268 / 673
第4章 魔術学園奮闘編
第268話 未来は1つに定まっていない。
しおりを挟む
ステファノは30メートルの距離を隔てて標的と向き合っていた。
あえてその距離にしたのは、肉眼に頼らぬよう自分を追い込むためであった。
魔視脳によるイドの認識「魔視」でもギリギリの距離である。
標的に「場所」を重ねて指定しようと術式を構成しても、発動できる形に維持できない。砂山の上に鉄の玉を置くようにぐずぐずと土台が崩れてしまう。
「対象」としての自己同一性は認識できているので、イドを飛ばして当てることはできる。
しかし、「場所」としての特定ができない。
(とにかくイドを良く見よう)
ステファノは長期戦になる覚悟で、標的の認識から始めることにした。
「いろはにほへと~ ちりぬるを~」
誦文を唱える。
ここにはドリーしかいない。隠すことなくギフト本来の使い方で、力を呼び出す。
「わかよたれそ~ えつねならむ~」
心を無にしていろは歌を唱えた。何が起きるかはステファノにもわからない。
ただ標的をイデアとして捉えたいと願った。
イドの輝きは見えている。始原の赤に薄っすらと包まれた標的はところどころに終焉の紫をにじませている。
(あれは、撃たれて弱くなった部分か……)
誦文を続けながら、ステファノは観察する。
(現在の姿は「来し方」の結果だ。過去の到達点に「今」がある。それに対して「未来」は未だ存在しない)
誦文と、観相と、思索とをステファノは続ける。
(可能性として「未来」を観る。終焉の紫は破綻の可能性だ。紫の光は「可能性」を示しているはずだ)
可能性であるがゆえに、光はもやもやと揺らいでいる。未来は1つに定まっていない。
無数の可能性が奥行きとなって重なっている。それが揺らぎの正体であった。
(揺らぎのすべてを認識するのは不可能だ。人の脳は「無限」を相手にはできない。未来を1つにまとめることはできないのか?)
誦文を繰り返しながらステファノは未来の可視化に取り組んだ。しかし、未来には手ごたえがない。掴もうとするとするりと手の中から抜けてしまう。
(だめだ! やはりまとめては認識できない。うん? いや待てよ。「現在」は認識できているが、そもそも「過去」はどうなんだ?)
今まで「過去」を観ようとしたことはなかった。「現在」を見れば事が足りたからだ。だが、「未来」を観るために、まず「過去」を観てみよう。ステファノはそう考えた。
「いろはにほへと~ ちりぬるを~」
ステファノは標的の過去に魔視を向けた。すると、途端に標的の像がぼやけてしまった。始原の赤がにじむ。
(過去も1つではない? どういうことだ。過去は現在の連なりであるはずだ。決まった過去から現在が発生しているはずじゃないか)
しかし、魔視に映る「過去」は1つではない。あたかも無数の可能性の中から1つの「現在」が選ばれているように。
無数の過去が「現在」という1点に収れんし、また無数の未来へと枝分かれしてゆく。砂時計の形のように時空はくびれている。
(無数の過去からたった1つの現実が選ばれ、無数の未来から現実となるのもたった1つだ。その1つを探し出せというのか?)
未来がまだ決定されていない以上、現在から未来を選ぶ根拠などない。どんなに「ありそうな未来」でも「あり得そうもない未来」に覆い隠されることもある。
(どうやって選べというのか? いや、選んだらどうなるんだ?)
わからないなら、やってみるしかない。ステファノはわら束から1本のわらを引き抜くように、1つの未来を選び取った。
すると、1筋の糸が現在へとつながり、枝分かれした過去へと光が連鎖した。
(むっ? つかめた!)
