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第4章 魔術学園奮闘編

第265話 法王聖下って解任できるんですか?

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「聖教会が敏感になっているのはその通りだが、それなりの事情もあるのだ」
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」

 ハンニバルの声が低くなった。

「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」

「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」

 ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。

「法王聖下って解任できるんですか?」
「そんな制度はない。表向きはな。だからあくまでも表向きは『退位』したことになっている」

 高齢化、体力の衰え、病気、神のお告げ。表向きはそのような理由をつけて自発的に退位している。
 しかし、実態は王室の圧力による引退であることは明らかなのだという。

「まず、法王が生前に退位するということ自体が稀なのだ。余程のことがなければ自ら退位などしない。そして、退位の声明文を見れば王室の介在は一目瞭然なのだ」
「何か書いてあるんですか?」
「『この度国王陛下の寛大なるご理解を賜り』などとことさらに書き込まれているのさ。せめてもの嫌がらせのつもりだろう」

 あるいは最後の強がりであったのか。そうやって退位の決断に王室が関与していることを匂わせるのだ。

「お貴族様の世界はややこしいですね」
「まったくだな」

 ステファノの偽らざる気持ちであった。

「だからな、神器のことが下手な騒ぎになると、聖教会が王室に睨まれる恐れがあるわけだ。お前たちが煽っているのではないかとな」
「それで敏感という言葉を使ったんですか」
 
 王室に痛くもない腹を探られることを嫌い、聖教会関係者が横やりを入れてくる可能性がある。
 ハンニバルはステファノにそう注意してくれた。

「心配しすぎかもしれないがな」
「いえ、ありがとうございます。何も知らずに虎の尾を踏むところでした」

 論文で神器のことを取り上げるとしたら、書き方を工夫してぼかさなければならない。ステファノはそう心に止めた。

「忠告を理解した上でですが、神器について調べるにはどこを探せば良いでしょう?」
「うん。王室に渡ってからは神器が人目に触れる機会はなくなった。記録を探すならそれ以前、聖教会が所有していた時期だな」

 それだけでも大分期間が絞られる。聖教会成立から聖スノーデンの死までの時期を調べれば良いだろう。
 
「聖教会で行われた儀式について調べれば良いでしょうか?」
「神器を用いるとなると、特別な儀式のはず。王室関係の儀式か、国家鎮護の祈禱か……」
「そうか。そういう国家規模の重要行事を探してみます」

 ステファノはヒントをもらって目を輝かせた。

「そうなると、初期の聖教会史だな。場所は後で教えよう」

「それで、聖スノーデンの死因なんですが……」
「こっちは謎もロマンもない。晩さん会中に脳卒中で倒れて、そのまま亡くなった」
「暗殺という疑いはないんですね?」

 ハンニバルは首を振った。

「食中毒ならともかく、脳卒中だからな。毒殺の疑いはない。普通なら魔術を疑われるところだが、聖スノーデン陛下ではな」
「魔術で倒されるとは思えませんね」

 ステファノは想像してみる。魔術で脳卒中の症状を偽装しようとするなら、土魔術で脳内血圧を上げるか、水魔術で血液を沸騰させるか。

 どちらもできないことではない。相手が超絶の魔術師、聖スノーデン以外であれば。

 聖スノーデンは間違いなく魔視脳まじのうの覚醒者だ。ステファノと同じようにイドの繭を常時展開していただろう。
 そうなると、体の内側に魔術を発動することは不可能だ。イドの繭が因果の改変を受けつけない。

(待てよ? 魔視脳の活動を停止させることができたとしたら、どうだ?)

 それができるなら、聖スノーデンの魔術防御を無効化できる。脳卒中の偽装も可能だ。

(魔視脳は魔視鏡マジスコープによって活性化できると師匠は言った。ならば、逆も可能なのかもしれない)

 魔視鏡か、それ以外の方法で魔視脳を不活化できるとしたら、自分やヨシズミも暗殺の危険にさらされるということになる。

(「神のごときもの」との対決を想定するなら、そういう危険も考えておかなければ)

「急に黙り込んで、どうかしたか?」
「いえ、何でもありません。初期聖教会史の資料がどこにあるか、教えてください」

 昼までの2時間、ステファノは聖教会の儀式記録を可能な限り調べた。
 その結果ステファノが探し当てた神器の使用例は2種類の儀式しかなかった。

 貴族制度発足に伴う「叙爵じょしゃく式」と「疫病退散祈願式」である。

(何だこれは? 爵位を授ける時に神の祝福を与えるというのはわかるが、なぜ疫病退散に神器を用いたんだろう?)

 神の力を頼ったのだろうが、それなら「戦勝祈願」や「鎮護国家祈願」、「天災厄除け祈願」に使われていないのはなぜなのか。

(うーん。少し範囲を絞り込めたけど、次の謎が出てきた感じだ)

 疫病退散祈願は滅多に行われないことだが、叙爵式は王朝初期に数度にわたって執り行われた。貴族に叙する家の調整があったのだろう。

 回次が変わっても式次第にはほとんど変更がない。国王による爵位授与の後、神器によって神の祝福を与えたと記録されている。この時期は国王が法王を兼ねているので、どちらも聖スノーデンが行ったことになる。

 貴族と疫病、その奇妙な組み合わせにステファノは当惑し、深く考え込むしかなかった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第266話 魔法はイデア界にこそあり。」

 神器の正体に関する答えが出ぬまま、ステファノはもやもやした気持ちで昼食を終えた。

(これは気持ちを切り替えた方が良いな。体を動かそう)

 チャレンジ成功の扱いになった美術入門の枠が自由時間になっている。3時からの柔研究会まで、ステファノは1人で型稽古をすることにした。
 イドを練ることも考えて、場所は魔術訓練場の訓練室を選んだ。

 顔見知りとなった係員に今日も魔力を練り、武術の稽古をすることを伝え、人気のない一角に進む。
 いつも通り套路とうろの演舞から始める。

 套路の「手」と魔力の組み合わせ48組の符合を発見して以来、ステファノの套路は48手の形式で練ることが多くなった。この日も省略なしの本式套路をなぞっていく。
 
 ……

◆お楽しみに。
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