265 / 629
第4章 魔術学園奮闘編
第265話 法王聖下って解任できるんですか?
しおりを挟む
「聖教会が敏感になっているのはその通りだが、それなりの事情もあるのだ」
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」
ハンニバルの声が低くなった。
「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」
「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」
ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。
「法王聖下って解任できるんですか?」
「そんな制度はない。表向きはな。だからあくまでも表向きは『退位』したことになっている」
高齢化、体力の衰え、病気、神のお告げ。表向きはそのような理由をつけて自発的に退位している。
しかし、実態は王室の圧力による引退であることは明らかなのだという。
「まず、法王が生前に退位するということ自体が稀なのだ。余程のことがなければ自ら退位などしない。そして、退位の声明文を見れば王室の介在は一目瞭然なのだ」
「何か書いてあるんですか?」
「『この度国王陛下の寛大なるご理解を賜り』などとことさらに書き込まれているのさ。せめてもの嫌がらせのつもりだろう」
あるいは最後の強がりであったのか。そうやって退位の決断に王室が関与していることを匂わせるのだ。
「お貴族様の世界はややこしいですね」
「まったくだな」
ステファノの偽らざる気持ちであった。
「だからな、神器のことが下手な騒ぎになると、聖教会が王室に睨まれる恐れがあるわけだ。お前たちが煽っているのではないかとな」
「それで敏感という言葉を使ったんですか」
王室に痛くもない腹を探られることを嫌い、聖教会関係者が横やりを入れてくる可能性がある。
ハンニバルはステファノにそう注意してくれた。
「心配しすぎかもしれないがな」
「いえ、ありがとうございます。何も知らずに虎の尾を踏むところでした」
論文で神器のことを取り上げるとしたら、書き方を工夫してぼかさなければならない。ステファノはそう心に止めた。
「忠告を理解した上でですが、神器について調べるにはどこを探せば良いでしょう?」
「うん。王室に渡ってからは神器が人目に触れる機会はなくなった。記録を探すならそれ以前、聖教会が所有していた時期だな」
それだけでも大分期間が絞られる。聖教会成立から聖スノーデンの死までの時期を調べれば良いだろう。
「聖教会で行われた儀式について調べれば良いでしょうか?」
「神器を用いるとなると、特別な儀式のはず。王室関係の儀式か、国家鎮護の祈禱か……」
「そうか。そういう国家規模の重要行事を探してみます」
ステファノはヒントをもらって目を輝かせた。
「そうなると、初期の聖教会史だな。場所は後で教えよう」
「それで、聖スノーデンの死因なんですが……」
「こっちは謎もロマンもない。晩さん会中に脳卒中で倒れて、そのまま亡くなった」
「暗殺という疑いはないんですね?」
ハンニバルは首を振った。
「食中毒ならともかく、脳卒中だからな。毒殺の疑いはない。普通なら魔術を疑われるところだが、聖スノーデン陛下ではな」
「魔術で倒されるとは思えませんね」
ステファノは想像してみる。魔術で脳卒中の症状を偽装しようとするなら、土魔術で脳内血圧を上げるか、水魔術で血液を沸騰させるか。
どちらもできないことではない。相手が超絶の魔術師、聖スノーデン以外であれば。
聖スノーデンは間違いなく魔視脳の覚醒者だ。ステファノと同じようにイドの繭を常時展開していただろう。
そうなると、体の内側に魔術を発動することは不可能だ。イドの繭が因果の改変を受けつけない。
(待てよ? 魔視脳の活動を停止させることができたとしたら、どうだ?)
それができるなら、聖スノーデンの魔術防御を無効化できる。脳卒中の偽装も可能だ。
(魔視脳は魔視鏡によって活性化できると師匠は言った。ならば、逆も可能なのかもしれない)
魔視鏡か、それ以外の方法で魔視脳を不活化できるとしたら、自分やヨシズミも暗殺の危険にさらされるということになる。
(「神のごときもの」との対決を想定するなら、そういう危険も考えておかなければ)
「急に黙り込んで、どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。初期聖教会史の資料がどこにあるか、教えてください」
昼までの2時間、ステファノは聖教会の儀式記録を可能な限り調べた。
その結果ステファノが探し当てた神器の使用例は2種類の儀式しかなかった。
貴族制度発足に伴う「叙爵式」と「疫病退散祈願式」である。
(何だこれは? 爵位を授ける時に神の祝福を与えるというのはわかるが、なぜ疫病退散に神器を用いたんだろう?)
