262 / 629
第4章 魔術学園奮闘編
第262話 ステファノ原始魔術の何たるかを説く。
しおりを挟む
ステファノを変態扱いしたことで、ドリーの気は晴れた。長い間鬱屈しないところが彼女の長所であった。
「これを魔術史の授業で披露するつもりか?」
「はい。論文は所詮推測を並べただけなので、実際に術として実現可能だと示したくて」
「愚直な発想だが、お前らしい。しかし、講師はぶっ飛ぶぞ?」
魔術の常識にない術であった。ステファノが言った通り、これは魔法に分類すべき術であろう。
「先生の後ろには立たないようにします」
「ははは。そうした方が良いな」
気の小さい奴なら腰を抜かすぞと、ドリーは笑い飛ばした。
論文の添え物に、未発見の魔術を行使する奴などいるわけがないと言う。
「術理の説明はどうする? イドの話はできんだろう?」
「はい。さっきの手で行きます」
「さっきの? ああ、チャン嬢に言ったことか。『我が家の秘伝』だと?」
秘伝なので明かせないと、術理の説明を拒むのだ。それは珍しいことでも、失礼なことでもない。
術の秘密は尊重すべきものとして、社会的に守られていた。
「水魔法で霧を作るところまでは見たままなので説明しますが、それ以上は秘伝なので公開できません」
「そう言うつもりか? ふふ、飯屋の秘伝だな」
「飯屋に秘伝はつきものですよ? たいていレシピですけど」
「公開できないところは同じか。ははは」
非公開にしても新術発見は話題を呼ぶだろう。正確には原始魔術の再発見なのだが。
「ステファノ、その論文は研究報告会にも出すべきだな」
「えっ? チャレンジの論文て、使い回しができるんですか?」
「使い回しではない。研究としての内容を客観的に評価してもらうルートだ。ルールに則って行うことだぞ」
そのまま埋もれさせてしまうには惜しい内容だ。ドリーはそう考えた。
「講師はポンセ氏だったか。間違いなくチャレンジは成功する。そうしたら、報告会に出したいと相談してみろ」
「わかりました。ありがとうございます」
ステファノ1人では思いつかなかった。この論文が報告会でポイントを稼いでくれるなら、ありがたい話だ。
翌日の1限めが「魔術の歴史(基礎編)」である。
ステファノはすべての準備を終え、自信をもってチャレンジできる手応えを得た。
その日の訓練はこれまでとし、残りの時間は五遁の正体について議論をして過ごした。結局その内容も論文にして研究報告会に応募しろということになった。
◆◆◆
「みなさん、おはようございます。早速ですが、チャレンジの論文を書いてきた人はいますか?」
水曜日、1限めの開始早々講師のポンセは論文の提出を求めた。
意外なことに、手を挙げたのはステファノを含めて2人だけだった。
(えっ? たった2人? 他にも図書館で調べ物をしていた人がいるはずだけど)
その通りだったが、ほとんどの生徒は情報量の多さに押し流され、「原始魔術」というゴールまでたどりつくことができなかった。
ハンニバルが指摘した通り「正史」の中に原始魔術が登場しなかったせいもある。伝説・伝承にまで調査範囲を広げる前に、他の生徒は脱落していった。
「2人ですか。どれ、論文をこちらに持って来てください。席に戻らずに、少しお話をしましょう」
ポンセは論文を持参した2人をクラスの前に立たせた。
「せっかくですから、この場で見せてもらいましょう。えーと、ロベルト君は原始魔術は存在しなかったという立場だね?」
ポンセはロベルトの論文をめくりながら、序論の内容を取り上げた。
「はい。どの文献を見ても実際に原始魔術が使用されたという記録がありませんでした」
「なるほど。ではなぜ原始魔術というものが議論されるようになったんだろうね? どうしてそんなことを言い出したんだろう?」
学問とは疑問から始まる。多くの新しい発見は、既存の常識を否定するところから始まっている。
「迷信だと思います」
ロベルトの答えは明確だった。質問を予期していたのであろう。
「なるほど。確かに原始魔術といわれる現象は、伝説や伝承の類に多く残されているのは事実です」
そう言って、ポンセはステファノの方を向いた。
「君はどうですか? ステファノ君。えー、君は『原始魔術は実在した可能性が高い』と書いているね?」
