上 下
264 / 629
第4章 魔術学園奮闘編

第264話 これは含蓄の大きい命題ですね。

しおりを挟む
「これは、完璧に隠れたもんですね」

 ポンセはステファノにシャッポを脱いだ。

「見事な遁術であり、見事な隠形です。大げさなようですが、これほど完璧な隠形法は見たことがありません。驚きました」

 ポンセという人は極めて公平なのであろう。ステファノが示した術を素直に称賛した。

「どうやって消えたのか、術理を教えてもらえますか?」
「一部については我が家に伝わる秘伝なので公開できませんが、それ以外でしたら」

 そう前置きして、ステファノは水魔術・・・霧隠れについて説明した。

「――ですから、空気中から水分を集めるという点では水球の術などと同じです。『場所』の指定を広く散らばらせるだけです」
「なるほど。水魔術とは空間の熱を制御する術ですか。これは含蓄の大きい命題ですね」

 ポンセは自分の額を指先でポンポンと叩きながら、言葉をひねり出した。

「ステファノ。今の点をこの論文に補足してください。このままでもチャレンジ成功は認めますが、研究報告会に出すならそこまで完成度を上げた方が良いでしょう」
「報告会に出してよろしいんですか?」
「もちろんです。学生の研究でここまで理論に実践が伴うものは珍しい。よい手本になるでしょう」

 ポンセはステファノの背中を押してくれた。

「さて、ロベルト君。君の論文だが……残念ながらチャレンジは失敗だ。引き続き授業を受けてくれたまえ」
「えっ?」

 あっさりとしたポンセの不合格告知にロベルトは思わず驚きの声を上げた。

「よく書けてはいるんだが、調査が足りないね。一番の問題は『反対意見』に対する備えがないところだ。説を述べるからには他の説よりも優れていることを論証すべきだね」

 ポンセはクラスに向き直った。

「誤解がないように言っておくと、私はステファノの結論を支持しているわけでもロベルトの結論を否定しているわけでもない。あくまでも論文としての出来栄えを評価した結果です」

 もちろん研究報告会では結論の正しさも要求されるが、ここは教室である。十分な学びさえあれば合格と認められるということだ。

「2人のチャレンジのお陰で非常に良い議論と勉強ができました。2人の努力に対して拍手を送りましょう」

 ポンセはクラスの先頭にたって、ステファノとロベルトの両方に拍手を送った。ロベルトは複雑な表情を見せたが、その中には歓びの感情も含まれていた。

 ◆◆◆

 魔術の歴史(基礎編)でのチャレンジが成功した結果、ステファノは魔術学科の科目すべてで単位修了資格を得た。
 こうなると他の授業に一切出席しなくとも卒業資格には影響しないのだが、もちろんステファノにそんなつもりはない。

 役に立つ授業であれば、参加したいと思っている。

(薬草学や調合は、これから先知識として役立つはずだ)

 錬金術や魔道具製作に素材や媒体として使用できるものがあるだろう。

 水曜1限めが終わると、3時までは自由時間であった。ステファノはお馴染みとなった図書館を訪ねることにした。

「こんにちは」
「こんにちは、ハンニバルに御用かしら?」
「はい。もしよろしければ呼んでください」

 ハンニバルを指名する学生として、ステファノは有名になったようだ。顔を知らなくても、その恰好を見れば間違いようがない。

 図書館に黒の道着姿で来る生徒は他にいなかった。

「また、キミか。熱心だな」
「ありがとうございました」
「うん? 何の礼だ?」

「おかげさまで、魔術の歴史(基礎編)のチャレンジに成功しました」
「おう、そうか。例のセイナッド氏絡みの分だな。それはおめでとう」
「伝説・伝承の資料を薦めて頂いたおかげです」

 ステファノ1人ではあそこまで効率よく情報を入手できなかったろう。餅は餅屋であった。

「今日は何の勉強だ?」
「この前の続きで王国初期の制度について調べたいのですが、『神器じんぎ』とはどういうものか知りたくて」
「神器だと?」

 ハンニバルは目を細めて警戒するような表情を見せた。

「もう1つは聖スノーデンの死因です。どうやって死んだのか、知識がないので詳しく調べたいと思っています」
「……それを知ってどうする?」
「聖スノーデンの生前と死後で、王国法制度が変わっています。これは初代国王である聖スノーデンが急に亡くなったせいではないかと思ったもので」

「そうか」

 ハンニバルは握りこぶしを顎につけて、しばし沈思した。

「ちょっと、一緒に来てもらおうか」
「はい」

 ハンニバルはカウンターの一部をはね上げてステファノを中に通した。
 ステファノが連れて行かれたのは、小さな休憩室のような所であった。

「ここは司書が休憩を取るための部屋だ。滅多に使われることはないので、相談事には都合が良い」
「他聞をはばかるようなことがあるのでしょうか?」

 ここに連れて来られた意味を、ステファノは聞いた。

「察しが良いな。デリケートな話題なので、目立つことを避けた。キミのためにな」
「それは……どっちの話題ですか?」
「両方共だが、どちらかといえば神器の方だな」

 小さめの椅子に腰かけたハンニバルは、ステファノの反応を試すように言った。

「と言うと、聖教会がこの話題に敏感なんでしょうか?」
「……なぜそうだと?」
「神器の管理は聖教会から王室に移された。つまり、神器に関する当事者はこの2つしかない。神器について敏感になるとしたら、所有権を失った聖教会の方でしょう」

 正当な所有者である王室は堂々としていれば良い。聖教会が神器に対して未練を見せれば、王室との間に波風が立つ。

 したがって、敏感になるのは聖教会の方だと考えられる。

「ふむ。とぼけたなりをしているが察しは良いのだな」

 ハンニバルは頷いた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第265話 法王聖下って解任できるんですか?」

「聖教会が敏感になっているのはその通りだが、それなりの事情もあるのだ」
「所有権を王室に移してから、何かあったんですか?」
「表ざたにはされていないがな」

 ハンニバルの声が低くなった。

「長い聖教会の歴史の中で、何度か法王が神器の返還を王室に求めたことがある」
「元々聖教会にあった物なら、そういう気持ちも起きるでしょうね」

「その都度、当の法王は理由をつけて解任されている」

 ハンニバルの言葉はステファノの意表を突くものだった。

「法王聖下って解任できるんですか?」
 
 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...