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第4章 魔術学園奮闘編

第264話 これは含蓄の大きい命題ですね。

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「これは、完璧に隠れたもんですね」

 ポンセはステファノにシャッポを脱いだ。

「見事な遁術であり、見事な隠形です。大げさなようですが、これほど完璧な隠形法は見たことがありません。驚きました」

 ポンセという人は極めて公平なのであろう。ステファノが示した術を素直に称賛した。

「どうやって消えたのか、術理を教えてもらえますか?」
「一部については我が家に伝わる秘伝なので公開できませんが、それ以外でしたら」

 そう前置きして、ステファノは水魔術・・・霧隠れについて説明した。

「――ですから、空気中から水分を集めるという点では水球の術などと同じです。『場所』の指定を広く散らばらせるだけです」
「なるほど。水魔術とは空間の熱を制御する術ですか。これは含蓄の大きい命題ですね」

 ポンセは自分の額を指先でポンポンと叩きながら、言葉をひねり出した。

「ステファノ。今の点をこの論文に補足してください。このままでもチャレンジ成功は認めますが、研究報告会に出すならそこまで完成度を上げた方が良いでしょう」
「報告会に出してよろしいんですか?」
「もちろんです。学生の研究でここまで理論に実践が伴うものは珍しい。よい手本になるでしょう」

 ポンセはステファノの背中を押してくれた。

「さて、ロベルト君。君の論文だが……残念ながらチャレンジは失敗だ。引き続き授業を受けてくれたまえ」
「えっ?」

 あっさりとしたポンセの不合格告知にロベルトは思わず驚きの声を上げた。

「よく書けてはいるんだが、調査が足りないね。一番の問題は『反対意見』に対する備えがないところだ。説を述べるからには他の説よりも優れていることを論証すべきだね」

 ポンセはクラスに向き直った。

「誤解がないように言っておくと、私はステファノの結論を支持しているわけでもロベルトの結論を否定しているわけでもない。あくまでも論文としての出来栄えを評価した結果です」

 もちろん研究報告会では結論の正しさも要求されるが、ここは教室である。十分な学びさえあれば合格と認められるということだ。

「2人のチャレンジのお陰で非常に良い議論と勉強ができました。2人の努力に対して拍手を送りましょう」

 ポンセはクラスの先頭にたって、ステファノとロベルトの両方に拍手を送った。ロベルトは複雑な表情を見せたが、その中には歓びの感情も含まれていた。

 ◆◆◆

 魔術の歴史(基礎編)でのチャレンジが成功した結果、ステファノは魔術学科の科目すべてで単位修了資格を得た。
 こうなると他の授業に一切出席しなくとも卒業資格には影響しないのだが、もちろんステファノにそんなつもりはない。

 役に立つ授業であれば、参加したいと思っている。

(薬草学や調合は、これから先知識として役立つはずだ)

 錬金術や魔道具製作に素材や媒体として使用できるものがあるだろう。

 水曜1限めが終わると、3時までは自由時間であった。ステファノはお馴染みとなった図書館を訪ねることにした。

「こんにちは」
「こんにちは、ハンニバルに御用かしら?」
「はい。もしよろしければ呼んでください」

 ハンニバルを指名する学生として、ステファノは有名になったようだ。顔を知らなくても、その恰好を見れば間違いようがない。

 図書館に黒の道着姿で来る生徒は他にいなかった。

「また、キミか。熱心だな」
「ありがとうございました」
「うん? 何の礼だ?」

「おかげさまで、魔術の歴史(基礎編)のチャレンジに成功しました」
「おう、そうか。例のセイナッド氏絡みの分だな。それはおめでとう」
「伝説・伝承の資料を薦めて頂いたおかげです」

 ステファノ1人ではあそこまで効率よく情報を入手できなかったろう。餅は餅屋であった。

「今日は何の勉強だ?」
「この前の続きで王国初期の制度について調べたいのですが、『神器じんぎ』とはどういうものか知りたくて」
「神器だと?」

 ハンニバルは目を細めて警戒するような表情を見せた。

「もう1つは聖スノーデンの死因です。どうやって死んだのか、知識がないので詳しく調べたいと思っています」
「……それを知ってどうする?」
「聖スノーデンの生前と死後で、王国法制度が変わっています。これは初代国王である聖スノーデンが急に亡くなったせいではないかと思ったもので」

「そうか」

 ハンニバルは握りこぶしを顎につけて、しばし沈思した。

「ちょっと、一緒に来てもらおうか」
「はい」

 ハンニバルはカウンターの一部をはね上げてステファノを中に通した。
 ステファノが連れて行かれたのは、小さな休憩室のような所であった。

「ここは司書が休憩を取るための部屋だ。滅多に使われることはないので、相談事には都合が良い」
「他聞をはばかるようなことがあるのでしょうか?」

 ここに連れて来られた意味を、ステファノは聞いた。

「察しが良いな。デリケートな話題なので、目立つことを避けた。キミのためにな」
「それは……どっちの話題ですか?」
「両方共だが、どちらかといえば神器の方だな」

 小さめの椅子に腰かけたハンニバルは、ステファノの反応を試すように言った。

「と言うと、聖教会がこの話題に敏感なんでしょうか?」
「……なぜそうだと?」
「神器の管理は聖教会から王室に移された。つまり、神器に関する当事者はこの2つしかない。神器について敏感になるとしたら、所有権を失った聖教会の方でしょう」

 正当な所有者である王室は堂々としていれば良い。聖教会が神器に対して未練を見せれば、王室との間に波風が立つ。

 したがって、敏感になるのは聖教会の方だと考えられる。

「ふむ。とぼけたなりをしているが察しは良いのだな」

 ハンニバルは頷いた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第265話 法王聖下って解任できるんですか?」

「聖教会が敏感になっているのはその通りだが、それなりの事情もあるのだ」
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」

 ハンニバルの声が低くなった。

「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」

「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」

 ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。

「法王聖下って解任できるんですか?」
 
 ……

◆お楽しみに。
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