、いつでもその相手を殺すことができる。いつでもだ」
ドリーの顔が蒼白になっていた。
「これも表には出せませんね」
「ああ。人に知られればお前は世界一の暗殺者にされるな」
呆然としてるせいか、ドリーはぐさりとステファノの急所を突く。
「俺は……イデアの探求を止めた方が良いのでしょうか?」
「うん? それは違うと思うぞ。お前が求めるものが『真理』であるなら、いつかは誰かが見つけるだろう。お前が一番近くにいるのなら、目を背けるのは無駄なことだ」
ドリーが言うことに道理がある。ステファノが避けるべきは「真理の悪用」であって、「真理」そのものではない。
(師匠が元いた世界のように「リミッター」をかけるべきなのか)
「他人を害さない」という制約条件を魔視脳に刻み込まないと、真正の魔法は危険すぎる。
(正確には、「人間に危害を加えない」か。自分も人間の1人だからな)
その上で、「自己保存を他者保護よりも優先する」という補則をつけなければならないだろう。
自己犠牲は道徳的には美談だが、行動学的に無理がある。自己防衛は生物の本能だ。
(アカデミーを卒業したら、師匠に相談しよう。それまでは遠隔魔法のことは秘密にした方が良い)
その後、ステファノは同じやり方で遠隔魔法を繰り返した。
結果、どの属性であっても「未来の選択」によってイデアを把握できること。それによって30メートル先の標的に直接術を発動できることがわかった。
一方で、このやり方では長時間にわたる「同一性」を維持できないことがわかった。イデアの認識はせいぜい1分しか維持できない。それ以上の時が経過すると「選んだ未来」との不一致が生じてくるらしい。
(きっと、イデアの認識にはもっと適切なやり方がある。いつかそれを見つけなくては)
理由はなかったが、そうすることで自分の魔法が完成する。そういう予感が、ステファノにはあった。
◆◆◆
木曜日の1限めは「魔力操作初級」であったが、チャレンジ成功によって修了資格を得た。午前中がまるまる自由になったので、ステファノは残っているチャレンジ課題に取り組むことにした。
「薬草の基礎」は週末に集中して対策するつもりだ。
この日は「スノーデン王国史(初級)」、「神学入門」そして「万能科学総論」に取り組む。
王国史についての突破口は王国初期の制度に見出した。貴族を中心とした階級制度を聖スノーデンは廃止しようとしていた。
それに反発したモーリー氏が聖スノーデンを排除するために内部から裏切ったのではないか。
筋書きとしてはありうるが、それを裏づける証拠が弱い。
そこで浮かび上がって来たのが、王室による「神器」の接収と、聖スノーデンの死因であった。
神器は平民階級の解放につながる何かの役割を果たすのではないか。そう思って調べ始めたが、使用された儀式は「貴族の叙爵式」と「疫病退散祈願」であった。
この2つに共通する性質とは何であろう。ステファノは今日も悩んでいた。
(逆なんだよなあ。平民を解放するどころか、貴族を作るために使われている)
ステファノは調査を再開する前に、寮の部屋で自分の考えを整理していた。
(逆の使い方……逆? 貴族の叙爵式に使った……平民に使ったらどうなるの?)
平民に対して神器を使ったら、貴族が生まれるのであろうか?
(貴族も、最初に叙爵されるまでは階級はなかった。力を背景にしたただの領主だ)
ギフトとは血統の因子である。マルチェルはそう説明してくれた。
詳しく言えば「貴族の血統の因子」だ。
人による任命が「血統の因子」を生み出すことなどあり得るだろうか?
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第270話 菌には血も肉もないが、世代を超えて伝わる物があるとしたら……。」
人間の作った制度が血統を生み出すことなどあり得ない。そう思ったから「ギフト=血統説」を馬鹿々々しいと考えて来た。
「魔術の歴史(基礎編)」のチャレンジでは説をまとめる上で、ギフトを血統因子と認め、それに対する平民の血統因子として魔力を想定して見せた。
しかし、それを心から信じていたわけではない。論を進めるための便法であった。
(だが、「神器」が血統を創り出すものだとしたらどうだ? 聖スノーデンは文字通り貴族階級を創り出したのではないか)
……
◆お楽しみに。
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