「はい。断定できるだけの証拠はありませんが、異なる人間が異なる事件について書いた伝承に共通する特徴があります。共通する現実が存在したと考えるのが自然ではないかと」
ポンセはステファノの言葉を聞きながら、論文をめくっている。
「なるほど。君は具体的にセイナッド氏が原始魔術を伝える集団であったと推測しているんだね」
「そうです。現実に彼らは不落の城塞セイナッド城を守り切り、数々の劣勢をはねのけた戦績を残しています」
「世に1つ 落とせぬ城はセイナッドの城」
ポンセはそう言って、クラスを見渡した。
「セイナッド氏は事実、そう謳われていました。君はその強さが原始魔術によるというんだね?」
「そうです。『セイナッドの猿』と呼ばれる集団が実在したと信じています」
ステファノはきっぱりと答えた。ここをあやふやにしては、論文の全てが崩壊する。
「そうかね。ロベルト君はどうだい? セイナッド氏の強さについて意見はありますか?」
ポンセは「否定派」のロベルトに水を向けた。
「セイナッド氏については調べませんでした」
苦しそうにロベルトは答えた。
「その理由は?」
「単なるおとぎ話に過ぎませんから」
挑戦するように顎を突き出して、ロベルトは言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第263話 ステファノ、水遁霧隠れをクラスに示す。」
「ふむ。おとぎ話が事実でないと信じる根拠はありますか?」
ポンセは首を傾げて、試すように質問した。
「おとぎ話は……え、絵空事です。こどもの寝物語です。あんなものはインチキです!」
「なるほど。確かにおとぎ話の中には、巨大な化け物や、実在しない宝物などが出てくるものだからね。君はそう考えないんだね、ステファノ?」
「おとぎ話は誇張するものです。その方が面白いですからね。しかし、誇張する元になった事実が存在するのではないかと。この場合は『隠形五遁の術』です」
「うん、うん。お話の中でも面白いところだね。クラスのみんなに隠形五遁とは何かを、説明してくれないか」
ステファノは五遁とは遁走のための術であり、火遁、水遁、木遁、金遁、土遁の五法があると説明した。
……
◆お楽しみに。
「これを魔術史の授業で披露するつもりか?」
「はい。論文は所詮推測を並べただけなので、実際に術として実現可能だと示したくて」
「愚直な発想だが、お前らしい。しかし、講師はぶっ飛ぶぞ?」
魔術の常識にない術であった。ステファノが言った通り、これは魔法に分類すべき術であろう。
「先生の後ろには立たないようにします」
「ははは。そうした方が良いな」
気の小さい奴なら腰を抜かすぞと、ドリーは笑い飛ばした。
論文の添え物に、未発見の魔術を行使する奴などいるわけがないと言う。
「術理の説明はどうする? イドの話はできんだろう?」
「はい。さっきの手で行きます」
「さっきの? ああ、チャン嬢に言ったことか。『我が家の秘伝』だと?」
秘伝なので明かせないと、術理の説明を拒むのだ。それは珍しいことでも、失礼なことでもない。
術の秘密は尊重すべきものとして、社会的に守られていた。
「水魔法で霧を作るところまでは見たままなので説明しますが、それ以上は秘伝なので公開できません」
「そう言うつもりか? ふふ、飯屋の秘伝だな」
「飯屋に秘伝はつきものですよ? たいていレシピですけど」
「公開できないところは同じか。ははは」
非公開にしても新術発見は話題を呼ぶだろう。正確には原始魔術の再発見なのだが。
「ステファノ、その論文は研究報告会にも出すべきだな」
「えっ? チャレンジの論文て、使い回しができるんですか?」
「使い回しではない。研究としての内容を客観的に評価してもらうルートだ。ルールに則って行うことだぞ」
そのまま埋もれさせてしまうには惜しい内容だ。ドリーはそう考えた。
「講師はポンセ氏だったか。間違いなくチャレンジは成功する。そうしたら、報告会に出したいと相談してみろ」
「わかりました。ありがとうございます」
ステファノ1人では思いつかなかった。この論文が報告会でポイントを稼いでくれるなら、ありがたい話だ。
翌日の1限めが「魔術の歴史(基礎編)」である。
ステファノはすべての準備を終え、自信をもってチャレンジできる手応えを得た。
その日の訓練はこれまでとし、残りの時間は五遁の正体について議論をして過ごした。結局その内容も論文にして研究報告会に応募しろということになった。
◆◆◆
「みなさん、おはようございます。早速ですが、チャレンジの論文を書いてきた人はいますか?」
水曜日、1限めの開始早々講師のポンセは論文の提出を求めた。
意外なことに、手を挙げたのはステファノを含めて2人だけだった。
(えっ? たった2人? 他にも図書館で調べ物をしていた人がいるはずだけど)
その通りだったが、ほとんどの生徒は情報量の多さに押し流され、「原始魔術」というゴールまでたどりつくことができなかった。
ハンニバルが指摘した通り「正史」の中に原始魔術が登場しなかったせいもある。伝説・伝承にまで調査範囲を広げる前に、他の生徒は脱落していった。
「2人ですか。どれ、論文をこちらに持って来てください。席に戻らずに、少しお話をしましょう」
ポンセは論文を持参した2人をクラスの前に立たせた。
「せっかくですから、この場で見せてもらいましょう。えーと、ロベルト君は原始魔術は存在しなかったという立場だね?」
ポンセはロベルトの論文をめくりながら、序論の内容を取り上げた。
「はい。どの文献を見ても実際に原始魔術が使用されたという記録がありませんでした」
「なるほど。ではなぜ原始魔術というものが議論されるようになったんだろうね? どうしてそんなことを言い出したんだろう?」
学問とは疑問から始まる。多くの新しい発見は、既存の常識を否定するところから始まっている。
「迷信だと思います」
ロベルトの答えは明確だった。質問を予期していたのであろう。
「なるほど。確かに原始魔術といわれる現象は、伝説や伝承の類に多く残されているのは事実です」
そう言って、ポンセはステファノの方を向いた。
「君はどうですか? ステファノ君。えー、君は『原始魔術は実在した可能性が高い』と書いているね?」
「はい。断定できるだけの証拠はありませんが、異なる人間が異なる事件について書いた伝承に共通する特徴があります。共通する現実が存在したと考えるのが自然ではないかと」
ポンセはステファノの言葉を聞きながら、論文をめくっている。
「なるほど。君は具体的にセイナッド氏が原始魔術を伝える集団であったと推測しているんだね」
「そうです。現実に彼らは不落の城塞セイナッド城を守り切り、数々の劣勢をはねのけた戦績を残しています」
「世に1つ 落とせぬ城はセイナッドの城」
ポンセはそう言って、クラスを見渡した。
「セイナッド氏は事実、そう謳われていました。君はその強さが原始魔術によるというんだね?」
「そうです。『セイナッドの猿』と呼ばれる集団が実在したと信じています」
ステファノはきっぱりと答えた。ここをあやふやにしては、論文の全てが崩壊する。
「そうかね。ロベルト君はどうだい? セイナッド氏の強さについて意見はありますか?」
ポンセは「否定派」のロベルトに水を向けた。
「セイナッド氏については調べませんでした」
苦しそうにロベルトは答えた。
「その理由は?」
「単なるおとぎ話に過ぎませんから」
挑戦するように顎を突き出して、ロベルトは言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第263話 ステファノ、水遁霧隠れをクラスに示す。」
「ふむ。おとぎ話が事実でないと信じる根拠はありますか?」
ポンセは首を傾げて、試すように質問した。
「おとぎ話は……え、絵空事です。こどもの寝物語です。あんなものはインチキです!」
「なるほど。確かにおとぎ話の中には、巨大な化け物や、実在しない宝物などが出てくるものだからね。君はそう考えないんだね、ステファノ?」
「おとぎ話は誇張するものです。その方が面白いですからね。しかし、誇張する元になった事実が存在するのではないかと。この場合は『隠形五遁の術』です」
「うん、うん。お話の中でも面白いところだね。クラスのみんなに隠形五遁とは何かを、説明してくれないか」
ステファノは五遁とは遁走のための術であり、火遁、水遁、木遁、金遁、土遁の五法があると説明した。
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる