上 下
267 / 629
第4章 魔術学園奮闘編

第267話 水曜日は体を解放し、心を解放し、そして魔力を解放する日であった。

しおりを挟む
 この日のミョウシンは落ちついていた。昨日ステファノが教えた瞑想法は時間があるたびに繰り返している。
 といって、すぐに身につくものでもない。効果が表れるのがいつの日であるかは、誰にもわからない。

 しかし、ミョウシンに焦りはなかった。
 ミョウシンは知っていた。

(イドは確かに、そこにある)

 自分はそれを見つけるだけで良いのだ。どれほど長い道であろうと、この道は必ず目的地につながっている。
 何を焦る必要があろうか? 1歩進めば、1歩ゴールに近づくのだ。

 これほど頼もしいことはない。

 不思議なもので、自信がみなぎると技もさえる。
 瞑想の効果はまだ出ていないのに、ミョウシンの身ごなしは安定感を増した。

 バランスが整えば体幹の粘りが強くなる。ステファノの崩しに抵抗できる時間が伸びた。

(うん? 昨日よりもミョウシンさんの手応えが重い……)

「受け手」が抵抗してくれれば、「攻め手」の練習精度が上がる。ステファノは崩しの方向やタイミングを工夫し、技への「入り」をより素早く、強いものに磨いていく。

 それにまた「受け手」が抵抗するという格好で、お互いのレベルが上がって行くのが理想の打ち込み稽古であった。

 攻守を変えて2人は打ち込み稽古をみっちり50分行った。

「はい。良いでしょう。短期間で目を瞠る上達ぶりと思います。明日からは乱取り稽古を取り入れましょう」
「ありがとうございます」

 ステファノの「客観視」はミョウシンの技を受けるたびに磨かれていく。自分が攻め手となった時はミョウシンの技を思い浮かべながら、その動きに自分を重ねていく。
 その精度は、数を重ねるたびに増していった。

 汗を抑えると、2人は休憩を兼ねた瞑想に移る。呼吸を整え、イドを練る。

 今回ステファノは言葉のみでミョウシンの意識を誘導し、イドによる補助は行わない。
 ミョウシンは思い通りにイドを動かすことができないが、それは構わない。意識が集中できればわずかにでもイドに動きが生まれる。意識を向ける場所さえ間違っていなければ、後は「慣れ」だけの問題であった。

 仕上げに「鉄壁の型」を教える。

 既にミョウシンには「柔」の基本があるので、1日1手といわず3つの手を教えていく。
 ミョウシンは動きの意味を噛みしめながら、ステファノが示す手を己の体に写し取ろうと努力した。

 ◆◆◆

 水曜5時からはヴィオネッタ先生のところで絵を描く時間だ。授業はチャレンジにより修了資格をもらったが、基礎的な美術の技術が向上したわけではない。
 ステファノはデッサンから学んで、絵画の技術を高めたいと思っていた。

 ヴィオネッタ先生はステファノのデッサン画を後ろから眺めながら、あれこれとアドバイスをくれた。

 木炭の使い方や正しい遠近法など、どれをとってもステファノには初めてのことであり、新鮮に感じられた。

 デッサンしながら交わした会話によれば、ステファノがここで描いた「明るく見える絵」は結局ギルモア侯爵に献上されたらしい。
 いわくを聞いて侯爵はいたく面白がったということであった。

(あの下手な絵が王族に献上されなくて良かったよ。侯爵閣下でも十分とんでもないことだけど)

 ヴィオネッタの研究室で過ごすひと時は魔法とも、体術とも、授業とも関係ないゆったりした時間であった。
 思えば随分贅沢なことをさせてもらっている。そのことをヴィオネッタに言うと、先生は笑った。

「今更でしょう。あなたが実力で手に入れた機会です。それにここはアカデミーです。学びの心がある者にはいつでも門戸を開いていますよ」

 正確に言えば、「その資格を持つ者には」という限定がつくのだが。

 ステファノはと言えば、飽きずにデッサンを繰り返しながら考えていた。

(デッサン1つをとっても対象の性質、構造を知らなければ本質を捉えられない。上辺だけの模倣になってしまう。魔法も同じことだな。来し方、行く末を観て奥行きを把握しなければ)

 知らず知らずのうちにデッサンと魔法とを結びつけ、対象の観察はいつしかイデアの観測を目指して行った。

 ◆◆◆

 水曜日は体を解放し、心を解放し、そして魔力を解放する日であった。

 ヴィオネッタの研究室を出たステファノは魔術訓練場で試射の訓練をさせてもらう。
 その日は対象をイデアとして捉える練習に取り組んだ。

「それはまた突飛な発想だな」
「理屈は合っていると思うんです」

 ステファノは狙いとするところをドリーに告げて、意見を求めた。

「ふうむ、イデア界では距離は関係ないと言うか……。しかし、ここは現実界だからな」
「ですが、因果を引き寄せることはできているわけですからね。引き寄せる場所が、ここ・・ではなく、離れた的になるというだけで」
「理屈の上では同じだというのか……。お前が言う『構成要素』の指定で何とかならんのか?」

「場所」、「対象」、「態様」を指定できるなら、「標的」を場所として指定したら良いのではないかと、ドリーは言う。

 しかし、やってみても上手く行かない。どうも現実界の「雑音」が場所の指定をぼやかしてしまうようだ。
 5メートル以上遠方を発動ポイントに指定すると術は不発に終わる。

「どんぐりでは上手く行っていたのにな」
「あれはちょっと違うようですね」

 どんぐりを発動体とするケースでは、|手元で術を仕掛け、発動のきっかけを後から与えているだけである。
 あくまでも術はどんぐりを起点に発動する。

 離れたポイントに術を掛けているのではなく、指定した発動ポイントを移動させただけであった。

「離れた場所を指定するためにはイデアのレベルで認識する必要がありますね」

 ギフト「諸行無常いろはにほへと」を、ステファノは初めてイデア認識の道具として意識した。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第268話 未来は1つに定まっていない。」

 ステファノは30メートルの距離を隔てて標的と向き合っていた。
 あえてその距離にしたのは、肉眼に頼らぬよう自分を追い込むためであった。

 魔視脳まじのうによるイドの認識「魔視」でもギリギリの距離である。

 標的に「場所」を重ねて指定しようと術式を構成しても、発動できる形に維持できない。砂山の上に鉄の玉を置くようにぐずぐずと土台が崩れてしまう。

「対象」としての自己同一性は認識できているので、イドを飛ばして当てることはできる。
 しかし、「場所」としての特定ができない。

(とにかくイドを良く見よう)
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

処理中です...