神の力を頼ったのだろうが、それなら「戦勝祈願」や「鎮護国家祈願」、「天災厄除け祈願」に使われていないのはなぜなのか。
(うーん。少し範囲を絞り込めたけど、次の謎が出てきた感じだ)
疫病退散祈願は滅多に行われないことだが、叙爵式は王朝初期に数度にわたって執り行われた。貴族に叙する家の調整があったのだろう。
回次が変わっても式次第にはほとんど変更がない。国王による爵位授与の後、神器によって神の祝福を与えたと記録されている。この時期は国王が法王を兼ねているので、どちらも聖スノーデンが行ったことになる。
貴族と疫病、その奇妙な組み合わせにステファノは当惑し、深く考え込むしかなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第266話 魔法はイデア界にこそあり。」
神器の正体に関する答えが出ぬまま、ステファノはもやもやした気持ちで昼食を終えた。
(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)
チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。
顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
いつも通り套路の演舞から始める。
套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
……
◆お楽しみに。
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」
ハンニバルの声が低くなった。
「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」
「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」
ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。
「法王聖下って解任できるんですか?」
「そんな制度はない。表向きはな。だからあくまでも表向きは『退位』したことになっている」
高齢化、体力の衰え、病気、神のお告げ。表向きはそのような理由をつけて自発的に退位している。
しかし、実態は王室の圧力による引退であることは明らかなのだという。
「まず、法王が生前に退位するということ自体が稀なのだ。余程のことがなければ自ら退位などしない。そして、退位の声明文を見れば王室の介在は一目瞭然なのだ」
「何か書いてあるんですか?」
「『この度国王陛下の寛大なるご理解を賜り』などとことさらに書き込まれているのさ。せめてもの嫌がらせのつもりだろう」
あるいは最後の強がりであったのか。そうやって退位の決断に王室が関与していることを匂わせるのだ。
「お貴族様の世界はややこしいですね」
「まったくだな」
ステファノの偽らざる気持ちであった。
「だからな、神器のことが下手な騒ぎになると、聖教会が王室に睨まれる恐れがあるわけだ。お前たちが煽っているのではないかとな」
「それで敏感という言葉を使ったんですか」
王室に痛くもない腹を探られることを嫌い、聖教会関係者が横やりを入れてくる可能性がある。
ハンニバルはステファノにそう注意してくれた。
「心配しすぎかもしれないがな」
「いえ、ありがとうございます。何も知らずに虎の尾を踏むところでした」
論文で神器のことを取り上げるとしたら、書き方を工夫してぼかさなければならない。ステファノはそう心に止めた。
「忠告を理解した上でですが、神器について調べるにはどこを探せば良いでしょう?」
「うん。王室に渡ってからは神器が人目に触れる機会はなくなった。記録を探すならそれ以前、聖教会が所有していた時期だな」
それだけでも大分期間が絞られる。聖教会成立から聖スノーデンの死までの時期を調べれば良いだろう。
「聖教会で行われた儀式について調べれば良いでしょうか?」
「神器を用いるとなると、特別な儀式のはず。王室関係の儀式か、国家鎮護の祈禱か……」
「そうか。そういう国家規模の重要行事を探してみます」
ステファノはヒントをもらって目を輝かせた。
「そうなると、初期の聖教会史だな。場所は後で教えよう」
「それで、聖スノーデンの死因なんですが……」
「こっちは謎もロマンもない。晩さん会中に脳卒中で倒れて、そのまま亡くなった」
「暗殺という疑いはないんですね?」
ハンニバルは首を振った。
「食中毒ならともかく、脳卒中だからな。毒殺の疑いはない。普通なら魔術を疑われるところだが、聖スノーデン陛下ではな」
「魔術で倒されるとは思えませんね」
ステファノは想像してみる。魔術で脳卒中の症状を偽装しようとするなら、土魔術で脳内血圧を上げるか、水魔術で血液を沸騰させるか。
どちらもできないことではない。相手が超絶の魔術師、聖スノーデン以外であれば。
聖スノーデンは間違いなく魔視脳の覚醒者だ。ステファノと同じようにイドの繭を常時展開していただろう。
そうなると、体の内側に魔術を発動することは不可能だ。イドの繭が因果の改変を受けつけない。
(待てよ? 魔視脳の活動を停止させることができたとしたら、どうだ?)
それができるなら、聖スノーデンの魔術防御を無効化できる。脳卒中の偽装も可能だ。
(魔視脳は魔視鏡によって活性化できると師匠は言った。ならば、逆も可能なのかもしれない)
魔視鏡か、それ以外の方法で魔視脳を不活化できるとしたら、自分やヨシズミも暗殺の危険にさらされるということになる。
(「神のごときもの」との対決を想定するなら、そういう危険も考えておかなければ)
「急に黙り込んで、どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。初期聖教会史の資料がどこにあるか、教えてください」
昼までの2時間、ステファノは聖教会の儀式記録を可能な限り調べた。
その結果ステファノが探し当てた神器の使用例は2種類の儀式しかなかった。
貴族制度発足に伴う「叙爵式」と「疫病退散祈願式」である。
(何だこれは? 爵位を授ける時に神の祝福を与えるというのはわかるが、なぜ疫病退散に神器を用いたんだろう?)
神の力を頼ったのだろうが、それなら「戦勝祈願」や「鎮護国家祈願」、「天災厄除け祈願」に使われていないのはなぜなのか。
(うーん。少し範囲を絞り込めたけど、次の謎が出てきた感じだ)
疫病退散祈願は滅多に行われないことだが、叙爵式は王朝初期に数度にわたって執り行われた。貴族に叙する家の調整があったのだろう。
回次が変わっても式次第にはほとんど変更がない。国王による爵位授与の後、神器によって神の祝福を与えたと記録されている。この時期は国王が法王を兼ねているので、どちらも聖スノーデンが行ったことになる。
貴族と疫病、その奇妙な組み合わせにステファノは当惑し、深く考え込むしかなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第266話 魔法はイデア界にこそあり。」
神器の正体に関する答えが出ぬまま、ステファノはもやもやした気持ちで昼食を終えた。
(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)
チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。
顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
いつも通り套路の演舞から始める。
套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる