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第4章 魔術学園奮闘編
第266話 魔法はイデア界にこそあり。
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神器の正体に関する答えが出ぬまま、ステファノはもやもやした気持ちで昼食を終えた。
(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)
チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。
顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
いつも通り套路の演舞から始める。
套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
1番から48番の「手」に「い」から「す」までの魔力型を合わせる。套路は体術の訓練であると同時に、魔力操作の訓練でもあった。
滞りなく、よどみなく。流れるように「手」から「手」へ体を動かし、「型」から「型」へ魔力を動かす。
ステファノは「手」が先とも「型」が先とも考えていない。それが一体となって「套路」を形なす。
もしドリーのように魔力視を持つ人間がこの場にいたら、6種の魔力が目まぐるしく入れ替わり、ステファノの体を流れている様を眼にしたことだろう。
続いてステファノは、「鉄壁の型」12手を4回連続で行った。繰り返しの中で「いろは48文字の型」をなぞる。
套路が切れ目のない変化であったとすれば、鉄壁の型は「陰」と「陽」の入れ替わりだ。それは陰陽の思想を体現したものであり、集中と放出をすばやく切り替える。「陰」で溜め、「陽」で放つ。
杖と縄ではイドの制御を鍛える。イドをまとわせ、飛ばす。
水餅と為し、蛇尾に変える。縄を振って放ち、杖を突いて飛ばす。
存分に体を動かしたステファノは、心地よい疲労感に包まれながら床に座り、あぐらをかいた。
禅定印に太極玉を呼び出し、背骨に沿って丹田より頭頂に上らせる。
魔視脳に重なった太極玉は、目を閉じた世界に光をもたらす。
魔視脳への刺激を繰り返すことにより、ステファノの「視界」は日に日に広がって行った。
初めは半径数メートルにしか及ばなかったが、今では30メートルを超えようとしている。
「水遁霧隠れ」に視界を遮られても、ステファノだけが動けるのはこの「魔視」による。
最も霧が濃いのは自分の周りである。魔視がなければ、霧隠れは術として成り立たない。
(セイナッド氏は魔視脳の一部を開放していたはずだ。瞑想と修行でそこまでは到達可能ということだろう)
やがて開く私塾では魔視脳の開発方法を手法として確立する必要がある。チャンのような生徒が迷うことなく、イドと魔力の制御を覚えられるように。
(俺自身、魔視脳をまだ使いこなせていないはずだ。師匠のレベルから見たらまだまだだ)
魔視脳覚醒者と見られるガル老師は「迅雷の滝」の一撃で20人を倒すと言う。ステファノが同じことをしたら倒せるのは5人か、10人か? 「視界」の広さと「制御」の精度が未だ及ばない。
(俺はまだ「現実界」の目で物を見て魔法を使っている。イデア界のものである魔法を現実の基準で使おうとするから、思い通りにならないんだ。魔法とはイデア界で使うもののはず)
目指すべき姿は、「対象をイデアとして認識すること」である。瞑想を重ね、修行を続けたことによって、ステファノはそう確信するに至った。
それができれば空間や時間に関係なく、対象を特定できる。
相手がどこにいても、術を当てることができる。
魔法とはそういうものであるはずだった。
(試射場での訓練方法を工夫しよう。術を撃つ時、肉眼ではなく魔視で的を観るんだ)
魔法的現象は距離による制限を受けるべきでない。
(遠当ての極みではイドとイドを結ぶ感覚で撃った。だがそれはまだ「距離」の存在を前提にしている)
イデア界自体に大きさや距離はない。「当てる」のではなく「及ぼす」べきなのだ。因果の結果を対象に及ぼす。
魔法の定義式はそうあるべきだった。
(現実界で使う魔術は、「場所」、「対象」、「態様」という構成要素を持つ。イデア界で使う魔法なら、「場所」は必要ない。「対象」をイデアとして指定するべきなんだ)
イデアとは唯一無二、その物の本質であり純粋な概念である。イドとはイデアが有する「自我」であり、「唯一性」のみを取り出したものと言える。
(イドを観るだけではまだ足りない。対象の本質まで認識しなければ、真の魔法は使えない)
まだ観方が足りない。本質に届いていない。対象の過去、現在、未来を見通すような眼が足りない。
(過去、現在、未来……。どこかで聞いたことがある。「来し方、行く末を観る」だったか?)
それはギフト「諸行無常」の説明だった。
「来し方を視、行く末の揺らぎを観る。相より想を得、因果に至る」
心の声はそう告げていた。
(そうか。「相」とは肉眼に見える現実。「想」とは本質たるイデアだ。俺はギフトによってイデアに到達できるはずだ。そのためには……「来し方を視る」)
時間と空間によって区切られている現実界の存在をまず認識する。過去から現在に至る経験が現在のイドを構成している。現在のイドとはそれまでの「過去」を含む存在だ。ステファノは、ギフトの力でそれを知覚することができる。
(だがイドは現在ある自己にすぎない。未来は見えない……。「行く末の揺らぎを観る」。それが未来か!)