「ドリーさん! 火魔術の許可を!」
ステファノは振り向きもせず、ドリーに叫んだ。
「5番、火魔術。発射を許可する!」
「我が命に従いて標的を燃やせ。火球!」
その瞬間、30メートル先に炎が出現して標的を中心に燃え上がった。
「なっ? 火球だと?」
火はすぐに燃え尽きた。危険がないと見て取ったドリーは標的を検分するために引き寄せる。
「うむ。威力、発動、命中精度を合わせて7点というところだな」
「それなら丁度良い範囲に収まっていますね」
マリアンヌ学科長に披露した「内輪の実力」に沿っていると判断して、ステファノは安心の声を漏らした。
「馬鹿を言え。距離が違う。あれは10メートルの話だ。こっちは30メートルだぞ!」
「点数が上がるっていうことですか?」
「上がるも何も、お前……」
ドリーは肩を落とした。
「こんなもの本当は採点対象外だ。威力と狙いはポイントを3倍して評価すべきだからな」
「それでは10点満点を超えてしまいますね」
やり過ぎだったかと、ステファノは頭をかいた。
「つまり、今のは既に上級魔術クラスだ」
「えっ? ただの火球なのに?」
「どこが火球だ、馬鹿者!」
ドリーは標的を指さした。
「30メートル先に突然炎が現れた。完全に『遠隔魔術』じゃないか! そんな火球がどこにある?」
「ええー、同じつもりで撃ったんですが……」
ドリーはステファノを怒鳴りつけようと息を吸い込んだが、その顔を見て拍子抜けした。
「はあー。お前なあ、非常識にも程度があるだろう? 火球とは炎を飛ばすものだというのがわからないか?」
「それより狙った場所に出現させた方が手っ取り早いと思って」
「て、手っ取り早い……。思ったって……。そんな思いつきであんなことができるかあ!」
ドリーは頭をかきむしった。
「お前と話すとおかしくなる。とにかく座って説明しろ」
ステファノは自分に「過去」、「現在」そして「未来」がどう見えたかを説明した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第269話 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?」
「『揺らぎの砂時計』だと? 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?」
ステファノの説明を聞いたドリーは、ますます絶望的な顔をした。
「与太話にしてもとんでもないのだが、お前のことだからな。事実なんだろうな」
「はい。ありのままをお話しています」
「たまらんな」
ドリーは両手で顔を覆った。
やがて弱気な自分が嫌になったのだろう。ごしごしと顔を擦ったかと思うと、両手でぴしゃりと自分の頬を叩いた。
「よし! 気合を入れた。何でも来い!」
……
◆お楽しみに。
◆「飯屋のせがれ、魔術師になる。――知力ひとつで成り上がってやる。」は毎日更新です。
あえてその距離にしたのは、肉眼に頼らぬよう自分を追い込むためであった。
魔視脳によるイドの認識「魔視」でもギリギリの距離である。
標的に「場所」を重ねて指定しようと術式を構成しても、発動できる形に維持できない。砂山の上に鉄の玉を置くようにぐずぐずと土台が崩れてしまう。
「対象」としての自己同一性は認識できているので、イドを飛ばして当てることはできる。
しかし、「場所」としての特定ができない。
(とにかくイドを良く見よう)
ステファノは長期戦になる覚悟で、標的の認識から始めることにした。
「いろはにほへと~ ちりぬるを~」
誦文を唱える。
ここにはドリーしかいない。隠すことなくギフト本来の使い方で、力を呼び出す。
「わかよたれそ~ えつねならむ~」
心を無にしていろは歌を唱えた。何が起きるかはステファノにもわからない。
ただ標的をイデアとして捉えたいと願った。
イドの輝きは見えている。始原の赤に薄っすらと包まれた標的はところどころに終焉の紫をにじませている。
(あれは、撃たれて弱くなった部分か……)
誦文を続けながら、ステファノは観察する。
(現在の姿は「来し方」の結果だ。過去の到達点に「今」がある。それに対して「未来」は未だ存在しない)
誦文と、観相と、思索とをステファノは続ける。
(可能性として「未来」を観る。終焉の紫は破綻の可能性だ。紫の光は「可能性」を示しているはずだ)
可能性であるがゆえに、光はもやもやと揺らいでいる。未来は1つに定まっていない。
無数の可能性が奥行きとなって重なっている。それが揺らぎの正体であった。
(揺らぎのすべてを認識するのは不可能だ。人の脳は「無限」を相手にはできない。未来を1つにまとめることはできないのか?)
誦文を繰り返しながらステファノは未来の可視化に取り組んだ。しかし、未来には手ごたえがない。掴もうとするとするりと手の中から抜けてしまう。
(だめだ! やはりまとめては認識できない。うん? いや待てよ。「現在」は認識できているが、そもそも「過去」はどうなんだ?)
今まで「過去」を観ようとしたことはなかった。「現在」を見れば事が足りたからだ。だが、「未来」を観るために、まず「過去」を観てみよう。ステファノはそう考えた。
「いろはにほへと~ ちりぬるを~」
ステファノは標的の過去に魔視を向けた。すると、途端に標的の像がぼやけてしまった。始原の赤がにじむ。
(過去も1つではない? どういうことだ。過去は現在の連なりであるはずだ。決まった過去から現在が発生しているはずじゃないか)
しかし、魔視に映る「過去」は1つではない。あたかも無数の可能性の中から1つの「現在」が選ばれているように。
無数の過去が「現在」という1点に収れんし、また無数の未来へと枝分かれしてゆく。砂時計の形のように時空はくびれている。
(無数の過去からたった1つの現実が選ばれ、無数の未来から現実となるのもたった1つだ。その1つを探し出せというのか?)
