飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
265 / 670
第4章 魔術学園奮闘編

第265話 法王聖下って解任できるんですか?

しおりを挟む
「聖教会が敏感になっているのはその通りだが、それなりの事情もあるのだ」
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」

 ハンニバルの声が低くなった。

「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」

「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」

 ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。

「法王聖下って解任できるんですか?」
「そんな制度はない。表向きはな。だからあくまでも表向きは『退位』したことになっている」

 高齢化、体力の衰え、病気、神のお告げ。表向きはそのような理由をつけて自発的に退位している。
 しかし、実態は王室の圧力による引退であることは明らかなのだという。

「まず、法王が生前に退位するということ自体が稀なのだ。余程のことがなければ自ら退位などしない。そして、退位の声明文を見れば王室の介在は一目瞭然なのだ」
「何か書いてあるんですか?」
「『この度国王陛下の寛大なるご理解を賜り』などとことさらに書き込まれているのさ。せめてもの嫌がらせのつもりだろう」

 あるいは最後の強がりであったのか。そうやって退位の決断に王室が関与していることを匂わせるのだ。

「お貴族様の世界はややこしいですね」
「まったくだな」

 ステファノの偽らざる気持ちであった。

「だからな、神器のことが下手な騒ぎになると、聖教会が王室に睨まれる恐れがあるわけだ。お前たちが煽っているのではないかとな」
「それで敏感という言葉を使ったんですか」
 
 王室に痛くもない腹を探られることを嫌い、聖教会関係者が横やりを入れてくる可能性がある。
 ハンニバルはステファノにそう注意してくれた。

「心配しすぎかもしれないがな」
「いえ、ありがとうございます。何も知らずに虎の尾を踏むところでした」

 論文で神器のことを取り上げるとしたら、書き方を工夫してぼかさなければならない。ステファノはそう心に止めた。

「忠告を理解した上でですが、神器について調べるにはどこを探せば良いでしょう?」
「うん。王室に渡ってからは神器が人目に触れる機会はなくなった。記録を探すならそれ以前、聖教会が所有していた時期だな」

 それだけでも大分期間が絞られる。聖教会成立から聖スノーデンの死までの時期を調べれば良いだろう。
 
「聖教会で行われた儀式について調べれば良いでしょうか?」
「神器を用いるとなると、特別な儀式のはず。王室関係の儀式か、国家鎮護の祈禱か……」
「そうか。そういう国家規模の重要行事を探してみます」

 ステファノはヒントをもらって目を輝かせた。

「そうなると、初期の聖教会史だな。場所は後で教えよう」

「それで、聖スノーデンの死因なんですが……」
「こっちは謎もロマンもない。晩さん会中に脳卒中で倒れて、そのまま亡くなった」
「暗殺という疑いはないんですね?」

 ハンニバルは首を振った。

「食中毒ならともかく、脳卒中だからな。毒殺の疑いはない。普通なら魔術を疑われるところだが、聖スノーデン陛下ではな」
「魔術で倒されるとは思えませんね」

 ステファノは想像してみる。魔術で脳卒中の症状を偽装しようとするなら、土魔術で脳内血圧を上げるか、水魔術で血液を沸騰させるか。

 どちらもできないことではない。相手が超絶の魔術師、聖スノーデン以外であれば。

 聖スノーデンは間違いなく魔視脳まじのうの覚醒者だ。ステファノと同じようにイドの繭を常時展開していただろう。
 そうなると、体の内側に魔術を発動することは不可能だ。イドの繭が因果の改変を受けつけない。

(待てよ? 魔視脳の活動を停止させることができたとしたら、どうだ?)

 それができるなら、聖スノーデンの魔術防御を無効化できる。脳卒中の偽装も可能だ。

(魔視脳は魔視鏡マジスコープによって活性化できると師匠は言った。ならば、逆も可能なのかもしれない)

 魔視鏡か、それ以外の方法で魔視脳を不活化できるとしたら、自分やヨシズミも暗殺の危険にさらされるということになる。

(「神のごときもの」との対決を想定するなら、そういう危険も考えておかなければ)

「急に黙り込んで、どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。初期聖教会史の資料がどこにあるか、教えてください」

 昼までの2時間、ステファノは聖教会の儀式記録を可能な限り調べた。
 その結果ステファノが探し当てた神器の使用例は2種類の儀式しかなかった。

 貴族制度発足に伴う「叙爵じょしゃく式」と「疫病退散祈願式」である。

(何だこれは? 爵位を授ける時に神の祝福を与えるというのはわかるが、なぜ疫病退散に神器を用いたんだろう?)

 神の力を頼ったのだろうが、それなら「戦勝祈願」や「鎮護国家祈願」、「天災厄除け祈願」に使われていないのはなぜなのか。

(うーん。少し範囲を絞り込めたけど、次の謎が出てきた感じだ)

 疫病退散祈願は滅多に行われないことだが、叙爵式は王朝初期に数度にわたって執り行われた。貴族に叙する家の調整があったのだろう。

 回次が変わっても式次第にはほとんど変更がない。国王による爵位授与の後、神器によって神の祝福を与えたと記録されている。この時期は国王が法王を兼ねているので、どちらも聖スノーデンが行ったことになる。

 貴族と疫病、その奇妙な組み合わせにステファノは当惑し、深く考え込むしかなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第266話 魔法はイデア界にこそあり。」

 神器の正体に関する答えが出ぬまま、ステファノはもやもやした気持ちで昼食を終えた。

(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)

 チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
 イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。

 顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
 いつも通り套路とうろの演舞から始める。

 套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

王太子に転生したけど、国王になりたくないので全力で抗ってみた

こばやん2号
ファンタジー
 とある財閥の当主だった神宮寺貞光(じんぐうじさだみつ)は、急病によりこの世を去ってしまう。  気が付くと、ある国の王太子として前世の記憶を持ったまま生まれ変わってしまうのだが、前世で自由な人生に憧れを抱いていた彼は、王太子になりたくないということでいろいろと画策を開始する。  しかし、圧倒的な才能によって周囲の人からは「次期国王はこの人しかない」と思われてしまい、ますますスローライフから遠のいてしまう。  そんな彼の自由を手に入れるための戦いが今始まる……。  ※この作品はアルファポリス・小説家になろう・カクヨムで同時投稿されています。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...