未来とは可能性であり、揺らぎであった。
(未来を可能性として観る。それが「諸行無常」の神髄だ)
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第267話 水曜日は体を解放し、心を解放し、そして魔力を解放する日であった。」
この日のミョウシンは落ちついていた。昨日ステファノが教えた瞑想法は時間があるたびに繰り返している。
といって、すぐに身につくものでもない。効果が表れるのがいつの日であるかは、誰にもわからない。
しかし、ミョウシンに焦りはなかった。
ミョウシンは知っていた。
(イドは確かに、そこにある)
自分はそれを見つけるだけで良いのだ。どれほど長い道であろうと、この道は必ず目的地につながっている。
何を焦る必要があろうか? 1歩進めば、1歩ゴールに近づくのだ。
これほど頼もしいことはない。
……
◆お楽しみに。
(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)
チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。
顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
いつも通り套路の演舞から始める。
套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
1番から48番の「手」に「い」から「す」までの魔力型を合わせる。套路は体術の訓練であると同時に、魔力操作の訓練でもあった。
滞りなく、よどみなく。流れるように「手」から「手」へ体を動かし、「型」から「型」へ魔力を動かす。
ステファノは「手」が先とも「型」が先とも考えていない。それが一体となって「套路」を形なす。
もしドリーのように魔力視を持つ人間がこの場にいたら、6種の魔力が目まぐるしく入れ替わり、ステファノの体を流れている様を眼にしたことだろう。
続いてステファノは、「鉄壁の型」12手を4回連続で行った。繰り返しの中で「いろは48文字の型」をなぞる。
套路が切れ目のない変化であったとすれば、鉄壁の型は「陰」と「陽」の入れ替わりだ。それは陰陽の思想を体現したものであり、集中と放出をすばやく切り替える。「陰」で溜め、「陽」で放つ。
杖と縄ではイドの制御を鍛える。イドをまとわせ、飛ばす。
水餅と為し、蛇尾に変える。縄を振って放ち、杖を突いて飛ばす。
存分に体を動かしたステファノは、心地よい疲労感に包まれながら床に座り、あぐらをかいた。
禅定印に太極玉を呼び出し、背骨に沿って丹田より頭頂に上らせる。
魔視脳に重なった太極玉は、目を閉じた世界に光をもたらす。
魔視脳への刺激を繰り返すことにより、ステファノの「視界」は日に日に広がって行った。
初めは半径数メートルにしか及ばなかったが、今では30メートルを超えようとしている。
「水遁霧隠れ」に視界を遮られても、ステファノだけが動けるのはこの「魔視」による。
最も霧が濃いのは自分の周りである。魔視がなければ、霧隠れは術として成り立たない。
(セイナッド氏は魔視脳の一部を開放していたはずだ。瞑想と修行でそこまでは到達可能ということだろう)
やがて開く私塾では魔視脳の開発方法を手法として確立する必要がある。チャンのような生徒が迷うことなく、イドと魔力の制御を覚えられるように。
(俺自身、魔視脳をまだ使いこなせていないはずだ。師匠のレベルから見たらまだまだだ)
魔視脳覚醒者と見られるガル老師は「迅雷の滝」の一撃で20人を倒すと言う。ステファノが同じことをしたら倒せるのは5人か、10人か? 「視界」の広さと「制御」の精度が未だ及ばない。
(俺はまだ「現実界」の目で物を見て魔法を使っている。イデア界のものである魔法を現実の基準で使おうとするから、思い通りにならないんだ。魔法とはイデア界で使うもののはず)
目指すべき姿は、「対象をイデアとして認識すること」である。瞑想を重ね、修行を続けたことによって、ステファノはそう確信するに至った。
それができれば空間や時間に関係なく、対象を特定できる。
相手がどこにいても、術を当てることができる。
魔法とはそういうものであるはずだった。
(試射場での訓練方法を工夫しよう。術を撃つ時、肉眼ではなく魔視で的を観るんだ)
魔法的現象は距離による制限を受けるべきでない。
(遠当ての極みではイドとイドを結ぶ感覚で撃った。だがそれはまだ「距離」の存在を前提にしている)
イデア界自体に大きさや距離はない。「当てる」のではなく「及ぼす」べきなのだ。因果の結果を対象に及ぼす。
魔法の定義式はそうあるべきだった。
(現実界で使う魔術は、「場所」、「対象」、「態様」という構成要素を持つ。イデア界で使う魔法なら、「場所」は必要ない。「対象」をイデアとして指定するべきなんだ)
イデアとは唯一無二、その物の本質であり純粋な概念である。イドとはイデアが有する「自我」であり、「唯一性」のみを取り出したものと言える。
(イドを観るだけではまだ足りない。対象の本質まで認識しなければ、真の魔法は使えない)
まだ観方が足りない。本質に届いていない。対象の過去、現在、未来を見通すような眼が足りない。
(過去、現在、未来……。どこかで聞いたことがある。「来し方、行く末を観る」だったか?)
それはギフト「諸行無常」の説明だった。
「来し方を視、行く末の揺らぎを観る。相より想を得、因果に至る」
心の声はそう告げていた。
(そうか。「相」とは肉眼に見える現実。「想」とは本質たるイデアだ。俺はギフトによってイデアに到達できるはずだ。そのためには……「来し方を視る」)
時間と空間によって区切られている現実界の存在をまず認識する。過去から現在に至る経験が現在のイドを構成している。現在のイドとはそれまでの「過去」を含む存在だ。ステファノは、ギフトの力でそれを知覚することができる。
(だがイドは現在ある自己にすぎない。未来は見えない……。「行く末の揺らぎを観る」。それが未来か!)
未来とは可能性であり、揺らぎであった。
(未来を可能性として観る。それが「諸行無常」の神髄だ)
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第267話 水曜日は体を解放し、心を解放し、そして魔力を解放する日であった。」
この日のミョウシンは落ちついていた。昨日ステファノが教えた瞑想法は時間があるたびに繰り返している。
といって、すぐに身につくものでもない。効果が表れるのがいつの日であるかは、誰にもわからない。
しかし、ミョウシンに焦りはなかった。
ミョウシンは知っていた。
(イドは確かに、そこにある)
自分はそれを見つけるだけで良いのだ。どれほど長い道であろうと、この道は必ず目的地につながっている。
何を焦る必要があろうか? 1歩進めば、1歩ゴールに近づくのだ。
これほど頼もしいことはない。
……
◆お楽しみに。
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