未来がまだ決定されていない以上、現在から未来を選ぶ根拠などない。どんなに「ありそうな未来」でも「あり得そうもない未来」に覆い隠されることもある。
(どうやって選べというのか? いや、選んだらどうなるんだ?)
わからないなら、やってみるしかない。ステファノはわら束から1本のわらを引き抜くように、1つの未来を選び取った。
すると、1筋の糸が現在へとつながり、枝分かれした過去へと光が連鎖した。
(むっ? つかめた!)
「ドリーさん! 火魔術の許可を!」
ステファノは振り向きもせず、ドリーに叫んだ。
「5番、火魔術。発射を許可する!」
「我が命に従いて標的を燃やせ。火球!」
その瞬間、30メートル先に炎が出現して標的を中心に燃え上がった。
「なっ? 火球だと?」
火はすぐに燃え尽きた。危険がないと見て取ったドリーは標的を検分するために引き寄せる。
「うむ。威力、発動、命中精度を合わせて7点というところだな」
「それなら丁度良い範囲に収まっていますね」
マリアンヌ学科長に披露した「内輪の実力」に沿っていると判断して、ステファノは安心の声を漏らした。
「馬鹿を言え。距離が違う。あれは10メートルの話だ。こっちは30メートルだぞ!」
「点数が上がるっていうことですか?」
「上がるも何も、お前……」
ドリーは肩を落とした。
「こんなもの本当は採点対象外だ。威力と狙いはポイントを3倍して評価すべきだからな」
「それでは10点満点を超えてしまいますね」
やり過ぎだったかと、ステファノは頭をかいた。
「つまり、今のは既に上級魔術クラスだ」
「えっ? ただの火球なのに?」
「どこが火球だ、馬鹿者!」
ドリーは標的を指さした。
「30メートル先に突然炎が現れた。完全に『遠隔魔術』じゃないか! そんな火球がどこにある?」
「ええー、同じつもりで撃ったんですが……」
ドリーはステファノを怒鳴りつけようと息を吸い込んだが、その顔を見て拍子抜けした。
「はあー。お前なあ、非常識にも程度があるだろう? 火球とは炎を飛ばすものだというのがわからないか?」
「それより狙った場所に出現させた方が手っ取り早いと思って」
「て、手っ取り早い……。思ったって……。そんな思いつきであんなことができるかあ!」
ドリーは頭をかきむしった。
「お前と話すとおかしくなる。とにかく座って説明しろ」
ステファノは自分に「過去」、「現在」そして「未来」がどう見えたかを説明した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第269話 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?」
「『揺らぎの砂時計』だと? 無数の過去に、無数の未来? 『未来を選んだ』だと?」
ステファノの説明を聞いたドリーは、ますます絶望的な顔をした。
「与太話にしてもとんでもないのだが、お前のことだからな。事実なんだろうな」
「はい。ありのままをお話しています」
「たまらんな」
ドリーは両手で顔を覆った。
やがて弱気な自分が嫌になったのだろう。ごしごしと顔を擦ったかと思うと、両手でぴしゃりと自分の頬を叩いた。
「よし! 気合を入れた。何でも来い!」
……
◆お楽しみに。
◆「飯屋のせがれ、魔術師になる。――知力ひとつで成り上がってやる。」は毎日更新です。
1
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

追放貴族少年リュウキの成り上がり~魔力を全部奪われたけど、代わりに『闘気』を手に入れました~
さとう
ファンタジー
とある王国貴族に生まれた少年リュウキ。彼は生まれながらにして『大賢者』に匹敵する魔力を持って生まれた……が、義弟を溺愛する継母によって全ての魔力を奪われ、次期当主の座も奪われ追放されてしまう。
全てを失ったリュウキ。家も、婚約者も、母の形見すら奪われ涙する。もう生きる力もなくなり、全てを終わらせようと『龍の森』へ踏み込むと、そこにいたのは死にかけたドラゴンだった。
ドラゴンは、リュウキの境遇を憐れみ、ドラゴンしか使うことのできない『闘気』を命をかけて与えた。
これは、ドラゴンの力を得た少年リュウキが、新しい人生を歩む物語。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる