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第4章 魔術学園奮闘編

第261話 隠形五遁の内水遁、霧隠れの術!

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「それで、話というのは何だ?」

 チャンの気配が完全になくなるのを待って、ドリーはステファノに尋ねた。

「実は何もありません。ただ、気兼ねなく魔術訓練をしたかったので」
「あいつを追い払う口実に使ったってわけか? とんだ当て馬役だな」

 ステファノはドリーの皮肉には答えず、5番のブースに向かった。

「水魔法を使っていいですか?」

 ステファノは術の準備を始める前に、ドリーに尋ねた。

「うん? 水魔術ではなく、水魔法なのか? 暴走する危険がなければ構わんぞ」
「実は攻撃魔法ではありません。失敗しても間抜けなだけですので」
「ふふ、失敗するところを見たくなるな。冗談だ。よし、5番水魔法、任意に撃て!」

隠形おんぎょう五遁の内水遁、霧隠きりがくれの術!」

 ステファノが宣言すると、部屋の温度がにわかに下がった。一瞬でドリーの視界が真っ白になる。

(何も見えん!)

 そう思ったのはほんの一瞬で、ガラスに吹きつけた息の曇りが消えるようにすっと視界が晴れた。

(いない!)

 ステファノの姿が霧と共に掻き消えていた。蛇の目で見ても魔力の動きはない。

(霧隠れと言ったな。あの一瞬でどうやって……)

「消えたように見えましたか?」
「ひゃっ!」

 ステファノはドリーの後ろに立っていた。突然意識の外から声を掛けられ、不覚にもドリーは乙女らしい悲鳴を上げてしまった。

「お、お前……脅かすな!」

 ドリーは胸を抑えてよろめいた。

「あっ、すみません! 驚きました? 脅かすつもりじゃなかったんですが」

 隠れますと言って術を使うわけにもいかず、結果的にドリーを驚かしてしまった。

「目の前で人間1人が消えたのだ。驚かぬはずがないだろう」
「仕掛けを知っていればたわいもない術なので……」

 ステファノは悪気はなかったと頭を下げた。

「たわいもない? 今の術がか? 見たこともない術だったぞ」
「隠形五遁の1つ、水遁霧隠れです」
「それはわかったが、一体どういう術だ?」

「簡単に言うと、水魔術で霧を作り出す技です」
「確かに目の前が真っ白になったが、どんな術理だ?」
「水魔術は大気中の水分を集める術です。そのためには空気の温度を下げて水蒸気を液体に戻してやる必要があります。水魔術とは熱を操る・・・・魔術です」

 ドリーは霧が出る瞬間、部屋の温度が急激に下がったことを思い出した。

「水の塊ではなく、霧にするのはどうやる?」
「それは場所の指定で制御します。1点に術の効果を集中させれば水球になり、広く散らせば霧になります」
「待て。試してみてよいか?」

 広い範囲に水滴を出現させる。それは今まで起こしたことがない現象であった。
 ドリーは慎重にイメージを練る。

(部屋全体に広く、薄く。水を結ぶ……)

「水遁、霧隠れ!」

 ドリーはそう宣言しながら、短杖ワンドを振った。
 瞬間、辺りは白一色となり、きらきらときらめいた。

「うん? ちょっと違うな……寒いっ!」

 ドリーは慌てて術を消した。

「ひ、冷やし過ぎたか。加減が必要だな」

 それにしても、確かに霧(というより霧氷)を出せたが、ステファノの姿は薄っすら見えていた。

「私の術では姿は消せないな。お前の術と何が違う?」
「工夫を2つしてみました。1つは『雪うさぎ』です」
「何だと? お前は術に妙な名をつける癖があるな。何だそれは?」

 雪原にうずくまった白うさぎは、背景に溶け込んで見分けにくい。
 すなわち、カムフラージュであった。

「俺は自分の周り・・・・・に濃い霧をまとって霧に溶け込んだんです」
「そうか! 霧隠れとは霧を出すだけではないのだな。霧に隠れる・・・ところまでが術なのか!」
「はい。そして、2つめの工夫として気配を断ちました」

 元々ステファノは気配の薄い人間だった。口数の少なさだったり、動き方が静かなせいと思っていたが、意識的に気配を消せるらしい。ドリーはステファノが使う術の奥深さに驚いた。

「意識して気配を消せるのか?」
「『イドの繭』と呼んでいます。体に薄くイドをまとうと外に漏れる気配を減らせます」

 それだけでなく、防御の役割を果たし、筋力補助にもなった。

「後ろに立たれているのに、まったく気配を感じなかった」
「ドリーさんが蛇の目を使っていれば、水属性の魔力をまとって動くのが見えたでしょう」
「そうか。思いつかなかった。魔力かイドを見通せるギフト持ちなら霧隠れを破れるだろうか?」
「はい。滅多にいない術者ですけどね」

 相手がドリーでも不意を突けば隠れられるのだ。戦場であれば十分混乱に乗ずることができただろう。

「まいったな。これは見事な術だ」
「逃げ足を磨きたい俺向きの術ですね」

 ステファノは簡単そうに言うが、広がる霧と2つの工夫、都合3つのことを同時にできなければ完全ではない。
 イドの繭はもちろんのこと、2つめの雪うさぎでさえ容易く重ねられるものではなかった。

「私にもできるようになるとは感じるが、一朝一夕で身につく技ではないな」

 ドリーは冷静に自己評価した。ステファノの客観視は尋常でない。常に自分を外からの視点で見られるから、術の多重制御ができるのだ。

「霧が出せるだけでも煙幕代わりにはなりますね」

 視界を悪くすれば、それだけ逃走は有利になる。敵を混乱させている間に物陰や地形を利用すればよいのだ。

「……案外、本来霧隠れとはそういう技じゃないのか?」
「えっ?」
「お前の解釈が変態すぎるのだ。敵の目の前で完全に消えようとする奴がおかしい」

 ドリーの目が笑っていた。悲鳴を上げさせられた意趣返しに、ステファノをやり込めてみせたのだ。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第262話 ステファノ原始魔術の何たるかを説く。」

 ステファノを変態扱いしたことで、ドリーの気は晴れた。長い間鬱屈しないところが彼女の長所であった。

「これを魔術史の授業で披露するつもりか?」
「はい。論文は所詮推測を並べただけなので、実際に術として実現可能だと示したくて」
「愚直な発想だが、お前らしい。しかし、講師はぶっ飛ぶぞ?」

 魔術の常識にない術であった。ステファノが言った通り、これは魔法に分類すべき術であろう。

「先生の後ろには立たないようにします」
「ははは。そうした方が良いな」

 気の小さい奴なら腰を抜かすぞと、ドリーは笑い飛ばした。
 論文の添え物に、未発見の魔術を行使する奴などいるわけがないと言う。
 
 ……

◆お楽しみに。
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